移行期の中国経済をどのようにとらえるか*1

-国有企業改革を中心に-

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上 原 一 慶(京都大学経済研究所)


はじめに

1992年10月の第14回党大会は「社会主義市場経済システム」という目標モデルを提起した。中国の党・政府が市場経済を望ましいシステムとして選択したことを示すものであった。しかし市場経済化の目標は明確になったとはいえ、それへの移行は、ロシア・東欧の経験が示すように、政府の規制を緩和・除去すれば達成されるというほど単純ではないように思われる。今後の中国は、市場経済への移行過程で、中国経済の現実との間でさまざまな問題に直面し、試行錯誤を重ねながら、どのように移行するのかを模索することになるように思われる。では現在の中国経済はどのようにとらえられるのか、今後の移行過程でどのような問題に直面すると予測されるであろうか、またどのように移行するのが望ましいであろうか。

この点で石川滋は一つの重要な視角を提示している。石川は、世界銀行の構造調整政策の前提とされた考え方-途上国の統制主義的な政府介入が除去されれば、市場による資源配分と、したがってまた持続的成長が取り戻せるという考え方-を批判し、それによっては、「政策的歪み」は取り除かれても、市場の低発達のために生じている「生まれつきの資源配分の歪み」は残るとした上で、「発達した潜在的市場の存在を仮定する市場の復活、経済の活性化の政策は失敗しやすく、先行的な低発達市場そのものの育成・強化を目指す政策措置のみが成功の可能性を持つ」と結論する*2

「低発達市場」という視角から今日の中国経済を把握し、市場体系そのものの育成・強化を目指す政策措置の重要性を指摘した石川の主張は説得的である。今日の中国経済および今後の課題をとらえる重要な視角を提示していると評価できよう。

しかし今日の中国経済は、「低発達市場」という視角からだけで十分とらえきれるものではないし、市場経済への移行にはなお困難ないくつかの課題があるように思われる。以下、市場経済移行へ向けた改革の中心的環であるとされながら、依然としてはかばかしい成果を上げるに至っていない国有企業改革の現状をみることによって、今日の中国経済をとらえる視角、市場経済移行への課題を考えてみることにする。なお国有企業改革の現状といっても、対象を国有工業企業に絞ることをはじめに断っておく。

1.現代企業制度確立と「社会主義」-「社会主義」は“有言不実行か?”

国有企業改革は、改革・開放の開始以来一貫して重視されてきた。各種調査によれば、全要素生産性ではかった生産効率は、非国有企業には及ばないものの、著しく改善しているとのことであり、改革が一定の成果を上げたことは確かである*3。しかしその一方、経営効率・財務効率は、全く逆の結果を示している。国有企業の税引き前資金利潤率(資金利税率)は、80年の24.76%から95年の8.01%へと大幅に低下しており*4、赤字額、赤字企業の割合も一貫して増大している。図は、国有企業の利潤額、赤字額、純利潤額(利潤額−赤字額)をみたものであるが、利潤額は、経済の過熱−引き締めの循環に照応して増減を繰り返しているものの、赤字額は、ほぼ一貫して増大していること、特に89年以降は大幅に増大していることが示されている。赤字企業の割合も、88年の約16%から93年30.3%、96年45%にまでに増大している*5

「社会主義市場経済システム」の目標モデルを具体化した93年11月の第14期3中全会は、こうした経営不振を打開する新たな改革措置として、現代企業制度の確立を打ち出し、実験を開始しはじめている。以下、現代企業制度確立の具体的構想および改革構想を批判するいくつかの見解を紹介・検討し、今日直面している問題は何かをみることにする。

図.国有独立採算制工業企業利潤、赤字動向

1)改革構想

現代企業制度確立の具体的内容は次の3点にまとめることが出来る。

@国有企業を、国家の所有権とは区別される、国家を含む出資者の投資によって形成される法人財産権を持った株式会社、有限会社に改組する。

A国有資産を管理・運営する独立の部門を設立する。具体的には政府の行政部門としての国有資産管理部門-営利を目的に国有資産の運用を図る国有資産運営機構(持株会社)-企業の管理・運営体系を設立する。

B政府行政部門を整理・統合・再編成する。具体的には、従来企業を直接管理・管轄してきた産業部門別の企業主管部門を解体し、その政府職能は総合経済管理部門へ集中・統合し、業種管理職能は行政権限を持たない業種別の協会へ移行し、資産管理・経営職能は国有資産運営機構(持株会社)へ移すことが提起されている。

この改革構想は、経営不振の原因を所有権と経営権の分離の不徹底に求め、分離をいっそう押し進めるために、企業に国家の所有権とは区別される法人財産権を持たせようとするものであった。

2)改革構想批判のいくつかの見解

この改革構想に対して、袁木は、私有化をもたらす危険性を指摘している*6。確かに企業の法人財産権は、もし所有者としての国家の監督が弱まれば企業所有権あるいは個人所有権に転化する可能性があり、事実上の私有化をもたらす可能性がある。その限りで袁の批判は理解できるものの、ではいかにして国有企業の経営不振を克服するかについては明確でなく、結局のところ伝統的社会主義論の立場からの保守的批判に終わっている。これに対して、林毅夫らの若手研究者グループも同様に、政府の改革構想は経営権による所有権の侵害を拡大する恐れがあると批判するが、その立場は袁とは全く異なるし、またまた国有企業も他の所有制企業と同様に効率化可能であると主張している点で検討に値する。林らの議論は、国有企業改革にとどまらない全面的なものであるが、ここでは国有企業改革に絞ってその主張を検討することにする。林らの主張は次のようにまとめられる*7

@国有企業の経営不振の根本的原因は、国家の改革戦略が依然として、資源の制約を顧みずに発展段階を無視して重工業を優先発展させる、改革・開放以前の「超越戦略」から脱却していないことにある。すなわち、重工業の発展のために金利を低く抑える政策や、この戦略的意図を実現するための国有企業を倒産させたり、失業問題を引き起こしたりしないようにする政策(赤字国有企業に対する補助、低金利)の必要性がなお大きいと見なされていることにある。

A国有企業の経営者は、改革の過程で独自の利害と自主権を得るようになり、企業の所有者の利益(利税と資産価値の最大化を直接の目標とする国有資産の所有者の代表としての政府の利益)とは別の利益(利潤留保分の最大化と企業従業員の福利の最大化)を持つようになったが、経営者はその目標を追及するために、上述の状況を利用して所有者の権限を侵し、国有経済を侵食する行為を拡大した。

Bしたがって問題は、所有権と経営権の分離の不徹底、財産権の不明確にあるのではなく、所有権と経営権が分離された状況下で企業の経営を監督するコストが非常に高いことにある。改革の課題は、企業の経営を監督するコストと能力の低い経営者を罰するコストを低下させ、経営者をして大筋で所有者の意図に沿って経営させるような条件を作ることにこそある。

Cその条件とは、第1に、製品競争力が企業の収益に反映され、経営者の能力、努力のいかんも企業の競争力に反映されるような、十分に競争的な製品・要素市場の育成、第2に、十分に競争的な経営者市場の形成、第3に、株式制企業についていえば、十分に競争的な株取引市場の形成、である。こうした3つの市場が未発達の状況下での財産権改革は、より多くの所有権侵犯の行動を誘発する恐れがあり、一方、こうした条件が形成され、平等な競争条件と予算制約がハード化されれば、国有企業も他の所有制企業と同様に十分効率化しえる。

市場が未発達な条件の下での財産権改革は、経営権による所有権の侵害を誘発するとの政府改革構想批判は納得できるものである。また「超越戦略」が国有企業の非効率化をもたらしているという指摘も否定し難い。しかし「超越戦略」から林らが主張する「比較優位戦略」(市場メカニズムが十分に機能し、資源賦存の「比較優位」を正しく示す価格シグナルに基づいて生産者が生産を行う発展戦略)に転換すれば国有企業は効率化できるであろうか。

林らの国有企業改革に関する議論の最大の問題点は、国家所有を、所有主体の特定が可能であり、極めて強い収益の意志を持つ私企業中心の経済体制をとる国々の所有主体とほぼ区別なく扱っていることにある。この点は、林らが市場経済国における大型の私企業と同じプリンシパル・エージェント問題として*8、国有企業問題を扱っていることに端的に示されている。確かにこの前提が成り立てば、国有企業の効率化を主張することは可能かもしれない*9。しかし中国における国家所有の現実は、形式上国務院が所有主体であるとされているものの、実際の所有権の行使は社会管理職能を担う各行政部門に分割されており、所有の主体を特定することはできず、各行政部門は、それぞれの所轄分野の行政任務を実現させることには強い意志を持つものの、収益の意志は薄弱であった*10。林らはこの点を見落としており、このためその改革構想批判は極めて一面的なものとなっている。たとえば林らが指摘する経営権による所有権の侵害は、監督コストが高いからだけでなく、所有者としての国家の収益意志が薄弱であった点からも検討される必要がある。また、国有企業の経営不振は、経営権による所有権の侵害だけではなく(生産効率の向上と経営効率の低迷のギャップはこの点から理解される)、収益意志は薄弱であったものの、所轄分野の行政任務の実現には強い意志を持つ各行政部門の経営介入からも理解されるべきではないか(非国有企業に比べた生産効率の低さに現れている)。そしてまた国有企業の効率化も、国家所有のこの現実を改変しなければ、たとえ市場が十分に発達したとしても展望し難いといわざるを得ない。

国有企業改革の検討にあたっては、従来の社会主義的国家所有を、いかに市場経済に適合的な所有形態に再編成あるいは改変するかという視角を欠落させることはできない。

3)改革構想の問題点と「社会主義」

改革構想は、以上に述べた国家所有の実態を踏まえ、社会管理職能を担う行政部門からの所有者職能の分離(政資分離)と国有資産の管理と運営の分離によって、国有資産運営機構を所有権の行使主体としようとしている。しかし行政部門としての国有資産管理部門の指導下にある運営機構が、本当に収益に強い意志を持ち得るか疑問である。したがってなお、行政的介入による経営権の侵害の可能性とともに、経営権による所有権の侵害の可能性が依然として残されている。

97年の中央四号文件として発布された「国有企業の党の建設をさらに強化し改善する活動に関する中共中央の通知」は、後者の問題に対する現時点での党の解答である。この通知は、企業党組織の「政治的核心としての役割」を強調し、党が経営方針や発展計画の決定、中層以上の管理者の任命などあらゆる重要な意志決定へ参画すること、経営陣は重要な意志決定の前に必ず党委員会の意見を聴取し、その意見を尊重しなければならないこと、党委員会と董事会(取締役会)のメンバーをオーバーラップさせてもよいことなどを規定している*11

企業内党組織−経営陣の関係は、改革・開放以来何度も変遷を繰り返してきた。企業内の党の役割を「党と国家の方針・政策の貫徹執行を保証・監督する」ことに限定、経営陣に権限を委ねることによって国有企業の経営効率化をはかろうとする改革は(D小平、趙紫陽、さらには朱鎔基らがその中心にいたとされる)、そのたびに強い抵抗にあい、後退させられている。中央四号文件は、経営権による所有権の侵害という問題を取り上げることによって、党組織による人事管理の強化と経営参加を打ち出したものである。

このことは、「社会主義」(一党支配と国家所有)に既得権益を持つ勢力(党、国有企業労働者)が依然として強いことを示している。党指導の強化によっては企業経営の効率化を望めないことは明らかであるが、「社会主義」とは抵触しない、収益に強い意志を持つ所有主体の形成、あるいは薄弱な収益意志を補う別の構想が提示されないかぎり、中央四号文件を否定することは困難であるように思われる。

以上の点に関連して2点補足しておきたい。

第1は、企業内党組織−経営陣関係の趨勢についてである。私は94年9月の企業調査時点まで、企業レベルにおける党の支配は、形骸化ないし変質しつつあるとみていた。私が調査した企業では、たとえば株式会社には党組織を設けないとか、董事会に党を入れないといった事例がみられたし、党組織が存在する場合にも、多くの企業では党の目的は「利潤の追求」にあるとの回答が返ってきた。こうした点を踏まえて私は、国有企業の効率化を追及する限り、党の形骸化あるいは変質(党の役割の経営陣への従属あるいは補完への変質)は不可避であり、現実にも進展しているととらえ、書きもした(たとえば、「“社会主義市場経済”のゆくえ」『季刊 窓』18、1993年・冬、「社会主義システムの改革と中国の行方」上原編『現代中国の変革』世界思想社、1994年等)。しかしこうした形骸化、変質は、94年9月末の第14期4中全会以降-この会議では「党建設を強化することに関するいくつかの重大問題の決定」が出されている−ストレートには進まない状況が創り出されている(この点は、「社会主義市場経済システムと国有企業改革」<『社会主義市場経済システム−計画から市場へ−』日中経済協会、1995年4月>で指摘した。そしてこの時点では、「ここに今後の改革の一つのネックがある」と評価していた)。私は、国有企業の効率化を前提とする限り、企業レベルにおける形骸化、変質は不可避であり、全体の趨勢としては党支配の基盤の掘り崩しが進展せざるを得ないと、なお考えているが、しかしそれは、ストレートには進展せず、上述のように、既得権益層との綱引きを繰り返しながら進まざるを得ないとみた方が現実に近いと思う。

第2は、「中央四号文件を否定することは困難である」ということについてである。それは、党が収益に強い意志を持つということを意味しているわけではない。むしろ党が経営陣と一体化して所有権の侵害をいっそう強める可能性すらある。にもかかわらず「否定することは困難」とした理由は、所有主体が強い収益意志を持ち得ず、市場も十分発達していない条件のもとで、党に代わる所有権侵害を監督する仕組みが準備されていないことにある。その限りで、党がその役割を主張できる余地がなお残されていることを軽視してはならないと考えるからである。

「社会主義」を標榜している国家の市場経済化は、市場経済化こそが「社会主義」の道でもあるという説得的な論理を構築できないかぎり、「社会主義」との軋轢−妥協を繰り返すことになろう。あるいは中国の市場経済化は、こうした「社会主義」と「市場経済」の綱引きを内包した「社会主義市場経済」を経由して進展せざるを得ない、といった方がよいかもしれない。「社会主義市場経済」から「市場経済」への移行には、恐らく一つの飛躍が必要であるが、それがどのように行われるか−党のなし崩し的形骸化、変質か、あるいは崩壊か−は、既得権益の補償の程度に依存しよう。

2.国有企業の戦略的改組と国際的契機

1)戦略的改組構想

現代企業制度確立の実験は、私有化批判などを背景に、必ずしも順調に進展していないが(本来、94年末から2年間で基本的に終える予定であったが、97年末まで1年延長されている)、その一方、95年後半から、国有企業の戦略的改組と呼ばれる方針が全面的に展開されるに至っている。この方針はまた「抓大放小(大きなものをつかんで、小さなものを自由化する)」とスローガン化されているが、端的にいえば、産業政策に合致した大企業、企業集団への国家支援の集中、小企業の切り捨て政策である。「抓大」の内容は次の2点にまとめられる。

@通信、交通、電力、ハイテク産業、一部の重工業などの1000社の国有大企業と企業集団を選定し、これらの企業の経営困難の救済(財政支出から銀行融資への転換で形成された債務の国家投資への転換、銀行の貸倒引当金を使った銀行債務の償却等)、低利融資などの資金の優先的供給による技術改造支援、他企業の合併の支援(被合併企業の一部の債務の利息免除等)、メインバンク制の実施(96年300社、97年には511社へ拡大予定)による企業支援の強化等、国家支援を集中する。

A労働集約的一般加工業や商業・サービス分野の国有資産をエネルギー、交通・通信、重要素材、水利などの基礎産業、機械、電子、石油化工、自動車製造、建築業などの支柱産業、金融業等へ移転し、大企業、企業集団を中核とした企業組織構造の最適化、すなわち規模の経済化をはかる。

一つ一つの国有企業の効率化から、国有経済セクターの再編成、国有資産の重点分野への集中による、国有経済セクターの全体としての効率化への方向転換がはかられているといえよう。

2)「抓大」の背景−グローバリゼーション

国有企業の戦略的改組によって国有経済セクターの全体としての効率化が達成できるかはかなり疑問である。この点では、林毅夫らの「超越戦略」批判の論理がそのまま当てはまる。林らによれば、今日の中国において資本は依然、相対的に希少な要素であり、したがってハイテク産業等の資本集約的産業の発展促進のためには、金利を低く抑え、担い手としての国有企業の生存と発展を支援せざるを得なくなるという。また企業グループの形成、拡大は、親会社による子会社の支配という点では市場経済の競争原理の導入という方向とは異なるし、また被支配企業の自己責任の原則を曖昧なものにする(損益自己責任の強化の方向に反する)可能性が大きい、という批判もありえよう。

しかし、今日の中国経済がおかれている国際的環境を考えたとき問題の様相は異なってくる。すなわち第1に、近年、外資企業の進出が顕著であることである。94年末、累積で956億ドルに達した外資利用実績は、95年1332億ドル、96年1772億ドルと急速に増大し、開業した外資企業も95年の約12万社から96年14万社を超えるに至っている*12。外資企業のうち、工業企業は94年、累計2万9101社、95年4万9559社と急増している。外資工業企業の参入業種は主に、電子・通信設備(郷以上の工業生産額の14.2%)、紡績(7.7%)、交通運輸設備(7.6%)、電気機械・器材(5.9%)、食品加工(5.8%)等である*13。第2に、外資企業の進出が、初期の労働集約的加工業企業の移転段階から多国籍企業、金融資本の大規模な進出段階に移ってきていることである。この点を指摘した高冠江によれば、段階の移行は、94、95年、直接投資の契約金額の減少の一方、多国籍企業の投資が増大したこと、直接投資プロジェクトの平均規模が、94年に、前年比30.2%増の177万ドル、95年245万ドルと拡大していること、さらに世界トップ500社のうち200社以上が中国に投資していることに示されてとのことである*14。第3に、外資企業の国内販売比率が増大し、国内市場でのシェアを拡大してきていることである。外資企業の製品の国内販売比率は、94年は約20%(残りの80%は輸出)、全国工業企業販売額に占める外資企業の割合は2.66%であったが*15、95年にはそれぞれ、61.8%*16、11.8%*17に急増している。第4に、WTO加盟へ向けて、外資の参入規制をいっそう行い難くなってきていることである。

以上のような状況を背景におくならば、「抓大」の方針は、本格的な国際競争時代の到来に備えた「産業構造の再編成」、外資企業の参入拡大に備えた「国際競争力の涵養」という側面を持っているように思われる。中国の国有企業-ここでは主に国有大企業を指すが−は、それぞれの産業分野での最先進の技術、人材を投入されてきており、「比較優位」がない、市場競争を制限するからといって、そこから撤退、あるいは国際競争に委ねるならば、中国の技術発展を担える基盤を失うことになりかねないように思われる。換言すれば、国際的競争の増大は、国有大企業に関しては、効率化圧力以上に、国家による保護・育成を引き出す契機になっているが、少なくとも当面、それを否定することは困難のように思われる。

むすびに

以上きわめて簡単に、今日の中国をとらえる視角について考えてみた。「低発達市場」という視角だけでなく、「社会主義」、「国際環境(グローバリゼーション、国際競争)」という視角からも中国経済をとらえる必要があろう。本報告で取り上げた国有企業の効率化についていえば、私は効率化には、企業が国家のみならず党からも自立し、その企業自身の利害に基づいて行動できるようになること(その意味で、事実上の私有化)が必要であると考えているが、しかし少なくとも当面の課題は、それよりも、市場の育成、「社会主義」の既得権益を補償する新たな利益構造の創出、中国の技術発展基盤の形成にあるといわざるを得ないと思う。「社会主義市場経済」とは、これらの課題を遂行し、全面的な市場経済への移行を準備する一時期、過渡形態ととらえた方がよいかもしれない。


- 注 -

  1. 本稿は、当日の報告で行った補充を付け加えたほか、当日の討論をふまえて若干の修正を行っている。
  2. 石川滋「経済改革と市場経済の育成」総合研究開発機構『中国経済改革の新展開-日中経済学術シンポジウム報告』NTT出版、1996年。なお、「低発達市場」について、石川は、経済の低発達に伴う非人為的自然的(natural)な市場形成の遅れ、未成熟、とも言い換え、「社会的分業の発達度」、「流通のシステム、物的施設など流通インフラの発達」、「所有権および契約の保護・尊重を中心とする取引きルールの整備」から発達・低発達の概念を体系的、計量的にとらえようとしている。具体的事例として、たとえばラオスではM2/GNPは3%であり、それは金融的発展がいまだに自給自足的ないしは物々交換からの経済の「貨幣化」の段階にあることを示しているという。
  3. たとえば、The World Bank,1992.China: Reform of the Role of the Plan in the 1990s. 揚堅白「速度、構造、効率」『経済研究』1991年第9期、董輔j・唐宗焜・杜海燕主編『中国国有企業制度変革研究』人民出版社、1995年、大塚啓二郎・劉徳強・村上直樹『中国のミクロ経済改革』日本経済新聞社、1995年、など。但し、全要素生産性改善の評価について、王g「国有企業的経済績効分析」『経済研究』1996年第8期、はいくつかの問題点を指摘している。
  4. 『中国統計年鑑』1981年、1996年版。
  5. 1988年については、高尚全「十年来的中国経済体制改革」『中国経済年鑑』1989年版、93年は『中国統計摘要』1994年版、96年は『日本経済新聞』1996年12月31日の報道による。
  6. 袁木「関于国有企業改革的十二条意見」『経済日報』1996年7月11日。
  7. 林毅夫・蔡e・李周『中国的奇跡』上海三聯書店・上海人民出版社、1994年(渡辺利夫監訳・杜進訳『中国の経済発展』日本評論社、1997年)、同「企業改革と競争環境」長岡貞男/馬成三/S・ブラギンスキー編著『中国とロシアの産業変革』日本評論社、1996年。
  8. 前掲、「企業改革と競争環境」、221頁。
  9. 小宮隆太郎も、各企業およびその経営陣が経営上の十分な自主権を有し、所有者である公的機関の関係者(政治家・高級官僚)が経営以外の観点からの企業に対する「政治的」介入を禁欲的に差し控えること、等の条件をあげ、これらが満たされれば十分効率的に経営されると述べている(小宮隆太郎『現代中国経済:日中の比較分析』東京大学出版会、1989年。
  10. 所有の主体が国家である場合には、「収益の意志は薄弱にならざるを得ない」という点は、植草益・杉本孝「中国国有企業の改革について」(未公表)を参照。但しほぼ同様のことは筆者もすでに指摘している(拙稿「中国の国有企業改革」佐々木信彰編『現代中国経済の分析』世界思想社。1997年、215〜216頁)。
  11. 中央四号文件に関しては、季東明「共産党と企業-中央四号文件にみる社会主義と市場経済の綱引き-」『中国経済』1997年5月号、による。
  12. 94、95年に関しては、『中国統計年鑑』1996年版、96年に関しては『中国通信』1997年2月13日、による。
  13. 中華人民共和国国家統計局、第三次全国工業普査辧公室「関于第三次全国工業普査主要数据的公報」『人民日報』1997年2月19日。
  14. 高冠江「略論“外商擠占我国市場”問題」『管理世界』1996年第5期。
  15. 同前。
  16. 前掲、国家統計局等「公報」。
  17. 『中国統計年鑑』1996年版、417、425頁から計算。

- 参照文献 -

  1. 矢吹晋「中国経済と香港・華人資本」(比較経済体制学会第37回全国大会・共通論題報告)。
  2. 下谷政弘『持株会社解禁ー独禁法第九条と日本経済』中公新書、1996年。
  3. 加藤弘之「D小平後の中国経済-「比較優位」と「開発主義」の間で-」(第37回アジア政経学会西日本部会・共通論題報告)。
  4. 上原一慶編『現代中国の変革』世界思想社、1994年。
  5. 上原一慶「国有企業の経営悪化と対外開放政策の進展」『中国の開放政策の動向とわが国企業の対応』日中経済協会、1997年。