ITP International Training Program



続 ハーバード滞在記


宮川 絹代

(ITP短期フェロー、東 京大学非常勤講師)




 昨年の夏休み、約一ヶ月に渡る春の滞在を終えてから数ヶ月の時を経て、再びハーバードを訪れた。合計二ヶ月以上という派遣期間の後半を全うするためである。八月、ケンブリッジの町は観光客に溢れ、丸ごと休暇の空気に包まれている。大学内に足を踏み入れれば、いくつものキャンパスツアーのグループが目に入り、観光名所としての開放的で陽気な雰囲気を漂わせている。
 自ずと浮き立つ気分を引き締めつつ、到着後、早々にデイヴィスセンターに赴き、図書館の入館証の発行手続きを済ませる。今回の訪問でも、図書館で過ごした時間が最も長い。夏休み中であったため、講義等もなく、こうした研究スタイルになったのには、やむを得ない面もあったのだが、それよりも、前回の滞在で、図書館の使い勝手を知ったうえで、今回取り組みたい課題があったというのが最大の理由である。
 当初、二度に分けての訪問は、研究の継続性が維持しにくいのではないかという懸念もあった。けれども、合わせて二ヶ月程度の滞在においては、二度に分けたことがかえって効果的であったように思われる。というのも、短期の滞在では、何よりも、その期間に、できる限り多くの情報を得ることに意識が向かう。それが、一旦帰国することで、一回目の滞在中に収集した情報を整理し、必要なものを自分自身の研究の中に取り込み、練り直す間が与えられる。そして、それをもとに、二度目には、より自分の研究の目的に即した作業に取りかかることができる。すでに一度目の経験で、ハーバードの図書館では何が可能かということが、おおよそ分かっていたことも、二度目の滞在中の作業をより効率よいものにしてくれた。
 こうして、今回も図書館を大いに利用し、充実した時を過ごすことができたのであるが、唯一、悩まされたのは、冷房の強さである。今後、夏にハーバードを訪れる方のためにも、このことには触れておきたい。図書館の中での作業は、長袖の上着を羽織っても、連続二時間が限界だった。その後、冷えきった体をしばらく暖めないと、館内に戻れない。幸い、キャンパス内は、どこでもwifiが使え、図書館のデータベースにもアクセスできる。そのため、屋外で作業をすることも不可能ではない。図書館を出ると、緑色の芝生の上に、赤や青、黄色など、色とりどりのイスが散らばり、厳かな館内の雰囲気とは打って変わって、伸びやかな風景が広がっている。歓談する人もいれば、昼寝する人も、読書する人もいる。夏の照りつけるような日の光は、木々の合間から差し込み、程よく和らいで、芝生の上に降り注ぐ。館内の寒さは辛かったが、肌に伝わるその熱を感じながら、本を開き、考えを巡らせるのもまた、豊かなひとときであった。
 休暇中であったこともあるだろうが、今回、ハーバードの教授陣とコンタクトをとることは思っていた以上に難しく、残念ながら叶わなかった。ただ、滞在中に、スヴェトラーナ・ボイム氏の参加するディスカッションが催され、聞きにいくことができた。Where Does Nostalgia Takes Us? と題したこのディスカッションは、ボストンのイザベラ・ガードナー美術館でカーペットの展覧会に際して行われたもので、文化、芸術における時間的空間的な境界などについて意見交換がなされた。ロシア文学や文化を論題に掲げていたわけではないが、ボイム氏の議論がロシアを超えたコンテクストの中で展開されるのは興味深かった。さらに、もう一つ。美術館とは、それ自体が「今」を超えた時間を宿す特殊な空間だ。そのなかでディスカッションを聞いていると、私たちが存在する「今」と「ここ」がその場で揺らぎ、「今」も「昔」も、そして「ここ」もない時空間に身を置いているような感覚にふと囚われる。これもまた印象的な体験であった。
 春、夏と二回に分けて滞在したハーバードでの研究の具体的な成果は、今後の研究の中に反映させ、発表していきたいと思っているので、ここでの報告は以上で留めさせていただく。ただ最後に改めて、こうした機会を与えてくださったスラブ研究センターの皆様に、心からの感謝を申し上げたい思いである。


(Update:2013.05.08)





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