村上 隆 (むらかみたかし)

A)個人研究活動 (うち主要学術研究業績一覧 ) B)共同研究活動
C)受賞など D)学歴と職歴
E)「私のスラブ研究センター点検評価」 F)専任研究員セミナーでの外部コメンテーターのコメント集


A) 個人研究活動

1. 研究主題: ロシア極東経済、旧ソ連のエネルギー経済、日露経済関係

2. 研究領域

私の研究主題は、1994 年のスラブ研究センター赴任以前の 23 年間、民間のシンクタンクにおいて日本と旧ソ連諸国との経済関係分析及びこれら相手国の経済動向分析を行ってきた経験に根差している。 従って、日本を軸として隣国ロシア、とりわけロシア極東地域との経済関係の現実的な問題を現地主義に基づいて実証的に分析することに重きをおいている。 ロシア極東地域が、ロシア国内で最も重要で、しかも北東アジア経済圏を構成する一員としてキャスティング・ボートを握れるとすれば、それはエネルギー問題である。 ロシア極東のエネルギー経済の実証研究を進めていくなかで、当然のことながら旧ソ連のエネルギー経済の研究を重視する必要性が生じ、同時にエネルギー問題を念頭に置きながら日露間経済関係の動向分析を展開してきた。 したがって、この三つの研究主題は私の研究テーマとして密接に連関している。

1) ロシア極東経済に関する研究

スラブ研究センターに移った 1994 年以来、ロシア極東の経済動向分析を行ってきた。 そのひとつは、長年にわたって研究交流をもつ科学アカデミー極東支部経済研究所 (ミナキル所長) との共同研究によって、ハバロフスク地方および沿海地方における機械工業企業の現地調査を行ったことである。 この研究は、文部省科学研究費 「ロシアの企業の動態分析」 (代表者山村理人) によるものである。 私のテーマは、ロシアの市場経済化によって末端の企業がどの程度市場経済のメカニズムを受け入れているのか、また企業レベルで問題点はどこに所在するのかを明らかにすることにあった。 70 余年間の社会主義体制の下で培われた企業の経営システムは、数年間の移行期だけでは変りようがなく、転換は次世代に委ねるしかないという結論に達した。

研究方向のひとつとして、ロシア極東経済の全体的な動きにも注意を払った。 ロシア極東は市場経済の道を歩むにつれて、経済回復の遅れが顕在化するようになり、ロシア・ヨーロッパ部との経済格差が歴然とあらわれるようになった。 経済活性化の切り札としてプーチン大統領のお墨付きをもらった「ロシア極東長期経済・社会発展計画」も実行力に乏しく、経済不振、人口流出、エネルギー危機、アジア・太平洋市場への参入困難という難題に直面している。 この問題を長期計画の評価という視点から分析を試みた。

平成 8〜10 年度に研究時間の多くを費やしたのが、文部省科学研究費による「サハリン大陸棚石油・天然ガスの開発と環境」 (同種の 2 本の科研費、代表者:村上隆) である。 サハリン島北東部大陸棚で北東アジア最大の石油・天然ガス開発が具体化し、将来ロシア極東経済の回復の牽引車となりうること、このプロジェクトが実現すれば日本、韓国、中国などが中東石油の全面依存から脱却でき、北東アジアのエネルギー安全保障の観点から重要であること、同時に開発にともなって原油流出による環境破壊が懸念されること、とくに北海道はオホーツク海をロシアと共有しており、海洋掘削設備やタンカーから原油が流出すれば、わが国の水産や観光の資源に大きな影響を与えること、などの問題を抱えている。 この開発と環境のトレードオフの問題を自然科学・人文科学・社会科学の立場から学際的に研究することに先駆性があった。 近年、学際研究が声高に語られており、まさにこれを実践する問題解決型で社会とのインタラクションの高い研究であった。 研究期間中、かなりの頻度で市民の参加できる拡大研究会を開催し、研究過程の成果を共有した。 また、オホーツク沿岸の都市で市民セミナーをたびたび開催し、啓発に努めた。 この研究がマスコミでもしばしば取り上げられ、地方自治体と一体となって市民の防災意識を喚起した点では大きな成果が得られたと自負している。 反面、学際的な研究の目指すところが達成されたかというと学際研究の難しさの壁を破ることはできなかった。 端的にいえば、自然科学と人文・社会科学の研究者が共通の言語でなかなが話せないということである。 学際研究は問題解決型でなくてはならない、プロジェクト研究でなくてはならない、コーディネーターの資質が問われる、明確な目的をもたなくてはならない、研究者の参加意識が強烈でなくてはならない、人の話に耳を傾けなくてはならない、といったごく当たり前のことができるか、またできる環境にあるかが成否の鍵を握っているように思える。 もちろん、分担者はこの研究テーマに多くの時間を割いてくれた。 しかし、研究者が概して忙しすぎるといえる。 あるプロジェクトに一定期間拘束される、プロジェクト研究以外の業務からかなり解放される、十分なファイナンスがあるなどを前提として適切な人材を集めることが学際研究には欠かせない。 そうしないと学際研究といってもただ単なる寄せ集め研究にすぎなくなるだろう。 これが私の 3 年間の学際研究で学んだ実感である。

2) 旧ソ連のエネルギー経済の研究

ロシア極東にとってエネルギーは経済活性化の切り札である。 ロシアにとってもエネルギーは産業の最重要な糧であると共に外貨の稼ぎ頭でもある。 ソ連に社会主義が誕生して以来、一貫してエネルギーは経済の救世主であり続けてきた。 ソ連時代にはコメコン加盟諸国にエネルギーを供給して経済結束の手段にし、政治的な綻びを縫ってきた。 一方、国内経済をみれば、豊富なエネルギーへの依存体質がかえって省エネ化や技術革新を遅らせ、古い産業基盤を温存させる結果となり、ソ連は技術後進国に転落してしまった。 社会主義時代にこのような手痛い打撃を受けてきたにも関わらず、市場経済国に仲間入りした現在でさえ、依然としてエネルギー依存から脱却できず、外交面でもロシアはウクライナ、ベラルーシに対し天然ガスを供給することによって経済的・政治的結び付き強化の梃子に利用している。

平成 7〜9 年の 3 年間、科学研究費重点領域研究の下で「地域間経済協力の問題点と可能性」 (分担代表者:西村可明) に参加し、「エネルギー分野における地域間協力の実態と再編成の可能性」を研究した。 旧ソ連のコメコン諸国への対応と同じことが旧ソ連構成共和国 (CIS 諸国) に対しても採用されるのであろうか、あるいは純粋に経済的なファクターが重視されるのであろうか。 結果は、自国に資源を保有する CIS 加盟国は経済的にも政治的にもロシア離れの傾向を示し、逆に資源を持たない国は有力な輸出商品がないためにロシアの傘の下で動きがとれなくなっている。 CIS 諸国問のエネルギー分野における地域間協力は依然としてロシアを要として、世界市場の観点からみれば閉塞的であることが実証された。

3) 日露経済関係の研究

ロシアが市場経済の道を歩み始めたにも関わらず、日露貿易・経済関係は旧ソ連時代に比べてむしろ後退すらしている。 その最大の原因はロシアの国内経済の困難と混乱にあり、日本のロシア向け輸出は、第三国経由を含めた乗用車、家電製品を除けば、ここ数年かつて経験したことのない低迷状況にある。 ソ連時代にはむしろ計画経済の厳格な貿易管理体制の下に生産財が安定して輸出され、日本はソ連にとっても重要な貿易相手国であった。

現在の日露関係を分析する上で、日露貿易の歴史的プロセスを理解する必要がある。 一橋大学の COE 拠点形成プロジェクトの研究分担者として「戦前期日露貿易の統計的分析」を行った。 歴史を紐解いてみれば日本のロシア向け工業製品の輸出、ロシアからの原燃料の輸入という補完関係は 100 年という時期をみても継続されており、このことは原燃料依存国ロシアの経済が構造的に変革していないことを端的に示している。 日露経済関係の歴史的な流れと両国間貿易の実態を分析することによって、両国間に平和条約がないことや北方領土問題といった政治的問題は経済の自然の流れをせき止める堤防ではあるが、決定的なファクターではないことがより明らかとなる。

3. 現在進行中の研究

1) 科学研究費 「オホーツク海の防除体制に関する総合的研究」 (代表者: 村上隆) に基づく研究

この研究は平成 8〜10 年度科学研究費 「サハリン大陸棚石油・天然ガスの開発と環境」 (代表者: 村上隆) の延長線上にある。 この 3 年間ロシアにおける国内経済の混乱の影響を受けて開発計画が大幅に遅れたこととロシア政府およびサハリン州行政府の石油流出による海洋汚染防除対策がほどんど進まなかったことから、研究成果を現実の社会に適用するにはさらに研究を進める必要があった。

このような認識の下に油流出防除対策面で研究サイドからどのような貢献ができるのか、課題を洗い直している。 その第一はロシア側が万一原油が流出した場合、どのような制度の下に具体的な対策をとっているのか不透明なことである。 ロシア政府および地方行政府がどのような法律に依拠しているのかが基本的な問題であるが、現在法令を中心に情報収集のプロセスにあり、ロシア側に信頼できる適切なパートナーが見つかっていないことが作業に支障をきたす原因になっている。 第二は、油流出が起きたとき、ロシア政府のどの機関が責任部局になるのかという問題である。 一見、簡単なようであるが、ロシア運輸省所轄部局と非常事態省所轄部局の流出対応の意思決定と行動のメカニズムは明確ではない。 時間をかけて現地調査を行う必要があるが、現段階では 2002 年 2 月にこれを予定している。 さらに、この研究の目的は、「自らの自然は自ら守る」という自主防災組織の精神にのっとり、専門家の「知」を地域社会に積極的に活用させることにあり、分担者が行っているオホーツク海の海象条件のデータ解析、氷塊下での流出油除去方法、緊急時防災計画の作成、環境脆弱性指標地図・漂流想定図の作成などの研究成果が生かされることになる。 2001 年 11 月には稚内市において市役所および宗谷支庁の協力を得て市民講座を開催し、猿払村では防災計画をどのようにして作るのか地元との意見交換を行った。 このように、市民との情報の共有化はかなりの成果をあげていると思う。 この種の研究は、いわば応用編であり、個別研究を深める内在的な蓄積よりもアウトプットが重視される。 私自身、環境経済を専門としているわけではなく、このプロジェクトではコーディネーターの役目を果たしているにすぎない。 その意味では、私の研究の柱となる部分ではない。

2) ロシアにおける石油コンセッションの歴史的展開の研究

前述の「サハリンの開発と環境」に関するプロジェクトと岡山大学源河プロジェクトによる「戦前期日露経済関係資料分析」の二つの研究から派生した研究テーマは日露の石油コンセッションに関する研究である。 現在、サハリンで導入されている生産分与形態による外資導入はコンセッションに流れを汲むものであり、また日露間のコンセッションは戦前期の石油を渇望する日本の軍部とロシアとの政治的な取引の結果であった。 この課題については、すでに日本国内の資料に基づく先行研究があるが、私の参加している一橋大学経済研究所西村教授を中心に進めてきたロシア国家経済文書館との「ソ連統計データの注釈」に関するデータベース作成の共同研究の過程で、北樺太の石油コンセッションに関する資料が発見され、当時ソ連側がこのコンセッションをどのようにみていたのか、研究意欲をそそられることになった。 現在、このコンセッションの前段階として、当時ソ連が何故コンセッションの導入に踏み切ったのかの研究途上にある。 今後 3 年間、この研究テーマを中心に研究を進めるつもりである。

3) ロシア極東地域のエネルギー問題

日本にとってロシア極東が重要なパートナーとしてあり続けるには、サハリン大陸棚の石油、天然ガス開発がどの程度アジア・太平洋地域に参入できるかに関わっている。 また、そのことは北東アジアの最も重要な経済課題のひとつであり、北東アジアの政治的緊張関係をほぐす最大の経済的武器になっている。 これまでの研究を踏襲し、実証的な動向分析を行うことになる。

4. 主要学術研究業績一覧

1) 著作

(1) 単著

(3) 編著

2) 学術論文

(1) 単著

(2) 共著

3) その他の業績

(1) 研究ノート等

(4) その他


B) 共同研究活動

1. 共同研究の企画と運営 (代表者として)

1) 科研費などの研究プロジェクト

(1) 基盤研究 (A)(2) 「サハリン大陸棚石油・天然ガスの『開発と環境』に関する学際的研究
平成 10〜12 年度実施。 北海道大学の自然科学部門の研究者をはじめ、人文・社会学部門から 12 名で構成。 海外共同研究者は米国から 2 名。 研究経費 2,310 万円。
(2) 基盤研究 (A)(2) 「サハリン大陸棚石油・天然ガス開発にともなう『開発と環境』に関する学際的研究」
平成 10〜12 年度実施。 北海道大学の人文・社会・自然科学の分野の研究者 7 名で構成。 研究経費 1,650 万円。 原油流出時の緊急時対応をどう行うかについて市民参加型の拡大研究会を開催した他、紋別市及び稚内市で合計 3 回の市民講座を開催した。
(3) 基盤研究 (B)(2) 「オホーツク海の流出油防除対策の総合的研究」
平成 13 年〜14 年度。 北海道大学の人文・社会・自然科学の分野から 5 名が分担者として参加。 海外共同研究者はモスクワから 2 名。 研究経費 1,888 万円。

2) 学会などでのパネル組織

(1) スラブ研究センター夏期国際シンポジウム "Russian Region: Economic Growth and Environment" を田畑教官と共に組織。 1999 年 7 月。

3) その他の共同研究活動の企画と組織

なし

2. 共同研究への分担者としての参加

(1) 重点領域研究 B03 「地域闇経済協力の問題点と可能性」 (研究代表者: 一橋大学西村可明) への分担者として参加。 平成7年〜9年度実施。
研究テーマ 「エネルギー分野における地域間協力の実態と再編成の可能性」
(2) 基盤研究 (B)(1) 「ロシア国家経済文書館所蔵機密解除ソ連経済資料の調査と研究―ソ連社会主義の再検討」 (研究代表者: 岡山大学、源河朝典) の分担者として、「戦前期日露関係資料分析」を担当。 平成 12 年〜14 年度。
(3) COE 拠点形成プロジェクト 「アジア長期経済統計データベースの作成」 (代表者: 一橋大学経済研究所尾高煌之助) における「ロシア等地域」の分担者。 平成 7 年〜12 年度実施。
(4) ロシア国家経済文書館との「ソ連統計データの注釈」に関するデータベース作成の共同研究。 日本側代表者: 一橋大学経済研究所、西村可明。 1998-2000 年実施。

C) 受賞など

なし


D) 学歴と職歴

学歴: 1942 年生まれ、1969 年上智大学外国語学部ロシア語学科卒
職歴: 1987 年 (社) ソ連東欧貿易会調査部長、1989 年 (社) ソ連東欧貿易会ソ連東欧経済研究所調査部長、1994 年北海道大学スラブ研究センター教授


E) 「私のスラブ研究センター点検評価」

1. 研究体制の在り方

現在の 11 名の専任研究員は相手の姿が良く見える最適の規模であると思う。 おそらく、もう少し多くても 15 名が限度であろう。 近頃、一般に組織をまとめて大きくする発想が幅を利かせているが、スケールメリットが研究の水準を高め、効率的になるとは思えない。 何故なら、学問の世界では基本的には個人研究が重視され、個人の主張が尊重されるからである。 したがって、大きな組織は個人の寄せ集めしかないだろう。 スラブ・ユーラシア地域を研究する地域研究組織としては、基本的にはひとつあれば十分だろう。 例えば、この地域の研究機関としてスラブ研究センターが中核的な研究機関となって 11 人の教官がプロジェクト・マネージャーとしての役割も担い、特定の研究プロジェクトの下に関連する全国・全世界のスラブ研究者を動員して、卓越した研究成果を目指す。 研究を支える情報・資料面ではスラブ研究センターにアクセスすれば事足りるという内容にする。 周辺にどれだけの研究者を抱えられるかが、今後のプロジェクト研究の鍵を握っているのであり、ここにプロジェクト・マネージャーの資質が問われるべきであり、専任研究員を増やせば良いという問題ではないだろう。

専任研究員の質の向上という面からも現体制が適切であると思う。 センターは年 1 回専任研究員セミナーを開催して、自分の研究成果が批判にさらされる場を設けている。 これは私自身にとって最も苦痛の大きなものである。 負担が重いということは緊張感を強いられ、研究者としての心構えを持たざるを得なくなることなのである。 専任研究員が少人数であるからこそ、地域を対象にしているが分野の違う研究員が一同に集まって、さまざまな視点から注文がつけられるのであり、これが 20 人くらいになればこの制度は不可能になる。

2. 基礎研究とプロジェクト研究

最近の研究の趨勢として問題解決型で社会とのインタラクションを求めるプロジェクト研究が重視され、基礎研究が軽視される傾向にある。 当然のことながら、双方が重要であり、肝心なことは研究者がお互いの研究を尊重し、それぞれの役割を果たすことである。 車の両輪のように動くことによって、組織全体としての活動に幅ができ、組織内での批判的意見によって止揚できるのである。

地域研究は、その性格上現地研究、実証研究、学際研究を重視することになる。 しかし、その地域の根源的な哲学、文学、民族、歴史、文化、宗教の研究が核心となるべきであり、これらを抜きにしては地域研究の地域たる所以はないと言えよう。 ディシプリンをしっかりさせた上での地域研究が行われないと根無し草になってしまう危険性がある。 私自身、ディシプリンに基づいた研究の経歴がなく、今もって不安を抱えながらも現実の忙しさに流されて、ディシプリン (私の場合は経済学) に深入りできないでいる。 若い研究者は、ある時期徹底的にディシプリンに基づいた研究に専念する必要があろう。 そうしないと生涯不安を抱えた研究生活を送ることになる。

3. 研究に対する評価

自己点検評価および外部点検評価がおおはやりである。 他がやっているから、しかたなくこの方式を受け入れているのであり、かなり形式的なものになってしまっている。 評価の最大の欠陥は、良い評価を受けたとしても、あるいは悪い評価であっても何ら褒美や制裁を受けないところにある。 これまでは、例えば文部省への概算要求では点検評価をしているかどうかが問われることがあった。 しかし、その内容には立ち入っていない。 今後、学位授与・評価機構の評価によって、組織に対しては評価点が悪ければ予算面での制約を受けるということになるかもしれない。 しかし、この制度は量的な評価しかできないだろうし、個人に対する真の業績評価には立ち入れない。 問題は、研究が個人に根差していることにあり、大学では企業では考えられないほど個人の主張が尊重されることにある。 全ての研究者が前向きで、絶えず研究心をもっていれば問題はないだろう。 現実はそうでないから法人化問題が起きてくるのであろう。

学位授与・評価機構のような外部評価にまかぜす、研究者自身が積極的に評価を受け、厳しい評価を与えられれば制裁も受け入れるというふうにしないと研究者がダメになってしまうだろう。 研究者のことを一番良く知っているのは同僚の研究者なのである。 例えば、5 年の評価期間を設け、3 年目に一度チェックし、内容が悪ければ、さらに 2 年間の研究促進の余地を与える。 内部に評価委員会を設けて、複数の意見を取り入れるようにし、個人的な感情を排する。 本人が評価に対して、意見を言える場を設ける。 不幸にして最終的な評価が悪ければ、他の組織に移ってもらう。 そのためには、教官の流動制度を定着させることが前提となろう。 わけもわからない外部の評価を受ける位なら、内部で納得のいく評価を受けた方がよいのではなかろうか。 別段、過大な評価目標を定める必要はなく、ごく普通にやっていれば十分にクリアーできるだろう。 そのレベルまで達しない教官が少なからずいることが今の日本の大学の実態ではないだろうか。

4. スラブ研究センターの教官

スラブ研究センターの教官に対して内外の評価は極めて高いといえるであろう。 外で評判の高さを耳にするにつけ、過大評価の感をぬぐえない。 11 人の教官でよくこれだけのことをこなしていると自分でも思う。 しかし、問題がないというわけではない。 以下はとくに改善した方が良いと考える点である。

1) 専任研究員セミナーの報告原稿が指定期日まで提出されず、しかも常態化しているケースがみられる。 専任研究員は 1 週間前に完成原稿を提出、72 時間以内に提出されない場合はセミナーが成立しないことになっているにも関わらず、これが守られないのは残念なことである。 専任研究員セミナーは個人の研究成果の報告の場として、最も重視しているものであり、これが守れないということは研究自身を放棄しているとみなされても仕方ないことだろう。
2) スラブ研究センターの専任研究員の外国出張は、個人差があるがかなり高い頻度である。 もとより地域研究は現地研究であり、外国出張を抜きにしては研究が成立しない分野でもある。 その一方で、余りにも外国出張が多いと大学院生の教育やセンター内の研究以外の職務をおろそかにしかねない。 他の研究員が負担することになり、外国出張の当事者はこのようなことがないように最善の努力をすべきである。

5. 自らの反省点

1) 地域研究を進める上で語学力が決定的なファクターをもち、センター内での年 2 回の国際シンポジウムは英語やロシア語で行うことを前提としている。 私はこのような場を自由にこなせるほどの語学力がなく、ついつい消極的になってしまう。 また、国際的なジャーナルに外国語で投稿することが、今後の個人研究や組織を世界的な水準に押し上げるうえで必須の条件となるが、外国語による論文執筆であれば日本語の原稿の数倍の時間が必要になり、ついつい躊躇するのが実情である。 今後、若い研究者は必ず 2〜3 年は外国で研究生活をすることを義務付け、そのための予算確保、他の職務の軽減などの環境整備を行うことが望ましい。
2) 前にも触れたように、ディシプリンに基づく基礎的な研究を吸収力の旺盛な若い時期に徹底して行うべきである。 私は研究者としてのキャリアに乏しく、常にこのことが気になっている。 今のようなごまかしの利く社会だから、ぬくぬくと生きていけるが、決して望ましいことではない。 自分には自分なりの役割があると慰めているが、研究者であれば他の研究者ではできないことを目指す姿勢とその背後にある知識の練磨が必要である。

F) 専任研究員セミナーでの外部コメンテーターのコメント集

1996 年度

「ハバロフスク地方および沿海地方における機械工業企業の動態分析」 (1997 年 1 月 20 日開催)

『スラヴ研究』, 44:147-179, (1997) に既刊
コメンテーター: 荒井信雄 (静修女子大学)

1997 年度

「戦前期日露貿易の統計的分析」 (1998 年 3 月 25 日開催)

『戦前期日露貿易の統計的分析』, "Discussion Paper", D98-4, Institute of Economic Research Hitotsubashi University (1998) として既刊
コメンテーター: 西村可明 (一橋大学経済研究所)

村上氏の研究意図は、日ソ・日露間の経済関係を貿易面から、長期にわたって、しかもアジアあるいは極東という地域的区分も考慮に入れて、統計的に解明するという壮大なものである。 本論文はその中で、1890 年代末から 1940 年頃までの、すなわち帝政ロシア末期から戦前期ソ連時代に至る、日露・日ソ貿易の統計的分析に主眼が置かれている。 この研究は、戦前期日露・日ソ貿易の包括的な統計的分析として、評者の知る限り、我が国において (そして多分世界で) 初めての研究であり、その意義は極めて大きい。


本論文で筆者が試みているユニークなアプローチは、次の 2 点にある。 第 1 は、最重要資料として大蔵省編纂の『日本外国貿易年表』を活用し、さらに日本戦前期のかなり古い資料や、ロシア国立経済古文書館所蔵資料を探し出して、それを補う努力をされている点である。 この作業は極めて労働・時間集約的であるが、それを通じて、19 世紀末から 1940 年までの長期にわたって、日露・日ソ貿易の統計的考察をなしえた点は、大きな成果だといえる。

第 2 に、その際、日露・日ソ貿易を金額ベースと物量ベースの両面から、さらにロシア・ソ連をアジア部とヨーロッパ部に区分して分析している点を挙げることが出来る。 経済学では、経済開発論や国際経済論の観点から、アジアの経済発展を研究する事が重要課題となっており、ロシア・ソ連との貿易をアジア部とヨーロッパ部に区分けして統計的に分析されている点は、大きなメリットとなっている。 また日本の港湾別考察や、駐日ソ連代表部の設置の歴史的事情などへの目配りも、本論文を豊かなものにしている。

この様なアプローチの成果として、本論文で明らかにされた事は、次の様に要約できる。すなわち、第 1 に、日露戦争期に貿易が減少した後、第一次大戦期には日本の世界貿易が急増する中で、対露貿易もこれと同一方向の軌跡を示したこと、第 2 に、戦時共産主義期からネップ初期にかけて日ソ貿易はかつての日露貿易に比べ減少するが、1925 年の日ソ基本条約締結後、再び増加傾向に転じたこと、第 3 に、日露・日ソ貿易は北鉄買収、日独防共協定、ソ連の輸入封鎖といった政治的ファクターに顕著に左右されていることがそれである。 ここには日本の世界貿易の動向に沿って日露貿易の動向が動く場合と、政治的ファクターに左右されて動いている状況とが明らかにされていて興味深いものになっている。 またこの時期の茶・漁網の輸出動向の説明、石油・水産物・木材の輸入動向の説明も有益である。


今後の検討課題として評者の疑問点をあえて挙げるとすれば、第 1 に、日露貿易は日本の対世界貿易の動向と軌を一にするところもあれば、そうではなくて政治ファクターによって特殊な動きをする部分もあるから、対露・対ソ貿易の動向を日本の全体的貿易動向の中に体系的に位置付けて考察すると、その特徴が一層明確になるのではないかという点である。

第 2 に、周知の通り、輸出入額は相手国の物価、為替レート、自国の物価などに依存するので、輸出入額は輸出入数量の変化を必ずしも反映しない。 例えば、表-4 の第 6 行 (食塩) は、価格で見ると 1919 年が輸出額が最高であるが、数量で見ると 1916 年が最高となっているし、第 11 行 (蜜柑) では、価格では 1918 年が最高であるが、数量的には 1912 年〜1915 年の方が多く、特に 1913 年が飛び抜けて多い。 従って、実際の輸出量の動きとその背景を知るためには、価格や為替レートの変動を調べる必要がでてこよう。 これは本論文でも部分的には行われているが、この点での一層詳しい分析が望まれる。

第 3 に、輸出入動向の要因に関して不分明な点が存在する。 例えば、1934 年から 1935 年にかけての輸出急増の説明 (北鉄買収代償輸出)、1938 年からの輸出急減 (ソ連の輸入封鎖)、1938 年からの輸入急減 (日独防共協定など戦時) の説明はあるが、1934 年から 1935 年にかけての輸入急減の原因は明らかでない。 また日露戦争の影響で貿易額が一時減少した後回復するにもかかわらず、石油や魚の輸入のように長期にわたり復活しない品目もあるが、それは何故なのかも説明が欲しいところである。

第 4 に、本論文は 100 年前と今日を比較して、貿易構造の類似性を指摘しているが、この結論と日露貿易が政治的要因その他に左右されるという論点とはどう整合的に理解するべきなのか疑問が生じる。 むしろ戦前期の動向に限って言えば、構造に変化があるという点を強調すべきではないかと思われる。

第 5 に、ここでは、輸入するために輸出する、あるいは輸出額の範囲内で輸入するというソ連貿易政策が日ソ貿易に与える影響の有無という興味深い問題が示唆されているが、ソ連のこうした政策は、各国別に厳守されるものであったか、それともトータルな貿易収支において厳守されるものであったかという疑問が生じる。 例えば、日本との貿易における輸出超過は、機械設備を輸入する日本以外の主要相手国との貿易赤字を補填するためのものであったと仮定すると、そこには日本の当時の経済発展水準の反映を推定することが出来よう。 日ソ貿易でのソ連側の輸出超過とソ連貿易政策との関係は、様々な角度からの厳密な検討に値する問題だと思われる。


これらは、今後の検討課題として評者にとって興味深い点を列挙したに過ぎないが、本 論文では、全体として、戦前期日露・日ソ貿易の状況がかなり詳細に系統的に解明されており、その貢献は極めて大きいと思われる。 今後さらに、日露・日ソ両国の経済事情の本研究への取り入れ、世界貿易の中での両国の位置付けの考慮など、より広い視野からの研究の発展と、戦後日ソ・日露貿易の統計的考察への研究の延長とによって、日露・日ソ貿易の体系的研究が確立されると期待される。

1998 年度

「ロシアの石油・天然ガス産業への外国投資」 (1999 年 1 月 25 日開催)

「ロシアの石油・天然ガス産業への外国投資〜生産分与法を中心として〜」, 『スラブ研究センター研究報告シリーズ』, 69:67-92 (1999) として既刊
コメンテーター: 吉田文和 (北海道大学経済学部)

1999 年度

「ロシア石油・天然ガス輸出市場の形成」 (1999 年 11 月 18 日開催)

西村可明編著 『旧ソ連・東欧における国際経済関係の新展開』, 259-292 (日本評論社) (2000) に既刊
コメンテーター: 森岡 裕 (富山大学極東地域研究センター)

本論文は、以下の 2 点について検証を行うことを目的としている。
1. ロシアの石油・天然ガスを外国に供給することによって、ロシアがどのようなプレゼンスを拡大あるいは維持しようとしているのか
2. CIS にかつてのコメコンのような市場圏が形成されてきているのか
そこで上述の目的にそって、本論文を概括しコメントを行う。


1. 概要
まず最初にヨーロッパ市場へのロシアの石油の輸出力が検討されている。 地域別にみると、中欧諸国に対しては「ドルージバ」パイプラインによる輸出が近年回復傾向にあり、ロシアと中欧との石油取引の重要性はコメコン時代と基本的には変わりがないことを指摘している。 他方旧ソ連圏に関しては、ベラルーシとウクライナだけがロシアの石油に依存しており、他の諸国に対しては石油供給によってロシアの影響力を行使する余地がほとんどないとされる。

天然ガスは、単一の商品でロシアの輸出総額の 19.1% を占め、現在のロシアにとって非常に重要な産業であることが示されている。

地域別にみると、ドイツ、イタリア、フランスの三国が中心であり、これら三国でヨーロッパ向けの 77.3% のシェアを有している。 石油と異なり、いわゆる旧西ヨーロッパが輸出先の中心となっている。

中欧市場に関しては、市場獲得競争が激化してきたとしながらも、すでにパイプライン 網ができあがっていることから、ロシアからの天然ガス購入量について、ドラスチックな変化はないとされる。

なおヨーロッパ市場での競争の激化をふまえて、将来の問題として東シベリア (コヴィクチンスコエ田) の開発と輸出先としてのアジア市場についての指摘がある。

次に国家間の関係としては、ベラルーシ、ウクライナ、カスピ海周辺国がとりあげられている。

ベラルーシは、CIS 諸国のロシア離れが進むなかで唯一安定した関係にあるとされている。 またウクライナについても、政治的には距離をおいているものの経済的にはロシアに依存せざるをえない状態であることが示されている。 なお両国とも、ロシアから供給を受けた天然ガスヘの多額の料金未払という問題をかかえている。

カスピ海周辺国 (アゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタン) に関しては、関係諸国のロシア離れをとめる手段をロシアがもはや持っていないことを示している。

以上のような考察をとおして、ロシアが石油・天然ガスを武器として影響力を行使できるのは、ベラルーシとウクライナだけであるという結論に達している。 したがってベラルーシ、ウクライナ両国からの、ロシアによって供給された燃料に対する円滑な支払の遂行が重要な課題として指摘されている。 またロシアの石油・天然ガスの輸出市場の確保という点から、パイプラインの整備による従来のヨーロッパ市場の確保と新たな市場としてのアジア市場の確保をあげている。


2. コメント
まず本論文の重要な課題であるプレゼンスについてみていく。

ロシア政府によって策定された「新エネルギー政策」によれば、ロシアの外交政策において軍事力の役割が低下するとともに、エネルギー外交がロシアの国益を実現する最もアクティブな手段として規定されている。 したがって今回村上氏によって検討された課題は、まさにロシア政府自身の課題でもある。 またエネルギー商品についてみると、石油については悲観的であり (2 億トン以上も輸出していたソビエト時代でさえ、国際石油市場において影響力を行使できなかった: 「新エネルギー政策」)、他方天然ガスについては強気である (石油市場と異なり、ロシアはアクティブな役割を果たしうるし、また果たさねばならない: 「新エネルギー政策」)。 これは、まさに今回の村上氏の指摘とも一致するところである。

次に CIS 諸国との関係についてみていぎだい。 上述の「新エネルギー政策」では、エネルギー資源の保有度によって旧ソビエト構成国を 3 つのグループに分けている。 第 1 グループは十分なエネルギー資源を保有する国であり、ロシア、トルクメニスタン、カザフスタンが含まれる。 第 2 グループは部分的に自給可能な国で、今回の論文の対象国のなかではアゼルバイジャンとウクライナが該当する。 最後に固有のエネルギー資源を保有しないか自給率 5〜10% 以下の国が第 3 グループとされ、今回の論文の対象国のなかでは、ベラルーシが当てはまる。

これはロシアによるグループ分けであるが、今回の論文で検討されているロシア離れを測る 1 つの尺度として利用しうると考えられる。 ロシアを手玉にとり何の報復措置も受けていないのが、トルクメニスタンとアゼルバイジャンであり、ロシア離れに歯止めをかけられないのがカザフスタンである。 また政治的に距離をおいているのは、ウクライナである。 それに対してロシアに最も友好的な国がベラルーシである。 もちろん国と国との関係は様々な要因によって規定されるものであり、1 つの要因だけで決定してしまうのは危険であり誤りであることは評者 (森岡) も理解している。 しかし旧ソビエト構成国のエネルギー資源保有度というのは、ロシアとの関係をみるうえで 1 つの基準とはなりえる。

これと関連してプレゼンス (影響力) という視点から、未払問題のジレンマを提起したい。 本論文で指摘されているとおり、ベラルーシとウクライナによるガス料金の未払は、経済的にはロシアにとって深刻な問題である。 だが見方をかえると、これはロシア離れを止める外交上の武器として機能しているのではないだろうか。 逆に言うとベラルーシとウクライナに潤沢な「生きたお金」が入りこみ未払分を清算されてしまうと、ロシア離れを防ぐ武器を失うことになる可能性があるということである。 したがってロシアとしては未払問題は経済的には解決しなければならない課題だが、政治・外交的には簡単に清算されても好ましくないという状態ではないだろうか。

アジア市場に関しては、当該市場の重要性についてロシアも認識していると考えられる。「新エネルギー政策」によれば、ヨーロッパ市場で競争が厳しくなることをふまえたうえで、新市場 (アジア―太平洋市場) の開拓を重要な方向として打ち出している。 アジア市場は、ヨーロッパ市場と異なり現時点でビジネスとして成立するという状況ではないが、21 世紀の市場として重要性は高い。

最後に今回の論文に対しては外在的なコメントとなるが、研究の視点についてふれておきたい。 今回の論文は、ロシアの石油・天然ガスという国際政治・経済上非常に大きな影響力のある分野を考察したものである。 それに際して、研究者 (観察者) として客観的な視点から公正に対象をとらえている。 これは研究者として当然の姿勢と言える。 だがもう 1 つの視点というものを、あえて考えてみたい。 すでに述べたようにエネルギー問題は、多くの国の利害がからむきわめて政治的な問題である。 そこでこのような研究 (今回はロシアの石油・天然ガス) をとおして、それが日本の利害や日本国民の生活にどのような影響を与えるのかということを萌示していくというのも 1 つの方向として考えられのではないだろうか。


3. まとめ
今回の村上氏の研究は、ロシアの石油・天然ガスという国際政治・経済上きわめて影響力の大きい問題をとりあつかったものである。 またロシアは日本にとって近隣の大国であり、ロシアのエネルギー産業の動向を考察することは、日本にとっても非常に重要なことである。 この点からもロシアの石油・天然ガスの輸出問題を検討した今回の研究は、学術的にも実務的にも大きな意義をもつものとして高く評価できる。

2000 年度

「石油流出に関する危機管理体制の国際比較」 (2000 年 12 月 26 日開催)

スラブ研究センター研究報告シリーズ, 77:1-26 (2001) に既刊
コメンテーター: 畠山武道 (北海道大学法学部)

長所:
石油流出の際の危機管理体制について、諸外国の制度を、実態にまで立ち入って検討した日本語の研究はない。 その点で、貴重な成果である。

アメリカについては、若干の邦語論文があり、さらにいくつかの英語論文を参照にできるが、ロシアの実情については、皆川論文などを除き、ほとんど文献がない現状。

村上論文を通して、限られた範囲ではあるが、実態が徐々に明らかになりつつあるとい う印象をうける。

以下、自分の不勉強を棚に上げて、気付いた点を、主にアメリカ法、日本法について、 遠慮なく言わせていただく。


注文: 気付いた点

第 1
石油流出の防除体制とは、事前予防、事故発生の際の対応、事後措置、環境復元、長期の研究とモニタリングなどの総合的対策を意味する。

事前予防
石油コンビナート災害防止法
施設の建設→操業開始→点検→事故時の対応
日本では対象外であるが、環境アセスメントの実施などがある。
船舶: 海洋汚染防止条約、海洋汚染防止法

そこで、危機対応体制だけでなく、施設建設に関係する事前チェックも含めて、全体的な予防体制の検討が必要であろう。

本報告では、事前チェックについては、環境アセスメントの結果が兼用されているが、施設建設にいたる法的な手続、とくに事前に先住民などの同意をどのように取りつけたのか、などの検討がこれから必要となるだろう。

その点で、(1) 危機管理体制の法的基盤の個所の説明については、さらに補足的な説明が必要という印象をうけた。


第 2
油濁法については、スーパーファンド法 (1980 年) があり、それが法律制定に生かされている。 スーパーファンド法は、有害産廃処理を義務づけた法律であるが、石油汚染を除外していた。 そこで、議会に不満が強く、石油汚染に対する回復を定める法律の制定が何度となく議論されてきたというのが正しい。 その間、バルデーズだけではなく、結構、流出事故があり、それが法律制定につながった。 4-5 頁の記述。

国家緊急計画も、スーパーファンド法が根拠法となっている。 スーパーファンド法は、過去の埋立有害廃棄物について現在の土地所有者に責任が及ぶために、不満が非常に強く、法律の進行の実があがっていない。 おそらく石油について効果があるのは、有害産廃処理に比べ、大企業が多いせいであろう。


第 3 (5 頁)
州法と連邦法との関係

州法が連邦法に優先する (連邦法があっても、州法で規制できる)
州が、連邦以上の厳しい規制ができる

海に面した州というのは、5 大湖を含めるとけっこうあり、カリフォルニア、アラスカなどをはじめとして多数の州の州法が上乗せ的に厳しい規制をしている。 そこで、安全審査、賠償者の範囲、損害賠償額などについては、州法を調べる必要がある。 州、アラスカ、カリフォルニアなどが代表例となりうるだろう。


第 4 (6 頁)
@の国家対応組織 (national response team: NRT) についての説明があると良いだろう。
同じく 7 頁冒頭の「地域対応チーム」についても、内容説明があると良い。

地域緊急時対応計画については、住民参加とともに、科学者の参加が重要。

この点は、25 頁に詳しく述べられており、大変に興味深く読むことができた。 さらに、タンカー汚染事故については、住民だけではなく、科学者の意見が重要。 汚染防止従事者、ボランティアの研修などについて、科学者、専門家の参加が不可欠。


緊急時対応計画の中身については、最悪事故想定(ワーストケース)が前提とされているが、この点の紹介も必要であろう。 日本では、最悪事故については、「仮定の問題には答えられない」などといっているが、ワーストケースの意味を周知させる必要がある。


第 5 (8 頁)
日本の現状について: 1997 年の閣議決定に基づく緊急時対応計画あり。 しかし、閣議決定であり、法律・政令ではないことから、特に、運輸、通産省などによって内容が容易に無視される可能性がある→この計画をうけて海防法 43 条の 2 の排出油防除計画あり。

他方で、災害対策基本法では、北海道知事が地域防災計画を作成することになっており、現に、北海道地域防災計画が作られ、その中に流出油等対策計画が入っているが、どちらが優先するのか不明なままである。

この点は、14-15 頁で問題として上げられている。 15 頁では、平成 9 年 (97 年) の閣議決定で改正されたが、「それなりに明瞭になった」とされているが、この計画は法改正によるものではないので、災害対策基本法と海防法との関係は明らかでない。 通常は海上保安庁長官とするが、「より大規模な被害発生」の場合には、「原則運輸大臣」となっているが、なぜ、運輸大臣が非常災害対策本部の本部長となるのかの根拠が不明。

また「原則運輸大臣」であり、結局、非常災害対策本部長は、担当省庁の国務大臣とされているので、農水省大臣、国土交通大臣、水産庁長官などとなる可能性がある。 海岸は、利権の巣窟といわれ、省庁間縄張り争いが特に激しいところであり、調整は容易でないだろう。

むしろ被害防除については、平成 10 年 (98 年) の改正された 41 条の 2 が重要であるが、これも要請であり、どこまで拘束力があるのか不明。 なお、費用負担については、42 条の 37、42 条の 38 などの規定の整備が重要であり、国が臨時に出資し、費用負担する法律上の根拠が明示された。


第 6: 分散剤の使用について
やや肯定的な説明に読めるが、これで良いかどうか。 たしかに、事前手続きについては、詳細な規定が通達に定められているが、使用にポジティヴかどうかはさらに確認する必要がある。 油が細かくなって、かえって生物に入り込むので良くないという指摘あり。


第 7:「自然資源受託者」という名称も紛らわしい
要するに役所のことを言っているだけで、NGO や住民組織とは別物なので、注が必要。


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