ベヴゼンコ:Бевзенко
アリベルト、Н.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 運輸省次官をつとめる、後に第1次官に昇任。


ヘガトゥーロフ:Хегатуров
カズベク、Я.
生年月日 1939.01.01
性別
国籍 オセット人
学歴 大学卒
考察 61年北カフカーズ鉱山、鉱物大学を卒業。鉱山技師の資格を持つ。61年極東の、ハバロフスク地方ソンネチヌィ(太陽)町に派遣される。61年からソンネチヌィ採掘、選鉱コンビナートで電気仕上げ工、機械技師、機械技師主任、コンビナートの機械技師副主任として働く。75年から93年基本建設コンビナートの副支配人。93年からハバロフスク地方ソンネチヌィ地区行政長官。


ベクレミシチェワ:Беклемищева
オリガ、А.
生年月日 1961.04.03
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ニージニー・ノヴゴロド市議会議員。95年12月第2期国家会議代議員選挙で、選挙団体「ヤブロコ」の推薦を受け、ニージニー・ノヴゴロド州カナワ選挙区から当選。「ヤブロコ」会派所属。第2期国家会議健康保護委員会副議長。


ベケトフ:Бекетов
ヴィクトル、П.
生年月日 1931.01.07
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 大学でジャーナリズムを専攻。66年までウクライナのマスコミで働く。66〜77年、プラウダ特派員として経済問題担当。77年より中央テレビで国内問題専門に政治評論活動。ソ連ジャーナリスト組合会員など。91年7月、第5回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで民族会議文化・言語・民族的伝統の発展および歴史的遺産の保護委員会小委員会議長。


ベケトフ:Бекетов
ウラジーミル、А.
生年月日 1949.03.29
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 クバン農業大学卒業。コルホーズ労働者として働き始める。その後コムソモール組織秘書、コルホーズ党組織秘書として働く。その後はraikom,kraikomの仕事に就く。92年クラスノダール地方人民代議員。94年クラスノダール立法議会議員。95年3月クラスノダール地方農業第1副大臣。95年12月、クラスノダル地方立法議会議長に選出される。ロシア上院議員。第2期連邦会議農業政策委員会委員。


ベコシナ:Бекошина
В
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 94年9月、ハバロフスク地方副長官に就任。


ベゴフ:Бегов
オマル、О.
生年月日 1939.03.02
性別
国籍 その他
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に選出され、94年1月より下院民族問題委員会副議長になる。ダゲスタン鉄道レストラン連合会長として働く。ロシア連邦共産党派のメンバー。


ベコフ:Беков
セルゲイ、М.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 税関国家委員会副議長をつとめる。


ベコフ:Беков
ハスマゴメド、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 91年12月27日、政府付属国家公務員養成総局長に就任。


ベシカレフ:Бешкарев
ヴィクトル、Н.
生年月日 1947.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年6月1日より連邦国家備蓄委員会議長。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、国家委員会に名称変更される。98年5月5日、同国家委員会議長解任。


ベズヴェルヒー:Безверхий
セルゲイ、Ф.
生年月日 1940.12.17
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 ウクライナ出身。妻と1男1女。大学で農業機械化を専攻、後に技術系の博士号を取得し、教授の資格を得る。68〜86年、技師として働く。86〜91年NAMI代表者。90〜92年、ロシア共和国人民代議員。92年10月26日、連邦規格・度量衡・品質認定委員会議長に就任(97年3月まで)。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、国家委員会に名称変更される。


ベスサラボフ:Бессарабов
ウラジーミル、Г.
生年月日 1954.02.03
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に選出される。小選挙区から選出される。アルタイ地方検察局長として働く。「新地域政策」グループのメンバー。国家会議立法・司法改革委員会委員。


ベスパロフ:Беспалов
ウラジーミル、В.
生年月日 1953.09.05
性別
国籍 モルダヴィア人
学歴 大学卒
考察 75年大卒後、電気関係の工場で専門技師として働く。78年入党。2年間の軍役の後、工場に戻り、工場長となる。初級党組織でプロパガンダ活動に従事。92年4月、第6回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで最高会議工業・エネルギー委員会小委員会議長。


ベスパロフ:Беспалов
イワン、М.
生年月日 1938.01.07
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。技師、株式会社の炭坑管理部長として働く。ロシア連邦共産党派のメンバー。国家会議工業・建設・運輸・エネルギー委員会委員。


ベスパロフ:Беспалов
アレクサンドル、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦国境警備局副長官を務める。


ベスパロフ:Беспалов
ユーリー、А.
生年月日 1939.02.07
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 チェリャビンスク州マグニトゴルスク生まれ。キーロフ記念カザン化学工業大学卒。大学卒業後、61年からスヴェルドロフスク、ミンスク、レニングラードの化学企業で技師として働く。79年から党中央委員会の職務に就き、84年中央委員会化学鉱業部副主任。86〜89年ソ連化学工業相。89〜91年、ソ連科学技術国家委員会省委員会議長、後にロシア科学技術国家委員会第1副議長を歴任。ソ連邦国家褒賞受賞。91年ソ連特許庁長官。ソ連崩壊後は、ロシア連邦資産基金及び政府機構で活動し、94年から政府官房産業総局長。96年8月22日、新設の連邦産業相に就任。政府官房産業総局長をつとめるが、同総局は97年4月8日付首相命令で国防産業総局と統合され、産業転換総局になる。ロシア政府政令No.1051(96.9.9)により政府業務委員会メンバーに任命される。97年3月17日、産業省廃止により、大臣職を解任され、同年4月、ロシア国営石油会社「ロスネフチ(ロシア石油)」の会長兼社長に任命される。


ベスフメリニツィン:Бесхмельницын
ミハイル、И.
生年月日 1956.03.17
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 ボロネジ農業大学、党中央委員会付属社会科学アカデミー卒業。73年からコルホーズの農業機械トラクター庫取り付け工として働きながら大学に学ぶ。卒業後80〜83年ソフホーズ副支配人、支配人として働く。83年コムソモールobkom書記をつとめる。83〜86年地区執行委員会議長。86〜88raikom第1書記。88〜90年obkom部長。90年ベルゴロド州ソビエト副議長就任。後にベルゴロド州ソビエト議長。93年10月9日付「ロシア連邦の代表制権力機関及び地方自治機関の改革に関する大統領令」により、同州ソビエト解体。93年12月選挙で連邦会議代議員に当選。無所属。連邦会議予算委員会委員。現在、株式社会商業銀行理事長。


ベズボロドフ:Безбородов
ニコライ、М.
生年月日 1944.02.12
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 93年選挙で第1期国家会議代議員に選出され、94年1月からは下院国防委員会副議長をつとめる(96年1月再任)。小選挙区から選出される。航空大学校長として働く。第1期国家会議代議員資格審査委員会委員。空軍少将。95年12月第2期国家会議代議員選挙でクルガン州クルガン選挙区から当選。議員グループ「人民に権力を」所属。


ベズルコフ:Безруков
イーゴリ、А.
生年月日 1960.08.31
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 大学で法学を専攻。卒業後、法務局で弁護士として働く。大統領直属赦免問題委員会メンバー。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。93年9月まで最高会議立法委員会副議長。無党派。


ベズルコフ:Безруков
アナトリー、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦冶金工業委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって、産業省に統合され、廃止。


ベズレプキナ:Безлепкина
リュドミラ、Ф.
生年月日 1941.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年11月住民社会保護省家族・女性・児童問題局局長(第1次官の資格)、94年1月第1次官を経て94年5月より連邦住民社会保護相。96年8月15日、住民社会保護省が労働省と統合され、産業省となったことに伴い、解任。


ベセジン:Беседин
イワン、С.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 鉄道省第1次官をつとめる。


ヘタグロフ:Хетагуров
セルゲイ、В.
生年月日 1942.01.19
性別
国籍 オセット人
学歴 大学卒
考察 88年から北オセチヤ共和国首相(94年1月17日辞任)。93年12月選挙で連邦会議代議員に当選。ロシア連邦民間防衛・緊急事態・自然災害処理省次官に就任。連邦会議経済改革委員会委員。65〜85年電気産業企業に勤務。現場主任として働きはじめ、企業支配人になる。85〜88年raikom第1書記、中央委員会指導員をつとめる。


ベチン:Бетин
オレグ、И.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 タンボフ州行政副長官から、95年3月29日、同行政長官に昇格。95年12月、下院選挙と同時に実施された行政長官選挙に出馬するが、落選し、同年12月30日付けで解任。98年5月11日、タンボフ州における大統領代理人に任命。


ベドリツキー:Бедрицкий
アレクサンドル、И.
生年月日 1947.01.01
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 タシケント電気技術通信大学卒業、ラジオ技師。妻と息子3人。92年から連邦気象機関第1副長官。93年5月24日、第1副議長から連邦気象・環境監視局長官に就任。


ベノフ:Бенов
ゲンナディー、М.
生年月日 1941.09.29
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 空軍学校卒業後、戦闘機パイロットとして最高の資格を与えられる。63年入党。空軍の党機関で永年にわたって働く。89年航空隊少将に昇進。ソビエト空軍政治局長。90年5月、第1回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。アッチズナ(ロシアの統一)<救国戦線>所属。93年1月まで民族会議弾圧され追放された人々に関する委員会小委員会議長。第1期国家会議「ロシア連邦共産党」会派事務局副局長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。第2期国家会議連邦問題・地域政策委員会委員。96年1月16日から31日の間に委員会書記代行。


ベフトリド:Бехтольд
アレクサンドル、Ф.
生年月日 1950.01.01
性別
国籍 不明
学歴 博士候補
考察 72年トムスク工科大学を卒業。専門は「鉱山エンジニアリング、地質学」72年から93年までハバロフスクのロシア科学アカデミー極東支部構造地質学及び地球物理学大学で働く。81年学位論文の公開審査に合格し、地質鉱物学修士号を受ける。著作は46(3つのモノグラフを含む)。大学では下級研究員、上級研究員、学術協議会書記、ロシア科学アカデミー極東支部議長補佐を勤める。93年から投資基金「ヴォストーチナヤ・セーチ」の総支配人。市及び地区の政治活動の積極的参加者。ロシア連邦共和党ハバロフスク地区組織議長。「民主的ロシア」運動ハバロフスク地区支部議長。ハバロフスク地区民主主義勢力代表者会議共同議長。「近い将来、大統領や内閣、議会がロシアにおける状況の改善に決然たる一歩を踏み出さないのなら、地方では共産主義体制の復古が起こりうる。」と考えている。97年12月7日実施のハバロフスク地方議会選挙で、ロシア連邦共和党から推薦を受けるが、立候補を辞退。


ベラショフ:Белашов
アレクサンドル、И.
生年月日 1945.05.02
性別
国籍 ロシア人
学歴 中/高卒
考察 68年、空軍パイロット養成学校を卒業。在学時から党員。空軍に永年にわたって従軍後、技師として働き、ヘリコプター企業の試験飛行責任者になる。88年、党機関の書記。91年7月、第5回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで最高会議身障者、戦争・勤労ベテラン問題および軍人とその家族の社会的保護委員会副議長。


ベリチュク:
イーゴリ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 沿海地方副知事をつとめる。


ベリチュコフ:Бельтюков
レオニード、Г.
生年月日 1961.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 新聞「プリモリエ」編集長。97年12月7日に実施された沿海地方議会代議員選挙に立候補し、当選。


ベリャエフ:Беляев
アレクサンドル、Н.
生年月日 1953.12.09
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 レニングラード国立大学卒業。80年からレニングラード国立鉱山大学政治・経済学講座助手を務める。87〜90年レニングラード国立大学大学院で学ぶ。90〜91年レニングラード市ソビエト企画・財政予算常任委員会議長。民主改革実行支援財団理事長。91年7月、サンクトペテルブルグ市人民代議員ソビエト議長に選出される。93年12月選挙で連邦会議代議員に当選。無所属。連邦会議予算委員会委員。


ベリャエフ:Беляев
М、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 国家河川航行監督局長官をつとめる。同局は、96年8月15日付「ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令」によって運輸省に機能を移管し、廃止。


ベリャエフ:Беляев
エヴゲニー、Н.
生年月日 1937.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年1月、公衆衛生・伝染病管理国家委員会議長に就任。国家首席保健医。同委員会は、96年8月15日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって廃止。


ベリャエフ:Беляев
セルゲイ、Г.
生年月日 1947.04.06
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 レニングラード州生まれ。妻と2人の娘。趣味はオリエンテーリングとテニス。77年レニングラード工科大学卒。水力発電装置の専門家。ザカフカス及び沿バルト地域で発電所建設に従事。後にレニングラード工科大学講師、助教授となる。95年博士号を取得。90年レニングラード市ソビエト代議員、91〜93年サンクトペテルブルグ副市長、93年10月〜95年2月、ロシア連邦破産問題総局長兼国有財産管理国家委員会第1副議長、95年2月から同国家委員会議長に就任。同時に破産問題総局長解任。95年12月の下院選挙に「我が家はロシア」から出馬、比例区当選。95年12月28日、「我が家ロシア」会派リーダー。第2期国家会議民族問題委員会委員。第2期下院評議会員。96年1月10日、下院議員就任に伴い、国有財産管理国家委員会議長を解任。97年9月「わが家ロシア会派」の院内指導者を辞任。98年9月、同年12月6日に実施されるサンクトペテルブルグ市議会選挙に出馬の意向を表明し、連邦下院議員権限を任期満了前に返上することを決定。


ベリャエワ:Беляева
ナタリヤ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 93年1月18日、公衆衛生・伝染病管理国家委員会副議長就任。


ベリャコフ:Беляков
アレクサンドル、С.
生年月日 1945.05.20
性別
国籍 カレリア人
学歴 大学卒
考察 カレリア人。79年レニングラード農業大学卒業。62年からペトロザヴォツク機関庫取り付け工見習い、取り付け工、機関士助手、ヴォルホフ機関庫機関車修理作業班長、機関士助手として働く。63年ペトロザヴォイツク鉄道学校卒業。64〜67年兵役。68〜90年石油精製工場オペレーターとして、鶏肉・鶏卵卸工場取り付け工、作業班長、技師、技師長、支配人として働く。90〜91年レニングラード州ソビエト副議長をつとめる。93年12月選挙で連邦会議代議員に当選。無所属。第1期連邦会議予算委員会委員。91年10月からレニングラード州行政長官(94年1月28日より同州知事)をつとめる。96年2月、連邦会議経済政策問題委員会議長に就任。同年6月のサンクトペテルブルグ知事選挙で落選。同年9月27日に実施されたレニングラード州知事選挙で、旧人民ソビエト議長で左派勢力に支持されたグストフに破れ、落選。同年12月、農業・食糧省次官及び大臣官房長官に就任。


ベルイフ:Белых
ユーリー、В.
生年月日 1941.09.30
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 サラトフ農業大学卒業。60〜62年企業の旋盤工として、62〜92年コルホーズ員、農業専門家、コルホーズ議長、ソフホーズ支配人、サラトフ州農業局長、鶏肉・鶏卵卸工場支配人として働く。92年6月30日、サラトフ州行政長官に就任。93年12月選挙で連邦会議代議員に当選。無所属。連邦会議予算委員会委員。第2期連邦会議連邦問題・連邦条約・地域政策委員会委員。96年2月21日、連邦予算の目的外支出を理由に行政長官解任。


ベルデンニコフ:Берденников
グリゴリー、В.
生年月日 1950.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 93年9月まで外務省次官をつとめる。


ベルドニコワ:Бердникова
ニーナ、В.
生年月日 1955.09.09
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 テレビ放送株式会社「ポドモスコヴィエ」テレビキャスター・解説者。95年12月第2期国家会議代議員選挙に比例区からロシア連邦共産党より当選。第2期国家会議情報政策・通信委員会メンバー。


ベルドフ:Бердов
ゲンナディー、И.
生年月日 1933.06.04
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 ノヴォシビルスク国立建設アカデミー教授。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。第2期国家会議環境委員会委員。


ベレジン:Березин
ヴィクトル、Ф.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 運輸省次官を努める。


ベレストヴォイ:Берестовой
ヴィクトル、И.
生年月日 1948.05.09
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 ベルゴロド州行政長官をつとめる。93年12月選挙で国家会議代議員に当選、94年1月より国家会議活動組織委員会副議長をつとめる。小選挙区から選出される。技師として働く。ロシア農業党派のメンバー。97年3月、連邦アルコール製品国家独占保障局長官。同局は98年1月アルコール製品独占保障国家委員会に改組され、議長に就任。同委員会は、98年4月30日付で廃止され、権限を国家税務局に移管。同年7月24日、国家税務局副長官に就任。


ベレスネフ:Береснев
ヴャチェスラフ、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 工業政策国家委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって、産業省に統合され、廃止。


ベレゾフスキー:Березовский
ボリス、А.
生年月日 1946.01.23
性別
国籍 ユダヤ人
学歴 不明
考察 モスクワ生まれ。89年「ロゴバス」社を設立、同社をロシア最大の自動車販売会社に育成。民営化が始まると大手石油会社「シブネフチ」を買収、マスコミ界にも進出して「ロシア公共テレビ」(ORT)や「独立新聞」に出資するなど発言力を強めてきた。96年10月29日、安全保障評議会副書記に就任。就任直後にイスラエルとの二重国籍問題が暴露され、本人もユダヤ系ロシア人であることを認めた。97年11月5日、大統領によりロシア安全保障会議副書記職から解任。解任の理由は他の職への転出とされるが、同氏解任の必要性については、チュバイス、ネムツォフ両第1副首相が同4日夕にモスクワ郊外の別邸「ゴルキ9」でエリツィンと会談した際、大統領を説き伏せた模様。辞任後、当面は民間ビジネスには戻らず、一般的な政治活動に(ルイプキン同会議書記の率いる社会党において)従事するつもりであると発言。解任後、政界の黒幕として暗躍。「論拠と事実」紙は「(1997年11月の安全保障会議副書記からの解任後も)ベレゾフスキーは『勝利の行進』を続けていると言われる。彼は大統領の娘婿オクロフと一緒に、有名なジュコフスキー記念空軍大学をその建物、つまりモスクワのピョートル宮殿から追い出すつもりだ。もちろん、支配下のアエロフロートのためにだ」と書いている。エリツィン大統領の長女エレーナ(1957)の夫ワレリー・オクロフ氏はパイロット出身で、1997年2月からロシア最大の航空会社「アエロフロート」の社長職にある。同社の筆頭株主は、新興財閥「ロゴバス」を率いるベレゾフスキー氏。オクロフ氏を社長の座に就かせたのは同氏だと言われている。チュバイス、ネムツォフ両第一副首相が同氏の安全保障会議副書記のポストからの解任を要求したとき、大統領の長女は言うまでもなく次女タチヤーナもベレゾフスキー弁護に回ったと伝えられている。こうした行為を理解するには、大企業「アエロフロート」を巡る大統領ファミリーとベレゾフスキー氏の利害関係を念頭に置かなければならない。1998年1月、「ロスプロム-メナテプ・グループ(ホドルコフスキー代表)傘下の石油会社「ユコス」(ロシアで業界第2位)とベレゾフスキー氏の支配下にある「シブネフチ」(同第7位)の合併が発表された。この合併により、生産量で「ロイヤル・ダッチ・シェル」、「エクソン」に次ぐ世界第3位の石油会社「ユクシ」(YUKSI)が誕生する。ロシア国内では「ルクオイル


ベレフキン:Белевкин
イワン、И.
生年月日 1938.01.01
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 中等学校を卒業後、労働者となる。73年からコムソモリスク-ナ−アムーレの製油工場長として働く。同時に、グープキン(名称)モスクワ石油化学及びガス工業大学で、通信教育で学ぶ。同大学を卒業。83年活動は急転換し、コムソモリスク-ナ-アムーレの裁縫工場長となり、同時にモスクワ生産工学大学で学ぶ。90年同大学を卒業。専門は軽工業技術、経済。生産活動の固有の特質を継続的な研究課題とする。90年代初頭には日本生産センター、ミュンヘンアカデミー、カリフォルニア大学などで技能資格を向上させた。政治的意見は中道主義。


ベロウソフ:Белоусов
アレクサンドル、К.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 96年12月、国有財産管理国家委員会副議長に就任。同国家委員会は、97年10月、国有財産省に改組される。


ベログボワ:Белогубова
マリーナ、Н.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 96年12月、アルハンゲリスク州における大統領全権代表に就任。


ベロクリニツキー:Белокриницкий
ウラジーミル、П
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 98年4月、アルコール製品独占保障国家委員会副議長に就任するが、同月30日付で廃止され、権限を国家税務局に移管。


ベロノゴフ:Белоногов
アナトリー、Н.
生年月日 1939.02.24
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 90〜93年、ロシア人民代議員をつとめる(ロシア共産主義者、ロシアの統一代議員グループ所属)。91年よりアムール州人民代議員ソビエト議長となる。93年9月21日付大統領令で連邦最高会議を廃止する決定に同州行政長官及び州ソビエトが反対し、結局同年10月、新行政長官が同州ソビエトを解体。95年9月19日、新州議会議長となる。第2期ロシア上院議員。第2期連邦会議CIS問題委員会委員。96年9月22日、アムール州知事に立候補し勝利したが選挙不成立となる。97年3月23日に再選挙にのぞみ、共産党、左派ブロックの支持を受け、62.52%の得票率で現職知事を破って当選。


ベロノソフ:Белоносов
ワレリー、И.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年7月、サハリン州副知事に就任。


ベロフ:Белов
ワジム、Е.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年10月、独占禁止政策・新経済構造支援国家委員会副議長に就任。同委員会は、97年3月17日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって独占禁止政策国家委員会に再編される。97年3月、独占禁止政策国家委員会議長代行に就任(同年8月解任)。


ベロフ:Белов
В、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦特許・商標委員会副議長をつとめる。同委員会は、96年8月15日付大統領令「ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令」により、ロシア特許・商標局に再編され、廃止。


ベロフ:Белов
レオニード
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 モスクワ市人民代議員ソビエト副議長をつとめる。93年10月9日付「ロシア連邦の代表制権力機関及び地方自治機関の改革に関する大統領令」により、地方、州、自治州、自治管区の地方議会解体命令が出され、同市ソビエト解体。


ベロフ:Белов
ヴィクトル、И.
生年月日 1940.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年2月16日、トヴェリ州におけるロシア大統領代理人に就任(96年12月解任)。


ベロフ:Белов
ユーリー、П.
生年月日 1938.10.08
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ロシア連邦共産党レニングラード州委員会第1書記。95年12月第2期国家会議代議員選挙で、ロシア連邦共産党の推薦を受け、レニングラード州ヴォルホフ選挙区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議社会団体・宗教組織問題委員会委員。


ベロルス:Белорус
ワレリー、Г.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 98年1月28日、ケメロヴォ州における大統領代理人に就任。


ベロルソフ:Белорусов
アレクサンドル、Е.
生年月日 1943.10.10
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 農業経済単科大学、党高等教育機関卒業。91年8月まで党員。raikomの幹部職、国営農場の議長、85〜88年協同組合議長、89〜90年州農業委員会副議長、同第1副議長、90年州ソビエト代議員に選出される。90年4月州執行委員会第1副議長に任命される。92年12月、第7回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。93年3月現在某企業の総支配人。


ベンケヴィチ:Бенкевич
ヴャチェスラフ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 94年1月まで民間防衛・緊急事態・自然災害処理国家委員会副議長(科学担当)をつとめる。同委員会は、94年1月10日付大統領令(第66号)により、連邦省に改組される。


ペガノフ:Пеганов
ニコライ、Н.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ヴォログダ州第1行政副長官をつとめる。96年2月、同州大統領代理人に就任、同年12月11日同職解任。


ペカルスカヤ:Пекарская
テレサ、К.
生年月日 1942.02.18
性別
国籍 ポーランド人
学歴 大学卒
考察 医科大学を卒業。代議員選出時には、蘇生を専門とする医師をつとめていた。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。93年9月まで最高会議保健・社会保障・体育委員会書記。


ペカルスキー:Пекарский
アナトリー、Б.
生年月日 1939.01.01
性別
国籍 不明
学歴 博士候補
考察 67年極東国立大学法学部卒業。76〜79年党中央委員会付属社会科学アカデミー大学院で学ぶ(在モスクワ)。法学博士候補。中等学校卒業後働き始める。空港労働者、調査隊、小学校教師を経験。河川航行教習所で学んだあと、59年から湖沼・河川航行の船で船舶機関士として、60年からアルマ・アタ市で労働者として働く。61〜63年ソ連軍勤務。66年からコムソモールの仕事に移り、kraikom指導員、raikom第2、第1書記をつとめる。70年極東漁業工業大学政治部副学長。72年党raikom書記に選出される。79年から党kraikom行政機関副部長。84年沿海地方執行委員会法務部長に任命される。この部は91年沿海地方行政府法務局と改称された。ペカルスキーはこの局の長となる。


ペシコフ:Пешков
アレクセイ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 モスクワ市行政副長官をつとめる。


ペシコフ:Пешков
ヴィクトル、П.
生年月日 1945.10.28
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 第1期国家会議代議員補佐。ロシア連邦共産党選挙運動実行委員会議長。全ロシア社会・政治運動体中央評議会メンバー。95年12月第2期国家会議代議員選挙に比例区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議地政学委員会委員。


ペダニ:Педань
ニコライ、Г.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 アドィゲア共和国首相。


ペチェンキン:Печенкин
ワレリー、П.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 97年9月5日、連邦保安局副長官に就任。


ペテューホフ:Петухов
アナトリー、В.
生年月日 1934.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 53年教員養成学校を卒業後、地方青年紙の記者として働く。後にコムソモールの機関につとめ、志願して西シベリアの未開地に移る。そこでもジャーナリストとして活動し、レニングラードの大学でジャーナリズムを学ぶ。卒業後は地方紙の農業部門を指揮し、68年以降は新聞の仕事に専念する。ソ連作家組合員。元党員。90年5月、第1回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで民族会議ロシア連邦構成共和国・自治州・自治管区・少数民族の社会的・経済的発展問題委員会副議長。


ペテューホフ:Петухов
ゲンナディー、Н.
生年月日 1936.01.01
性別
国籍 その他
学歴 大学卒
考察 59年農業大学を卒業。67年共和国企業の副議長に任命される。62年以降党員。70年obkom副部長、71年以降地方の大学長をつとめる。地方代議員やraikom委員、企業内の労働組合の幹部も歴任する。90年5月、第1回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。


ペテュホワ:Петухова
ナタリヤ、Р.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 98年6月、労働・社会発展省次官に就任。


ペトシン:Петошин
ウラジーミル、А.
生年月日 1953.12.14
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 学術生産企業「モトール」加工・組立工班長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で「ロシア連邦共産党」から比例区繰り上げ当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議軍民転換・ハイテク技術委員会委員。


ペトラコフ:Петраков
ニコライ、Я.
生年月日 1937.03.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士
考察 93年2月より政府クレジット政策問題委員会メンバー。93年12月選挙で国家会議代議員に当選。94年1月23日、政府顧問に就任。ロシア科学アカデミー会員。ロシア科学アカデミー市場問題研究所所長として働く。「ヤブリンスキー連合」会派のメンバー。国家会議予算・税金・銀行・財政委員会委員。


ペトリク:Петрик
アレクサンドル、Г.
生年月日 1941.08.26
性別
国籍 ウクライナ人
学歴 大学卒
考察 60年から国営農場で働き、主任技師となる。74年以降地方農業試験場で主任技師から試験場長をつとめる。農業単科大学を卒業後、党高等教育機関を卒業。77年から地方の国家および党幹部職を歴任する。92年12月、第7回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。選挙当時はクラスノダール地区ブリュホベツ地区会議議長。クラスノダール地方立法議会議員。95年12月第2期国家会議代議員選挙でクラスノダール地方カネフスカヤ選挙区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。登録以前は「人民に権力を」会派所属。第2期国家会議活動組織委員会副議長。


ペトリシチェフ:Петрищев
セルゲイ、С.
生年月日 1939.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 マガダン州におけるロシア大統領代理人をつとめる。


ペトルシキン:Петрушкин
ヴィクトル、Ф.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 大統領特別計画総局第1副局長を務める。


ペトレンコ:Петренко
ワレンティナ、А.
生年月日 1955.08.23
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 教育大学在学中に入党。卒業後、直ちにコムソモールの職務に就き、コムソモール委員会書記を経て77〜79年党委員会委員をつとめる。raikomやコムソモールobkomで要職をつとめた後、88年からraikom第1書記。91年7月、第5回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。


ペトレンコ:Петренко
セルゲイ、В.
生年月日 1969.07.09
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 「アフガニスタン戦争帰還者同盟」スラヴロポリ市評議会議長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。我が家ロシア会派所属。96年3月20日から第2期国家会議民族問題委員会委員。その以前は安全保障委員会委員。


ペトロフ:Петров
ウラジーミル、И.
生年月日 1942.02.03
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 58年高卒後、コムソモールraikomで働き始める。60年国営農場につとめる。65年農業大学を卒業。64年入党。91年まで党員。66〜67年従軍後、国営農場で主任技師をつとめ、管理職になる。75年党の高等教育機関を卒業し、obkom、raikomなどの党機関で要職につき、84〜90年地方執行委員会第1副議長となる。90年5月、第1回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。代議員選出時には、企業長をつとめる。代議員選出後の90年、地方執行委員会議長に選ばれる。92年2月よりゴルヌイアルタイ共和国首相。93年12月の選挙で「アルタイの選択」の推薦により連邦会議に当選。無所属。連邦会議CIS問題委員会委員。97年1月、新首相選出に伴って解任。家族は、妻、子供が3人。


ペトロフ:Петров
ユーリー、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 93年2月18日、対外経済関係省次官に就任。大韓機撃墜状況調査国家委員会議長。同委員会は、94年1月現在廃止。


ペトロフ:Петров
ユーリー、В.
生年月日 1939.01.18
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 「レアリスト」同盟リーダー。スヴェルドロフスク州ニージニー・タギルで生まれる。66年ウラル工科大学、74年ソ連共産党中央委員会付属スベルドロフスク高等党学校卒業。56年から最初はウラル車両工場、次いでニージニー・タギル・プラスチック工場で働く。62〜91年ソ連共産党員(86〜90年中央委員)。67年からスヴェルドロフスク州で党活動に専従し、ニージニー・タギル市党委員会第1書記(72〜77年)、スベルドロフスク州党委員会書記(77〜82年)、モスクワでの中央委員会組織・党活動部課長、副部長(82〜85年)を経て、85〜88年スヴェルドロフスク州党委員会第1書記。87年ソ連最高会議共和国会議運輸・通信委員会議長。88年夏から91年までキューバ駐在大使。91年8月から93年1月まで大統領府長官を努め、長官をやめた後は国営投資会社社長。95年、社会・政治運動「レアリスト同盟」リーダー。キューバ大使時代に1人息子はハバナ大学に通っていたが、帰国後モスクワ大学に転学。


ペトロフ:Петров
ワレリー、Н.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年11月、第1内務次官に就任。組織犯罪総局長兼務。


ペトロフ:Петров
ウラジーミル、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 財務省第1次官をつとめる。96年7月25日設立されたロシア連邦国防評議会メンバーになる。97年5月、財務省第1次官と大臣官房長官を兼任。98年9月1日、ある商業銀行に便宜を図るために違法行為を行い、同銀行指導部から報酬として現金52万ドル相当を受け取った容疑でロシア最高検察庁と連邦保安局によって逮捕。同月9日、最高検察庁は同氏を起訴。


ペトロフ:Петров
ニコライ、Н.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年9月、小規模企業活動支援・発展国家委員会副議長に就任。同国家委員会は、98年9月22日付大統領令第1142号により廃止。


ペトロフ:Петров
アンドレイ、Ю.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 政府官房財政総局長をつとめる。財務省第1次官から、97年4月、同省次官になる。政府官房財政総局は、98年5月15日付政府命令第526号による政府の大幅な機構改革により廃止。


ペトロフ:Петров
アレクサンドル
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「ビキン」社長。97年12月7日に実施されたハバロフスク地方議会代議員選挙に立候補し、31.58%の得票率で当選。


ペトロフ:Петров
ウラジーミル
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ハバロフスク担当連邦保安局作戦全権主任。97年12月7日に実施されたハバロフスク地方議会代議員選挙に立候補し、得票率24.92%で当選。


ペトロフスキー:Петровсий
レオニード、Н.
生年月日 1948.09.26
性別
国籍 ベラルーシ人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。農業専門家、集団企業議長として働く。ロシア連邦共産党会派のメンバー。国家会議国際問題委員会委員。


ペレベゼンツェフ:
ピョートル
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 97年12月7日に実施されたハバロフスク地方議会代議員選挙にロシア連邦共産党から立候補し、得票率25.07%で再選。