スラブ研究センターニュース 季刊 2011 年秋号No.127 index

エッセイ

地域研究コンソーシアム賞研究作品賞を受賞して

堀江典生(富山大学極東地域研究センター)

 編著『現代中央アジア・ロシア移民論』(ミネルヴァ書房)に対して地域研究コンソーシアムより地域研究コンソーシアム賞(研究作品賞)をいただきました。受賞は、執筆者と翻訳者の方々、本書の背景である平成19 年受託「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」による「中央アジア移民管理と多国間国際協力の必要性に関する研究」に参加してくださった研究分担者や研究協力者、調査に協力してくださった現地のみなさん、プロジェクトやシンポジウムの運営を支えてくださった方々に帰するものだと思います。本プロジェクトのシンポジウム開催では、スラブ研究センターの境界研究の拠点形成「スラブ・ユーラシアと世界」の後援を頂き、ご協力いただきました。記して感謝いたします。
 受賞しながらこのように申し上げるのも不謹慎かもしれませんが、本書の完成度は高いと言えません。これまでも厳しいご批判を頂くことも多く、それらのご批判に反論できるぐらいの周到な作品ではなく、ごもっともと納得いくことがほとんどです。『ユーラシア研究』誌において書評してくださった北海道大学樋渡雅人先生から、本書の分析が受入国に偏った議論であること、送出国側の論理が欠落している点など、明快に本書の欠落を指摘してくださいました。そのとおりだと私たちも考えています。未完成な成果ですので、やり残したことは多く、今後中央アジア地域を舞台とした移民研究はまだまだ開拓すべき課題が多いと思っています。
 そうしたやり残した課題を意識し、私たちも次のステップに進もうとしています。本書の背景となった研究プロジェクトでは行えなかった送出国側での調査は、関連研究機関や研究者の現地調査協力を受けながら、タジキスタンのソグド州において実施しています。現地でありがたいほどの協力を受けながらも、研究アイデアを現地調査実施にまでもっていくプロセスは、それでも試行錯誤の連続で、思うように行かないことばかりです。
 本書のもとになったプロジェクトでもそうでしたが、様々な調査上での困難に向き合うには、現地で調査を支えてくれる方々とどのように「共に働く」という意識を共有できるかが重要だと考えています。地域の課題に対してタジキスタンの大学や研究機関からの参加者、受入国ロシアからの参加者、そして私たち日本の研究者がアイデアを共有し、共に調査し、そこで得られる地域研究の知見を共有し、そして反省し、共に働いた成果として発信していくといった一連の信頼関係・研究意欲・成果への期待が醸成されて初めて私たちはわくわくする調査ができると思います。もちろん、研究者だけでなく、調査対象となった方々、そのご家庭の方々、村やコミュニティの代表者の方々のご理解ご協力なしには調査もできません。
 理想を語るのは簡単ですが、しかし、遠い国での調査です。現地調査に関わってくれる研究者や院生のみなさんとアイデアや方法論を共有できるよう工夫しても、いざ調査を始めるとてんでばらばらということもよくあります。また、不測の事態も現地ではつきものです。訪問したご家庭のご主人がインタビューに回答する暇もなく現地の研究協力者が話し続けて調査にならなかったり、調査に出かけたマハッラで調査そっちのけで結婚式に招待され、あれよあれよという間に日が暮れて何もできないまま宿に引き返したり、インタビューに訪れたご家庭ごとに歓待を受けて胃もたれに悩まされたり、滞在時は毎日がスラップスティックです。
 調査している課題について現地の大学で学生向けに講義する機会がありました。講義が終わったあと、学生達が後を追っかけてきて、現地調査を手伝いたいと目をきらきらさせながら訴えました。自分たちの身近な問題が遠い日本という国で研究されていて、自分たちの地域で調査が行われていることに、わくわくしたのかもしれません。現地の人たちとわくわくする研究をこれからもできるように、がんばりたいと思います。
 本書を契機にして、我が国において中央アジアを含む旧ソ連地域の移民研究に多くの方々が参画することを期待しています。この地域の移民研究には参画する余地が広く残されており、またやれば夢中になること間違いありません。本書は、中央アジア地域の新たな移民研究の展開を促すために企画されたものです。

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