スラブ研究センターニュース 季刊 2010 年春号 No.121 index

研究の最前線


専任研究員セミナー

ニュース前号以降、下記の専任研究員セミナーが開かれました。

田畑ペーパーは、ソ連時代末期から現在までのロシアの財政制度を、社会主義経済システ ムの崩壊に対応しての変化と、1998 年の金融・通貨危機を経てようやく達成された財政の安 定化、歳入構造と歳出構造の変化といった視点から概観したもので、東欧諸国との比較も部 分的に含んでいました。討論では、ロシア政府はどのような経済思想を持っているのか、財 政政策にはどのような省庁や専門家集団が影響してきたのかなどが話題になりました。

望月ペーパーは、望月科研のテーマであるヴォルガと、グローバルCOE のテーマである境 界研究を結びつけるものでした。具体的には、カラムジーンの詩における帝国の偉大さのメ タファーとしてのヴォルガ、ネクラーソフの詩における叙情の空間であると同時に民衆の苦 悩のシンボルでもあるヴォルガ、グリゴーリエフの詩における人間の運命や情熱体験の象徴 としてのヴォルガを取りあげ、詩世界の中のさまざまな境界をヴォルガが表象していること を論じました。討論では、ヴォルガ上流・中流・下流の差異や右岸と左岸の関係、文芸的調 査旅行という国家事業と詩世界の関係、グリゴーリエフのヴォルガ地域や社会問題への関心 の稀薄さなどが話題になりました。

[宇山]

野町ペーパーは、ベルント・ハイネ教授(ケルン大学名誉教授)との共著によるもので、 スラヴ諸語における具格(造格)と随伴格(前置詞sъ+ 造格)の融合について考察するもの でした。言語接触による言語構造の変化は予測できないという通説がありますが、本ペーパー はスラヴ諸語の場合、特にドイツ語やイタリア語との密接な言語接触による言語変化として、 上述の格の融合がほぼ規則的に起こり、その変化は予測しうる性質であることをハイネ教授 が提唱する文法化理論の枠組みで示しました。コメンテータの佐藤昭裕教授からは、ポラヴ 語やスロヴィンツ語といった「エキゾチック」なスラヴ諸語の方言データを豊富に用いた本 研究がスラヴ語学および言語類型論にとって意義深い貢献であることと評価されましたが、 その一方で、他の格に見られる類似現象を踏まえるべきという指摘もなされました。その他 の参加者からは、論文における「言語」と「方言」の扱い方、言語教育がもたらす言語変化 などについて幅広い議論が展開されました。

[野町]

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