ムイタコフ:Мытаков
ゲオルギー
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 軍人。97年10月26日に実施されたハカシヤ共和国選出下院議員補欠選挙で、人民愛国主義勢力ブロックの推薦を受けて立候補し、90%以上の得票率で当選。


ムクシノフ:Муксинов
イレク、С.
生年月日 1932.03.26
性別
国籍 バシュキル人
学歴 大学卒
考察 93年12月の選挙で国家会議代議員に当選。ロシア科学アカデミー国家・法律研究所研究員として働く。ロシア統一・合意党会派のメンバー。国家会議CIS問題・同朋との連絡委員会委員。


ムクセフ:Мукусев
ウラジーミル、В.
生年月日 1951.05.17
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 技師として働き、82年からレニングラード・テレビ局で助手となる。後にテレビ局青少年向けプログラム担当。中央テレビ局の青少年プログラムのプロデューサーおよびコメンテーターをつとめる。92年12月、第7回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。


ムクベノフ:Мукубенов
マクシム、Б.
生年月日 1949.08.20
性別
国籍 カルムク人
学歴 大学卒
考察 59年から国営農場で働き、61年農業アカデミー入学、66年卒業。農業経済学専攻。66年以降党員。出身地に戻り、国営農場で農業経済の専門家となる。68年以降は党の職務にも携わり、obkomなどでも働く。6年間にわたり国営農場長をつとめる。76〜77年自治共和国農業副大臣。raikom第1書記、obkom部長、書記、第2書記を歴任し、88年自治共和国閣僚会議第1副議長、国家計画委員会の共和国議長に任命される。地方代議員の経験あり。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。首相代行を経て、93年2月2日、カルムイキヤ=ハリムグ・タングチ共和国(旧カルムイク自治共和国)首相就任。95年4月19日、同共和国大統領が共和国政府の解散を命令。


ムサトフ:Мусатов
ミハイル、И.
生年月日 1950.08.23
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 年金生活者。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。ロシア自由民主党会派所属。第2期国家会議国防委員会副議長。


ムズィカンツキー:Музыкантский
アレクサンドル
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 91年6月よりモスクワ市行政副長官をつとめる。


ムトコフ:Мутков
ワレリー
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 サンクトペテルブルグ市副市長(社会問題担当)をつとめる。


ムドリツキー:Мудрицкий
アレクサンドル、С.
生年月日 1942.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 建設組織支配人。レソザヴォツク市選管区。94年10月沿海地方議会代議員に選出される。


ムハ:Муха
ヴィタリー、П.
生年月日 1936.05.17
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 ハルコフ航空大学卒業。航空産業で28年間働き、生産合同の支配人までつとめる。88年から政界に転じ、obkom第1書記、ノヴォシビルスク人民代議員ソビエト議長、ロシア共和国人民代議員などを歴任する。91年11月、ノヴォシビルスク州行政長官に任命されるが、地域主義を推進し、たびたび中央政府と衝突を繰り返す。92〜94年、地域連合「シベリア協定」議長。93年3月、イルクーツク州知事のユーリー・ノジコフと共にエリツィン大統領から解任されるが、数日後、市民の抗議行動により知事職に返り咲く。同年9月のエリツィン大統領と連邦最高会議との対立の折には最初から最高会議派を支持し、他のシベリア地方の政治指導者と共にシベリア鉄道の封鎖をほのめかすなどエリツィンに圧力をかけるが、エリツィンが最高会議派との抗争で勝利し、同年10月5日、再び解任される。94〜95年、銀行家として働く。95年12月、下院選挙と同時に実施された行政長官選挙に共産党の推薦を受けて出馬し、決選投票の末当選。当選後はエリツィンと和解し、現実主義的政策を推進する。第2期ロシア上院議員。第2期連邦会議経済政策問題委員会委員。96年の大統領選挙期間中は中立の立場を守る。96年12月、地域連合「シベリア協定」の議長に再び選出される。


ムハマディエフ:Мухамадиев
リナト、С.
生年月日 1948.12.10
性別
国籍 タルタル人
学歴 博士候補
考察 大卒後、テレビ局で青少年向けテレビ番組の編集に携わり、後に雑誌編集部員となる。出版社主幹を経て、タルタル自治共和国作家組合部長となる。代議員に選出された後、連邦 Federatsiya magazine編集局員になる。90年5月、第1回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで民族会議文化・言語・民族的伝統の発展および歴史的遺産の保護委員会議長。


ムハメトシン:Мухаметшин
ファリド、Х.
生年月日 1947.05.22
性別
国籍 タルタル人
学歴 大学卒
考察 ウフミ石油大学卒業。63年からガス・ガソリン工場に勤務。ソ連軍に勤務した後、石油手工業局に働く。70年からコムソモールやソ連共産党のgorkom指導員。78〜87年市ソビエト執行委員会第1副議長やgorkomの書記をつとめる。87〜88年市化学液体準備局長。88〜89市ソビエト執行委員会議長。89〜90年タタールスタン共和国貿易大臣、gorkom第1書記。90〜91年タタルスタン共和国閣僚会議副議長。91年7月よりタタールスタン共和国最高会議議長をつとめる。93年12月12日の選挙に立候補したが、不成立となり、94年3月13日の再選挙で連邦会議に当選。無所属。連邦会議憲法・司法問題委員会委員。95年1月16日、タタールスタン共和国首相就任。98年5月、同共和国国家評議会議長に就任。


ムラヴィヨフ:Муравьев
イーゴリ、В.
生年月日 1960.07.07
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 。大卒後、大学院に進む。代議員選出時は、大学院生。93年12月の選挙で国家会議代議員に選出される。「全ロシア刷新同盟」メンバー、社会組織「全ロシア世代交代財団」政治顧問。92年12月、第7回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。93年9月まで最高会議人民代議員ソビエト活動問題・自治拡大委員会副議長。93年12月に国家会議代議員に当選し、後に国家会議地方自治委員会副議長。「新地域政策」グループのメンバー。


ムラヴィヨフ:Муравьев
アルトゥール、А.
生年月日 1965.02.05
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。クリン市法律相談所所属弁護士として働く。「新地域政策」グループのメンバー。国家会議財産・民営化・経済活動委員会委員。98年7月、国家備蓄国家委員会第1副議長に就任。


ムラカエフ:Муракаев
マルス、И.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 97年2月、産業省次官及び大臣官房長官に就任。


ムラシェフ:Мурашев
アルカジー、Н.
生年月日 1957.12.02
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 93年12月、国家会議代議員に当選。会派「ロシアの選択」コーディネーター。自由保守政治センター創設委員会議長として働く。国家会議国際問題委員会委員。


ムラトフ:Муратов
ラヴィリ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 タタールスタン共和国副首相を経て、95年1月より同共和国第1副首相。


ムラノフ:Муранов
アナトリー、И.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 法務中将。司法省次官をつとめる。