ザスルエフ:Заслуев
Д.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年9月、連邦テレビ・ラジオ放送機関副長官に就任。


サゾノフ:Сазонов
アレクサンドル、Ф.
生年月日 1938.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 中/高卒
考察 64年ハバロフスク貸付金集計技術学校を卒業。64年から69年ソヴィエト連邦国立銀行アヤン支店支配人。69年から73年ユダヤ人自治区の国立銀行レーニン支店長。73年ハバロフスク地方ナナイスク地区トロイツコエ町で、国立銀行支店長に任命され、その後工業建設銀行の支配人。89年から90年ナナイスク地区執行委員会副議長、計画委員会議長。90年から94年ハバロフスク地方ナナイスク地区行政副長官。94年からハバロフスク地方ナナイスク地区行政長官。


ザソホフ:Дзасохов
アレクサンドル、С.
生年月日 1934.04.03
性別
国籍 オセット人
学歴 博士候補
考察 57年から党員、コムソモールgorkom第1書記。58年よりコムソモール中央委員会幹部。61年からソ連邦青年組織委員会書記。63〜65年キューバおよび北アフリカで青年組織運動に参加する。65年からソ連邦青年組織委員会書記。その後、副議長、第1副議長を歴任。67年からソ連アジア・アフリカ連合委員会の最高幹部。73年中央委員会付属社会科学アカデミーで博士号を取得。86年駐シリアソ連大使。88年obkom第1書記、90年2月からソ連邦最高会議外交委員会議長、90年7月〜91年8月まで党中央委員会員、政治局員、党中央委員会書記を歴任。92年12月27日からロシア連邦人民代議員大会代議員。主権と平等(民主中央)<市民同盟>会派所属。92年12月、第7回人民代議員大会で民族会議メンバーに、93年12月第1期国家会議代議員に選出される。「アジア太平洋地域のための対話と協力」国際協会共同議長。小選挙区から選出される。「新地域政策」グループのメンバー。国家会議国際問題委員会委員。ロシア連邦国際議会間グループ副議長。95年12月8日の会議において、北オセチアに対するイングーシ共和国の領土要求を支持する法案に反対して代議員全権を辞退した。95年12月第2期国家会議代議員に北オセチア・アラニア共和国から選出される。96年1月16日より議員グループ「人民に権力を」所属。それ以前は「ロシアの地域」会派所属。98年1月18日に実施された北オセチア共和国大統領選挙に立候補し、70%以上の得票率で現職を破って当選。


サタロフ:Сатаров
ゲオルギー、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 大統領直属大統領評議会メンバーを経て、94年2月より大統領補佐官(対政党・社会団体関係担当)。ロシア社会・政治センター所長。97年9月16日、他の職務への転出に関連して大統領補佐官解任。


ザツェーピナ:Зацепина
ニーナ、А.
生年月日 1948.08.20
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で第1期国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。「ロシアの道」グループ所属。労働組合保養地職員養成資格向上訓練センターアナパ市支部長として働く。国家会議連邦問題・地域政策委員会委員。95年12月第2期国家会議代議員選挙で「人民に権力を」の推薦を受けてクラスノダール地方ノヴォロシースク選挙区から当選。議員グループ「人民に権力を」所属。96年3月6日第2期国家会議文化委員会委員。それ以前は連邦問題・地域政策委員会委員。


サッチコフ:Садчиков
ゲオルギー、М.
生年月日 1941.10.31
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ルイビンスク印刷学校教員。95年12月第2期国家会議代議員選挙でヤブリンスキー連合より比例区から当選。「ヤブロコ」会派所属。第2期国家会議CIS・同胞との連絡委員会。


ザデルニュク:Задернюк
アンドレイ、Ф.
生年月日 1943.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 97年6月26日、連邦エネルギー委員会議長に就任。


ザトゥーリン:Затулин
コンスタンチン、Ф.
生年月日 1958.09.07
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 黒海沿岸のバトゥーミ生まれ。モスクワ国立大学歴史学部卒、同大学院修了。77年に大学入学のためモスクワに出てくるまでソチで暮らし働く。88年全コムソモール(共産党青年同盟)中央委員会第1書記補佐官、89年国際企業指導者協会会長、92年5月国際取引所・通商連盟会長、92年9月国際経済協力銀行会長。さらに議会や大統領府、政府機関とのロシアの経済改革発展、国内でのロシア資本の地歩強化を目指す連係行動を目的とする組織「企業家政治イニシアチブ92」のコーディネーター。93年6月ヤブリンスキーと一緒に「新生ロシアを目指す企業家」連合を結成。他にロ米政治家・実業家・マスメディア代表年次会議のロシア側共同議長、モスクワ市長・政府直属企業家評議会副会長、モスクワ商品取引所委員会メンバー、「ロシア仲買人」会社社長、株式会社「ヴォルホフ」及び「ロシアの金」重役など肩書きは多彩。93年12月、国家会議代議員に当選し、94年1月には下院CIS問題・同朋との連絡委員会議長になる。95年3月23日、新設の下院黒海艦隊問題委員会議長に選出される。国際企業連合評議会議長として働く。ロシア統一・合意党会派のメンバー。95年12月の下院選挙に「ロシア人共同体会議」から出馬して落選。妻と娘1人。スポーツ、特にサッカーを愛好。


サドムスキー:Садомский
ニコライ、Г.
生年月日 1953.01.01
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 75年クイブイシェフ計画大学卒業。専門は「経済と資料・技術供給計画」。ウスリースク市に経済技師として派遣され、その後企業合同「プリヴォドストロイ」の部長として働く。まもなくソ連武装部隊に徴集され、77年まで勤務した後、コムソモールraikom組織部長として働く。職を移り、ミハイロフスキー地区の連合「セリホステフニカ」執行機関で先任経済学者として、同地区執行委員会企画委員会議長として働く。82年ウラジオストックに移り、「極東金属供給・販売」局計画経済部長となる。後にその副局長となる。84年フルンゼンスキー地区執行委員会財政部長に、86年ウラジオストク市執行委員会財政部長に任命される。90年沿海地方執行委員会財政局(沿海地方行政府財政局)部長に承認される。94年ロシア連邦財政省局長に承認される。95年沿海地方議会代議員選で候補者二名のアルチョム管区から、選挙参加者の42.4%の得票率で選出。無所属。敗れた候補者は「沿海地方の共産主義者」という政治ブロックに所属。投票者は比較的保守的である。後に沿海地方第1副知事をつとめる。


ザドルノフ:Задорнов
ミハイル、М.
生年月日 1963.05.04
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 モスクワ生まれ。雑誌社勤務の妻と娘1人。趣味は都市の紋章バッジの収集とスキー、サッカー、カヤック。84年モスクワのプレハノフ国民経済大学卒業。科学アカデミー経済研究所大学院卒業。88〜90年、ソ連科学アカデミー研究員。90年から経済改革国家委員会メンバー。ソ連で最初の民営化に関する諸法案の作者の1人であり、ヤブリンスキー氏と共に90年、有名な「500日計画」を作成するが、政府はこの計画を採用せず。93年12月第1期国家会議代議員選挙で当選、94年1月には下院予算・税金・銀行・財政委員会議長に就任する(96年1月再任)。91〜93年、政治・経済研究センター(エピツェントル)主要研究員として働く。米国ハーバード大学との「グランド・バーゲン」共同プロジェクト、ソ連諸共和国の経済同盟条約及び補足文書の準備、ニージニーノヴゴロド州の経済改革プログラムの作成、ロシアの経済・政治状況に関する月例報告の作成など同センターのプロジェクトの大部分に積極的に参加。「ヤブロコ」会派所属。95年12月第2期下院選挙にも同連合の推薦を受け、カムチャツカ州カムチャツカ選挙区から当選。「ヤブロコ」中央評議会メンバー。97年11月20日、チュバイス第1副首相兼蔵相の蔵相職解任を受けて、蔵相就任。同時に「ヤブロコ」会派から脱退。98年1月、安全保障評議会非常任メンバーに任命。98年3月23日、大統領令第281号により、ロシア連邦憲法第83及び117条に従って、連邦政府の総辞職及び新政府組閣まで政府閣僚は職務を引き続き遂行することを決定。同年4月28日蔵相に再任。同年5月より政府幹部会メンバー。98年8月23日付大統領令により内閣総辞職、蔵相代行になるが、同年9月25日、蔵相再任。同氏の再任に抗議してショーヒン副首相、ワシリエフ連邦有価証券市場委員会議長が辞任。


ザドンスキー:Задонский
ゲオルギー、И.
生年月日 1940.10.31
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 93年12月より国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。ロシア連邦労働省局長として働く。「ロシアの選択」会派のメンバー。国家会議財政・民営化・経済活動委員会委員。


サナエフ:Санаев
ウラジーミル、И.
生年月日 1932.11.10
性別
国籍 ロシア人
学歴 不明
考察 機械・道路関係の労働に従事した後、モルダビアの国家経済ソビエトの建設資材部に技師として働く。60年主任技師、後に産業技術部長となる。ロシア建設省モルダビア建設部の主任技師をつとめる。後にモルダビア建設部の技術部長になる。66年以降モルダビア閣僚会議副議長をつとめ、82年からは同会議第1副議長となる。83年obkom書記、85年obkom第2書記を歴任。モルダビアおよびロシア最高会議代議員経験は豊富。91年7月、第5回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。


サニコワ:Санькова
ネーリャ、С.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 大統領府財政・経済局長を務める。


ザハロフ:Захаров
アンドレイ、А.
生年月日 1961.08.10
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 83年大学の哲学科を卒業後、大学院に進学し、86年博士候補。同年、大学で教職につく。選挙運動中は、哲学および科学的共産主義の講師をつとめていた。91年9月大統領令によって地方への大統領代表に任命されるにあたり、講師の職を辞す。92年1月アムール地方の経済・社会問題解決のための協調行動実施グループの全権委員に任命される。同年4月、第6回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。92年12月までアムール州大統領代理人をつとめる。93年12月国家会議代議員に選出時は、工業大学教員。小選挙区から選出される。国家会議CIS問題・同胞との連絡委員会委員。


ザハロフ:Захаров
ミハイル、Л.
生年月日 1926.01.22
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士
考察 大学で法学を専攻し、弁護士資格を得る。後に法学博士号を取得し、81年教授になる。58〜90年党員。代議員選出時には、連邦・ソビエト国家機構および立法研究所の主任研究員。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。同年6月離党後は、91年2月ゴリャチェワ議長の批判に対するエリツィン弁護最高会議幹部会委員会員、同年10月経済同盟条約批准準備作業グループ、共和国会議内の最高会議指導機構の変革および共和国会議メンバーのローテーションに関する提案草稿作業グループ、同年11月ロシア大統領令法的執行委員会などの委員をつとめる。93年9月まで共和国会議社会政策委員会議長。


ザハロフ:Захаров
ミハイル、М.
生年月日 1938.09.13
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 55年専門学校を卒業し、トラクター・ステーションで働く。57〜60年従軍後、2年間トラクターの運転手をつとめる。62年工場に就職し、工業大学を卒業する。73年から党活動を開始し、工場の初級党組織書記、raikom第1書記、アフガニスタン党顧問、産業・建設担当のobkom第2書記などを歴任する。91年より最高会議常勤となる。ロシア共産主義者グループの第5回人代大準備スタッフ、ロシア大統領令草案作業グループメンバー、第6回人代大書記局員などをつとめる。91年7月、第5回人民代議員大会で民族会議メンバーに選出される。地方代議員や党の要職の経験もある。93年9月最高会議農村の社会的発展・農業問題・食糧委員会小委員会議長。


ザハロフ:Захаров
ウラジーミル、С.
生年月日 1936.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 93年9月まで最高会議農村の社会的発展・農業問題・食糧委員会副議長をつとめる。


ザハロフ:Захаров
マルク、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 大統領直属大統領評議会メンバー。


ザハロフ:Захаров
アレクセイ、К.
生年月日 1948.03.03
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 第1期国家会議「ヤブロコ」会派事務局長。「民主的オルタナティブ」党政策評議会委員。95年12月第2期国家会議代議員選挙で比例区から当選。第2期国家会議軍民転換・ハイテク技術委員会副議長。


サハロフ:Сахаров
ミハイル、Г
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年12月12日、政府付属連邦特殊建設局第1副局長に就任。


サピロ:Сапиро
エヴゲニー、С.
生年月日 1934.01.01
性別
国籍 不明
学歴 博士
考察 56年ウラル工科大学卒。ペルミ州チュソヴォイの「カムカーベリ」機械製作工場勤務を経て、研究活動に戻り、経済学博士の学位を得てペルミ大学などで教鞭をとる。87年よりソ連科学アカデミー・ウラル地域支部学術センター経済部長、90年からペルミ州ソヴィエト執行委員会副議長、92年から同州行政府第1副長官をつとめる。94年3月、「ロシアの選択」の支持を受けてペルミ州議会選挙に当選、同年4月5日、ペルミ州立法議会議長に選出。第2期ロシア上院議員。第2期連邦会議経済政策問題委員会メンバー。97年12月、同州議員に再選されるが、議長再選を果たせず。98年5月8日付で連邦地域・民族政策相に任命。同省は、同年9月22日付大統領令第1142号により廃止。


サビロフ:Сабиров
ムハマト、Г.
生年月日 1932.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 タタールスタン共和国首相をつとめる。95年1月12日、同職辞任。


サファラリエフ:Сафаралиев
ルスタム、А.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年5月〜96年8月、連邦通貨・輸出管理機関副長官をつとめる。


サフォノフ:Сафонов
アナトリー、Е.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 92年3月26日、保安省次官に就任。94年1月より連邦防諜機関副長官、同年4月、同第1副長官。95年4月、再編された連邦保安局第1次官を経て、同年6月、ブジョンノフスク事件の責任をとって解任されたステパシン長官の後を受けて長官代行に就任。大将。同年7月の新長官就任後は再び第1次官。


サフチェンコ:Савченко
オレグ、В.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 カルーガ州におけるロシア大統領代理人をつとめる。96年3月、ロシア首相の推挙に従い、同州行政長官に任命される。ロシア上院議員。同年11月9日に実施されたカルーガ州知事選挙の決選投票で得票率30.5%で落選。


サフチェンコ:Савченко
エヴゲニー、С.
生年月日 1950.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 農業専門家。ベルゴロド州の農業関係部門で働き、83年より党活動に入り、地元とモスクワの両方で活動する。90年代初頭には農業省及びモスクワの個人経営農場の顧問などをつとめる。93年12月18日、ベルゴロド州行政長官に就任。95年12月、下院選挙と同時に実施された行政長官選挙で再選される。ロシア上院議員。第2期連邦会議農業政策委員会委員。外国との貿易自由化や海外・国内債務の増加に反対の立場をとり、97年1月より、ベルゴロド州内におけるアルコールの密輸禁止し、州政府が酒税収益を得られるような政策を励行する。


サフチェンコ:Савченко
ミハイル、Л.
生年月日 1959.10.01
性別
国籍 ウクライナ人
学歴 大学卒
考察 81年極東工業大学を卒業。専門は給水・排水設備技術。ウラジオストックの企業合同体「ポドゼムストロイ」に配属され、そこで熟練工から部門長になる。84〜86年ソ連軍勤務。87年からN15建設局職員によってこの局の局長に選出される。92年地方自治体企業「ウラドブラゴスストロイストバ」の企業長となる。93年8月沿海地方住宅・公共事業委員会議長に任命される。93年秋国家会議に無所属で立候補するが、6人のうち最低の得票率で敗れた。94年10月沿海州副知事。