スラブ研究センターニュース 季刊 2009 年夏号 No.118 index

上海協力機構と新疆民族問題: 上海での会議に参加して

宇山智彦(センター)

 

暑いのが嫌いで、東京より南にはなるべく行かないことにしていた私だが、今年の2月にコルカタ(カルカッタ)とバンコクに行って南国の活気に魅せら れたのに続き、7月17日から20日まで、札幌との気温差20度という炎天下の上海に乗り込んできた。目的は、上海社会科学院などが主催した、第9回中央 アジア・上海協力機構国際学術会議への参加である。隔年に開かれており、16年前に始まった当初は中央アジアに焦点を当てる会議だったそうだが、今はむし ろ、中国のロシア・中央アジア研究者の「飯の種」でもある上海協力機構(SCO)に重点が移っている。

会議のようす
会議のようす

誰が参加するのか事前には知らずに行ったが、会場に着いてみると、元スラ研外国人研究員のシン・グァンチェン氏やセバスチアン・ペイルーズ、マルレーヌ・ ラリュエル夫妻、『日本の中央アジア外交』(北大出版会)の執筆者の一人であるニクラス・スワンストローム氏、元国連大学研究員のラフィス・アバゾフ氏、 岩下氏の友人であるアレクサンドル・ルキン氏と、縁のある人を次々と見つけることができた。中国側からは、SCOの副事務局長や外交部(外務省)欧亜局副 局長などの高官が長時間にわたって出席していた。他方で、旅費の工面がつかなかったらしく中央アジアからの参加者が少ないのは残念だった。金融危機の影響 はここにも現れている。

今回の会議は、「中央アジア・南アジアの安全保障状況とSCO」、「金融危機とSCOの対応」、「SCOと米国・EU・日本の関係」を主なテーマとしてい た。建前論ばかりの退屈な議論が続くのではないかという一抹の不安を私は抱いていたが、幸いにも予想は裏切られ、かなり率直な意見交換が行われた。特に 突っ込んだ議論が行われたのは、金融危機などの経済問題だった。SCOも加盟国も金融危機を当初過小評価し、対処の仕組みを作れなかったこと、SCOは多 国間協力の機構であるはずなのに経済協力が二国間でしか進んでいないこと、などが口々に指摘された。特に中国人参加者たちから、ロシアがSCOでの経済協 力に消極的であるだけでなく、国内産業への補助金や関税、反ダンピング調査で中国との貿易に障壁を設けていること、中国人をバザールから閉め出しているこ となどに不満の声が上がった。

日本や欧米では、中国とロシアがSCOを通じて反米でがっちり手を組んでいるかのように語られることが多い。SCO設立の経緯や趣旨から言ってこの見方が 不適当であることは岩下氏が繰り返し説いている通りだが、加盟国間の利害の違いという問題も相当大きいだろう。そもそも、SCOが「非・西側」組織として ある程度結束できるのは、国家主権と内政不干渉を西側に対して強調する方針を共有するからだが、主権を金科玉条として自国の利益を譲らず、資金の拠出を渋 るという姿勢では、SCO内部での協力も進まないのである。加盟国はSCOにそれなりに熱意を持っており、首脳や大臣らが頻繁に会議を開いているものの、 宣言が実質的な協力になかなか深化していかないのは、こうした構造的な問題があるためだと思われる。

なお、日本と中国・SCOの関係を明示的に論じたのは私の報告だけだったが、セッションのタイトルの中に日本が入っていることからも分かるように、会議の オーガナイザーたちは日本との関係にかなり関心を持っているようだった。中央アジアでの輸送網整備や非核地帯条約締結における日本の役割と、中国・SCO との協力の可能性についての私の話は好意的に受け止められたし、討論者は、2年前の会議で岩下氏が述べた「SCO+3」(SCOと日米欧の対話)構想を高 く評価していた。SCOがユーラシアの国際関係の中で重要視されることで、「中央アジア+日本」対話のような日本のイニシアティヴが目立ちにくくなってい ることも否定できないが、協力の可能性を唱え続けることは、日本の存在感を保つうえで有益なはずである。

万博の盛会を共に迎え、和諧の歌を合奏しよう
万博の盛会を共に迎え、和諧の歌を合奏しよう

さて、会議の隠れたメインテーマの一つは、2週間前に新疆で起きた騒乱であった。基調講演で外交部副局長が、暴動への対処は効果的に行われたと述べたのを 皮切りに、SCOの取り締まり対象である「三悪」(テロリズム、分離主義、宗教的過激主義)と新疆騒乱を同一視する発言が相次いだ。中国人の討論者がス ウェーデン人報告者に対して、スウェーデンの上院議員がラビヤ・カーディル(中国政府が事件の首謀者扱いしている世界ウイグル会議議長)をノーベル平和賞 に推薦したのはけしからんと食ってかかる場面もあったが、実はこの報告者は分離主義取り締まり賛成の立場だったため、同感だと言って丸く収まってしまっ た。

私はこの流れをどう変えようかと考えを練っていた。報告の最初から民族問題の話をするのは会議のテーマに合わないし、最後に触れようとして制止されるのも 避けたいので、報告の最初の5分と最後の5分で、日本と中国が東アジアの繁栄を中央アジアに広げるために協力すべきだという話をし、途中の5分で、中央ア ジアでの国際協力の障害となる不安定要因として、新疆の民族問題に触れることにした。ソ連の民族政策は失敗だったと思われがちだが、多数派民族に抑制的態 度を身につけさせることにはある程度成功し、ソ連崩壊の際もロシア人と非ロシア人の民衆同士の衝突はほとんど起きず、現在も中央アジアでのロシアの評判は 良いこと、他方漢族とウイグル人の間には残念ながら相互不信があり、広東での漢族によるウイグル人襲撃が新疆騒乱の引き金を引いてしまったこと、新疆での ウイグル人・カザフ人の苦境がカザフスタンでも動揺を生んでいることを私は指摘し、テロよりも民族間不和が中央アジアにとっての脅威であることを訴えた。

制止または非難されるのではないかという私の心配は杞憂だった。討論者は、騒乱を過激主義と結びつける姿勢は崩さないものの、ソ連の民族政策への一定の評 価や民族間対話の必要性については私に賛成してくれた。翌日のセッションの司会者が、暴動に加わったのは少数の人間でありほとんどの漢族とウイグル人は調 和的に暮らしていると述べて、間接的に私に反論したが、全体的には、新疆の問題を多面的に考えるべきだという論調が会議の後半では強くなった。「アフガニ スタン、パキスタン、新疆がSCOの安全保障上の課題だ」という並べ方は問題の本質を取り違えていると思ったが、新疆の問題の深刻さを認識し、タブーにし ない姿勢は中国人参加者に共有されているようだった。

中国での情報の自由化はかなり進んでいる。インターネットでは、民族運動団体のサイトへのアクセスはブロックされているものの、新疆に関する海外での報道 にはほぼ自由に接することができる。話題は違うが、ホテルのテレビでは、中国の教育政策は「計画経済的」だと批判する台湾の番組も流されていた。しかし、 情報の流れの自由が民主化や民族問題の解決に結びつかないというのが、中国の(そして、中央アジアやロシアの)現状である。今回の事件でも、ネットや携帯 でデマが流されたことが、漢族とウイグル人の間の敵意を煽ったし、中国政府が漢族の被害を強調し騒乱とテロを同一視する報道を強力に流して、情報戦でウイ グル民族運動側に対し優位に立ったことが指摘されている。漢族のいわゆるネット市民たちの多くが中華ナショナリズムの強力な担い手であることもよく知られ ている。

上海の街は、日本の都市よりも目立って高い若者比率、金融危機をよそに続く建設ラッシュ、鉄道の営業運転としては世界最速の時速430キロを誇る空港連絡 リニアモーターカーなど、荒削りではあるが元気に溢れた場所で、楽しく滞在できたが、中国の急激な成長とは裏腹に解決の見通しが立たない民族問題のことを 考えると、心は晴れなかった。ついつい中央アジアのラグマン(うどん)が食べたくなって入ったウイグル料理屋で、3000キロ以上離れた新疆に思いを馳せ た。そして、母語による教育の機会が奪われ、古い街並が壊され、地元によい職が少ないという状態で将来を見失っているウイグル人の思いを漢族が理解し、真 の「和諧」社会が実現することを願わずにはいられなかった。

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