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●ソローキン, ウラジーミル  Sorokin, Vladimir

ウラジーミル・ソローキン『四人の心臓』

武田 昭文

1. テキストについて

 初出:V. Sorokin, Sertsa chetyrekh, Nezavisimyi al'manakh Konets veka, No. 5, 1994.(執筆年1991年) 
 今回の報告では、V. Sorokin, Sobranie sochinenii v dvukh tomakh, Tom II, M., Ad Marginem, 1998, pp. 357-460.を底本とする。

2. 作品紹介

2-1 冒険小説
 現代ロシア、陰謀の渦巻くモスクワの暗黒社会で今、四人組のグループ――男と女と少年と老人――が、謎のファンダメントを求めて恐怖のワークに着手する。しかし、ファンダメントに辿りつくには、いかなる犠牲を払っても手に入れねばならないモノがあった。四人は、グループの少年の両親を惨殺し、女を軍事委員会の地下室で拷問にかけ、男の母親を屠殺加工し、特殊任務省に潜入する。銃撃戦の末、必要なモノを手に入れて、ファンダメントのありかを知った彼らはシベリアに向かう。追手と再び銃撃戦を交わしながら、四人はクラスノヤルスクの放射能汚染区域に辿りつく。が、そこではミュータントたちが彼らを待ち受けていた。……
 ポストモダンのアクション小説とも評される本書は、メタフィジックな「探求の物語」である。

2-2 主人公たちのプロフィール
 ヴィクトル・ワレンチーノヴィチ・レブローフ――グループのリーダー。冷静沈着な紳士。
 オリガ・ウラジーミロヴナ・ペストレツォーワ――元オリンピック射撃選手の女スナイパー。
 ゲンリーフ・イワーノヴィチ・シュタウベ――傷痍軍人風の片足の老人。ホモセクシュアル。卑猥語の達人で、道化役を演じる。
 セリョージャ――ごくふつうの少年。ワニのぬいぐるみを抱いている。

2-3 内容紹介
 この100ページ余りの小説には章立てがなく、代わりに行あけで25ぐらいの場面に分けてある。以下、ストーリー展開の要所をかいつまんであらすじを追ってみる。
 
 物語のはじまり:パン屋にお遣いに来たオレーク少年は、店を出掛けに買ったばかりのパンをぬかるみに落とす。「畜生!」と、立ち去る少年を背の高いビッコの老人(シュタウベ)が呼びとめる。老人は、お説教はきらいだがと言いながら、自分の体験したレニングラード攻防戦の思い出を語る。どれほど一塊のパンが有難かったか。感動した少年はもう決してパンを捨てないと約束する。道々、老人は少年に学校や女の子のことを訊く。ウブな少年は照れる。老人は、同じ攻防戦のとき、こどもだった彼が映画館でおとなの女に誘惑された話をする。
 「しゃぶってもらったことはあるかい?」
 「ううん」
 「なあに、これからさ!」
 老人は少年を励ます。二人は目で微笑んで意気投合する。老人の家の近くまで来た二人は、中庭にトレーラーハウスを見つけて探検に入る。と、老人は豹変して少年の膝にしがみつき、おちんちんをしゃぶらせてくれと頼む。驚愕した少年はからくも逃げおおせる。そこに同じ年頃の少年(セリョージャ)が現れて、レブローフにいいつけてやると老人を脅す。老人は少年を説得し、彼の精液を飲む。そして二人は大急ぎで他の仲間との待ち合わせ場所に向かう。

 二人はレブローフとオリガの待つアパートに着く。彼らはプレ・ワーク№1と称して、裸になり奇妙な儀式を始める。レブローフが大きな木箱を担ぎ、そのなかにシュタウベが入り、オリガはレブローフの開いた足の間で床に腹這いになり、セリョージャはオリガの背中に仰向けになる。めいめいが唱える。
 「54、18、76、92、31、72、72、82、35、41、87、55、81……(以下延々)」
 「すて、いぷ、あろ、すて、ちゃえ、ぽい、すて、ごえ、うば……(以下延々)」
 「青、青、黄、橙、青、赤、緑、緑、黄、紫、蒼、赤、緑、紫……(以下延々)」
 「ソ、ド、ファ、ファ、ソ、ミ、レ、ラ、ファ、ファ、シ、ソ……(以下延々)」
 彼らは服を着て、濡れ布巾を手にワークに出動する。

 プレ・ワーク№1:三人の大人は刑事犯罪捜査員に変装して、行方不明の少年セリョージャを両親のもとに送り届ける。喜びに泣き崩れる両親。人心地ついたところで、レブローフがガス・スプレーを父母の顔面に噴きつける。失神した父母にオリガが消音装置を施した銃でとどめをさす。レブローフは手術鋏で母親の唇を切り取り試験管に収める。それから父親のペニスの皮をむいて亀頭を切断し、少年の口に入れる。四人は家族のパスポートの入った小箱を持ち去る。帰り際、レブローフは少年に何か持って行くものはないか訊ねる。少年はワニのぬいぐるみをとって来る。帰りの車中で、四人は亀頭をかわりばんこにしゃぶる。レブローフ宅に到着。レブローフは少年に父親のことを質問し、パスポートの写真を切り取る。
 夕食後、四人はヴォロンツォフを見に地下室に行く。地下牢に、四肢の三つを切断され糞尿にまみれた男が蠢いている。レブローフは男に、三つ、何でも自由に話せと命じる。男は、海への愛の告白、排泄行為の考察、頭蓋骨のこじあけ方を脈絡なく話す。彼らは舌打ちし、残りの一肢を切断するにも値せぬクズめと、人豚を見捨てて出て行く。

 翌日の12時、四人は奇妙な「占い」のシャッフルを始める。(引用1)
 「シャッフルはレブローフの書斎の隣りの小部屋で行われた。床に敷いた展開図に皆が着席すると、レブローフはエボナイトの球を中央に転がした。球は〈喜び〉に止まった。オリガが顔を覆って悲鳴をあげた。
 「だいじょうぶ、だいじょうぶ」レブローフは彼女をなだめるように微笑んだ。
 オリガは二枚のチップを6に置いた。シュタウベは錫棒で赤を突いた。セリョージャは〈閂の壁〉に印をつけた。レブローフは2つ動かしてセグメントを〈馬〉に進め、また球を突いた。球は〈気晴らし〉に止まった。
 オリガは左のチップを27に置いた。シュタウベは指輪で黄と〈ボルク〉を突いた。セリョージャは〈燈台の壁〉にチョークで印をつけた。レブローフは6つ動かし9のクロスをしてセグメントを〈貂〉に進め、また球を突いた。球は〈信頼〉に止まった。オリガは右のチップを18に置いた。シュタウベは錫棒で青を突き、一回転させた。セリョージャは〈閂の壁〉の印を消して、〈障害の壁〉に印をつけた。レブローフは12動かしてセグメントを余白に出し、また球を突いた。球は〈同意〉を差し示した。シュタウベは癇癪を起こして錫棒を投げ出した。オリガは泣いていた。レブローフは数字表を開いて、必要なページを見つけて読み上げた。
 「9、46、21、82、93、42、71、76、84、36、71、12、12、44……(以下略)」
 (中略)
 レブローフは泣いているオリガを見た。
 「オリガ・ウラジーミロヴナ、あなたは……わかりますね」
 「わかってるわ、ええ、わかってます」(p.383)
 こうしてワーク№1の作戦が決まる。

 ワーク№1:四人は地区軍事委員会に乗りつける。レブローフはセリョージャの父親の陸軍中佐に変装し、オリガが変装した民警中佐フォーキナを連行する。誰も彼らを疑わない(変装ではなく、主人公たちは実際に変身能力を持っているのではないか?)。彼らは陸軍大佐の率いる軍人たちと車で通行管理所に向かう。オリガは地下室に連れ込まれる。地下深い軍の大会堂でオリガ―フォーキナへの醜悪な拷問が始まる。フォーキナの老母が引き出され、裸に剥かれ、その股間にオリガは顔をねじ込こまれる。オリガは糞まみれになり、老婆は床に投げ落とされて絶息する。この間、フォーキナとヴォロンツォフに何か関係があったことが分かる。拷問が終わったとき、レブローフはある少佐の不審な挙動に気づく。
 この拷問劇は、レブローフ扮する中佐と軍部がその男を罠にかけるために仕組んだ芝居だったのだ。少佐はサンプルを隠した場所を自白する。オリガは解放される。レブローフは軍部と取引してそのサンプルを得る。
 四人は作戦の成功を喜ぶが、レブローフはもう一つ「占い」で出た18をやらねばならないとオリガに言う。オリガは泣く。二人は或る男を訪問する。男は勝手知って迎えると、オリガの顔にまたがって排便する。オリガは糞を食べる。男は彼らにセグメント18の設計図を2枚渡す。こうして四人は、ワーク№1によって、セグメント18と、48本のロッドと、或る機械の部品を手に入れる(しかし、本文にはロッドと機械部品を入手した経緯は書かれていない)。
 このワーク№1を通して、ファンダメントを探しているのは彼らだけでないことが分かってくる。それぞれのグループが何かのモノを持ち、互いに陰謀をめぐらし、取引し、競争しながらファンダメントをめざしている。(オリエンテーション・ゲーム)

 「占い」で、78、18、61、22が出る。シュタウベは78に怖気をふるう。78とは何か。ワーク№2へ。

 ワーク№2:1990年12月31日。シュタウベ邸で年越しパーティーが開かれる。レブローフの母が遥々サラトフからやって来る。親子の再会、いかにもロシア的な歓待の情景。シュタウベがレブローフを褒めると、母は息子を月に一度しか手紙を寄こさないと言ってなじる(逆に、レブローフが優しい息子であることが分かる)。レブローフの母は、オリガを息子の妻だと思っており、彼女がグレタ・ガルボに似ていると言う。彼らはご馳走の並んだテーブルに就き、いつしかレブローフの母の物語が始まる。それは二度も収容所に送られながら、懸命にひとり息子を育て上げたインテリゲンツィア女性の物語だった。12時15分前になる。レブローフが母にプレゼントがあると言う。
 「ママ、目をつぶって……」
 オリガが彼女の左手を、シュタウベが右手を抑え、レブローフが首に縄をかける。
 「くすぐったいわ!」
 レブローフは母を絞め殺す。四人は白衣に着替え、ゴム手袋をし、死体を浴室に運ぶ。牛乳缶、電動ノコギリとナイフ、肉挽器とジューサーが用意される。死体は切断され、肉挽器とジューサーにかけられて、牛乳缶にとろけ落ちる。三時間後、作業は完了する。28リットルの母液(ジートカヤ・マーチ)ができあがる。四人は母液をスーツケースに注ぎ込む。レブローフは青ざめて寝室に去る。

 ワーク№3:一週間後の1月8日、レブローフの書斎に集合した四人は、時計の針を2時間16分進めてワークに出動する。作戦計画、12時10分特殊任務省潜入、12時30分同省退去、12時45分工場着、以後状況判断。四人は特殊任務省(多分、架空の省)に入る。レブローフはオリガに「ホップ」の掛け声を合図に狙撃するよう命じる。皆殺しは、沈着に、同時にゲーム感覚(ホップ・ホップ!)で遂行される。彼らはレオンチエフという男からファンダメントのありかを聞く――クラスノヤルスクから西に70キロ。アチンスク駅の次のコズリカ駅で降り右方向に50キロ行く。それからチュルィム川に沿って丘を越える……。オリガは彼を射殺し、レブローフはその胸肉を切り取り、アタッシュケースに収める。オリガは同省の大臣を射殺する(ファンダメントは国家的機密のようだ)。四人は内通者の運転する黒いジル-110で工場に向かう。車中でレブローフとシュタウベは、セグメントと時計を使って「占い」をする。
 工場では針をつぶして巨大な鉄の疥癬蚤を製造している。四人はその受け取りに来た。工場主は、自分たちの仲間をひとりグループに加えてくれと言う。レブローフは拒絶し、彼らは鉄の疥癬蚤を積んだダンプで逃走する。
 14時02分、ダンプは群衆のごったがえす百貨店の中庭に入り、蚤をバターの山に突っ込む。双子の姉妹がウォッカのグラスを持ってシュタウベに近づく。老人はそれが毒薬であることを見抜く。群衆のなかの誰かが双子を殴り、コンクリート塀を倒して圧殺する。四人は追跡されている。シュタウベは売り子の女と謎の会話を交わし、変装して追跡者をかわす。百貨店内で hide-and-seek (かくれんぼ)、敵のライフル銃が轟く。
 14時55分、四人は身障者マークのついた赤いモスクヴィチでカザン駅に乗りつける。

 クラスノヤルスクへ:56番列車の7号車シート9-12。クーペに落ち着くと、どんな時でも食事を疎かにしない四人は百貨店で買い込んだ食べ物を頬張る。愛想のよい女車掌に、彼らはシベリアにエコロジー映画を撮りに行く撮影班だと名乗る。穏やかな道中。だがアチンスク駅のあたりから怪しい者たちが乗車してくる。真夜中、オリガは鉄道労働者に変装した追跡者を狙撃する。思いがけず、追跡者と別のグループが戦いはじめ、四人は後者のウクライナ人たちと合流する。ウクライナ人グループはスパイの女車掌をさらい、列車に爆弾を仕掛けて飛び降りる。四人は彼らに続く。爆発した列車の炎が夜に映える。ウクライナ人たちに連れられて、四人は鉄条網に囲まれた放射能汚染区域に入って行く。
彼らは月に照らされた廃市チュリムを馬橇で通り過ぎる。

 廃虚の中で:一行は党委員会の建物の廃虚に到着する。(引用2)
 「これはなに?」セリョージャは守衛机の上にある豚くらいの大きさのウサギの死体に歩み寄った。背の曲がったウサギは、瘤だらけの腫瘍に覆われ、どす黒い血に汚れた顔が黄色い牙を剥いていた。
 「自然の奇跡、サーベルウサギさ」大袋を担ぎながらマリクが咳ごんだ。(p.444)
 放射能で突然変異した奇形獣。この建物で四人は、他に、太い蛭なめくじや巨大な肉食ネズミを目撃する。気違いが全裸で怒号しながらテレビの『カサブランカ』を見ている。彼の頭頂部は丸く剃られて大きな絆創膏が貼ってある。セレクターから声が流れる。四人は面会室に行く。そこでは洗脳手術が行われていた。手術後、ボスのドクトルは女車掌の頭に穴をあけ、ペニスを挿し込んでオナニーする。レブローフはドクトルと取引して、レオンチエフの肉片を渡す。ドクトルは別の部屋に彼らを案内する。レブローフはオリガに合図する。が、逆に捕らわれてしまう。
 そのとき、今まで気違いのふりをしていたスコーバとトリャパが、突然ドクトルに反乱をおこす。スコーバはレオンチエフの仲間だった。彼はレオンチエフから、セリョージャがファンダメントを解く鍵だと聞いたと言う。反乱者たちは三人を倉庫に閉じ込め、少年をさらい、拷問にかけに連れ去る。しかし三人は、シュタウベが義足に仕込んでいた手榴弾で倉庫を脱出する。夜の廃虚で銃撃戦が始まる。
 オリガのスナイパー・アクション。(引用3)
 「オリガはまた奇声をあげて円柱から走り出した。キセリョークは撃った。オリガは、右に、左に、右に、跳んで、彼がいる円柱の背後にまわった。キセリョークは足を引いて膝を落とした。オリガはまた引き裂くような叫びをあげて円柱の左から顔を出した。彼は撃った。彼女は右に跳んで、体をしならせると、腕を伸ばして彼の顔面に弾を撃ち込んだ。階段に足音が響いた。オリガはピストルを捨てて自動小銃をつかんだ。彼女は廊下を走り抜けて、開いたドアに跳び込んだ。……」(p.452-453)
 オリガはウクライナ人たちを撃ち殺し、スコーバと一騎打ちになる。だが彼女は近づいてくる男を見てピストルを取り落とす。それは彼女の夫だった(メロドラマ)。オリガは逃げまどう。ドクトルが現れてオリガを襲う。オリガは一瞬ドクトルの背中を見て恐怖の叫びをあげる。絶対絶命のピンチにシュタウベが駆けつけ、二人の男を撃ち殺す。
 シュタウベはセリョージャを見つける。セリョージャは浴室に全裸で鉤に吊るされていた。少年の体は、サーベルウサギの死体のようにぐちゃぐちゃになり、背中に何かされている。レブローフは瀕死の重傷を負っていた。
 いまや、四人すべてにセグメントがある。彼らは最後の「占い」をする。(引用1参照)

 終幕:最後の「占い」はピタリピタリと当たって行く。
 四人はドクトルの書斎に入る。彼らは机をどかし、床板を外す。鉄板がある。鉄板を外す。ハッチがあり、四桁のナンバーロックが掛かっている。レブローフがその数を解く。ハッチが開き、彼らは地下に降りる。地下室の床の四隅にセグメントを置き、糸を張り、球をのせて転がす。球が止まった場所に鍵穴がある。レブローフが鍵を渡す。床が沈んで行く。止まる。鉄の壁に鍵穴がある。鍵がまわる。中に凹みがある。凹みに機械の部品をはめる。レブローフは意識を失う。シュタウベが複雑なロッドを操作する。すべてが噛み合う。壁がスライドして、彼らの前に広々としたコンクリートの地下壕が開ける。その中央には四つの PRM-118 圧搾機があり、床には漏斗の穴が開いている。
 シュタウベは十字をきり、オリガは嬉し泣きする。彼らは母液を漏斗に注ぎ込む。
 シュタウベとオリガは服を脱ぎ、セリョージャとレブローフの服を脱がす。
 四人は圧縮機の台の上に裸で横たわる。レバーが下りる。
 かくして、四人は自らを機械にかけ、彼らの望んでやまなかった或る存在に変身するのだった……
 6、2、5、5。

3. 解釈とコメント

3-1 ストーリー展開の図解

    

 

 

 

 

 

 

 

1)●の部分だけ本文に描写。間に挟まれた部分のことは何も書かれていない。
  謎としての小説 (最後の数行に辿り着くまで、何の話かさっぱり分からない。)
2)《zashifrovannost'》
  マニアックなディテールへの逸脱過多というだけでなく、ストーリー把握の上でカンジンな部分を意図的にすっとばす書き方。
  ほとんどナンセンスに思われるような出来事の細密な描写を断片的に積み重ねて、「これは何についての物語であるか」ということを隠し続け、最後の瞬間に一気にそれを明らかにする。このような知的ゲームとしての仕掛けが本作品で作者の最も腐心した点であろうが、その手並みは見事であり、成功している。
 
3-2 様々な方法論のフュージョン(splav)という観点から
1)様々なスチリザーツィア(紋切型、イミテーション、フェイク)
  レニングラード攻防戦の話、弾圧された知識人女性の話、美人セクシースナイパーと、敵となった夫との再会のメロドラマ等。
2)多文体・多言語使用
  多文体:本作品の基調となっているのは、冒険・アクション小説の文体で、そこに様々なスチリザーツィアのパロディ的文体が散りばめられている。
  多言語:日本語も? iro-iro(イロイロ)など。
  ソローキンの小説における多言語また異言語の使用は、新作『青い脂』(1999)では、よりあからさまにロシア語と中国語の奇妙な混成語として前面に出てくる。 
3)「映画的」描写方法
  恐らく下敷きになっている映画多数。フィルム・ノワール?
  本作品自体が、断片のコマ割りでできた犯罪映画またロード・ムービーのよう。
  いつもながら作者の気配はテクストからきれいに取り除かれている。この意味でソローキンは、フローベールやジョイスに列なる傾向の作家といえるか(ポーシュロスチのこと、『ノルマ』と『ボヴァリー夫人』等)。

3-3 時事的問題へのアンテナ
  本作品では、放射能汚染、放射能による突然変異体(ミュータント)の出現などの、原子力関連のテーマがいろいろに取り上げられている。また、クラスノヤルスクの放射能汚染区域というのは、現実の<クラスノヤルスク26(現ジェレズノゴールスク)>をモデルにしている。
  この『四人の心臓』が書かれたのは1991年、あのチェルノブイリの原発事故は1986年4月の出来事で、放射能汚染の問題は時事的に最大の関心事であった。
  また、新作の『青い脂』は遺伝子操作による人間のクローンの問題を取り上げているが、1990年代以後(特にクローン羊ドリーの実験成功以来)の世界の関心がこの問題に集中していることは知っての通りだ。
  このようにソローキンは、案外、機を見るに敏な作家なのかも知れず、彼の他の作品にも似たような時事的問題へのアンテナを探してみるのは面白いかもしれない。

3-4 本作品のジャンル・コンセプトについて(A. ゲニスの批評)
  Eto perelomnaia dlia Sorokina kniga, napisannaia v svoeobraznom zhanre metafizicheskoi parodii...
Aleksandr Genis 《Ivan Petrovich umer》(1999)p.