スラブ研究センター研究報告シリーズ

スラブ研究センター研究報告シリーズ No.79
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まえがき

 本論文集は平成11-13年度日本学術振興会科学研究費補助金国際学術研究「旧ソ連東欧地域における農村経済構造の変容」(課題番号11691059)の初年度および二年度における調査研究で得られた研究成果の報告書である。また本報告書はスラブ研究センターの三つの研究部門(社会体制部門、国際関係部門、生産環境部門)の学際的な合同研究の成果でもある。


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 本学術研究の目的は1990年代に旧ソ連東欧地域においてみられた農村経済の構造的な変化を総合的かつ学際的に分析し、それを踏まえて今後この地域がどのような経済動向を示すに至るのかを見極めることにある。
本研究に参加している研究者はいずれも北海道大学に所属するスラブ地域研究の専門家であり、その構成は
 吉野悦雄(北海道大学経済学研究科教授)
 山村理人(北海道大学スラブ研究センター教授 -生産環境部門-)
 林 忠行(北海道大学スラブ研究センター教授 -国際関係部門-)
 家田 修(研究代表者:北海道大学スラブ研究センター教授 -社会体制部門-)
の四名である。調査研究の分担は地域的にみると、吉野がポーランドとリトアニア、山村がロシアとスロヴァキア、林がチェコとスロヴァキア、そして家田がハンガリーとルーマニアという担当になっている。また分析視角では、吉野が農家経営論、山村が経営形態論、林が農業政策論、そして家田が地域経済論と全体の取りまとめという分野構成になっている。
 日本人研究者以外に現地の農業経済の専門家が本研究の研究協力者として組織され、平成12年(10月26-30日)にはチェコ共和国のLomnice nad Luzniciで日本人分担者と東欧ロシアの現地研究者が共同してワークショップを開催した。これに参加した現地研究者は、
 Gejza Blaas チェコ(Research Institute of Agricultural Economy, Bratislava)
 Tomas Douchaスロヴァキア (Research Institute of Agricultural Economy, Prague)
 Stanislaw Hejbowiczリトアニア (Vilnius College of Agriculture, Vilnius)
 Diana Kopeva ブルガリア(Research Institute of Market Economy, Sofia)
 Klaus Reinsberg ドイツ(Institute for Agricultural Development in CEEC, Halle)
 Gely Shmelev ロシア(Institute of Economy, Russian Academy of Sciences, Moscow)
および論文のみの参加となった
 Pal Juhasz ハンガリー(Budapest University of Economic Sciences, Budapest)
の各氏である。以上の7名と日本側参加者である上記4名の研究報告を集めた成果報告書が本論文集と平行して編集されており、
O.Ieda ed., New structure of rural economy in Eastern Europe and Russia (SRC, Hokkaido University, 2001)
として近く刊行される予定である。本報告書と合わせて参照していただければ幸いである。
 さらに今年の夏(7月11-14日)には北海道大学スラブ研究センターの夏期国際シンポジウムとしてDiversification of rural societies in Eastern Europe and Russiaと題された国際会議が開催される予定であり、本研究事業における研究参加者と本研究に隣接した領域における世界第一線の研究者が一堂に会して研究の交流が図られることになっている。


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 本報告書には四編の論文が収録されている。山村「農地」論文では主としてブルガリアとスロヴァキアに例をとって、体制転換後のロシア東欧地域で生じた農地制度の変化がまとめられている。農地問題は1990年代におけるこの地域の農業再編過程を見る上で基本的な鳥瞰図を与えてくれるので、この論文を巻頭に配した。

 第二番目の家田論文は中小規模の農業経営が主流となったルーマニアに例をとって、農家経営の事例を検討している。ここでは具体的な農家経営のあり方、土地貸借関係、雇用関係などに即しながら、改革後に形成されつつある新たな農村社会の内部構造が析出され、農村社会の階層化と共同体的相互扶助の問題が論じられている。

 第三番目の山村「農業企業」論文では、家田論文が分析対象とした中小規模の農業経営と対極をなす大規模農業経営が主流となったチェコとスロヴァキアに例をとって、多様な農業企業のあり方が分析されている。ここでは旧政治体制の遺産でもある旧集団農場や旧国営農場のみならず、新たに形成された個人経営の大農場も視野に入れて、西欧とは異なる経営類型である農業企業の特質が描かれている。

 最後の林論文では上記の三論文と異なり、社会経済の分析ではなく、政治の分析が試みられている。これは当該地域における農業制度の再編が政治制度の転換と平行してすすめられた結果、党派間の政治的思惑によってこの過程が強く左右された側面をもっているからである。林論文は主としてチェコとスロヴァキアを例にとり、現地で積み重ねた政策立案担当者との面接調査を基にして、この問題を論じている。本論文による政治過程分析は地域的、時期的に山村「農業企業」論文を対をなしているので、併読していただくことが望まれる。また林論文は政治改革後の経済政策全般に関する主要政党の市場経済化戦略という枠組みをも用いて農業政策を論じようとしており、幅広い射程を意識した論述内容になっている。

 以上のように本論文集は相互に補完する関係にもなっており、経済学、社会学、政治学の学際的共同研究が実現している。冒頭でも述べたように、学際的研究の推進を目指すスラブ研究センターの特色が遺憾なく発揮された研究成果であるといえよう。

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 ロシア・東欧地域における農業経済の再編過程は1990年代前半の所有権改革を主たる争点とした第一段階から、1990年代後半から現在に至る経営合理化を焦点とした第二段階へと移りつつある。これに伴い研究上の力点も変化し、さらには農村経済の変化を農村社会の変容と絡み合わせて総合的に捉えようという傾向も強まっている。本研究はこうした研究動向を体現するものであり、かつ欧米の研究者を統合しつつ、この研究動向を国際的なレベルにおいて先へと進める役割を果たしている。本研究が調査研究成果を第一義的には国際的な情報伝達の場で積極的に発信している所以である。

 本研究をさらに押し進めてゆくため、読者諸氏からの建設的な御批判と御叱正を衷心よりお願い申し上げます。

 
 2001年4月10日

研究代表者
 北海道大学スラブ研究センター教授
                家 田  修