ソ連中央統計局内部資料に基づく中央アジア産業発展史
岩崎 一郎(一橋大学助手)
(Not for Quotation)
(IAS1-b研究会での報告要旨:平成13年3月10日)

1.一橋大学経済研究所COEプロジェクトとロシア経済公文書館

 北海道大学スラブ研究センターで開催されたIAS1-b研究会では,2種類のディスカッション・ペーパー(西村・岩崎(2000a;2000b))を資料として配布した。これらは,一橋大学経済研究所が,1995年から5年間に渡って実施した「アジア長期経済統計データベース・プロジェクト」の一環として,報告者と西村可明教授との中間調査報告として出版したものである。

 本プロジェクトの目的は,アジアの近代及び現代の長期経済統計を整備して,広く世界に提供することであるが,ここでいう「アジア」には,ロシア極東地域と中央アジアも含まれている。そこで,西村教授が主査となった調査チームは,中央アジア5カ国のGDPを過去100年に渡って推計するのに必要な統計資料の収集活動を開始したのである。

 しかし,同グループは直ちに幾つかの問題に突き当った。第1に,ソ連は国民経済の規模を,GDPではなく,純物的生産(NMP)で算定してきたので,ソ連国家統計委員会のマクロ・データをそのまま引き写すわけにはいかない。上記プロジェクトの目的を達成するためには,より細分化された物量ないし貨幣表示の統計データを獲得した上で,グループが独自にGDPを推計し直す必要があった。

 第2に,ソ連時代に公表された中央アジア共和国の経済統計は,GDPを推計する上で不十分な上に,公表されたデータも,しばしばある年を基準とした指数で表示されているため,長期の時系列データを揃えるには大変不向きであった。

 第3に,ソ連政府はある期間の統計データを意図的に公開してこなかった。特に戦前・戦間期の経済統計は,マクロ・データを含めたかなりの部分が非公開の対象となっていた。以上のような理由から,中央アジア諸国の長期経済統計を整備するという作業は,単に各共和国のNarodnoe khoziaistvo(毎年発行されていた経済統計集)を途切れなく集めて,コンピュータに入力すれば事が済むという性質のものではなかった。

 そこで,先の調査グループが目をつけたのが,ロシア政府の「連邦資料フォンド」であり,ソ連中央統計局の内部資料を所蔵している「ロシア経済公文書館」であった。現在,ロシア政府の「連邦資料フォンド」には,ソ連閣僚会議,連邦政府機関及びロシア共和国政府の公文書が一括して保管されている。そこには,連邦内務省,ソ連軍,連邦ゴスプラン,連邦ゴスバンク,ソ連中央統計局などが含まれている。「連邦資料フォンド」は幾つかの公文書館で構成されており,連邦政府の経済機関が作成した様々な文書を所蔵している「ロシア経済公文書館」はその一つである。ちなみに,連邦共和国の資料は,国家統計委員会のそれを含めてNIS各国が保有していることになっている。

 ロシア議会は,約7年前の1993年7月に「ロシア連邦資料フォンド及び文書館に関する基本法」を制定した。それによって,作成日から30年以上が経過した公文書については,これを広く公開することが決定された。従って,2001年の今日,60年代の資料は原則として全て公開の対象となっている。

これらソ連政府の内部資料は,各公文書館の審査手続を経た後に一般公開されるので,実際に外部者が閲覧できるのは,大体34年から35年前の資料なのであるが,それでもソ連時代のことを考えれば画期的だといえよう。

 これに加え,研究者にとって大変便利なのは,ロシア政府の「連邦資料フォンド」には,中央アジアを含めた各連邦共和国政府から提出された内部資料も数多く含まれているということである。ディスカッション・ペーパーの中でも指摘しているが,中央アジアの産業発展プロセスの全貌を解明しようとすれば,それぞれの国で保管されている共和国政府の資料を調査することが必要となるのはいうまでもない。しかし,中央アジア各国の情報公開制度の現状や,調査活動にかかる実際のコストを考えると,ソ連中央統計局の内部資料を管理しているロシア経済公文書館にアプローチすることは,第1次接近としては極めて有効な方法だと思われる。

 以上のような訳で,先ほど紹介した調査チームは,1998年から数回に分けて,ロシア経済公文書館を訪問し,「ソ連中央統計局フォンド」を中心に,中央アジア共和国に関する数多くの統計データを収集した。研究会で報告したディスカッション・ペーパーに掲載されたデータは,そのほんの一部に過ぎない。また,一橋大学には十分に調査されていない別の資料が,依然数多く残されている。そして,それら未調査資料すらも,「ソ連中央統計局フォンド」全体の数千分の1にも相当しないのある。このように,研究者にとって「連邦資料フォンド」は大変魅力的な存在であり,その可能性は未知数である。


2.ロシア経済公文書館について

 ロシア経済公文書館の所在地,コンタクト方法及び公開資料の閲覧方法は次の通り。

(1)所在地:モスクワ市中心部で,ノボデビッチ修道院の近く,住所はバリショイ・ピロゴフスカヤ通り17番地。

(2)コンタクトの方法:文書で閲覧希望書を提出し,館長からの許可を得る。館長の氏名:エレーナ・アレクサンドロブナ・チューリナ。
電話:095−245−26−64,FAX:246−48−56。

(3)資料の閲覧方法:直接書庫には入れない。各ファイルにつけられた題名から内容を類推して公文書館員に運び出させる。1999年当時ちゃんとした閲覧室はなかった。

(4)資料のコピー:自分ではとれない。公文書館に委託する。1999年当時1枚30セント。コピーの裏に一般公開された旨の印鑑を押してくれる。特に,大量のコピーを国外に持ち出す場合は,公文書館発出のレターを出入国管理局に提示する必要がある。


3.今回発見された工業及び農業統計データの紹介

 (略)


結び

 ディスカッション・ペーパーに掲載された統計データからも明らかなように,「ソ連中央統計局フォンド」に所蔵されている内部資料は,統計データの精度や詳しさという点で,ソ連時代に出版された公式統計を遥かに上回っている。
 今回は,COEプロジェクトの目的に合わせて,経済統計データだけを調査したが,「ソ連中央統計局フォンド」には,その他にも,統計データの評価方法に関する会議資料や,各共和国の統計局に出した命令書の写し,そして命令書に対する各共和国からの回答書,なども多数含まれている。
 無論,ゴスプランや他の部門別経済省のフォンドには,対中央アジア開発政策に関するその他の興味深い資料が多数保管されていると思われる。ロシア内外の研究者が,近い将来,ロシア政府の「連邦資料フォンド」を駆使して,これまでに明らかにされなかった史実を解明するのはもはや時間の問題であろう(了)。



【参考文献】

ダニーロフ,V.・ミニューク,「ソ連経済統計(1918〜1991年)に関する歴史的分析」(源河朝典訳),NIRA政策研究,12(7),1999年,8-23ページ.

チューリナ,E.,『ロシア国立経済公文書館とソ連及びロシアの経済統計』(付・ロシア語原文) (中核的拠点形成プロジェクト・ディスカッションペーパーNo.D99-2),一橋大学経済研究所,1999年.

西村可明,「ソ連中央統計局『統計通報』解説付リストの意義」,NIRA政策研究,12(7),1999年,4-7ページ.

西村可明・岩崎一郎,『ソ連中央統計局内部資料が示す中央アジア工業発展史:1930-50年代を中心に』(中核的拠点形成プロジェクト・ディスカッションペーパーNo.D99-35),一橋大学経済研究所,2000年(a).

-----,『ソ連中央アジア地域長期農業統計:1913-52年』(中核的拠点形成プロジェクト・ディスカッションペーパーNo.D99-36),一橋大学経済研究所,2000年(b).