ゾーチン:Зотин
ウラジスラフ、М.
生年月日 1942.01.01
性別
国籍 不明
学歴 大学卒
考察 モスクワ農業生産技術大学卒業。マリ自治共和国エラスィ区ゴーリキー(名称)コルホーズプラウオペレーター。大学卒業後、マリ自治共和国パランガ区農業生産局技師長。パランガ区、クジェネル区、ヴォルシュスク区にてコムソモール活動、ソヴィエト活動、党活動に従事。85年から91年ヴォルシュスクgorkom第一書記。90年から91年マリ自治共和国最高会議副議長、その後議長。91年12月15日、マリーエル共和国大統領・元首に就任。ロシア上院議員。第2期連邦会議安全保障・国防問題委員会委員。96年12月22日に実施されたマリーエル共和国大統領選挙で決選投票に進めず、落選。家族構成は妻と息子が2人。


ゾーリン:Зорин
ヴィクトル、М.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦保安局副長官を経て、95年7月24日、同第1副長官に就任。大将。チェチェン共和国における連邦行政権力機関地域局第1副局長を経て、同年10月局長(副首相級)に昇格。同年9月、同局内に設置されたテロ対策センター所長に任命される。98年6月1日、大統領特別計画総局長に就任。


ゾーリン:Зорин
ウラジーミル、Ю.
生年月日 1948.04.09
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年3月、ロシア連邦政府の命令により、チェチェン共和国における連邦行政権力機関地域局の副局長に任命され、同年6月、同第1副局長に昇格。95年12月第2期国家会議代議員選挙で「我が家ロシア」で比例区から当選。96年1月19日、第2期国家会議民族問題委員会議長に就任。「我が家ロシア」会派所属。97年11月、チェチェン共和国議会は、ゾーリンを含む同共和国選出の2名の議員を下院から引き上げる決議を採択。この決議は、両議員の下院における存在がロシアとチェチェン共和国の議員交流を大いに妨げているため、としているが、下院はこの決議を受けていかなる決定も行っていない。同月に明らかになった民営化の歴史に関する著作をめぐるロシア上層部でのスキャンダルで一部閣僚が解任された事件で、この著作の「作者」のひとりであるとされる。


ソコフ:Соков
Н
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 外務省顧問をつとめる。


ソコリン:Соколин
ウラジーミル、Л.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 94年8月、統計国家委員会副議長に就任。


ソコル:Сокол
スヴャトスラフ、М.
生年月日 1946.03.22
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「土地調査サービス」社長。95年12月第2期国家会議代議員選挙にロシア連邦共産党から比例区当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議工業・建設・運輸・エネルギー委員会委員。ロシア連邦共産党中央委員会候補者。


ソコロフ:Соколов
アレクサンドル、С.
生年月日 1947.04.05
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 大卒後、専門技師となる。70年からモスクワ州ラメンスコエ区テリマン(名称)ソフホーズ機械技師。72年より党員。国営農場で技師として働き、後にコムソモールgorkom、gorkomに参加し、市ソビエト執行委員会副議長、企業長、gorkom第1書記などを歴任。80年実験生産農場「ポドモスコヴノエ」場長。89年党中央委員会社会科学アカデミー卒業。同年、モスクワobkom書記となり、ロシア共和国共産党創設後は、党中央委員会書記をつとめる。地方代議員経験あり。90年3月18日より共和国人民代議員。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。同年7月ロシア共和国共産党中央委員会委員。労働組合サナトリウム・保養企業「モスクロルト」総支配人。95年12月第2期国家会議代議員選挙でロシア連邦共産党より比例区当選。ロシア連邦共産党会派所属。96年1月19日、国家会議観光・スポーツ委員会議長に就任。ロシア連邦共産党中央委員会委員。


ソコロフ:Соколов
ヴェニアミン、С.
生年月日 1935.09.29
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士
考察 59年大卒後、専門技師となり、ソ連科学アカデミー付属ノボシビルスク研究所に配属され、69年まで働く。64年入党。70〜75年同アカデミーシベリア支部研究所室長を務める。75〜78年大学長。物理・数学博士号取得後、教授となる。88〜90年kraikomなどの党機関で働く。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。同年8月の地方党大会以降は、ロシア最高会議の職務に専念する。地方代議員の経験がある。93年2月10日、共和国会議議長に就任。93年9月まで共和国会議予算・計画・税金・価格委員会小委員会議長。


ソコロフ:Соколов
ユーリー、В.
生年月日 1938.01.09
性別
国籍 ロシア人
学歴 大学卒
考察 93年12月選挙で国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。市ソビエト議長として働く。ロシア農業党会派のメンバー。国家会議地方自治委員会委員。


ソコロフ:Соколов
セルゲイ、Н.
生年月日 1950.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 ウラジーミル州第1行政副長官をつとめる。97年3月、同州における大統領全権代表に就任。


ソコロフ:Соколов
ヴャチェスラフ、К.
生年月日 1941.08.13
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 情報・計算技術開発バンク「インフォルムテフニカ」オリョール支社「オリョールインテフ」副支社長。95年12月第2期国家会議代議員選挙にロシア連邦共産党より比例区当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議予算・税金・銀行・財政委員会委員。


ゾズーリャ:Зозуля
ニコライ、П.
生年月日 1950.01.01
性別
国籍 ウクライナ人
学歴 大学中退
考察 67年ハバロフスク鉄道運輸技術者大学入学。「オートメーション工学、遠隔制御工学、及び通信」学部。72年ザバイカリエ鉄道の配置を任命される。機械技師として働きはじめ、後に作業班長、上級機械技師となる。75年ハバロフスク暖房設備工場で、主任機械技師部の上級エンジニアとして働く。76年から建築工場で、上級エンジニア、機械化及び自動化部長の仕事に就く。90年人民代議員地方会議メンバーに選出され、工業、エネルギー産業、運輸、道路建設、通信代議員委員会を指揮する。94年ハバロフスク地方で行政の仕事に就く。工業、運輸、通信部長、その後、運輸及び通信局長。


ソスコヴェツ:Сосковец
オレグ、Н.
生年月日 1949.05.11
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士候補
考察 カザフのタルド・クルガン市で労働者の家庭に生まれる。72〜91年ソ連共産党員。1男1女。趣味はサッカーと水泳。71年より圧延工としてカラガンダ冶金コンビナートに入り、88年には若干39歳で総支配人となる。かつてカラガンダ冶金コンビナートでのブリキ生産開発の功によりソ連閣僚会議賞を贈られた。著書「冷間圧延とブリキ仕上げ」、150以上の学術論文や発明がある。89年〜92年1月までソ連邦人民代議員。91年ソ連冶金工業相となり、後には「ロスチェルメト」社の総帥をつとめる。92年2月カザフスタン共和国第1副首相(工業相)を経て、同年10月ロシア連邦金属委員会議長。92年9月カザフスタン工業家・企業家同盟総裁となるが、同年10月解任、モスクワへ復帰。92年10月より連邦冶金工業委員会議長。93年4月30日、連邦第1副首相、7月にはシュメイコに代わって政府工業政策評議会議長になり、「国防部門」担当。同7月、政府付属輸出監督委員会議長および政府付属産業政策評議会コーディネーター就任。94年1月から投資政策・防衛工業コンプレクス問題調整担当第1副首相、政府業務問題委員会議長。94年2月17日、大統領直属人事政策評議会共同議長、同年5月24日、政府道路交通安全確保委員会議長。94年末の時点で、チェルノムイルジンに次いで政府における第二の人物の地位を占める。95年2月16日の大統領令で暫定的にチェチェン共和国の大統領代表に任命される(同年8月解任)。同月21日、チェチェン経済復興国家委員会議長就任。95年5月、選挙ブロック「我が家はロシア」評議会副議長就任。チェチェン経済復興国家委員会議長。同年11月、国家機密保護省庁間委員会議長就任。96年6月16日のロシア大統領選挙第1回投票直後の同20日、突然第1副首相を解任される。


ソスノ:Сосно
ウラジーミル、М.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦漁業委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、国家委員会に名称変更される。


ソスランベコフ:Сосланбеков
ユスプ
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 93年5月2日、第1副議長からチェチェン共和国最高会議議長に就任。97年3月、大統領選挙後に議会選挙が行われ、新議会へ権限が引き継がれる。


ゾチコフ:Зотиков
アレクセイ、А.
生年月日 1939.06.09
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 オリョール州議会議員。州議会社会政策委員会議長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で、選挙団体「ロシア連邦共産党」の推薦を受け、オリョール州小選挙区から当選。ロシア連邦共産党会派所属。第2期国家会議文化委員会委員。


ソチリン:Сочилин
アナトリー、Е.
生年月日
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 連邦機械製作委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって、産業省に統合され、廃止。


ソバキン:Собакин
エヴゲニー、Ю.
生年月日 1959.07.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 選挙団体「ヤブロコ」選挙運動本部長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で、モスクワ州オジンツォヴォ選挙区から選挙団体「ヤブロコ」の推薦を受けて当選。「ヤブロコ」会派所属。96年2月16日から第2期国家会議工業・建設・運輸・エネルギー委員会副議長。それまでは同委員会委員。


ソビャニン:Собянин
セルゲイ、С.
生年月日 1958.06.21
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 95年7月、ハントィ・マンシイ自治管区(チュメニ州)議会議長に就任。第2期ロシア上院議員。第2期連邦会議憲法・司法問題委員会委員。96年11月6日、ハントィ・マンシイ自治管区議会議長に再選される。98年7月9日、上院憲法・司法問題副議長から議長に昇任。


ソプチャーク:Собчак
アナトリー、А.
生年月日 1937.08.10
性別
国籍 ロシア人
学歴 博士
考察 チタで鉄道技師の家庭に生まれる。59年レニングラード国立大学法学部卒。最初はスタヴロポリ地方弁護士会所属の一弁護士として実生活のスタートを切り、次いで同地方で法律相談事務所の所長。その後レニングラードのソ連内務省民警特別学校、紙パルプ工業技術学校、レニングラード大学法学部法学部講師、助教授。同大学経済学部の講座主任だった89年4月のトビリシ市民デモの弾圧に関する共産党指導部の決定を客観的に調査する議会委員会の議長。90〜91年レニングラード市ソビエト議長。91年6月レニングラード(現在サンクトペテルブルグ)市長。91年9〜12月ソ連大統領直属政治諮問評議会メンバー。91年からロシア民主改革運動共同議長。92年からサンクトペテルブルグ市・レニングラード州法律家連盟会長。91年11月7日の10月革命記念日の軍事パレードを取りやめ、代わりに市民の祭典「ヴィヴァート、サンクトペテルブルグ!」を開催し、それにロマノフ朝の皇位継承者ウラジーミル・キリーロヴィチ大公を招く。ヨーロッパに向かって開かれた窓というペテルブルグの伝統的な役割の回復に努めることを宣言。88〜90年ソ連共産党員。大学で歴史を教えるリュドミラ夫人との間に1人娘のクセニヤさん。94年2月16日、大統領直属社会院共同議長に就任。大統領評議会メンバー。ロシア上院議員。第2期連邦会議憲法・司法問題委員会委員。96年6月2日、サンクトペテルブルグ市長選の決選投票でヤコブレフに僅差で敗れる。


ソプチュク:Сопчук
セルゲイ、А.
生年月日 1964.01.01
性別
国籍 不明
学歴 不明
考察 株式会社「ファヴォリト-セルヴィス」社長から、97年12月7日に実施された沿海地方議会代議員選挙に立候補し、当選。