12.将来の展望
創立40年を越えたセンターが、専任研究員の質量両面の充実、シ
ンポジウム 、定期刊行物
などを含めた研究活動の拡大と深化によってわが国のスラブ研究の中核を担ってきたし、現在もそうであることは、日本、欧米、そしてスラヴの研究者たちに
よってあまねく認められている(ついでに言えば、今後はアジア地域への積極的な広報・宣伝活動がますま急務であることは、センターのロケーションから考え
て間違いない)。
アンケートによれば、平成7-9年度に実施された重点領域研究の内容について、非共同研究員の41%が何も知らないと回答しているが、今後このような問
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の活用と充実その他の努力によって十分克服できると考えられる。
しかしこうした現状とその認識は、反面においてはセンターをめぐる問題点の所在を明らかにせざるをえない。それは一言で言えば、日本におけるスラブ研究
そのものが現在直面している構造的とでも呼ぶことができる問題である。センターはこの問題をもっとも凝縮した形で抱えていると言ってよい。
これまでセンターは、ヒアリングのさいにもしばしば聞かれたように、これまで人文・社会科学的スラブ研究(あるいはソ連・東欧研究)という基本的方向と
展開の中で、地域研究と学際性を柱として、精力的な活動をおこなってきた。しかし、このような研究のあり方自体が問われるようになり、そこからの脱却の方
途が模索されている現在、センターが国内外からの問いかけに呼応しながらも、これまでの蓄積の上に打ち出す方向は、それがそのままわが国のスラブ研究のあ
りうべき方向を示唆するはずである。
冷戦期の地域研究が、地域紛争のグローバルな広がりの中で明らかに一つの限界を示し、さらに1980年代半ばからのソ連邦・東欧体制の崩壊が新たなユー
ラシア秩序の必要性を突きつけている今日、スラブ研究の新しい枠組みを構築する中核としてのセンターの任務は重大である。
以下に、全般的な問題を3点に絞って述べよう。
a. 学際性・地域研究・部門制
アカデミック・タームとなってすでに久しい「学際性」とは、たんなる既存分野とその情報の寄せ集めや統合ではなく、他の分野との連関性を求める中
で、既存のディシプリン自体を問いなおし、他分野と共通して貫く新たな統合原理の発見を意味していた。このことを想起するならば、センターがこれまで取っ
てきたような、既成の専門領域間の橋渡し的な部門編成は、たとえそれが予算要求的な意味づけがなされたとしても、それのみでは十分な説得力を持たない。セ
ンターの将来像を描くにあたって、各個別分野をつなぐ部門の並列的増加とは別の方向が探求されなければならない。
言いかえれば部門の整理・統廃合の根拠となるような新しい原理がいま求められている。こうした問題は既にセンター内の会議会議・研究会などで議論されて
いるようであるが、まだ公約数は出されていない。年2回のシンポジウムでのテーマの設定にこの議論が反映されるようになって欲しいものである。
また、これとの関連で地域研究センターとしての対象領域について言えば、スラブ・ユーラシア地域においてこれまでカバーされていなかった地域(例えば、
コーカサス、バルカンなど)が含まれていく必要があるのは言うまでもないが、これもたんに網羅的に付け加えるのでなく、既存の研究分野と機能的に連結させ
るようなことが考えられないであろうか。
b. 予算
上記の部門制という組織編成の基礎の問いなおしの声は専任研究員からのヒアリングのさいにも聞かれたが、予算との関わりから見れば、単純な部門増加 のみにもとづく予算要求方式が十分機能しえなくなったこと関係している。この点について、センター内部にもおなじような認識がある。そのほか、科学研究 費、委任経理金、民間寄付(ごく少額)による予算確保の方式も、ヒアリングで聞かされた「自助努力でできる部分は限界」という言葉のとおり、今後はますま す厳しくなることは避けがたい。2000年度以降に進行する予定の積算校費等の変更ならびに独立行政法人化の方向も、センターのような機関にたいして予算 確保面で大きな変更をもたらさざるをえない。この点については、早急に、適切な対応を考える必要があるだろう。
c. 研究・教育活動
アンケートに見られるとおり、これまでセンターがごく一部しか担当してこなかった教育活動に関して、責任ある母体として参加していくという方向は
相当多数の研究者が要望するところでもある。センター外の大学所属の研究者からすれば羨むべき研究専念体制(アンケート調査では、「研究に専念すべきであ
る」という回答が33.41%あったことは特記すべきであるが)の枠から出ることは、負担面からすればマイナス部分を生むであろうが、2000年度から予
定されている文学研究科への協力講座参加に多くを期待すべきである。
しかし、その際の問題点として以下の二つをあげたい。一つは、教育と研究の関係をめぐる問題である。現象的に見れば次年度から教育の場への参画となる
が、これをたんなる当面の対応に終わらせることなく、実りあるものとするには、これまでの日本のアカデミズムと大学における研究と教育の関わり方そのもの
を再検討する機縁になって欲しいものである。
他方、現代の日本において、スラブ世界への関心の一般的減少と大学におけるスラブ研究・教育の比重低下がきわめて顕著になり(これまでのロシア・ソ連・
東欧研究において、良きにつけ、悪しきにつけ存在した「大義名分」は現段階では消滅した)、後継者養成とそのためのポスト確保がより困難になりつつある中
で、センターが大学院教育に道を開いたことは大きな意味を持つ。しかし、同時にセンター本来の姿である全国的研究センターの意義を社会的に受け入れさせる
方策と準備を怠ってはなるまい。つまり中・長期的な展望を視野にいれた研究・教育の新たな関係のあり方を構築することである。
二つ目の問題は、教育活動により関連する。それは、教育の具体的内容と目的がセンター内部でもアンケートにも明確でないという点である。アンケートの回
答のなかでは、教育内容として研究者養成と社会人・実務者養成とがほぼ均衡しているが(参考文献6)、これは、現在の大学院教育の具体的イメージに混乱が
あることをそのまま反映している。現実的には、研究者ではなく社会人・実務者の養成へ向かいつつある大学院重点化に対してセンターが何を提供できるかは、
ただちに発生する課題である。この意味でセンターの大学院教育への関与は、センターのあり方を徹底的に検討するきっかけになることを希望したい。