SNG(独立国家共同体)創設10年


畠山 禎(センターCOE非常勤研究員)


 この秋、5年ぶりにモスクワに滞在する機会を得た。実際に生活してみて、その大きな変化を実感した。街を歩いてみると、自動車があふれ都心では絶えず渋滞が発生している。テレビのモスクワ地方ニュースが、渋滞情報とともに主要な渋滞地点について抜け道を紹介しているほどだ。携帯電話を利用している人も少なくない。図書館や古文書館で文献を読んでいてもそのわきで携帯が鳴ることがしばしばある。ロシアでもマナー問題があるようだ。そのほか、ロシア社会はゴミ、住宅、社会保障、都市と農村の格差、労働と政治の権利など多くの問題を抱えている。とともに、現代のロシア社会の全体像が日本にいてはなかなか見えてこない−というよりも、政治・経済、あるいは民族などの領域に情報が偏りすぎているというべきかもしれない−現状も少し気になった。
 ところで、読者の多くもそうであると思うが、当地のテレビ番組も興味深い。まず目につくのは、ビールやジュース市場で独占的な地位にある飲料メーカーの提供で放送されている「だれが百万長者になりたいか(クイズ・ミリオネア)」「最後のヒーロー(サバイバー)」など、日本でもおなじみのバラエティー番組のロシア版である。他方、ロシアで独特なのは、人形劇やアニメーションを使った政治風刺番組だろうか。その一つが、ここで取り上げる「明かりを消してください!」である。こちらの方の提供は一見よくわからないが。
 「明かりを消してください!」はかつての子ども向け人気番組「おやすみなさい、ぼうや!」を成人向けに現代版にしたものである。「おやすみなさい、ぼうや!」に登場する人形のフリューシャとステパーシカは、「明かりを消してください!」ではコンピューター・アニメーションで作成されたブタのフリューシャとうさぎのステパーシカとなっている。とくにフリューシャは一度見たら忘れられない強烈な容貌に変えられている。番組では、大人になり人生の経験を積み始めたばかりのかれらが、テレビ・アナウンサーのウラジーミル・カラ=ムルザとともに、TV-6のスタジオから政治ニュースや生活問題を報道する。さらに、犬の常任特派員フィリップ・シャーリコフや有名政治家をいぶかしげに想起させる名前の専門家が、フリューンとステパーンを補佐する。
以下、紙幅の都合で一部にとどまるが、今回の冬期シンポジウムにちなんで「SNG創設10年」と題された番組(2001年11月29日放送)を紹介しよう。

フリューンとステパーン1

 スタジオ
カラ=ムルザ(以下K):こんにちは。ほっとする情報番組「明かりを消してください」の放送です。いつもの司会者フリューンとステパーン。
 フリューン(X):そしてゲストは、わたしの歴史的な故郷からウラジーミル・カラ=ムルザ。
 ステパーン(S):ヴォロージェンカ? なに、田舎からでてきたばかり?
 X:いったいどんな田舎からってんだ、あほう。おれは、「エスエスエスエル」生まれで、リャクセイチと同郷だ。
 K:たしかに、それはわれわれの歴史的な故郷だ。
 S:さて、明日はさらにSNG諸国の首脳会議に集まった12人のあなたがたの歴史的同胞がモスクワで会うことになっている。それにいいか。かれらはロシアの経済指数の堅調な成長が認められたそのすぐ後にわれわれを訪ねてやってくる。
 X:この成長の秘密をかれらは探りたいのかな。
 K:いいやフリューン。かれらが知りたがっているのは、ロシアの成長が確固たるものであることをわれわれがどうやって西側に説明したのかということだよ。
 X:そうしたノウハウを知るためには金を払わなきゃ。でもかれらは逆にわれわれの金で遊びにやってくるんだ。
 S: フリューン、これが最も経済的な国際会議なんだ。考えてもみろ。12人の外国の大統領を迎えるのに通訳は必要ないんだ。
 X:じゃあ晩餐会もいらないのかい。
 K:なに、ごちそうは各自持ってこさせればいい。晩餐のテーブルを想像してごらんよ。ウズベクのプロフ、グルジアのシャシリク、アルメニアのドルマ、ウクライナのサーロ。
 X:どれもこれもごちそうさま。
 K:悪い、気を悪くするな。
 X:まあいいだろう。かんじんなことをいえよ。ロシアのウォッカはあるのか。
 K:もちろん。ロシアの領土に相当するだけ。
 X:じゃあ、朝にはみんなが陸地の8分の1を口に入れることになる。
 S:どうでもいい。ともかく、SNGのリーダーたちが友好10周年をちゃんと祝うことが重要なんだ。
 K;詳しくは、われわれの特派員フィリップがお伝えします。フィリップ、こんにちは。
 現地リポート

フリューンとステパーン2

 民族友好の噴水の前に立つフィリップ:こんにちワン。もはや誰にとっても周知のことですが、わが独立国家共同体が成立してすでに10年になります。共同体がこの10年間いまだ存在していた(!?)ことは、疑いもなく記念碑にふさわしいことです。その記念碑もあります。これが、われわれが愛すべき民族友好の噴水です。さあ、ご覧ください(フィリップがわきによける。記念碑には何の彫像もない)。時間がわれわれの友好の象徴にちょっとした修正を加えました。ここには、納得できる理由からバルト三国の彫刻が欠けております。しかし、台座が無駄になることはありません。台座の上に消火器が置かれることになるでしょう。というのも、噴水そのものには水が引かれるのではなく、新たな連合の主たる統合力は石油だからです。
(中略)つづいて、ゲストの某国大統領イニヤーゾフ氏へのインタヴュー。「ロシア」ホテルのスタジオにいるイニヤーゾフ氏はハラートを羽織り、レーニン像のポーズ(右手は明るい未来を指差し、顔を横に向けている)をしている。
 K:こんにちは、イニヤーゾフさん。SSSRのかわりにSNGを創設したことに価値はあったのでしょうか。
 イニヤーゾフ(以下I):ヴァイ! もちろんです。そういった交代がなければ、あなたがたの文化からキルギスの映画やモルダヴィアの科学、カザフのインテリゲンツィア、ウクライナの気前のよさや歓待が永遠に消えてしまっていたでしょうに。
 K:あなたの文化も、なにかをなくしてしまっていたでしょうか。
 I:ヴァイ! もっとも重要なものを。ロシアの形式主義や几帳面さ、勤勉さを。
 K:ついでに、安いガスと電気も。
 I:ヴァイ! 電気。またうぬぼれが始まった。
 X:じゃあ、電気を指差しているお前はいったい何者だ。
 I:ヴァイ! 私は指差してなんかいない。ただ、われわれが話している間、二人の彫刻家が私の彫像を作っているんです。だから私はもう少しポーズをとらなくては。
 K:この彫像を設置するとき、その手はどこを指しているんですか。
 I:ヴァイ! もちろん、あなたがたですよ。私はわが国の民衆に10年間こう言ってきました。「ロシア、それはシベリアがある国だ」。もしわれわれがそれを失うとすれば、反体制分子をどこへ流刑すればいいのか。ですから、われわれがあなた方から遅れない限り、われわれを見捨てないでください。あらかじめ言っておきます、どうもありがとう。
 K:こちらこそ、ありがとう。さようなら。
 この後、スタジオの三人はSNGの意味について語り合う。10年前、SNGはNATOの前進を阻止する壁となって立ちふさがった。しかし実際には、みんながロシアから金を掠め取ろうとし、ロシアはなんでも与えてきたにすぎない。いずれにせよ、SNGを解散することはできないだろうが。
たしかにSNGの存在は近年、影のうすいものになっている。ロシアの一般市民にとってもその意義が不明瞭なのかもしれない。経済的な観点からすれば、「金を掠め取られている」ロシアにとってその維持は必ずしも有利なものではない。そうした見方を「明かりを消してください!」は皮肉と笑いをまじえて伝えている。ともあれ、困難で深刻な政治問題を笑い飛ばすロシアの伝統が、急速に変わりつつある社会においても維持されていくことを期待したい。
番組の詳細については、以下のウェブ・サイトを参照されたい。
http://www.tv6.ru/programs/tushite/


スラブ研究センターニュース No88 目次