田畑 伸一郎 (たばた しんいちろう)

A)個人研究活動 (うち主要学術研究業績一覧 B)共同研究活動
C)受賞など D)学歴と職歴
E)「私のスラブ研究センター点検評価」 F)専任研究員セミナーでの外部コメンテーターのコメント集


A) 個人研究活動

1. 研究主題: ロシア経済

2. 研究領域

1) ロシアのマクロ経済

ロシア経済のマクロの経済動向について、統計の検証に基づく厳密な分析を行うことが、1986年にスラブ研究センターに就職して以来、私の研究の中心的課題となっている。 2) 以下に記す他の研究テーマも、何らかの意味で、このテーマに関係するものである。 1995~1997 年度の重点領域研究は、まさにこの問題を主題とするものであり、1992 年以降の体制転換のなかで、ロシアの経済構造や経済循環がどのように変化したかという問題に取り組んだ。

このような分析を行うにあたっては、ロシアの統計の検証を行うことが前提となる。 ロシアの統計については、①ソ連時代の統計を引き継いだために生じた問題点、②ロシア経済の市場経済化に伴う問題点、などがあり、統計の検証に相当の努力が費やされることになる。 しかし、このような統計の検証のない統計分析はほとんど無意味であるというのが私の立場であり、統計の検証は分析のための必須の前提条件である。

重点領域研究は、私にとって初めて、このようなテーマについて共同で研究する機会を与えてくれた。 私を含めて、5 人の研究者で研究を行うことになったので、国民勘定体系を構成する 5 つの基本勘定を 1 つずつ分担することとした。 ロシアは、体制転換のなかで、統計システムについても、従来の物的生産物体系 (MPS) から、世界の標準となっている国民勘定体系 (SNA) への移行をはかった。 我々のグループは、このような移行がどのように進められているかについての調査という点でも、国際的に注目される成果をあげることができた。

私の分担は国民所得統計であったので、国民所得統計の検証を行った後に、ロシアの GDP 成長要因の分析を行った。 これとの関係で、ロシアの貿易統計や財政統計の検証・分析も行った。 共同研究の成果として、1990 年代初め以降のロシアの経済大不況は、いわゆるオランダ病によるものであり、その結果、製造業への投資が激減したことが主要な要因であることを明らかにした。 これらの共同研究の成果は、1冊の研究書にまとめられたほか、国際会議での報告、海外の雑誌・論文集への執筆という形で、海外でも発表された。 この共同研究は、成果の内容の面でも、その発表の仕方の面でも、非常に高く評価できると考える。

2) ロシアの地域経済

重点領域研究が終わった後、ほぼ同じグループで、ロシアの地域経済の分析に取り組むこととなった。 重点領域研究では、主として、産業間の資金循環が分析されたことから、1998~2000 年度の共同研究では、地域間の資金循環を主要な分析対象とした。 ロシアの地域経済研究は、国際的にも、1990 年代後半頃から急速に発展した研究分野であり、我々の共同研究もこの流れに乗るものであった。

我々の研究は、この共同研究においても、統計の検証から始められ、整備され始めたばかりのロシア地域統計に関して、綿密な検討を行った。 そのなかで、私自身が行ったのは、主として、地域の財政の分析であり、財政面での連邦と地域の関係や地域の財政に関して、制度の調査や統計の検証・分析を行った。 共同研究の成果として、地域間の資金循環においては、石油・ガス産業の輸出収入の循環をはじめとするロシアと世界経済との関わりが極めて重要であることを明らかにした。この認識が 2001 年度からの新たな共同研究の出発点となっている。

この共同研究の成果も、国際会議での報告、海外の雑誌・論文集への執筆という形で発表されたが、1 冊の研究書という形でまとめることはできなかった。 3 年間で成果を出すには、大きすぎるテーマであったかもしれない。 私個人にとっては、これまでロシアの地域にはほとんど関心を払っていなかったので、その意味では、この共同研究の意義は大きかったし、2001 年からの新しい共同研究のなかで、成果をまとめて出せればよいと考えている。

3) ロシアの経済改革

ロシアの経済成長の問題と並んで、ロシアの経済改革に関する調査・検討を行うことが、私の研究のもう1つの大きな柱となっている。 経済の成長要因の分析は、制度変化に関する十分な理解なくしてはきちんと行うことができないというのが私の立場である。 近年、とりわけ重視しているのは、財政、税制、価格、貿易、為替などに関わる制度変化の調査・検討である。 2) の研究との関係で、これらの領域で地域に関わる制度変化についても、視野に入れるようになった。 このテーマについては、それだけで学術的な論文を書いてはいないが、1)、2)、5) の研究のなかで十分に活かされていると自己評価している。

4) ロシアの統計制度

一橋大学経済研究所のアジア長期経済統計データベース作成の COE プロジェクト (1995~1999 年度) に分担者として参加したなかで、ロシアの GDP 統計、貿易統計のデータベース作成に関与したほか、ロシア・ソ連の統計制度についての調査を担当することとなった。 現在のロシアの統計制度だけでなく、帝政ロシア時代の統計制度、ソ連時代の統計制度も調査対象とされた。 また、統計作成の実態を把握するという目的から、地域における統計作成という点も、調査の対象とされた。 このテーマについての成果は、研究集会での発表、ディスカッション・ペーパーの執筆のレベルに留まっており、今後数年内に、きちんとした形で発表する予定である。

5) CIS の機構・機能

日本国際問題研究所の共同研究 (1998~1999 年度) として、CIS (独立国家共同体) の機構についての研究を行った。 これは、CIS 機構がどのような機能を果たしているのかについて、またその機能がどのように変化しているのかについて、学際的な検討を行うもので、私は CIS の経済面での機能について研究することとなった。 私の研究は、域内貿易に関わる課税制度に焦点を当て、その変化を追うなかで、CISにおける統合と解体という要素を検討するものであった。 CIS の研究と言っても、私の場合は、ロシアからの視点・分析となっている。 この共同研究は、2001 年度からの新しい共同研究のなかに組み込まれることとなった。

この研究の成果は、外務省の委託研究報告書 2 冊にまとめられただけで、世に問うのは にれからである。 私個人にとっては、この研究は、ロシアの地域研究を始めたときに同時に開始されたので、一方でロシアの奥深くに進みながら、他方でロシアを囲む世界に進む形となった。 視野を広げるという意味で意義が大きかった。 また、5~6 人の学際的なメンバーで共同研究を行っためも初めてのことで、よい経験となった。

3. 現在進行中の研究

1) ロシアの世界経済との統合

2001 年~ 2004 年度の新しい共同研究として、ロシアの世界経済との統合に関する総合的研究を行うこととした。 この共同研究の目的は、 ①体制転換後のロシアの対外経済関係を総合的に研究し、ロシアが世界経済とどのように統合されるに至ったのか、それが今後どのように変化する可能性があるのかを明らかにする、 ②ロシアの対外経済関係の制度とその機能を調査・分析し、そのうえで、対外経済関係に関わる統計データを綿密に分析する。 データ分析の目的は、ロシアと世界経済との問で資金がどのように循環し、その資金がロシアの産業間・地域間をどのように循環しているのかを明らかにすることにある。 すなわち、これまでの 6 年間の共同研究で行った産業間、地域間の資金循環分析と組み合わせて、重層的、複合的に検討を加えることになる、 ③ロシアが旧ソ連構成共和国との間で結成しいる CIS (独立国家共同体) がロシアの世界経済との統合のなかでどのような役割を担っているのかを明らかにする。 CIS は経済的利益だけを目的として存在する組織ではないので、政治、国際関係、安全保障の専門家とともに学際的な検討を加えることによって、CIS の機構とその機能を調査・分析する、 の 3 点である。

「総合的」と名付けたことには 2 つの意味があり、1 つは、②に述べたように、経済の制度とその機能、さらに、そのパフォーマンスを示すデータなど、ロシアの対外経済関係に関わる事象を総合的に研究することにある。 もう 1 つは、③に述べたように、ロシアと欧米などとの関係だけでなく、CIS との関係も含めて研究することにある。 いずれの意味においても、このような総合的な研究が行われるのは、日本だけでなく、ロシアを含む諸外国でも初めてのことである。

この共同研究のなかでの私の分担は、世界経済との間の資金循環研究については、ロシアの国民所得統計に基づく分析を行うことである。 より具体的には、次の 3 つの課題を考えている。 第 1 に、ロシアの国民所得成長の大きな規定要因となっている石油・ガスの輸出収入について、統計分析を行う。 2002 年には、これまでの成果をとりあえず中間成果としてまとめることを予定しており、国内での学会報告と、英語論文の執筆を計画している。 第 2 に、これまで統計データの検証に留まっていたロシアの貿易統計について、本格的な分析を行う。 これに関連して、対外借入、対外債務返済、外国投資、資本逃避 (キャピタル・フライト) などの分析にもこれまで以上に踏み込みたいと考えている。 第 3 に、このような対外経済活動と国内経済との関係を考えるうえで重要な為替の制度と動向について調査・分析を行う。 為替の問題の延長線上で、エネルギー産業の輸出によって製造業が空洞化するといういわゆるオランダ病の問題についても、実証的・理論的分析を行いたいと考える。

CIS の機構・機能研究については、その経済面での分析を行うことが私の分担である。 より具体的には、CIS の経済面での機能のなかでもっとも重要であると考えられる貿易面の制度について、検討を加える。 すなわち、輸出入関税や輸出入品に対する間接税の課税の面から、CIS の制度の変化や問題を検討する。 いわゆる自由貿易地域や関税同盟と比べて、CIS はどのように位置付けられるのかについて考察する。 さらに、CIS のなかに結成されている 5 力国のユーラシア経済共同体やロシア=ベラルーシ同盟国家も視野に入れられる。 この研究については、2001 年中に他の分担者とともに、『ロシア研究』の特集号に執筆することになっているほか、この領域での最初の成果を 2003 年に共著の研究書として出版する予定である。

この科研費共同研究においては、ロシアの WTO 加盟についても、その問題点や影響についての検討を行わなければならないと考えている。 当初は、この共同研究の後半において行うことを考えていたが、加盟時期が早まりそうなので、2002 年において何らかの検討を開始する予定である。

2) 世代間利害調整

2000~2004 年度の一橋大学経済研究所の特定領域研究「体制移行諸国における世代間利害調整」に分担者として参加しており、ロシアについてこの面での研究を本格化し始めた。 これは私にとっては全く新しいテーマであり、まずロシアの年金に関する調査を始めた。 より具体的には、1992 年からの体制転換期におけるロシアの年金制度の変化についての調査を行っている。 また、平均年金、最低年金などの統計データの検証・整備も行っている。 次の作業としては、ロシアの年金に関わるマクロのデータの検証・分析を行うことを予定している。 2002 年前半には、国際ワークショップでの共同報告、『経済研究』への共同論文の執筆が予定されている。

4. 主要学術研究業績一覧

1) 著作

(3) 編著

2) 学術論文

(1) 単著

(2) 共著

3) その他の業績

(1) 研究ノート等

(4) その他


B) 共同研究活動

1. 共同研究の企画と運営 (代表者として)

1) 科研費などの研究プロジェクト

(1) 1995~1997 年度重点領域研究 「スラブ・ユーラシアの変動―自存と共存の条件―」に含まれる計画研究 B02 「経済構造と経済循環の変化に関する実証的分析」
(2) 1998~2000 年度基盤研究 A(2) 「ロシアの地域間の資金循環」
(3) 1998~2000 年度基盤研究 B(1) 「ロシアの地域間資金循環の分析」
(4) 1998~1999 年度外務省委託研究 「CIS の現状と将来」 (日本国際問題研究所受託)
(5) 2001~2004 年度基盤研究 A(1) 「ロシアの世界経済との統合に関する総合的研究」

2) 学会などでのパネル組織

(1) 1997 年度スラブ研究センター冬期研究報告会・科研費重点領域研究公開シンポジウムの組織 (1998 年 1 月)
(2) 共産主義・ポスト共産主義社会国際会議 (1998 年 7 月、メルボルン) でのパネルの組織
(3) 1999 年度スラブ研究センター夏期国際シンポジウム 「ロシアの地域: 経済成長と環境」の組織 (1999 年 7 月)
(4) 米国スラブ研究促進学会 (AAASS) 第 31 回全国大会 (1999 年 11 月、セントルイス) でのパネルの組織
(5) 米国スラブ研究促進学会 (AAASS) 第 32 回全国大会 (2000 年 11 月、デンバー) でのパネルの組織
(6) 比較経済体制学会第 42 回大会の開催校 (2001 年 6 月)

3) その他の共同研究活動の企画と組織

なし

2. 共同研究への分担者としての参加

(1) 1995~1999 年度 COE プロジェクト 「アジア長期経済統計データベース」 (一橋大学経済研究所)
(2) 2000~2004 年度特定領域研究 B 「世代間の利害調整」 (一橋大学経済研究所) に含まれる研究項目 A6 「移行経済における世代間の利害調整」

C) 受賞など

なし


D) 学歴と職歴

学歴: 1957 年生まれ、1981 年東京大学教養学部教養学科卒、1983 年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、1986 年一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学
職歴: 1986 年北海道大学スラブ研究センター助教授、1997 年同教授


E) 「私のスラブ研究センター点検評価」

1) 大きな共同研究の必要性

私は、1995~1997 年度の重点領域研究は、センターにとっても、日本のスラブ研究にとっても、非常に大きな意義をもったと考えている。 それは、研究成果の面でも言えるであろうが、ある意味ではそれ以上に、研究組織の面で言えるように思われる。 1 つの大きなテーマが設定され、分野ごとに 9 つもの研究グループが組織された (公募研究を含めるならば、さらに多くなる)。 スラブ研究の領域で、これだけ多くの共同研究が同時並行的に組織されたのは、おそらく初めてのことであり、私もそうであったが、このとき初めて共同研究というものを体験した人も少なくなかったであろう。 私が現在関わっている共同研究がまさにそうであるが、センター等で重点後に行われている共同研究の多くは、いろいろな意味で、もし重点領域研究がなかったならば、行われていないであろうものである。

私はこのように考えるので、やはりセンターは 10 年に 1 度位は、特定領域研究などの大型研究を組織すべきではないかと考える。 重点後のセンターでは、常時 3~4 件程度の中規模 (年間 500 万~1500 万円程度) の共同研究が文部省科研費等で組織されている。 この場合の問題点は、テーマの設定が研究代表者となる個々の研究員にほぼ 100% 委ねられていることであろう。 これは、しかし、当然のことであって、代表者個人の関心に沿ったテーマでなければ、申請の際も、実施の際も、意欲が涌かないであろう。 中規模の科研費であっても、申請や実施の際の手間は相当なものであり、このテーマで応募しなさいと同僚に要求することはできないし、そうしない方がよいであろう。

特定領域研究などの大型研究のよさは、まさにこのテーマの設定にあたって、時間をかけた調整が行われることである。 また、特定のテーマについて、その研究を行いたいという希望者がセンター内にいない場合は、外部の適当な研究者に打診することができる。 1995 年~1997 年度の重点領域研究の際には、9 つの研究プロジェクトの構成メンバーについても、100% その研究代表者に委ねるのではなく、センター内で話し合いや調整が行われた。 もちろん、研究の具体的な内容や進め方の多くは、研究代表者が決めるわけであるが、大枠について事前の話し合いが行われたことの意義は大きかったと思う。

もちろん、大型研究の申請にはいくつかの障壁がある。 その最大のものは、全体のテーマの設定である。 重点領域研究の際には、総花的にならずに特定の切り口を提示することと、多くの学問分野を取り込んで、学際的な研究とすることの間の矛盾に悩まされた。 これについては、教官会議だけでなく、運営委員会等で繰り返し議論していく必要があるであろう。 また、重点領域研究のときの経験から、領域代表者の負担が大きいことが分かっているだけに、誰がその役を引き受けるのかという、より現実的な問題もある。

2) 現状の改善

大型研究の申請が中長期の目標であるとするならば、とりあえず現在のような 3~4 件程度の中規模共同研究が文部省科研費等で組織されている状況において、テーマ設定などに関して何が改善できるかを次に考えてみたい。

まず、どのような研究が日本で、または、センターで必要であるのか、あるいは、欠けているのかについて議論するような場を、年に何回か教官の間で設ける必要があるように思われる。 既述のように、そこでの議論を下に、特定のテーマの研究を同僚の研究員に強要することは、望ましいとは思われない。 個々人の行っている研究については、テーマ設定を含めて、専任研究員セミナーの場で、批判し合えばよいと考える。 研究テーマについての議論は、たとえば、科研費の申請を行う前の 9 月頃とか、科研費の採択が明らかになる 5 月頃とかがよいのではないか。 こうした議論は、各研究員の研究テーマ設定に間接的にせよ、影響を及ぼすであろうし、その他にも次の 2 つの点が議論の目的となろう。

1 つは、仮に、極めて必要度の高い研究テーマであっても、センター内でそれを積極的に推進しようとする研究員がいない場合は、センター外の適当な研究員に働きかけて、共同研究を行ってもらうことを考えてもよいのではないか。 科研費の応募を依頼するだけでなく、センターの有する日本人・外国人客員教授ポスト、旅費、シンポジウムなどでかなり強力に支援することが可能ではないだろうか。

もう 1 つは、科研費の申請が採択されなかった専任研究員について、小規模ではあれ、共同研究が行えるようにサポートすることを議論する必要があるのではないか。 採択された科研費に分担者として加えることや、校費によるサポートなどが考えられる。

以上の点にも関連して、共同研究のためにより有効に活用すべきだと思われるのは、センターの冬期シンポジウムである。 センターでは、近年、夏期国際シンポジウムについては、比較的大きな規模の科研費研究を行っている者が、そのトピックで組織するという慣行が定着している。 その一方で、冬期シンポジウムについては、センターに滞在する外国人研究員の発表パネルと、いくつかの科研の組織したパネルが混在する形となっている。 しかし、国内・国外の研究者を招聘する予算はそれなりに豊富なのであるから、1 年位前から何か適当なテーマを設定して冬期シンポジウムを組織することを考えてもよいのではないか。

また、センターの院生がこれから増えていくことを考慮すると、夏期・冬期のシンポジウムの後などに、院生を含む若手研究者が発表できるようなセミナーを組織することは非常に有意義であると考える。 シンポジウム自体は国際シンポジウムとなることが多いので、こうしたセミナーは日本語にして、また、少し敷居を低くして組織したらよいのではないか。


F) 専任研究員セミナーでの外部コメンテーターのコメント集

1996 年度

「Changes in the Structure and Distribution of Russian GDP in the 1990s」 (1996 年 5 月 20 日開催)

Post-Soviet Geography and Economics, 37(3):129-144, 1996 に既刊
コメンテーター: 吉野悦雄 (北海道大学経済学部)

1997 年度

「国民所得」 (1998 年 3 月 16 目開催)

「国民所得と経済成長」 久保庭真彰・田畑伸一郎編 『転換期のロシア経済一市場経済移行と統計システム』 (青木書店、1999年) として既刊
コメンテーター: 上垣 彰 (西南学院大学)

田畑伸一郎氏は、重点領域研究プロジェクトの 3 年間、ロシア連邦の SNA 統計に基づいて、ロシアの経済構造の分析にあたってきた。 セミナーで発表された論文はその一つの総括をなすものである。

田畑氏はここで、公表された統計のみに依拠して、ロシアの国民所得の生産と分配の構造を把握しようとする正統的なマクロ分析を行っている。 このような分析手法を取る研究者は、現在のロシア経済研究の世界では、必ずしも多数派とは言えない。 おそらく、そのようなことは不可能であると、初めから決めてかかっている研究者が多いからではないだろうか (最近、資本逃避問題と絡めて IS バランスに言及する論文は増えているが、田畑氏のような包括的な分析はまだ少ない)。 その意味では、田畑氏の論文は、公表統計からいったいどれだけのことが言えるかという可能性を、突き詰めて示したものであり、世界に対して発信すべき意義をもっていると言える。

さて、この論文で田畑氏が明らかにしたのは、次の 3 点である。

第 1 に氏は、GDP の産業部門別成長率分析を通じて、体制転換前後のロシア経済の規模縮小と産業構造の変化を確認した。 ここには種々の発見が盛り込まれているが、その中で、統計上のロシア経済のサーヴィス化には、生産物税・補助金の大きな変動のために生じた見かけ上のものが含まれており、実質的なサーヴィス産業の成長によってもたらされた部分はそれほど大きくないのではないかという主張は興味深い (ただし、モスクワでのサーヴィス業の活況を見ると、やはり実質的なサーヴィス業の成長があったと考えた方がよいのではないか、との反論も討論の過程で出た)。

第 2 に氏は、価格国定制度による所得再分配メカニズムおよび貿易に関わる所得再分配メカニズムが体制転換前後で消滅・変化した事実を明らかにし、そのことが、ロシア経済の再建のためには重大な意味を持っていることを示した。 これは、次の第 3 点と並んで、ソ連経済とは何であったか、その崩壊とは何を意味するのかに関する原理的な問題提起であり、ここに田畑論文の最も大きな貢献があると評価できる。

田畑氏が第 3 に明らかにしたのは、国家財政を通じた拡大再生産メカニズムが体制転換とともに、大きな変化を被ったという事実である。 ロシアの生産減少の規定的要因は、総固定資本形成の減少であり、その減少をもたらしたのは、国家予算資金による投資の減少であるというのが、田畑氏の描くロシア経済の姿である。 本来なら、国家予算資金の減少は民間貯蓄からもたらされる投資資金が補わねばならないのだが、現実はそうなっていない。 この点に関しても氏は、マクロ統計分析を通じて家計貯蓄のうち対 GDP 比 6.0% に相当する部分がどこかへ消えてしまったという事実を発掘して、問題の構造を明らかにしている。

以上のような分析に基づくなら、どのような政策的インプリケーションが導かれるであろうか。 まず田畑氏は、価格国定制度による所得再分配メカニズムの問題については、「税制問題に解決の目処がない限り、展望が見えない」として問題解決の困難性を指摘し、次ぎに、二つの積極的主張を行う。 一つは「少なくとも今後 10 年位については、ロシアでは政府投資が重要な役割を果たさざるを得ない」という主張であり、二つは「ロシアの経済発展あるいは財政は、豊富なエネルギー資源に依存せざるを得ない」というものである。 これらは、現政権の政策に対する控えめな批判となっている。

論文は、セミナーにおいて皆川修吾教授が指摘したように、わかりやすく明快で美しい構成をなしており、すでに完成品の域に達しているが、なお改善の余地のあることも否定できない。

第 1 に、統計データの信頼性に関する問題については、さらに注意深い考慮が必要だろう。 論文の前半部分で田畑氏はロシアの国民所得統計が極めて信頼性の低い統計であると評価してるが、このことを指摘するだけに止めるならば、非専門家はロシアの統計を前に立ち往生してしまうだろう。 統計専門家なら、ここまでなら信頼できるという積極的な側面をはっきりと示す必要があるだろう。 評者自身 (上垣) も、ロシア統計を扱う身として、このことが非常に困難な作業であることは十分理解しているつもりである。 今後共に考えていきたい。 なお、セミナーで家田修教授が指摘した点、すなわち、「私的経済活動に関して公式統計は過小評価しているのではないという前半の主張を生かすなら、政府投資の役割をもっと強化すべきという結論は、割り引かれる必要はありはしないか」という主張は、推計による公式統計の修正という問題にまで踏み込むもので、さらに難しい問題を我々に提起している。

第 2 に、所得再分配メカニズムの問題については、概念の明確化が必要と感じた。 というのも、すでに指摘したように、これが旧ソ連経済を特徴づける重要な概念になりうるという予感がするからである。 その際、「SNA93」における「分配・再分配過程」の枠組みが、概念整理の助けになると思う。 もちろん、田畑氏が討論の過程で指摘したように、旧ソ連の統計数字をそのまま「SNA93」の諸概念に当てはめるようなことはもはや不可能である。 しかし、「SNA93」の枠組み、考え方を旧ソ連経済に適応してみることは不可能ではないだろう。 さらに、所得再分配メカニズムに関しては、「現代ロシアに、余剰所得を国家が集めて再分配するシステムを再建することを良いことだと考えているのか」という山村理人教授の疑問は重要なものだ。 まさに、そのようなシステムの再建を不必要と考える人々によってロシアの体制転換は設計されたからだ。 ただし、この問題に田畑氏が答えねばならないかどうかは分からない。

第 3 に、投資の主体としての「一般政府」の重視については、さらに理論的に突き詰めてみる必要があるように思う。 結局問題の焦点は、ケインズ経済学のロシアヘの適応可能性である。 現在世界で行われているケインズ経済学に対する理論的・実証的批判および反批判を背景においてロシア経済を観察する必要があるのだ。 たとえば、投資乗数の問題がある。 日本においては近年目立って投資乗数が落ちてきているという説がある (それほどではないとの説もある)。 もしロシアの公共投資の投資乗数が低いのだとするなら、投資の主体としての一般政府の役割も割り引かれねばならないことになる。 いくら国家投資を行っても潤うのは一部のセクター (たとえばエネルギー) のみという事態が生じて、広大な領土と多くの人口を抱え、核を保有する「大国」の国家統合に重大な障害をもたらしかねない。 やはり我々は、ロシアはクエートとは違うという点から出発する必要がある (ロシア経済がせめてクエート経済程度になってくれれば良しとせねばならない、との説は説得的だが)。 セミナーで松里公孝助教授が、「政府の役割という場合、中央政府が財政資金を直接投資に振り向けるという形は現実にはあり得ないのではないか。 地方政府の役割や、政府保証貸付金の役割について詳細に検討すべきではないのか」と指摘したことは、マクロ経済学者が見落としがちな側面に光を当てたものとして貴重である。 最後の「政府保証」の問題は、貯蓄を効率的な投資に誘導する金融システム構築の問題につながる。 重点領域 BO2 班の中村靖氏とも協力してこの点を統計的に裏付けられるような研究ができれば素晴らしい。

1998 年度

「Transfers from Federal to Regional Budgets in Russia: A Statistical Analysis」 (1998 年 11 月 10 日開催)

Post-Soviet Geography and Economics, 39(8):447-460, 1998 に既刊
コメンテーター: 荒井信雄 (北海道地域総合研究所)

サハリン州財政制度調査の経験から、田畑氏の論文に示されたアプローチ、すなわち、①連邦予算と連邦構成主体予算の間の資金移転に関して、厳密な定義を行う、②各種の資金移転のシステムについて、統計に基づいて定量的な分析を行うことを高く評価する。 5 つの基本的な資金移転の方法が指摘されている。 このなかで、「相互決済」については、田畑氏は十分明確にならなかったと指摘しているが、1994 年~95 年のサハリンでの調査の際にも、この正確な概念がつかめず、報告書でもきわめて曖昧な表現をせざるをえなかった。 他の資金移転、たとえば地方財政支援基金からの Transfert は、連邦予算法上の費目と構成主体の予算での費目が一致しているのに対して、相互決済については、両者の予算で計上される費目が異なるという点も、相互決済という概念を曖昧にする大きな要因となっている。

構成主体の統合予算中の連邦予算による財政支援 (表4) の平均値は 20% を超えないことになる。 1995 年のサハリン州予算法でも「地方財政支援基金」からの Transfert が平均より高いので、連邦財政への依存度は30%を超えているが、それにしても、かなり低い数字になる。 ところが、サハリン州行政府および州議会の機関紙『グベルンスキエ・ヴェードモスチ』 (1998 年 9 月 18 日付) に掲載されたカルペンコ州議会議員の論文では、1998 年の州予算の財源の 63.4% が連邦からの移転資金で占められており、しかも、1 月~8 月期には、移転資金のうち 44.7% しか実際に送金されなかったと指摘されている。 このように、連邦財務省の統計と構成主体側の発表する数字 (上記の数字は公式統計によるものではないが) の間に大きな乖離がある。

こうしたディスクレパンシーの理由としては、構成主体と連邦政府の個別交渉によって移転される連邦財政資金がかなりの額に上っていることが考えられる。 サハリン州の例では、いわゆる Tax credit が指摘できる。 この事例では、連邦財務省にとってはサハリン州での VAT の税収が予定を下回り、サハリン州財政では予算外基金に連邦が控除しなかった VAT の税額が繰り込まれる。 この Tax credit が返済される場合に、どのような資金の流れが生じるのか、サハリン州での調査では把握できなかったが、相互決済の枠組みで、サハリン州から連邦財政への資金の移転が行われる可能性もあるだろう。

1999 年予算案では地方財政支援基金と、その基金からの Transfert を廃止するという報道がある。 こうした動きは、連邦予算が構成主体の財政力の平準化をめざして財政資金の再分配機能を果たすことを止めようとするものなのか、注目に値する。 どのような制度改革がなされるにせよ、財政連邦主義と呼ばれてきた原則にどのような修正が加えられるかによって、ロシアにおける連邦政体そのものに大きな影響が生じると考えられる。

1995 年にサハリン州における財政制度調査を行ったことは、いま振り返ってみると絶妙なタイミングであった。 ハイパーインフレーションが一応沈静化し、しかも大統領選挙による財政関係の撹乱の前という時期だった。

今後、財政における連邦・地方の政府間関係が大きく変貌すると想定すれば、1998 年前半までに機能してきた財政資金の移転システムを厳密に把握することなしには、変化を正確に理解することもできないだろう。 その意味で、田畑氏の今後の研究はきわめて時宜にかなったものと考える。

1999 年度

「A Statistical Analysis of Regional Budgets and GDP in Russia」 (1999 年 11 月 17 日開催)

"Regional Sources of Federal Expenditure and the Pattern of Revenue Sharing in Post-Soviet Russia," The Donald W. Treadgold Papers として公刊予定
コメンテーター: 上垣 彰 (西南学院大学)

本論文は、重点領域研究の一部として実施された「経済構造と経済循環の変化に関する実証的分析」のあとをうけて開始された科研費研究 (「基盤研究 B」および「国際学術研究」) 「ロシアの地域間の資金循環の研究」の成果の一部であり、評者自身もそのプロジェクトのメンバーである。 地域経済をどのような視角から研究していくべきかについては、我々の間に必ずしも確固たる共通の理解があったわけではない。 大まかにいって、グループ研究による地域経済への接近法は二つある。 一つは、メンバーがそれぞれ特定の地域を担当し、担当地域に関しては、産業、財政、所得、生活水準等々広範なテーマについて一人で研究するものであり、もう一つは、各メンバーが担当の分野を決めて (財政、GRP、国際経済関係、労働…)、その分野に関して、地域横断的に研究する方法である。 田畑氏の論文は、後者に属するものである。 なお、田畑氏には、すでに「Transfers from Federal to Regional Budgets in Russia: A Statistical Analysis」という論文があるが、それと本論文との違いは、本論文では、地域 GDP(GRP) を考察の対象に加え、それと財政移転との関係を研究している点である。

1. 主要な findings

本論文の主要な findings は以下のようなものである。

(a) 計画レベルにおいても (表 1)、実行レベルにおいても (表 2)、地域への財政援助に占める FFPR (地域財政支援ファンド) の比率は、かなり大きい。 ただし、計画レベルでは、連邦予算支出に占める地域への財政援助の比率は、1996~1999 年に下がっている。 FFPR の原資調達方法が変更されたからである。
(b) 実行レベルで地域予算収入とそこに占める中央からの援助の構造を示す 表 2からは次のことが分かる ((c)~(e))
(c) 地域の総予算収入および GDP に占める財政援助の比率は (相殺部分を除くと) 1994 年以来あまり変化していない。
(d) FFPR における「計画」と「実行」との間には相当額の差がある。 それは税収不足の蔓延による。
(e) 確かに、財政援助総額の、地域予算収入および GDP に占める比率は低いが、だからといって、援助の意義が小さいとはいえない。 問題は、税の中央・地域間配分の態様にあるからだ。 実際、移転を少数の地域に集中化する提案がある。
(f) FFPR の地域間配分を示した 表 3 を見ると、一人あたりの税収が全国平均以下か、地域の経常支出を税収が賄えないかのどちらかの場合に、その地域は FFPR を受けることが出来る、とわかる。
(g) モスクワ市、リペツク、タタールスタン、サマラ、バシキリヤ、スベルドロフスク、ハントィ-マンシースク、ヤマロ-ネネツ、クラスノヤルスクは FFPR を受け取っていない (これらの地域をドナーと言いたくないのだが)。 また、北部、北西部、ウラル、東シベリアは、わずかな FFPR しか受け取っていない。
(h) 1994-1998 年において、ケメロヴォ、アルタイ (クライ)、ダゲスタン、ロストフ、クラスノダール、スタヴロポリ、ブリャーチヤ、アムール、サラトフ、オムスクは大量の受取手であり、また北カフカス、西シベリア、極東も相対的に多く受け取っている。
(i) 表 4 によれば、各地域における予算中の FFPR の重要性は、地域によって大きく異なり、アガ-ブリャート、イングシェチヤ、ウスチ-オルダ=ブリヤート、ダゲスタン、アルタイ (共和国)、トゥワ、コリャーク、ユダヤ、カルムィキヤ、コミ-ペルミャークでは、かなり大きい (北カフカス、西シベリアでは 25% 以上)。
(j) 各地域の予算収入に占める FFPR のシェアーは、1994-1998 年で変化していない。 結局、移転のスキームはある程度安定的であった。
(k) 以上の考察から結論付けると、それぞれの地域が受け取る FFPR の額はある程度固定されており、その意味で、連邦予算から、特定の地域への移転には、ある種のパターンが出来あがりつつあるといえる。
(l) 以下 GRP [地域 GDP] 考察の対象に含める (1996 年のデータだけを使う)。 表 5 は、GRP も税収も、一部の地域に集中していることを示している。 また、GRP と税収、GRPと地域予算税収との相関関係は、非常に強い。 ただし、表 6 からわかるように、税収の GRP に対する比率は地域毎にまちまちである (詳しく見ると、地域予算税収の GRP に対する比率の地域間の散らばり具合 [coefficient of vatiation=変動係数] は、連邦予算税収の GRP に対する比率の地域間の散らばり具合よりずっと小さい)。
(m) (以下、税収=TR、地方予算税収を RBTR とする) TR/GRP は一人あたりの GRP と強い正の相関関係があり (図 1)、TR/GRP は RBTR/TR と強い負の相関がある (図 2)。 つまり、(イ) TR/GRP が大きいほど一人あたりの GRP も大きい、(ロ) TR/GRP が大きいほど、RBTR/TR は小さい。 (なお、(1) で示したように RBTR と GRP の相関は非常に強いので、(ロ) は当然あろう。 さらに、田畑氏は明示的に言及していないが、(ハ) 一人あたり GRP が小さいほど、税保持率 [RBTR/TR] は大きい、ともいえよう。)
(n) 以上は、現行の中央・地方間税収分配システムは、幾分ノーマルな、すなわち平等化の機能を果たしたことを示唆している。 このことは、(地域予算税収)/(GRP) の地域間の散らばり具合は、(連邦予算税収)/(GRP) の地域間の散らばり具合よりずっと小さいという上記の事実 ((1) 後半) からも傍証できる。
(o) 次ぎに、GRP と財政諸指標との関連を調べるため、主成分分析およびクラスター分析を実施する。 ここで変数として採用するのは、①TR/GRP、②RBTR/TR、③ FFPR/RBR [RBR=地域予算収入(移転を含む)]、④一人あたり GRP の四つである。
(p) この主成分分析において、第 1 主成分は、主にその地域の「豊かさを」表現しており、第 2 主成分は主にその地域の税保持率の高さを示している ( 図 4; すなわちここで、右上は「豊か」で保持率高い、右下は「豊か」で保持率低い、左下は貧しく保持率高い、左下は貧しく保持率低い、地域である)。 これをもとにクラスター分析を実行すると、表 7図 3 のような分類が出来あがる。
(q) 出来あがった分類による 5 グループのうち、第 1 グループ (モスクワ、チュメニを含む)は、ロシアの富のほとんどを作り出すことによって、連邦予算の相当部分をファイナンスしている。 第 2 グループは、自分たちの予算を自分たちの税金でファイナンスしている。 第 4・5 グループは、連邦予算からかなりの財政援助を受けている。

2. 意義

本論文の第 1 の意義は、ロシアの地域間財政資金循環にある種のパターンがあることを発見したことにある。 このことは、恣意的で、その場しのぎと見られがちな、ロシアの政治・経済政策に、ある種の合理性を見出したということ意味しており、重大な問題提起であるといえる。

また主成分分析・クラスター分析によって、新たな地域構造分類を示したことも本論文の意義として指摘できる。 地域分類は地域研究の基礎であり、目標点でもある。 本論文は、そのような地域分類を、研究初期の段階で、独自のデータに基づいて、オリジナルに行ったという点で、意味を持つ。 今後の政治学的、経済学的地域研究の叩き台となろう。

3. 問題点

ただし、本論文にも今後改善すべき点がいくつかある。 まず、制度的解説が一切ないので、データの持つインプリケーションがあまりわからない。 たとえば、連邦税と地方税との関係、「保持率」の政治経済学的意味について、何らかの著者による制度的解説とその評価がほしかった。

第 2 に、「パターンを発見した」とはいうものの、それは、「パターン」というには若干弱く、ある意味で常識の確認以上の積極的な意味を見出せないという不満が残った。 それはあたかも、山の斜面の角度や地質も調べたのに、南斜面は、北斜面と比べて木々の成長が著しいとだけ結論付けるような「発見」に似ている。 もっと複雑な「パターン」もあるはずなのだがと思ってしまう。 もちろん、ロシアでは常識は通用しないという「通説」に対する批判という意義は認めるのだが。

第 3 に、主成分分析、クラスター分析に関しては、テクニカルな手法上の手続きについてもう少し明示的に言及しておく必要があると感じた。 テクニカルな説明は、非専門家が論旨をフォローする妨げになるとの配慮からであろうが、結論だけ示されても非専門家は狐につままれたような気分になり、かえって何も言えなくなるという場合もある。 たとえば、なぜケメロボは第 1 分類、サハリンは第 2 分類なのか、その間になぜ線が引かれるのか、読者にはまったくわからない。

第 4 に、従来の地域構造分類 (たとえば TACIS のもの) と著者のそれとはどこが違うか、なぜ違うかについて何らかの言及があってしかるべきだと思った。 それを行えば、本論文は世界に発信する意義をもつ。

2000 年度

「Distribution of Oil and Gas Export Earnings among Russian Regions」(2000 年 11 月 19 日開催)

未公刊
コメンテーター: 中村 靖 (横浜国立大学)

本論文は、石油・ガス収益配分を分析することを目的として、石油・ガスの生産、輸出、課税の地域別統計を検討している。 セミナー中で、これらの作業が結果として石油・ガス収益の地域別収益配分の解明にはいたっていないという指摘があった。 その指摘は妥当であるが、それでもなお、統計データおよび統計データの背後にある配分メカニズムについでの詳細な分析は有意義な作業であると評価できる。

ただし、本論文は、本論文中でおこなう作業の目的は示しているものの、何を解明する ためにその作業をおこなうかを十分明確には示していない。 Introduction 部分において、本論文の背景にある「鉱物資源部門の発展が製造業の発展を圧迫しているのではないか」という研究プロジェクトの中心問題についての若干の言及があるものの、本論文でおこなわれた作業とその問題との関係が Introduction 部分で十分説明されているとはいえない。 このため、本論文中でおこなわれた作業が、全体としての研究プロジェクトのどこに位置するかを読者が把握することが困難になっている。

加えて、「鉱物資源セクターの発展が製造業を圧迫しているのではないか」という想定には、次のような疑問が生じる。

第 1 に、鉱物資源輸出黒字がルーブル高を誘導し、それにより製造業部門が競争力を失 うという想定は、なお検討を要する。 例えば、資本逃避はルーブル安要因となる。 また、いっそうのルーブル減価があった場合、国内通貨建ての外貨債務サービス負担が大きくなることで有効需要が削除され、結局、国内製造業に悪影響を与えるという想定も可能である。 セミナー中で輸出黒字がルーブル高を引き起こすことについて補足的な説明があったものの、なお鉱物資源が製造業の発展に悪影響を与える程度のルーブル高を誘導したことが十分論証されるには至っていないと思われる。

第 2 に、鉱業資源生産の発展は、需要創出効果により国内製造業部門に対して多かれ少 なかれプラスの波及効果をもたらす。 とりわけ、鉱業資源生産のための中間財に対する需要だけではなく、鉱業資源部門の発展による所得増大をつうじての消費需要増大という経路を通じての需要創出を考慮する必要がある。 これらの需要創出は、第 1 のルーブル高が生じている場合にも、生じない場合にも生じる。 ルーブル高が生じていないならば、鉱業資源生産の発展は国内製造業にとってあきらかにプラス要因となりうる。 ルーブル高が生じている場合には、ルーブル高効果と対国内製造業製品需要創出効果のどちらが卓越するかは別途慎重に検討すべき課題である。

セミナー中では、著者の含意は、以上のような鉱業資源部門発展が製造業に与えるプラス・マイナスの影響を直接検討することではなく、「鉱業資源部門収益がよりよく利用されていれば、よりよい経済成長パフォーマンスが達成可能である」と主張することになるとの説明があった。そうであるならば、本論文でおこなわれた作業は、まさにそのための準備作業ということになり、研究プロジェクト全体の目的と本論文でおこなった作業との関係を理解することは容易になる。 ただし、そのように考えているのであれば、そのことを論文中で明記すべきである。

以上のように、本論文は、全体の研究プロジェクトの中で本論文がどのように位置付けられ、今後研究プロジェクト全体を遂行するために何がなされるべきであるかという点についての叙述にやや難点がある。 しかし、全体的評価としては、本論文でおこなわれている地道な作業は、それだけで十分意義があると考える。

2001 年度

「CIS における経済統合―域内貿易における付加価値税の課税原則をめぐって」(2001 年 12 月 21 日開催)

『ロシア研究』, 34 号に掲載予定
コメンテーター: 上垣 彰 (西南学院大学)

0. 前置き

1. 内容の要約

2. 若干の解説

付加価値税 (value-added tax) は EU 諸国で採用されている一般消費税である。 付加価値税は一種の売上税で、売上げの一定割合を税額とするものであるが、取引が多段階にわたる場合に売上税が累積するのを防止するため、売上げに税率を乗じて求めた算出額から、仕入れに含まれている税額を控除する。 このため、EC 型付加価値税を「前段階税額控除方式付加価値税」と呼んでいる。 付加価値税は仕入れに含まれる税額を算出税額から控除する。 二重課税は完全に防止されるが、税額控除を行なうためにはすべての商取引に付加価値税額を明記した「仕送り状」 (インボイス) を添付する商慣習が定着していないとうまく動かない。 (東洋経済『経済学事典』第 2 巻 pp.673-674)。

3. 評価

本論文は、鋭い切り口で、重要問題に取り組み、ユニークな結論 (CIS はソ連崩壊の痛みを和らげつつそれを完成させた) を導く、優れた論文。 また協定・法令等の調査が詳細になされており、普段の勉強の様子がうかがい知れて頭が下がる。

4. 疑問

①問題となるのは、CIS にとって「課税システム」がどれほどの重みを持つ課題なのかという点である。 たとえ「課税システム」に関し妥協が成立しなくても、他の重要問題が解決されれば、CIS 内統合は進む場合があるのか。 逆に「課税システム」に関し妥協が成立しても、他の問題が解決されねば、統合は進まないという場合があるのか。 もしそうなら、「課税システム」はそれほどの重みはないといえる。 著者はやはり「課税システム」がクリティカルな問題だと考えているようだが。
②各段階の業者が自己の支払った付加価値税を順調に後段に転嫁できると想定しているようにみえる。 ロシアの輸出業者が、CIS の他国の輸出業者との競争に晒されて、自らの仕入額さえ確保できない場合もありうる。 そのときは、「Y 国の消費者が支払った税が、X 国の税収となる」(p.4, 3 行目) という事態は起きない。

5. 議論したい点


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