ITP International Training Program



自分という「商品」を売り込む

佐藤 圭史

(学術振興会特別研究員)



  自宅からグラスゴー大学へ向かう道沿いに果物屋が3軒ある。並べられている果物は種類があり、同じ種類でも色・形・大きさが違い、それぞれに魅力がある。それらを一瞥して、どんどん籠に入れていく。気に入る、気に入らないの判断に時間をほとんど要さない。それほど意識したことはないのだが、自分の感覚に沿った何らかの選択基準があるようだ。自分の研究発表にしても聴衆が何処で良し悪しを判断しているのか、自分ではなかなか分からないものである。ICCEESの発表では、そのような基準に気付く貴重な体験をさせてもらった。


  発表の基になったのは、2010年5月のDemokratizatsiya誌に掲載された英語論文である。発表を補う資料として、2枚のA3表裏刷りのレジュメとパワーポイントによる視覚資料を作成した。パワーポイントの資料は手の込んだ地図や写真も含まれていたが、あくまで頭を下げさせないための工夫にすぎない。次々と移り変わる図よりも、自分から発せられる言葉が重要であることを聴衆に気付かせたかった。そのための武器は一つ、手元にある原稿だ。発表の全てはここから始まり、ここで終わる。前回の英語発表での失敗から肝に銘じておいたのは、「原稿を完璧にし、リハーサルを嫌というほどすること」であった。原稿は聴衆を前にしたイメージトレーニングを繰り返しつつ修正した。そして移動中において、ストックホルムへ向かう途中の地下鉄の中だろうか、飛行機の中だろうが、宿へ向かうバスの中だろうが、リハーサルは所構わずブツブツと繰り返した。結果的に40回ほどだろうか。イメージを湧かせるために、試験を控えた学生のように会場の下見もした。


  個人報告での参加であったが、ICCEES会長就任予定のグレイム=ギル教授がパネルの議長を務め、その他の報告者の中に既知の人が一人もいなかったことは、新しい交友関係をつくる上で絶好の機会となった。聴衆は6名であった。自分の関心事で人が集まることはないので、聴衆の数は気にならなかった。それよりも、様々な国から来たと思われるこの6名を何とかして自分の話へ引き込みたい、という意欲に燃え始めた。発表の進め方はいたってシンプルで、発表題目と時事問題との関連を述べた後は、研究目的と結論である。そして、それを証明するためのケーススタディを各国順に述べていく。原稿量は20分の発表に対してわずかA4用紙5枚程度である。ゆっくり、はっきり、適度に間をおいた話し方を心掛けた。「残り5分」の表示を見て、あらかじめ飛ばす候補にいれておいた一つのケーススタディを省略した。淡々と真面目に慌てることなく発表を続ける姿勢を評価しているのか、静かな中にも何か燃えるものを感じ取ってもらえたのか、自分の発表に喰い付いていることが聴衆の表情から感じとれた。質問も無難にこなし、パネルは終了した。


  後で知ったことだが、聴衆にいた方々は、それぞれの国で学術雑誌の編集に携わっている有力な立場にある方々であった。パネル終了後、聴衆の4名の方から論文の掲載を要請された。残念だったが、既に掲載済みの論文であるがゆえにそれぞれに断りを入れた。それでも、訳文であるいは部分的修正で掲載できないか、というありがたいご提案を頂いた。他にも、シンシア=カプラン教授(カルフォルニア大学サンタバーバラ校)からは、ソ連末期のナショナリズムにかんするパネルを組織するさいに、是非、パネリストとして参加して欲しいとの要請を受けた。


  英国に戻ってからも各方面からメールをいただいた。昨年ライプツィヒで独ソ不可侵条約70周年を記念して研究大会が組織されたそうであるが、聴衆の一人であったボグダン=ムルジェスク教授(ブカレスト大学)がその大会関係者に掛け合ってくれたようである。編集作業に入っているディートマー・ミューラー博士(ライプツィヒ大学)から、論文集にドイツ語版の形で掲載したいという連絡を受けた。また、ルーマニアの学術雑誌Mgazin Istoricにもルーマニア語版での掲載が決定した。そして、聴衆として参加していただいた、同じ研究棟にいながらほとんど交流のなかったテリー・コックス教授(グラスゴー大学)も、各方面で私のことを随分と宣伝してくれたようである。分析角度を変えてEurope-Asia Studiesに論文を執筆することを強く勧められた。そのための研究発表会も12月初旬に実施される予定である。たった18分程度の発表から多くのことが派生していくことに正直驚いている。国際学会での発表は、国内用のものを単に英訳して済ますべきではないと強く感じた。


  もちろん、今回のような反響は単なる偶然であったかもしれない。それでも、「買い手」が着くことを想定しつつ魅力ある発表内容を準備するに越したことはない。苦手な英語発表をやり繰りし、質問に怯えつつも何とか耐え忍び、終われば解放感から反省会(飲み会)へ直行ではまずい。そこでは、企業の威信にかけて新製品を展示会へ出品するかのような意気込みを見せても良いはずだ。ただ、しつこい押し売りが嫌われるのと同じく、がむしゃらに何でもアピールすれば良い訳ではない。自分の「売り」を正しく見出し、多くの商品が並ぶ中で、相手が手に取ってみたいという魅力をどこまで出せるか。そういった商的センスも私たちに必要なのかもしれない。次回の開催予定地は、幕張Messe(見本市)である。今回のICCEES参加のために全世界から集まった顔馴染みの日本人若手研究者達とともに、数多くの魅力あるMade in Japanを出品できるように尽力したいと思う。


[Update 10.09.07]




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