スラブ研究センターニュース 季刊 2012 年冬号No.128 index

エッセイ

The 5th Indo-Japanese Dialogue on “The BRICs as Regional Economic Powers in the Global Economy” 参加記

星野 真(センター)


向かって右側から報告順に居並ぶ報告者(日本側)
 2011 年12 月26 日~ 27 日、インド、ジャワハルラール・ネルー大学(JNU)ジャワハルラール・ネルー高等研究所(JNIAS)において、 JNIAS と北海道大学スラブ研究センターとの共催のもと、第5回日印対話“The BRICs as Regional Economic Powers in the Global Economy” が開催されました。このカンファレンスでは、BRICs 各国をフィールドとする経済学者から各国経済を対象とした報告が行 われ、BRICs のうち2 ヵ国以上を比較した分析も多数みられました。 40 名を超える参加者は、各国経済のもつ固有性への理解を深め、BRICs が日欧米に代わりうる新たなモデルを提示しうるか検 討できる端緒を開いたと思われます。
 カンファレンスのために会場を提供し、準備に当っていただいたJNIAS のスタッフ各位、裏方作業を担ってもらいました伊勢司(バラナシヒンドゥー大学・院)、加えて農村訪問をア テンドしていただいた岡本聡子(Institute of Rural Research and Development, IRRAD)、そしてカンファレンス全般の運営から報告までこなした佐藤隆広(神戸大学・ジャワハルラー ル・ネルー大学)に厚く感謝申し上げます。なお、本カンファレンスは新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」、ディナーセッションはIRRAD からの支援を受けていることを 記しておきます。

カンファレンス 3つの特徴

 本参加記では、まず本カンファレンスの特徴を3 点指摘することを通して、簡潔にカンファ レンスを振り返りたいと思います。
 第一に、文字通りに日本とインドの対話という形式をとっていることです。二日間のカンファレンスで、報告者は19 名、司会者と討論者は11 名にのぼりますが、報告者は全て日本人であり、そして司会者と討論者は全てインド人でした。ほとんどの討論者は、事前に提出 されたペーパーを読み込んだ上でカンファレンスに臨んでおり、質疑応答では経済理論の解釈・計量経済学の手法・データの扱いなど具体的で詳細な質問が続き、濃密な学術的対話が 行われました。
日本側とインド側の対話が成功した背景に、経済学が双方の共通言語であったことが大きく作用していると思います。実際の報告では国際経済、財政、金融、政治経済、経済成長、 生産性、資源、環境、経済史、産業、貧困、所得分配、労働、教育、といった多様なトピックスが取り上げられました。一方の分析ツールは、計量分析、制度分析といった標準的なも のでした。
 また、このような幅広いテーマにもかかわらず、先述のように報告者に的確なコメントが寄せられたのは、佐藤隆広の巧みなオーガナイズにより、定評ある各分野の専門家が、各セッ ションの司会者と討論者を担ったことも挙げられます。こうして、日印対話がより深まったと感じられました。
 第二の特徴は、BRICs 各国の経済を研究対象としている研究者による報告が行われたことです。19 名の報告者のうち、ブラジル経済研究者は2 名、ロシア経済研究者は4 名、インド 経済研究者は9 名、そして中国経済研究者は4 名で構成されています。2003 年に、ゴールドマン・サックスが、ブラジル・ロシア・インド・中国の飛躍を予想し、BRICs の語源になっ たペーパー“Dreaming with BRICs: The Path to 2050” を発表してから、BRICs をテーマとしたシンポジウムやカンファレンスが数多く開催されていますが、BRICs 各国経済を専門とす る19 名の日本人研究者が、BRICs の現地に一堂に会し、BRICs を母国とする研究者からコメントをもらうというカンファレンスは、きわめて珍しく、意欲的な試みと思われます。 この挑戦が実り多きものに終わったのも、繰り返しになりますが、BRICs 各国を対象とした経済学的分析の報告であったことが作用しています。もちろん一つの経済理論や方法論で、 経済システムや発展の初期条件が異なる各国を一刀両断に分析することに難しいところはあるものの、フレームワークや方法論が既知で共通のものであるからこそ、各国経済を対象と した研究成果を理解し、その国の経済の特殊性を比較しやすくなるという利点もあります。この点は、第三の特徴に関係してくるため、次で述べたいと思います。
 最後に、第三の特徴は、BRICs 4 ヵ国のうち2 ヵ国以上を比較した研究報告が複数行われ、日本側のBRICs 各国経済研究者や、インド人経済学者への刺激になり、地域大国のモデル検 討の議論がさらに深まったことです。19 名中7 名の報告者が比較を試み、そのうち4 名は新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」のテーマ通りにロシア・中国・インドの比 較研究を発表し、そのうちさらに1 名はブラジルも加えて4 ヵ国を比較しました。これら7名はいずれもインド経済を専門としない研究者でしたが、比較分析から明らかにされたイン ド経済の相違性と共通性が、インド側の強い関心を引きました。そして、セッション内外で、自らが専門としない国の分析方法やBRICs の発展モデルについての意見交換がされました。
 この第三点は、Closing Remark で、田畑伸一郎(新学術領域研究領域代表者・北海道大学)が述べました、われわれのプロジェクトが目指すところでもあります。すなわち、新学術領 域研究の狙いはBRICs 各国経済を分析することや各国を比較することだけにあるのではありません。その狙いとは、これらの分析を通して、BRICs 各国の共通性と相違性を見出し各国 の固有性を深く理解し、次いでBRICs 各国の経済発展が日欧米に代わる新たなモデルを提示しているのか検討し、そして長期的な時系列の中で冷戦後のBRICs 各国の発展と台頭を位置 づけるというものです。このカンファレンスは、これらの問いを考察するための多くの示唆に富んでいたといえましょう。

各セッションの概要

続いて、カンファレンスの各報告をセッションごとに要約します。なお、正式な報告タイトルは別途公開されているプログラムをご覧ください。また、今回発表された報告の一部は、新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」のディスカッション・ペーパーとして2012 年中に公開され(予定)、さらに国際的学術雑誌へ投稿されます。 詳細な研究成果をご覧になりたい方は、ぜひご参照ください。

飲用水を汲む農村住民
 まずOpening Remark ではJNU・JNIAS 所長であるAditya Mukherjee と、JNU 副学長であるSudhir Kumar Sopory から挨拶をいただきました。 Keynote Speech では、田畑伸一郎が“Growth in the International Reserves of Major Regional Powers: Comparisons of Russia, China, and India” と題し て、ロシア・中国・インドの比較研究を発表しました。氏は為替相場の維持という目的と外貨準備高の蓄積のメカニズムという三国の共通点と相違点を指摘した後、グローバルイ ンバランスの状況はしばらく持続する一方でこのシステムを維持するためのコストは増大していくだろうと論じました。これに対して司会者やフロアからは、グローバルインバラ ンスのコストや、比較にブラジルも加えたらどうか、といった質問がなされました。 続いて、マクロ経済のセッションでは、上垣彰(西南学院大学)、梶谷懐(神戸大学)、金 野雄五(みずほ総合研究所)、福味敦(東海大学)が報告し、それぞれ、発展モデルの中露比 較、流動性と資産バブルの中印比較、1990 年代における中印露の貿易自由化、インドの発電 補助金と政治的安定性をテーマとしました。討論者やフロアからは、分析モデルやデータに ついてのほか、比較対象国での共通点が問われるなど、比較研究独特の議論もみられました。 セッション後、カンファレンスルームの隣にある開放的なテラスで、ビュッフェ形式のイン ド料理がふるまわれ、参加者はしばしの休息を楽しみました。 昼食後、生産性のセッションが開始されました。このセッションでは、西島章次(神戸大学) はブラジルを、藤森梓(大阪成蹊大学)と加藤篤史(青山学院大学)はインドを対象に製造 業の生産性を報告しました。この研究分野は、近年の企業データの公開とともに急速に研究 が発展しているためか、企業の競争性をどう計測するかといったことから、データや操作変 数など多くの質問が出され議論がつきませんでした。 1 日目最後のセッションのテーマはエネルギーであり、堀井伸浩(九州大学)は中国の石 炭産業、本村真澄(独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)は日本から見たロシア の原油・天然ガスの必要性を論じました。それに対して技術面に関する質問のほか、インド は中国ほど資源を浪費しない、アメリカとブラジルのバイオエネルギーの相違など、BRICs カンファレンスならではのコメントが出されました。 エネルギーセッション終了後、ワインとオードブルがふるまわれ、その後、テラスでレセ プションが始まりました。 2 日目のセッションは経済史から開催され、佐藤隆広がインド独立以後のマクロ経済を、 脇村孝平(大阪市立大学)は19 世紀後半のインドの飢饉と疫病を報告しました。討論者とフ ロアとの間で、産業別の成長や外生的ショック、コロニアルとグローバリゼーションなどに ついて論じられました。 産業セッションでは、石上悦朗(福岡大学)がインドの鉄鋼業、上池あつ子(甲南大学)・ 佐藤隆広・Aradhna Aggarwal(デリー大学)がインドの製薬業の生産性、丸川知雄(東京大学) が中国の太陽電池産業を論じました。石上はパンジャブにおける鉄鋼業の写真を、丸川は自 宅に設置した太陽電池パネルの写真をみせ、上池は生産性の推計を丁寧に紹介し、聴衆の関 心を大きくひきました。フロアからは原材料、新技術、政府の役割などの質問が出されました。 最後に貧困・不平等セッションが行われました。山崎幸治(神戸大学)はインドの貧困削減、星野真(北海道大学)は国内地域経済収束性のBRICs 比較、野村友和(神戸大学)はブ ラジルの男女間賃金格差、そして二階堂有子(武蔵大学)・Jesim Pais(Institute for Studies in Industrial Development)・Mandira Sarma(ジャワハルラール・ネルー大学)はインド中 小企業の金融アクセスを報告しました。定量的な分析だったこともあり、分析方法やデータ に関する質問が中心となりました。 Closing Remark では、田畑伸一郎が、前述したように、今回のカンファレンスと新学術領 域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」の目的について述べ、結びとしました。 その後、IRRAD 支援によるディナーセッションが始まり、Jane Schukoske(Institute of Rural Research and Development)からインド農村とIRRAD の取り組みについて紹介があり、 岡本聡子(IRRAD)によるインド農村のビデオ上映をみながら、ディナーが始まりました。 一同、打ち解けた雰囲気でビデオを鑑賞し、BRICs 比較研究の議論に花を咲かせたのでした。

現地視察より


ロシア東欧経済研究者とラテンアメリカ経済研究者が
インドのスーパーを視察
カンファレンス翌日、参加者の多くは、エネルギー資源研究所(The Energy and Resources Institute, TERI)でのヒアリング調 査と、ハリヤーナ州の農村調査のいずれかに参加しました。 農村調査は、IRRAD のアテンドで行われました。われわれが訪れたのは、デリーから南に50km ほど行ったところにあるハリヤーナ州メワット県。ちょうどカラシナが満開で、菜の花が咲き乱れる春 先の中国農村をほうふつとさせる光景でした。ほかにトマト、ニンジン、ナスが栽培されており、ナスは日本のそれと異なりソフトボールのように丸々としていました。訪問先の学校では、児童 がアルファベットや掛け算九九を一斉に発音する風景に参加者一同は目を細めました。一方で飲用水の確保、産婆派遣所、子供の多さから、インドの貧困問題の深刻さと特殊性も感じ取ら れました。個人的には、農村調査に地方政府の姿がほとんどみえなかった点が新鮮でした。 カンファレンスが開催されたジャワハルラール・ネルー大学の近くには、近年新興国で急増しているショッピングモールがあります。多くの参加者は自ずと足を運び、インド経済の 多様な側面をブラジル・ロシア・中国と比較しながら、ショッピングモールでの品物の種類・製造元・価格・客層を視察しました。全体的には、食料品は比較的に安価ですが、工業製品 はそれほど安くはない印象を受けました。また持参したラップトップとデジカメの型番をスーパーの受け付けで登録するという点は独特でした。参加者からは、モスクワのショッピング モールの方がはるかに大きい、インド産の農産物が豊富、所得階層別にモールが造られているとの声もありました。 他国をフィールドとする経済学者と現地視察を行い、他国を基準とした指摘に学びつつ、同時に自らの経済学者としての価値観を相対化することが、共同比較研究の醍醐味の一つと いえましょう。 (文中、敬称を略させていただきました)

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