サハリン北東部大陸棚の石油・ガス開発と環境V

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大陸棚開発関連の危機管理体制の比較研究: ロシア、ノルウェー、日本

皆川 修吾(北海道大学スラブ研究センター)


結論

 本稿ではサハリン大陸棚開発プロジェクトでの油汚染危機管理システムがオホーツク海の 特殊状況に見合った整備がされているかどうか、油汚染が生じた場合、オホーツク海沿岸諸国で恐らく直接被害を被るであろう道北での危機管理システムの整備 状況はどうなのか、危機管理システムの先進国と言われているノルウェーと比較して、何か学ぶべき点があるかどうか、以上の問題点を視野に入れて3カ国の危 機管理システムを検討してみた。日本やロシアのシステムをノルウェーと比較した場合、両国のシステムに不確実性が多々みられ、大規模油流出が発生した場 合、システム未整備もあり、既存のシステムが期待されているように実際に作動するという保証はない。ノルウェーの場合、開発と危機管理が一体のシステムと なり、当初からこれらシステム構築を国策と位置づけ、総力を上げて国が関与してきた事実がある。現在、石油・ガスがノルウェー輸出産品のトップを占め、こ れによって国家の財政が潤っている。だからこそ、安定した危機管理システムへの国家財政負担も当然という考え方が国民の間で一般化している。また、危機管 理システムのインフラ整備が産業化し、システム運用の資機材および知的資源が国内需要を満たすだけでなくノルウェーの輸出産業にまで成長したことである。 したがって、ノルウェーでのシステム発展プロセスがそのまま現在の日ロ両国に適用できるものでないことは理解できる。しかし、日ロ両国とも官僚主導で諸々 のシステムを立ち上げてきた過去の経験があり、ノルウェーのモデルにそれほど違和感は感じないはずである。
 ここでは、日ロ両国のシステム作動の不確実性の問題点と若干提言も含めて以下に3点列挙するにとどめた。

  1. ソビエト行政機構の特徴として、管理機能の重複性が指摘されていたが、新生ロシア 連邦国家に移行しても、この特徴は必ずしも消えたわけではない。それぞれの行政機構が機能的に分割され合理的に管理するウェーバー的官僚システムに移行し たかに見えるが、油汚染危機管理システムを例にとっても、天然資源省、国家環境委員会、運輸省、緊急事態省間の機能分離が明確でなく、大規模油流出が生じ た場合の情報伝達、指揮監督系統、現場での回収作業が、短時間のうちに有機的に作動するかどうか、心許ない。この不安の背景には、危機管理に関する諸問題 の研究調査報告はされているが、ロシア大陸棚(サハリン大陸棚も含む)での過去の流出汚染例とその防除結果報告がされていないという事実がある。過去の流 出事故事例研究がたとえされていたとしても、「臭いものには蓋をしろ」的精神状況が政府側にあり、一切公にされたことがなく、市民社会に通常みられる試行 錯誤の慣行が根付いていないこともある。原油流出後の処置としての鉄則は、流出後48時間以内に回収することである。過去の原油流出事故のケースでは、迅 速に処置できない場合、危機管理の範囲が広がり、管理不能に陥る可能性が高い。流出後は直ちに、原油流出量、流出油の質、流出時の気象・海流状況をシミュ レーションし、沿岸対策基地を通じて、資機材、人員などを適宜に動員し、防除活動をすることである。そのためには、統合した伝達装置と指揮監督系統および 多国間協力体制が必要である。大規模流出事故発生の場合、オペレーターがシンガポールや英国の海洋汚染対策専門会社に除去作業を委託するということは、早 期除去(48時間以内)の原則を当初から放棄していることになる。
  2. 日本側の危機管理システムであるが、将来像としてはできあがっているようにみえ る。しかし、それは希望的観測であって、予算措置が伴わなければその域を出ることはできない。予算措置がついたとしても、その将来像には問題がある。サハ リン大陸棚開発、すなわちオホーツク海沿岸での危機管理システムが将来像から抜け落ちていることである。また、最悪の気象・海象条件を想定して体制が組み 立てられていないことである。要は、日本の、特に現在の北海道の油流出危機管理システム(組織管理体制、支援基地やインフラ整備、それに損害補償体制な ど)をみれば、防災・防除能力、すなわち限度が大凡想像できることである。言い換えれば、大規模な流出事故発生に備えるには、抜本的なシステム改革を必要 とする。しかし、日本側は投資家であり、また輸入元であり、開発・原油生産国であるロシアより経済的メリットは少ない。従って、既存システムの改革には何 らかの誘因ないし動機が必要である。大規模流出がオホーツク海沿岸に大被害を及ぼす事件が実際に起こった後、国が海上保安庁の防災・防除機能を大幅にレベ ルアップさせるか、受益者負担の原則に従い大陸棚開発に参加している日本側企業が連合で(場合によっては利害関係のある地方自治体も含めて)ノルウェーの ような海洋汚染防災組織を設立するか、1 または、守備範囲の広い海上保安庁の一部の機能を分離独立させ、オホーツク海での油流出措置に特定し、 時限付(30-40年)の独立行政法人化した機関、即ち油流出事故緊急対策センターを設立することである。いずれの方法にしても、直接的な被害を受ける地 元自治体あるいは間接的に被害を受ける石油業界の要請で迅速に出動して油流出汚染対策にあたることができる機関が必要である。これら機関は定期的に入手で きる情報源を確保し、オホーツク海でのあらゆる海洋汚染事故を想定したシミュレーションを作成し、そのデータベースを作成しなければならない。それには、 やはり国が相当程度関与せざるをえないであろう。サハリン大陸棚開発の環境保全について関心を示している環境NGOは「グリーンピース」、「サハリン環境 監視」、「太平洋環境資源センター」、「地球の友」などがある。しかし、当開発に関する日本の流出油防災体制について動いている国内の環境NGOは見当た らない。今のところ市民、特に道民にとって新聞情報が唯一であるが、情報収集と情報を検証できる能力のある環境NGOの存在は、意志決定過程では健全な姿 であり、むしろ歓迎されるべきであろう。
  3. 最後に、オホーツク海における多国間協力体制であるが、協力体制には、所詮制約が ある。開発はロシアの大陸棚でおこなわれ、日本の主権が及ばない。問題はどの程度の災害を想定して、多国間危機管理システムを構成するかである。大規模油 流出を想定した場合の協力体制で、ノルウェーや米国のような実績のある危機管理システムを日本は備えていない。掘削基地などでの爆発事故の対処に日本はど のくらい法的にも物理的にも関与できるか定かでない。従って、環境保全協定には何が協力体制として規定されているのかが問題となる。協定には少なくともタ ンカー専用の航行区域を決め、オホーツク海沿岸に対策基地を設置し、合同防災・防除活動の統合マニュアルを作成し、協定国間による定期的な活動訓練実施義 務を課すことであろう。最終的には、ここでも日本とロシアの危機管理システムの能力の限界が協定の内容に反映されることになる。
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1 現法のもとで、複数の民間企業や地方自治体が設立する株式会社組織の研究開発会社に対して、数年間にわたり国が経費の70%を出資することにより、特定の 産業技術の研究開発を支援する制度がある。この制度に準拠し非営利の海洋汚染防災組織を設立することができる。(3/8)

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