スラブ研究センターニュース 季刊 2011 年春号No.125 index

研究の最前線

◆ 専任研究員セミナー ◆

ニュース前号以降、専任セミナーが以下のように開催されました。

[家田]

2011 年2 月17 日:望月哲男「恥と理想:『未成年』の世界」
センター外コメンテータ:中村唯史氏(山形大学)

 今回のセミナーで議論された望月論文は昨年に刊行された亀山・望月編『現代思想 ドス トエフスキー』に収録された論文「恥と理想 『未成年』の世界」でした。この論文の主題は、 ドストエフスキーの作品における恥のテーマをめぐる議論で、小説と通過儀礼の関連、恥の 現象学、恥と理想の関係といった話題をめぐって議論が交わされました。恥の文化と罪の文 化の比較論におけるロシアの位置といった問題も提起されました。


2 月21 日:家田修「ハンガリー赤泥流出事故に見る東欧とEU の見えざる境界」
センター外コメンテータ:児矢野マリ(北海道大学)

 家田論文では昨年にハンガリーで起きた廃液(赤泥)流出事故が取り上げられ、赤泥の有 害性をめぐるハンガリー国内とEU における議論と法規制が跡づけられ、むしろハンガリーにおける環境規制の方が厳しいという、通念とは逆の事態が生じていることが指摘されました。これに対 し、国際環境法を専門にしている児矢野氏から、EU における廃棄物規制の変遷や世界的な廃棄物投棄や移動に関する観点などから質問が出され、専任の研究員からは社会主義時代やEU 政治を含めた論点の整理が必要などの意見が出されました。


3 月2 日:ウルフ・ディビッド“Comrade Stalin and the Chinese Way in South and Southeast Asia”
センター外コメンテータ:横手慎二(慶応大学)

 ウルフ論文はウルフ氏の大きな研究テーマである冷戦史研究と、近年追究している晩年の スターンの対外政策研究のそれぞれの成果をつなぎ合わせたもので、とりわけインドとスター リンの関係に大きな焦点が当てられています。インド共産党の内部事情や国情との関わりは 戦後日本の共産党・ソ連関係を想起させるものでした。討論者の横手慎二氏からは冷戦史全体、 ソ連の外交とスターリン外交の相関などの観点から鋭い質問が提示されました。


3 月25 日:長縄宣博「総力戦の中のムスリム社会と公共圏:20 世紀初頭のヴォルガ・ウラル地域を中心に」

センター外コメンテータ:橋本伸也(関西学院大学)

 この論文は、公共圏とジェンダーを切り口に、ヨーロッパ・ロシアのムスリムが経験した 日露戦争期と第一次世界大戦期の銃後の社会のあり方を論じたものです。近年、公共圏の発 達を民主主義の誕生に直結させ、その相関が生じた西欧と非西欧を峻別する見方が重要な修 正を迫られていますが、この論文は、そうした見直しの地平をロシアのムスリム社会にまで 拡大するものです。それによって、とりわけ帝政末期の戦時においては、諸宗派を個別に容 認することで統治をおこなう古い国制の内部でも、新しい公共圏が発達する契機があったこ とが明らかになりました。

 全体の討論では、公共圏はやはり統治制度の外に発展したものではないのか、両者の緊張 関係がムスリム社会内部に主導権をめぐる政治を生むことはなかったのか、戦時の慈善活動 が目指した「ロシア・ムスリム」の一体性とムスリム内部の様々なナショナリズムの発展と の関係はどのように理解すべきか、女性の社会進出といっても、結局は従来から女性に期待 されていた役割やイメージが公共の場で焼き直されたにすぎないのではないか、といった本 質的な問題が次々に提起されました。


3 月28 日:野町素己「カシュブ語およびポーランド語における所有完了及び関連する時制 形式:言語類型論と言語接触論に基づく比較分析と記述」
センター外コメンテータ:ロムアルド・フシチャ(ワルシャワ大学/ ヤゲロー大学)

 野町論文は日本ではほとんど馴染みのないカシュブ語を巡る論争について、幅広い言語学 的な視点から、独自の見解を展開したものであり、ポーランドを代表する言語学者で日本学 者でもある討論者のフシチャ教授から「開拓的研究」であると非常に高く評されました。カシュ ブ語を独自な原語とみるか、ポーランド語の方言とみるかで意見は分かれているそうですが、 「所有完了」という視点からスラブ語全体の中で、つまり南スラブ語、西スラブ語、東スラブ 語という視野の中で、さらにはスラブ語以外の言語をも射程にいれてカシュブ語を位置付け る試みは、スラブ諸語に精通している野町氏ならではの議論でした。

 フシチャ氏は今回の討論を日本語で準備され、実際、見事な日本語でお話しされました。ポー ランドからは以前、マエヴィッチ教授がセンターに滞在したことがありましたが、センター に言語学の専門家が加わって、さらに長縄氏のようなイスラーム世界にも通じた歴史家が活 躍することで、センターがカバーする領域が一挙に広がった感があります。


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