スラブ研究センターニュース 季刊 2011 年秋号No.127 index

研究の最前線

「原発ってなんだろう」講演会の開催

講演会のようす
 村田学術振興財団による2011 年度研究助成対象に「突発的な大規模環境汚染事故への国境を越えた社会防災的対応:ハンガリー赤泥流出事故のフィールド調査を基にした防災社会システムモデルの構築」(家田修代表、共同研究者は児矢野マリ氏〔北大〕と城下英行氏〔関西大学〕)が採択され、これに基づく共同研究が始まりましたが、その一環として市民団体と共催する公開講座「一緒に考えましょう講座:原発ってなんだろう」を開催しました。
 この共同研究は昨年ハンガリーで起こった大規模な産業廃棄物の流出事故、そして日本での福島原発事故を考察の対象とし、地域社会、社会防災、越境環境汚染の視点から比較研究することを目指しています。3.11 後の日本社会に活用できる教訓を引き出すことが目標です。もちろんスラブ・ユーラシア地域で25 年前に起きたチェルノブイリの原発事故も念頭に置かれています。
 今回の講演会では、「原発神話」が蔓延していた時代から原子力発電に対して大学あるいは現場から警鐘を鳴らしてきた先人に学ぶのが趣旨で、二人の講師を招きました。一人は京都大学原子炉実験所の助教授だった川野眞治氏、もう一人は日本原子力安全基盤機構の検査員だった藤原節男氏です。川野氏は福島原発事故以来、頻繁に報道で取り上げられた「熊取六人衆(組)」(この呼び名は中国の『四人組』に倣ってつけられたとのことで、尊敬をこめた呼称ではないそうです。「原子力安全研究グループ」が正式な名称です。詳しくはhttp://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/ を参照してください)の一人で、伊方原発訴訟の原告側証人を務めるなど、原発の問題性を半世紀近くにわたって指摘し続けてきました。小出裕章氏や今中哲二氏は川野氏の後輩になります。他方、藤原さんは泊原発3 号炉の運転開始時に検査を担当し、不具合を検査記録に残そうとしたところ、記録の改ざんを求められたとのことで、それを内部告発(公益通報)した方です。
 今回は当初、大学内と札幌市内のホールの二か所だけで講座を開催する予定でしたが、縁があり、泊原発の20-30 キロ圏にある蘭越町でも宮谷内町長の肝いりで三回目の講座が町民センターで開催され、会場いっぱいに参加者が集まりました。近隣の町村からも開催を知って、駆けつけた方々もいました。町長がこのような集会を開催するのは前代未聞だとの声も聞こえました。蘭越町は環境学習講座を毎年開催してきた実績があり、今回の講演会はその延長でもありました。町民の原発に関する意識はとても高く、講師の藤原さんも答えに窮する場面がしばしばでした。「廃炉にするにはどのくらいの費用が掛かるのか、一人当たり30 万円で廃炉できるなら、自分は家族のために払う」、「北電と安全協定を結ぶにはどうしたらよいのか教えてほしい」など切実な問いかけも提起され、講演会を組織した我々の側が教えられることばかりでした。と同時に、札幌を離れて「現場」に行くことの大切さと手ごたえを強く感じました。
 今後も様々な視点から原発の問題を手掛かりとして、大規模な環境汚染事故への社会対応の問題を考える市民=大学連携の公開講座を開いていきます。二度とこうした事故を起こさせないためには何が必要なのか、大学人として、市民として、そして地域の一員として何をなすべきかを考えていきます。ハンガリーでの産業廃棄物流出事故では国際河川を通して汚染が流域諸国に広がることが危惧されました。「フクシマ」では大気と海洋を通して既に大規模な汚染が世界に拡散しています。原発でも、そして巨大産業でもそうですが、我々の時代の科学技術は一たび事故を起こせば地域も国境も越えて被害が広がることを肝に銘じなければなりません。今回の共同研究はフクシマを国際的な見地から考えるための第一歩です。
第二回目の講座は12 月3 日(土)にスラブ研究センターで吉田文和氏(北大)と山口たか氏(福島の子どもたちを守る会)を招いて、第三回は来年1 月14 日(土)に新札幌サンピアザ劇場で池田元美(北大名誉教授)を招いて開催します。原子力も、放射能も、エネルギーも、すべて次の世代を作る若い人たちにとってよりいっそう切実な問題です。考えることから一緒に始めましょう。皆様のご参加をお待ちしています。(家田:公開講座は家田研究室のホームページhttp://src-hokudai-ac.jp/ieda/ でも閲覧可)
[家田]

研究の最前線

「地域研究コンソーシアム賞」第一回受賞作の発表

熱心に聞き入る受講 者の皆さん
 地域研究コンソーシアムは今年で結成8 年目になりますが、一層の地域研究の発展を期して今年度から「地域研究コンソーシアム賞(JCAS 賞)」を創設しました。顕彰の対象は「国家や地域を横断する学際的な地域研究」の推進、「地域研究関連諸組織を連携する研究実施・支援体制」の強化、そして「人文・社会科学系および自然科学系の諸学問を統合する新たな知の営み」に資する研究、企画、活動です。顕彰対象の内容に合わせて、次の四つの部門が設けられています。
1. 地域研究コンソーシアム研究作品賞:個人ないし共同による学術研究業績で、賞の趣旨に合致する公刊論文ないし図書の作品を対象とする。
2. 地域研究コンソーシアム登竜賞:大学院生及び最終学歴修了後10 年程度以内を目安とする研究者による学術研究業績で、賞の趣旨に合致する公刊論文ないし図書の作品を対象とする。
3. 地域研究コンソーシアム研究企画賞:共同研究企画で、賞の趣旨に合致し、今後の地域研究の動向に対して大きなインパクトを与えたシンポジュウムの開催や研究プロジェクトの遂行などの企画を対象とする。
4. 地域研究コンソーシアム社会連携賞:学術研究以外の分野で賞の趣旨に合致する活動実績を対象とする。
第一回の受賞は、研究作品賞が堀江典生編『現代中央アジア・ロシア移民論』(ミネルヴァ書房)、登竜賞が王柳蘭『越境を生きる雲南系ムスリム:北タイにおける共生とネットワーク』(昭和堂)、そして社会連携賞が石井正子氏の「緊急人道支援と地域研究の人材交流支援」活動でした。(研究企画賞は応募なし)スラブ・ユーラシア研究者で、スラブ研究センターの2010 年度客員教授だった堀江さんが大きな賞を受賞さたことは、大変うれしいことです。おめでとうございます。受賞の理由について審査委員長の田中耕司京都大学教授は11 月5 日に大阪大学でおこなわれた授賞式で次のように述べました。堀江さんの受賞作は、その「共同研究の企画、実施にあたってさまざまな困難があったものと推測されるが、労働移民に密着したアプローチによってロシアが抱える移民問題の重要性と深刻さを浮き彫りにするとともに、ロシアならびに中央アジアの移民問題を包括的に取りあげることによってこの地域の移民問題への関心を喚起することに成功している。地域研究、経済学、人口学、社会学、安全保障学等の専門家と国際機関の実務家からなる国際的共同による新たな地域研究のスタイルを切り拓く好事例として研究作品賞にふさわしい作品」と認められるというものでした。詳しい審査の講評は地域研究コンソーシアムのホームページで見ることができますhttp://www.jcas.jp/about/awards.html。
JCAS 賞は自薦、他薦のどちらでもよく、来年度の選考対象は2010-11 年度(2010 年4 月1日から2012 年3 月31 日まで)に刊行された作品、あるいは実施された研究企画ないし活動実績です。みなさんも応募してみませんか。来年はあなたが次の受賞者。
[家田]

→受賞者エッセイ「地域研究コンソーシアム賞研究作品賞を受賞して」を読む


研究の最前線

マフムドル氏の滞在

  アゼルバイジャンのカフカズ大学のジェイフン・マフムドル(Mahmudlu, Ceyhun)氏が、2011 年9 月3 日から10 月1 日まで、国際交流基金知的交流フェローシップ事業によりセンターに滞在しました。研究テーマは「アゼルバイジャンと日本の関係:エネルギー協力と将来の展望」で、日本のエネルギー関係の研究者・実務家のインタビューを精力的にこなしました。また、セミナーではアゼルバイジャンとロシアの関係をテーマに報告しました。セミナー後
の夕食会で、センター外国人研究員でアルメニア人であるシャフナザリャンさんと、両民族の複雑な関係について、緊張を含みながらも友好的な会話をしていたのが印象的でした。

[宇山]

研究の最前線

ムーヒナ氏の滞在

  日露青年交流事業若手研究者フェローシップにより、サルダアナ・ムーヒナ(Mukhina,Sardaana)氏が11 月1 日から1 年間センターに滞在します。ムーヒナ氏はサンクトペテルブルグ国立大学を卒業後、モスクワの日本大使館に勤務していました。研究テーマは、「経済とエネルギーの分野における日ロ関係」です。

[田畑]

研究の最前線

研究会活動

  ニュース126 号以降の、センターでおこなわれた北海道スラブ研究会、センターセミナー、新学術領域研究会、GCOE 研究会、世界文学研究会、北海道中央ユーラシア研究会、及び昼食懇談会の活動は以下の通りです(前ページまでに記事のあるものは除く)。

[大須賀]
8月9日  K. マクスト(ユーラシア国立大・院、カザフスタン)“Slovak Policy in Kazakhstan: Implementing Economic Agendas”(センター・セミナー)
8月18日 大西健夫(岐阜大)「バルハシ湖はなぜアラル海のようには干上がらなかったのか?」(北海道中央ユーラシア研究会)
8月29日  井上暁子(センター)「越境するポーランド文学:亡命・移民文学を中心に」(世界文学研究会)
9月20日 近藤大介(一橋大・院)「ゴーゴリ『アラベスク』と視覚文化:散文は絵のごとく」;千葉美保子(関西大・院)「モスクワの新外国人村: 近世ロシアにおける外国人居留者とその居住空間の一事例」(鈴川・中村基金奨励研究員報告会)
9月26日  小松久恵(センター)「Pride and Prejudice:20 世紀初頭北インドにおけるマールワーリー・イメージをめぐる一考察」(GCOE・SRC 研究員セミナー)
9月28日 C. マフムドル( カフカズ大、アゼルバイジャン)“Azerbaijan-Russian Relations: Friendship, Hostility, or Balance Policy”(センター・セミナー)
9月29日  「EU におけるドイツ語の地位」&「スラヴ諸語の親近性、相互了解性」セミナー V. ドヴァリル(カレル大、チェコ)“On the Status of German in the European Union”;M. スロボダ(同)
“How Similar and Mutually Intelligible Are Slavic Languages?”(GCOE・SRC 特別セミナー)
10月1日 熊倉潤(東京大・院)「ソ連中央アジアの政治エリートの形成:1920 年代後半のウズベキスタン共産党中央委員を中心に」;立花優(北大・院)「国内問題としてのナゴルノ・カラバフ紛争」(北海道中央ユーラシア研究会)
10月2日  グエン・アン・フォン(淑徳大)「ベトナムのアルミ産業と赤泥問題:コメコン調査から中国企業による開発までの経緯」(センター・セミナー)
10月6日 G. レヴィントン(SRC)「マンデリシュタームとドストエフスキー(ロシア語)」(センター・セミナー)
10月11日  V. ポジガイ=ハジ(リュブリャナ大、スロベニア)“A Contemporary Sociolinguistic Look at Former Yugoslavia”(センター特別セミナー)
10月13日 V. ポジガイ=ハジ(リュブリャナ大、スロベニア)“Croatian and Slovenian: A Review of Studies on the Relationship between the Two Languages”(センター特別セミナー)
10月17日  S. ジェムホフ(ジョージワシントン大、米国)“Islamic Practices and Socio-Political Behavior in the North Caucasus: Effects of the Hajj Pilgrimage”(新学術第5 班セミナー)
10月19日  「ロシアにおけるイエズス会の神話」セミナー 望月哲男(SRC)「ロシア文学におけるイエズス会の影(ロシア語)」;E. アスタフィエヴァ(同)「ロシアのイエズス会神話を作った男?、ユーリー・サマーリン(ロシア語)」(センター・セミナー)
10月20日  桜間瑛(北大・院)「民族の歴史の語りと疎外:映画『ジョレイハ』とタタールの現在」(世界文学研究会)


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