スラブ研究センターニュース 季刊 2010 年冬号 No.120 index

図書室だより


ソデジタル・コレクション「トルキスタン集成」の購入

秋山徹(スラブ社会文化論専修博士後期課程)

2009 年末、スラブ研究センター図書室は「トルキスタン集成Turkestanskii sbornik」のデ ジタル版を購入した。トルキスタン集成のオリジナルはアリシェル・ナヴァイー名称ウズベ キスタン国立図書館稀覯本室に収蔵され、中央アジアの自然環境、歴史、民族誌、経済、行政、 地政学その他に関する大規模な文献資料コレクションである。それは全594 巻および索引4 巻から成り、ロシア帝国ならびに西欧諸国で刊行された書籍、雑誌および新聞からの、10000 点を超える切り抜き(書籍全体が採録されている場合も少なくない)で構成される。集成の 編纂は初代トルキスタン総督K.P. フォン・カウフマンの指示のもと1868 年にサンクト・ペ テルブルグで開始され、1888 年に一時中断されたものの1907 年にタシケントで再開されて 帝政ロシア崩壊前夜の1916 年まで続き、ソ連時代の1939 年にも補足がおこなわれた。

日本では既に京都大学地域研究統合情報センターが同集成の複製を所蔵している。京大の ヴァージョンが数百枚のCD-ROM で成り立っているのに対し、今回センターで購入した新し いヴァージョンは、一つのハードディスクに、索引も含む全てが収録され、便利になってい る。センター図書室は2002 年に収集した「19 世紀末- 20 世紀初頭の中央アジア新聞集成」(本 誌89 号(2002.5)参照)、『トルキスタン地方新聞』(Turkistan wilayatining gazeti.1870-1917. Tashkent)ならびに『トルキスタン報知』(Туркестанские ведомости.1870-1917. Tashkent) (本誌98 号(2004.7)参照)、およびトルキスタン総督府に隣接するステップ総督府が発行し た『ステップ地方新聞』(Dala walayatining gazeti.1888-1902. Omsk)(いずれもマイクロフィ ルム)、などを所蔵しており、今回トルキスタン集成を購入したことにより、中央アジア近代 史に関する基幹史料をほぼ網羅的に所蔵することになったといえる。

便利なコレクションである。日本で所蔵されていないロシア帝政期の書籍、雑誌、新聞な どに容易にアクセスできるばかりでなく、現地の図書館では破損などによって実質上閲覧不 可能な記事が、集成に綺麗なかたちで保存されている場合も少なくない。トルキスタン総督 府の東部、天山山脈の遊牧民族クルグズの動向を中心に中央アジア近代史を研究する筆者も、 これまでトルキスタン集成に幾度となく助けられた経験を持つ。なお、この資料の包括的な 位置付けについては京都大学の帯谷知可「Turkestanskii Sbornik について」『中央アジアにお ける共属意識とイスラムに関する歴史的研究』(1999 ~ 2001 年度科学研究費補助金基盤研究 A(2) 研究成果報告書 研究代表者: 新免康、2002.3)67-88 頁と、『地域研究資料としての『ト ルキスタン集成』に関する総合的書誌研究』(2005 ~ 2007 年度科学研究費補助金基盤研究(C) 研究成果報告書 研究代表者: 帯谷知可、2008.3)を参照されたい。

便利なだけではない、興味のつきないコレクションである。目録を手繰るだけでもいろい ろな想像をかきたてられる。カウフマンは新しい植民地トルキスタンを帝国のなかで認知さ せるために、同地域に関する学知の集積を企図したが、この集成が、征服地域に関して様々 な情報を収集し、支配地域として構築していこうとする征服者ロシア人の眼差しを反映した ものであることは言うまでもない。このため、公文書館に保管されるロシア語史料のみならず、 テュルク語を中心とする現地語で執筆された新聞、刊行物ならびに写本史料と併せて利用す ることが求められる。この意味で集成は、これ自体で完結する存在ではないが、ロシア側の 視角から捉えた中央アジア世界を示す基本資料として活用され、さらに現地資料を併せて利 用することにより、中央ユーラシア地域研究とロシア帝国研究が有機的に接合されることが 期待される。これは、中央ユーラシア近代史のみならず、周辺諸帝国との比較を念頭に置い たロシア帝国史研究の深化にとっても大きな意味を持つだろう。トルキスタン集成は研究者 の挑戦を待っている。


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