1999年度点検評価報告書 外部評価委員会報告

1. 理念 

 スラブ研究センターは「スラブ地域を対象とした総合的な地域研究機関であり、かつわが国の関連学会と緊密に連携し、学会を組織してゆくべき全国共 同利用施設である」(参考資料3 末尾の参考文献番号、以下同様)と自己規定している。このように、組織的にみて、センターは少なくとも二重の理念と使命をもって存立している。
 まず個別的な研究機関としての理念については、「スラブ地域の総合的な研究」、「スラブ地域に関する研究・情報収集・国際交流・専門家教育の全国的な規 模のセンター」(ともに参考資料1)、「人文・社会科学に基礎をおくスラブ地域の学際的研究」(参考資料5)などほぼ同様の認識が共有されており、また、 従来、そのスタンスも政策的ないし戦略的志向からは距離をおき、「イデオロギーに左右されぬ、アカデミックでリベラル」なセンター(参考資料1)たること を追求してきた。ではこのような理念がどこまで実現されたか、現状と問題点に少しく立ち入ってみたい。

a.研究領域について                              

専任研究員すべての専門領域が「人文・社会科学」に基礎をおいており、センターが所蔵する図書資料の分野別構成の九割までが当該領域のものである (社会科学37%、地理・歴史32%、文学20%)(参考資料4)。これら研究分野に特化することは今後も続くであろうし、またそれが主に期待されている ところでもあろうが、一方で対象とすべき問題群はたとえば環境問題など一層多岐にわたるようになってきており、「学際性」を標榜することの真価がますます 問われることになろうから、アプリオリに以上の研究領域のみに限定する積極的な理由は存在しない。専任研究員の構成や募集の問題がからむから簡単には行か ないであろうが,必要に応じてカバーする研究領域を見直す余地は残しておきたい。また、近年、全般的な研究動向が現状分析に偏る傾向が看取される。これは センターの基本的な姿勢の問題とも強く関わってくるが、現状分析と基礎研究との関連性はたえず意識に上せなければならない。

b.「スラブ地域」という対象空間について

ソ連・東欧圏の解体は旧来の地域概念に見直しをせまっている。「ユーラシア」などを新しい地域概念として定義し直すこともひとつであろうが、いずれ にせよ、「スラブ研究」に対応する地域アイデンティティを確定することはセンターに課せられた大きな仕事になるであろう。「ロシア」を「スラブ」に代置す ることは論外としても、研究員の多くはロシアを専門としており、所蔵文献などについても同様な偏りを指摘できよう(参考資料4)。さしあたり人員の増加は 望みがたいにせよ、機会をとらえてより広範な地域をカヴァーできるよう工夫することが肝要である。
 昨今、わが国においても地域研究機関の設置が目立つようになったが、研究の対象空間をめぐって他の研究機関(例えば、東北大学東北アジア研究センターの シベリア研究部門)と協力的な調整を行う必要があるであろう。 

c.「学際的研究」について

おそらく、理念に関してこの部分が理解と実現において最も困難で錯綜する要素であろう。従来の外部評価においても、この問題の所在は様々に指摘され てきた(参考資料4など)。これを研究員の個人的な資質にかかわる問題として割り切るのではなく、何よりもまず制度的、組織的な対応が求められている。研 究の進展にともなって対象に対する認識が深化すればするほど、課題の複合的性格が顕在化してくるのは当然であり、分析道具にもより一層の工夫が求められ る。「フォーラムの精神」(参考資料1)を掲げるセンターが非常に熱心に取り組んできたシンポジウムや共同研究は一つの対応策であり、「学際性」のモデル となるようテーマの設定、それに見合った研究組織のあり方などが当面の検討課題となるであろう。

d.全国共同利用について

1990年6月からセンターは「全国共同利用施設」となった。センターはそれを「日本のスラブ研究者の交流と研究の組織化に貢献し、さらに国際的な 共同研究に資する責任」(参考資料2)として捉えている。一方、「共同利用体制の理念」として、(1)施設・設備の共同利用、(2)情報の共同利用、 (3)若手研究者への援助、(4)国際交流の促進、(5)社会との提携の五点をあげている(参考資料1)。ここでは、(1)と(2)のみに触れると、とも に実態は必ずしも十分ではない。そのための施設・設備は狭隘であり、研究補助者をふくむ人員の配置は絶対的に不足している。全国各地に散在する研究者が容 易にセンターから有益な情報を享受することはいまだ困難な状態にある。共同研究員制度の運用の見直しをふくめ、名実共に「全国共同利用施設」となるために 努力し改善すべき点は多いであろう。アンケートによれば、全体からすればわずかの割合でしかない共同研究員に比べ、そうでない研究者はその半ば以上がセン ターの活動内容をよく知らないのが現状である(参考資料6)。