スラブ研究センターニュース 季刊 2011 年冬号No.124 index

新学術領域研究

第4 回国際シンポジウム開かれる

12 月11、12 日の2 日間にわたり、 新学術領域研究「ユーラシア地域 大国の比較研究」第4 回国際シン ポジウムが大阪ブリーゼプラザで 開催されました。本シンポジウム は、計画研究「国家の輪郭と越境」 を進めている社会班(第5 班)が 中心となって企画されたものです。 全体のテーマは「回帰と拡散~地 域大国における人間の移動と越境」 で、地域大国の周縁的存在であるマ イノリティ、移民、あるいは周辺諸 国などの視点から地域大国性を照 射することを目的としています。

初日セッションの様子
初日セッションの様子

第1 セッション「聖地巡礼:信仰と消費」では高山陽子氏(亜細亜大学)が現代中国にお ける革命関連の事物を記念した土産品をもとに、「大国」中国の現代史がいかに正当化され、 消費につながっているかについて、多くの映像資料とともに紹介しました。またアイリ-ン・ ケイン氏(コネチカット・カレッジ)は、20 世紀初めの非イスラーム国家ロシアによるムス リム巡礼の支援の実態について、貴重な広告資料などをもとにした報告をおこない、ロシア が少数派のムスリムといかに関わり合い、大国に取り込んだかについて紹介しました。小磯 千尋氏(大阪大学)は、西インド・マハーラシュートラ州プネー市郊外のヒンドゥー聖地に おける巡礼のフィールド調査に基づき、同地で特徴的なガネーシャ信仰を通じて、マハーラー シュートラ的な意識がいかに生産されているかを紹介しました。

第2 セッション「故郷を遠くで想う:ディアスポラへの招待」では、グルナラ・メンディ クロヴァ氏(世界カザフ協会ディアスポラ研究センター) がカザフ人移民の世界的な分布状 況を紹介し、またスラット・ホラチャイクル氏(チュラロンコーン大学)が、自身の経験を 踏まえて、タイにおけるインド系移民の社会経済的な状況を報告しました。また劉宏氏(南 洋理工大学)は、1950 年代以降の華僑について歴史的に考察した後、「新移民」と呼ばれる 華僑が「回国服務」を掲げて、母国への奉仕のために回帰する現象を紹介しました。

第3 セッション「モバイル・ビジネスマン:商業ディアスポラとネットワーク」では、ア ルツヴィ・バフチニアン氏(アルメニア科学アカデミー歴史学研究所)が、アルメニア系商 人のネットワークについて、歴史的な流れとともにアルメニア人としての自己認識の形成過 程について紹介しました。スティーヴン・デイル氏(オハイオ州立大学)は、サファーヴィー 朝など西アジア地域への広がりと、東南アジアへの広がりの2 つの事例に基づき、南アジア 系商人のネットワークについて歴史的に考察しました。久末亮一氏(政策研究大学院大学)は、 シンガポールにおける中国系華人社会の本国との結びつきを、特に金融業などの実態をもと に豊富なデータを使って報告しました。

2 日目のスペシャル・セッション「知識の拡散:エリート養成と国家の輪郭形成」では、 王智新氏(聖トマス大学)が、中国における科挙制度や同制度廃止後の官僚層の形成について、 歴史的経緯とともにその現状や課題を紹介しました。またジョーティ・ダンデーカル氏(バー ラティ・ヴィディアーピート大学)の報告では、インドの教育事情が概観されるとともに、イ ンドに留学する学生の増加する傾向にある状況が、興味深い写真などとともに紹介されました。 ラフィク・ムハメトシン氏(ロシア・イスラーム大学)は、ロシアにおけるムスリム知識人層 の形成におけるイスラーム教育の現状と課題について、異なる宗教が混在するロシア的風土で、 中東のイスラーム教育との間に生まれる違和感などについて報告をおこないました。

第4 セッション「周縁からの問いかけ」では、マイケル・レイノルズ氏(プリンストン大学) が、20 世紀初めのクルド人コミュニティがオスマン帝国といかなる緊張関係にあったかにつ いて報告しました。登利谷正人氏(上智大学)は、19 世紀末のアフガニスタンがロシアと英 領インドの確執の中でいかに苦悩したかを、歴史的に考察しました。続いてウラディン・ブ ラグ氏は、20 世紀半ばの中国における人間の政治的な移動を通して、建国間もない中国にお ける中国共産党の政策を紹介しました。

第5 セッション「移動がもたらすもの」では、ジェシカ・アリーナ=ピサノ氏とアンドレ・ シモニ氏(オタワ大学)が、ネット回線によるオタワからの参加で、ヨーロッパとウクライナ、 ロシアと中国の国境を比較しつつ、国境をまたぐ人々の状況を貴重な写真とともに紹介しま した。中谷純江氏(鹿児島大学)は、インドのマールワリー商人が築く建造物や都市について、 彼ら独自のコミュニティのあり方を考察しました。崔延虎氏(新疆師範大学) は、新疆にお ける遊牧民が中国という枠組みの中で自らの移動範囲をいかに変容させているかについて報 告しました。

シンポジウムには初日75 名、2 日目65 名が参加しました。いずれの報告も刺激的で、地 域大国像を異なるアプローチによって検討することができました。また、分野や地域の異な る報告は、地域大国の輪郭形成を比較研究する上で、その視点を広げる有意義なものでした。

シンポジウム参加者の顔ぶれ
シンポジウム参加者の顔ぶれ

シンポジウム運営に当たり、越野剛氏(センター助教)、藤森信吉氏(GCOE 特任研究員)、 任哲氏(2 班プロジェクト研究員)、池直美氏(GCOE 特任助教)のご助力に感謝を申し上げ ます。

[山根]

編集部注:このシンポジウムは、スラブ研究センター冬期国際シンポジウムも兼ねて開催されました。


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