スラブ研究センターニュース 季刊 2008 年冬号 No.112 index

カザフ人女性の見た札幌

グルミラ・スルタンガリエヴァ(アクトベ教育大学、カザフスタン/ センター2007 年度特任教授として滞在中)

 

札幌訪問は、違う見方で自分自 身を見つめ、歴史、文化の中で私 たちがもつ共通性と特殊性とは いったい何かを考え、自分自身の 伝統と歴史をより深く理解する機 会を私に与えてくれました。

札幌市の最初の印象は次の一文 に尽きます。札幌と現代カザフス タンの最初の首都にして最大の 都市であるアルマトゥ(カザフ語 almaty[りんごの木の]に由来し、 ザイリースキー・アラタウ、つま り天山の最北の山脈の麓にありま す)は、どれほど多くの共通性を 持っていることでしょうか―例 えば、山の景色、公園、木立、並木道、花々の香りあふれる空気、直角に交差している広い 街路、ほぼ同数の人口。

センター年末パーティにて
センター年末パーティにて
向かって右から2人目が筆者

札幌では、アルマトゥと同じく、都市は驚くほど正方形に仕切られています。このことは 住民にとっても旅行者にとっても大変便利です。

アルマトゥで冬のスポーツ(スキー、スケート、スノーボード)が発達しているのも札幌 と同じです。両都市の近郊には、スキーに便利な場所がたくさんあって(アルマトゥにおい てはシュムブラク、札幌においてはニセコ)、高速滑降用コースやジャンプ台が設けられてい ます。また、アルマトゥ(メデオ)にはスピード・スケートのための、札幌にはフィギュア・ スケート用の、有名な国際アリーナが建っています。

両都市は緑の庭園に満ち溢れています。それらに二つとない相貌を与えるのは多数の花壇 であり、そこには多種多様なすてきな花々が生えています。これらの都市の近郊(アルマトゥ においてはアルマ・アラサン渓谷、トゥルゲン渓谷、札幌においては定山渓)には、絵のよ うな美しさと中心地からの近さのために非常に人気のある保養地・温泉地があるのです。

また、両都市の発展の歴史は多くの似たページをもっています。つまり若い都市であり、 その開発は19 世紀後半になってやっと始まりま した。アルマトゥと札幌が同じ北緯43 度線上に 位置するのも不思議です。そのため札幌はなじみ ある都市のように私には感じられました。ここで 私は娘のガウハルと居心地よく快適に過ごしてき ました。

見返り美人:筆者の娘ガウハルさん
見返り美人:筆者の娘ガウハルさん

もちろん、特別な環境を作り出したのは、スラ ブ研究センターの皆さんです。センターで私を驚 かせたのは、日本の研究者がカザフスタンや中央 アジアの近現代史の諸問題に真剣にそして深く取 り組み、カザフ文化の歴史を研究し、カザフ語を 知っていることでした。とくに、それは宇山智彦 教授です。私は札幌に来るずっと以前に彼の仕事 を知っていました。20 世紀初頭のカザフ民族運 動研究についての彼の学問的アプローチは驚くべ き深みをもっており、カザフスタンの歴史家に とって重要です。ですからもし、『オタン・タリ フ(祖国の歴史)』や『カザク・タリフ(カザフ の歴史)』のようなカザフスタンの歴史雑誌に、日本人研究者のカザフスタン史についての研 究動向の概観や短評が定期的に載れば、有益だろうと思っています。

センターで醸し出される独特の雰囲気のおかげで、私は自分の研究に新しい意味づけをし、 学術的探求における今後の方向性を定め、新しい構想の練り上げに取りかかることができま した。研究の恵まれた条件に寄与しているのは、言うまでもなく北海道大学附属図書館とス ラブ研究センターの蔵書です。ここには、学術文献や、革命前のコレクション、ソ連時代や 最新の雑誌、新聞が蓄積されています。センターの蔵書の中に、カザフスタン共和国大統領 の「文化遺産」プロジェクトにもとづいて出版されている最新の学術刊行物、特にカザフス タン史に関するロシア・西欧・中国史料集があることに驚き、うれしく思いました。

日本では、現代生活へ自然に融け込んでいる過去との接触がとくに強く感じられます。公 共交通機関には着物と下駄の若い女性が乗っています。また、道端や家のそばにお地蔵様が いて、現代的なネオン看板と仏塔がかわるがわる立っていて、もっとも身近な景観にさえも 歴史が映し出されています。このことはみな、エキゾチックな現象としてではなく、日本人 が自らの文化、歴史、自然との間に保っている驚くほどの調和として見ることができます。 日本では過去と現在の結びつきが非常にはっきりと現れているので、この結びつきが自分を 国民として自覚すること、愛国心や自国史への本当の愛を養うことにとってどんなに重要か が分かり始めるのです。私の考えでは、学校の教育課程にこの現象の起源があります。自国 の史跡や文化遺産をたどる修学旅行が日本の普通教育学校の学習プログラムの中に必須科目 として導入されています。残念ながら、カザフスタンの学校にはこのような科目はありませ んが、この科目は大切であり不可欠だと思います。なぜならこれは自らの歴史への誇りの感 情だけでなく、国民的な尊厳の感覚、若い国民の意識の一種の「母型」をも育み、多くの点 で自国の歴史と現代の歴史的な出来事に対する彼らの立場を将来にわたって定めているから です。このような教育プログラムの強力な刺激のおかげで、時間の連続性の理解や、文化遺 産に対する細やかな態度が形成され、そして私が札幌、京都、東京で拝見したような史跡・ 文化遺産が、無事で手入れの行き届いた状態にあるのです。おそらくこのために日本人には、 美しいものを感じとり、日常生活に現れる美を作り出し理解する能力が発達しています。こ の特徴は、寺院、東屋、花壇、あるいは棚に置かれた花瓶、家の庭といったいたるところに 存在し、日本人の言葉、振る舞い、衣服、アクセサリー、生活ぶりにも現れています。

カザフ人と日本人の道徳価値体系には多くの共通性があります。たとえば、年長者、教師、 両親、同輩、他人への敬いであり、先祖の霊の崇拝です。多くの方は私に反論し、これらの 特性は世界のすべての民族にあると言うかもしれません。でも私は、カザフ人と日本人にお いてそれらは若い世代の養育の基本なのだと思います。このことから礼儀正しさ、もてなし、 話し相手に耳をかす能力、思いやり、親切さのような特性が育ちます。有名なカザフ詩人で 哲学者のアバイ・クナンバエフが「人は才能ではなく、気質、性質によってこの世界に地位 を占めるものだ」と強調したのは決して偶然ではないのです。

このことに関連して私は、田畑朋子さんに感謝の意をぜひ表したいと思っています。彼女 のセンターでの働きははかりしれないほど重要です。私たちのあらゆる依頼や要望に対する 彼女の親切な態度、一人一人に様々な問題の解決に向けた有益な指針を与えてくれる彼女の 才能に、ただただ驚いてしまいます。彼女はセンターの中で暖かい光のような存在で、センター を訪問するすべての人を多くの生活上の問題から解放し、温めてくれます。日本人女性の持つ、 最も素晴らしいものがすべて彼女の中に凝縮されています。つまり、美しさ、優雅さ、上品さ、 優しさ、そして内面の調和です。

文化のベールを一枚開くと、さらにもう一枚のベールを発見し、日本という驚くべき国を 理解するプロセスには終わりがないことが分かります。そして、一度日本に滞在すれば、さ らに多くの未知なるものを内に秘めているこの地を繰り返し訪問したくなると明言できるの です。

(ロシア語より井上岳彦訳、宇山智彦監修)


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