学 界 短 信

◆ マルグラン記念国際会議に参加して ◆

 昨年10月1〜3日、カザフスタン中部の鉱業都市ジェズカズガンで、マルグラン記念国際会議「カザ フ国家の形成諸段階と歴史的運命」が開かれた。マルグラン(1904〜1985)は、カザフスタンの著名な考古学者・歴史学者・口承文学研究者である。カ ザフスタンでは1998年は「国民団結と民族史の年」とされ、歴史関係の多くの会議が開かれたが、今回のものもその一つである。
 「国際会議」とはいっても外国人参加者はカラガンダ滞在中のドイツ人女性と私の2人だけで、手厚い歓迎を受けた。アルマトゥからは、マルグランの娘さん のほか、考古学者のカルル・バイパコフ氏、中世史家のボラト・コメコフ氏とアレクサンドル・カドゥルバエフ氏らが来ていた。報告集は事前に印刷されてお り、59本の報告が載っていた。
 民族史の年」の政策的意図を受けて、カザフ民族とカザフ国家の「古さ」を強調する報告が少なくなかったが、必ずしもそれ一色に染まっていたわけではな い。私の報告は、19世紀後半から20世紀初めのカザフ知識人の文化・政治活動がカザフスタン国家形成の下地を作ったことに注目するもので、18世紀以前 のカザフ・ハン国と現在のカザフスタンを直結させる立場への批判を含んでいたが、十分に暖かく受け入れられた。
 ジェズカズガンの地元の研究者たちの報告を聞けたのも、滅多にない機会だった。中には、ジェズカズガン近郊のウルタウが常にカザフ国家形成の中心地で あったことを強引に主張するものもあったが、フロアからは冷静な批判が聞かれた。
 大半の報告はカザフ語で行われ、宴席での挨拶もカザフ語でやることが半ば強制された。ロシア系・ドイツ系のカザフスタン人やカザフ語を話せないカザフ人 は、差別はされないものの、どうしても浮いてしまう。
 会議の後には、近郊にあるジョチ・ハン廟(実際にジョチがここに埋葬されている可能性は小さい)やウルタウへのエクスカーションが行われた。ウルタウが カザフ国家の中心地であったという、会議では議論の種でしかなかった説は、ウルタウ地区長の話の中では完全な「真実」となり、ナザルバエフ大統領がここに 来て一種の戴冠式をやったという話が得々と説かれた。夜、民家を借りての宴会は延々と続き、しまいには地区長とジェズカズガン大の副学長が客をそっちのけ で喧嘩を始めた。真夜中の草原を車で走って町に帰り着いた時には、時計は4時を指していた。これも一つの思い出である。[宇山]

◆ ウィスコンシン大学中央アジア研究ワークショップに参加して ◆

 昨年10月8〜11日、湖水の美しい米国マディソン市で、ウィスコンシン大学第3回中央アジア研究ワーク ショップが開かれた。主催者のユライ・シャーミルオグル準教授(タタール人)によれば、アメリカで毎年開かれる中央アジア研究学会としては唯一のものだそ うである。
 全体テーマは“Rewriting History in Central Asia”であったが、実際にこのテーマに沿った話をしたのは、基調講演者のロジヤ・ムクミノヴァ教授(タシケント)を除けば4人だけで、ほかは現状分析 や言語学の報告が多かった。私は一応律儀に、カザフスタンの歴史学がソ連期と現在ではどこが変わりどこが変わっていないか、という話をした。
 報告者はアメリカ人の院生や中央アジアから留学中の研究者が多く、コロンビア大留学中の岡奈津子氏(アジア経済研)も報告した。37人の報告が予定され ていたが、実際には半分ぐらいしか来ておらず、また来ていてもおざなりの報告をする人もいて、私がこの会のためにわざわざ日本からやって来たことを不思議 がる声も聞かれた。しかし、中央アジアに関してこれだけ多様なテーマに取り組んでいる人たちに会える機会というのは、日本にはまだないのである。野尻湖ク リルタイを思わせるようなのんびりした雰囲気も気に入った。[宇山]

◆ 日本ロシア文学会 ◆

 昨年10月23日、24日の両日、東京大学(本郷)において、日本ロシア文学会の1998年度(第48 回)定例総会および研究報告会が行われた。研究発表会では、3会場に分かれて29の報告および3つのワークショップ(「現代ロシア文学研究・紹介の現状と 問題点」「初歩のロシア語教育」「ロシア語とコンピュータ」)が行われた。総会では学会50周年記念事業等の議題が審議され、また昨年度研究発表の成果に 対して、久山宏一氏、鴻野わか菜氏にそれぞれ学会優秀賞、奨励賞が授与された。来年度は東北大学で開催される予定。なお学会報告を含めた関連情報が、日本 ロシア文学会ホームページ(http://www.geocities.co.jp/Berkeley/1632)に掲載されている。[望月]

◆ 学会カレンダー ◆
1999年1月28〜29日
3月12〜14日
スラブ研究センター1998年度冬期シンポジウム
1799, 1899, 1999: Pushkin, Nabokov and Intertextuality於ウェズレイヤン大学 連絡・照会先:Russian Department, Wesleyan University. Middletown CT 06459, USA Prof. Priscilla Meyer (http://www.wesleyan.edu/〜pmeyer/) 18世紀末と19世紀末に生まれたプーシキンとナボコフを中心主題として、今世 紀末のインターテクスチュアリティという概念を論じようという意欲的なコンフェレンス
6月 4〜 5日 比較経済体制学会第39回大会 於横浜国立大学 共通論題は「国際経済・国際金融と移行経済」 前日の6月3日に数量経済研究会開催
6月後半(未詳) ロシア科学アカデミー極東支部極東諸民族歴史・考古・民俗学研究所他主催「21世紀の歴史教育における東アジア史:教育者と研究者の 対話」 於ウラジオス トク市(未詳) 連絡・照会先:上記研究所所長 V. L. Larin教授 ロシア極東における東洋学教育100周年を記念して、東アジア史教育の現状と将来を論じる 97年10月に上越大学で行われた同趣旨の大 会の継続
7月22〜23日 スラブ研究センター1999年度夏期国際シンポジウム
11月18〜21日 AAASS(米国スラブ研究促進学会)の第31回大会 於ミズーリ州セントルイス パネルの募集締切は1998年12月9日
2000年7月29日〜8月3日 ICCEES(中・東欧研究世界学会)第6回大会 於タンペレ

図 書 室 だ よ り

◆ 中国東北部の地図購入 ◆

 スラブ研では、平成6年度に、旧ソ連のほぼ全体をカバーする1:200,000地図4500枚余りを購入 しましたが、今年度の緊急経費の申請が認められたことにより、この地図に接続する、旧ソ連作成の中国東北部および内蒙古地域および南北朝鮮の1: 200,000地図が購入の運びとなりました。
 東北アジア地域を、国境を越えた視点で研究するためのツールとして、さまざまな分野での活用が期待されます。[兎内]

編 集 室 だ よ り

◆ 『スラヴ研究』 ◆

 年度末の3月出版に向けて最後の編集作業に取り組んでいます。今年度は『スラヴ研究』が審査制による完全 な公募体制をとったことからか、20本程の投稿申請が寄せられました。このため厳密な審査やその後の投稿者との調整など、入稿に至るまでの編集作業に多く の時間が割かれることになりました。
 日本におけるスラヴ研究者のための開かれた専門雑誌として、しかも学術誌としての水準を維持していくということは大変な努力を要することですが、全国共 同利用施設としてのスラブ研究センターの本領発揮の場であります。また同時に論文審査では全国の専門家の方々にご協力をいただいております。この場を借り て、センターとして、また編集委員会としてお礼を申し上げます。
 多くの投稿が寄せられることは、日本のスラブ学の活発な研究状況の反映であり、喜ぶべきことです。また投稿-審査は、結果としての採用・不採用に係わら ず、研究者同士の極めて密度の高い学術的な交流であり、相互の切磋琢磨の機会であり、長い目で見るならば日本のスラブ学発展に質するところ極めて大であり ます。今後とも多くの投稿をお待ちしております。次号への投稿希望は今でも受け付けておりますので、松里まで御連絡下さい。[家田]

◆ ACTA SLAVICA IAPONICA ◆

 Acta Slavica Iaponica 第17号(今年秋刊行予定)への投稿を募集しています。執筆希望者は係までご一報のうえ、執筆計画を早急に提出して下さい。原稿提出期限は3月末日です。 分量は、A4版用紙(1枚に30行程度)25枚(書評の場合は3枚)を標準とします。原稿はあらかじめネイティヴ・スピーカーの校閲を受けたものでなけれ ばなりません。
 Acta Slavica Iaponica は、世界各地の主要研究機関・図書館・研究者に送られている、レフェリー制の雑誌です。積極的な投稿をお待ちしています。[宇山]

◆ 研究報告シリーズNo. 62 ◆

 本No. 62は、平成10年度文部省国際学術研究「サハリン大陸棚石油・天然ガスの『開発と環境』に関する学際的研究」によるサハリン大陸棚の石油・天然ガス開発 と環境をテーマにしています。その内容は1)サハリン大陸棚の石油・天然ガス開発の現況(センター・村上隆)、2)ロシアの環境行政について(横浜国立大 学・片山博文)、参考資料(ロシアの環境資料)、となっています。
 国際学術研究のテーマが、サハリンの海洋石油開発による持続的な経済発展と環境保全とのトレードオフの問題ですので、これまで余り検討されてこなかった 環境問題に比重を置いて、研究を行う上で基本的な認識として必要な情報を提供することを目的として本シリーズを編集いたしました。本国際学術研究は平成 12年度まで続きますので、今後も研究報告シリーズで成果を発表していきたいと思います。[村上]

み せ ら ね あ

◆ センターのクリスマス ◆

 12月11日金曜日、センター恒例のクリスマス会が開催されました。今年は趣向を変えて、ミラーボールや 照明やタンバリン等の鳴り物を用意した、賑やかな演出の会になりました。ダンス音楽(ベスト・オブ・マハラジャやベスト・オブ・ヴェルファーレ)が基調に 流れる中で、外国人スタッフ向けの「この人だ〜れ?(クリスマス会幹事の描いたスタッフの似顔絵をOHPで照らして、これが誰の顔かあてる)」クイズや、 スタッフの歌やゲーム等の催し物を楽しむことができました。最後は、センター長を初めとする有志で、マイムマイムを踊りました。今年は出張者が多かったた め、例年より小人数になったのが残念でしたが、とても楽しいひとときになりました。皆様ご協力有り難うございました。[山下]


◆ 人物往来 ◆

ニュース75号以降のセンター訪問者(道内を除く)は以下の通りです。[井上]
10月 8日  本祐一氏(外務省欧亜局)
10月15日  木下眞氏(文部省国際学術局)、江藤直行氏(文部省国際学術局)、J. ボウルト(Bowlt)氏(南カリフォルニア大/ロサンジェルス)、N. ミスレル(Misler)氏(東欧研究セミナー/ナポリ)
10月22日  M. メザーブ(Meserve)氏(札幌駐在米国総領事)、赤坂直之氏(札幌駐在米国領事館)、本堂藤昭氏(札幌駐在米国領事館)
12月 7日  前島陽氏(外務省)、中野潤也氏(外務省)

◆ 研究員消息 ◆

 松里公孝研究員は、1998年10月15日〜26日の間「国際シンポジウム ペレストロイカとその後-ソ 連、ロシア、NISの社会と国家1988-1998に参加、報告」のため、ロシア連邦他へ研修旅行、また、12月9日〜1999年1月21日の間「ポーラ ンド共和国クラコウ市で開催された国際シンポジウムで報告、ロシア・ウクライナにおける地方政治に関する現地調査」のため、ロシア連邦他へ出張。

 家田修研究員は、10月15日〜31日の間「ハンガリーのEU加盟をめぐる現地調査とロシアの動向 調査」のため、ハンガリー他へ出張。

 望月哲男研究員は、10月26日〜11月1日の間「ドイツ・ボーフム市ルール大学附属ロートマン名 称ロシア・ソビエト文化研究所における大学院生への講演・討論及び研究資料収集」のため、ドイツへ研修旅行。

 皆川修吾研究員は、11月15日〜29日の間「NGO活動の実態調査、開発に対する地方行政政府の 対応調査」のため、オランダ他へ出張。

 田畑伸一郎研究員は、12月7日〜19日の間「ロシアとウクライナにおける経済改革の進展の調査」 のため、ロシア連邦他へ研修旅行。

 村上隆研究員は、12月11日〜25日の間「アバジーン市及びロンドン市における石油流出防止対策 の調査」のため、イギリスへ出張。[野村]


♪新年あけまして おめでとうございます。♪実は日頃の本誌担当者が産休で12月から不在となり、 さらにその代役が年末から海外出張でいなくなり、編集作業のしめくくりと編集後記は、代役の代役が担当するという、異例の事態となりました(もっとも実際 の編集実務は有能なアルバイトのNさんがこなしてくれていますので、代役者達は安心しきっています)。という訳で、代役としてはこれ以上書く義務はないの ですが、年頭にあたり一言。♪巷では、今世紀も残すところあと一年、とよく耳にします。学問的には西暦2000年までが20世紀ですから、あと二年はある わけですが、どのみちキリストが生まれた年を計算間違いしていたので、本当はとうに21世紀は始まっているのです。まあ、キリスト教国でもない日本で西 (キリスト)歴にこだわる必要もないのかなとも思うのですが、キリストの誕生を祝ってこれほどケーキが生産され、そして消費される国は他にあまり例がな い、という民衆意識を反映させる統計的な根拠から、後の時代の数値好きな民衆史家が、実は日本は大変に信心深いキリスト教国だったと断定してもおかしくは ない、かもしれないのです。♪だいたいスラブ圏ではご存知のように、1000年くらい前に族長たちが一族の反対を押し切って、つまり「蛮勇」をふるってキ リスト教を国教に定め、国民はよく分からないうちに新しい神への信仰を無理やり押し付けられてしまっていた、というあたりが始まりだったのではないでしょ うか。それに比べて日本では甘いケーキを通して、国民の間ではいつのまにか何の抵抗感もなく、キリストが神の子であるということが周知徹底させられている のです。これは驚くべきことです。ヨーロッパでもキリスト教の布教はそれまでの土俗神の完全な否定ではないと言われますが、いずれにしましても、戦後のわ ずか半世紀という短期間で、キリストは一億人の新しい「信者」を獲得したのです。(ヨーロッパ人への親切-本誌8頁及び10-11頁参照-も案外、キリス トがとりもつ縁なのかもしれません。)これは10億人といわれるキリスト教徒の歴史2000年でもついぞ見られなかった快挙でしょう。まさに新たなキリス ト誕生千年紀(2001年〜3000年)を迎えるに当たって、これは特筆されるべきことではないでしょうか。もっとも「ノストラダモスの大予言」を乗り切 れれば、の話ですが。さて今年はどのような年になるのか。♪皆様のこの一年のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。
エッセイ:
外川継男 スラ研の思い出(第2回) p. 5
H. ヤナシェク 宇宙飛行士に次ぐ壮挙 p. 7
I. クリャムキン 日本での暮らしから:3つのエピソード p. 10
P. ラトランド サッポロ・ダイアリー p. 12


1999年1月28日発行
編集責任 松里公孝
発行者 井上紘一
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