スラブ研究センターニュース 季刊 2012 年冬号No.128 index

エッセイ

オックスフォード大ロシア・ユーラシア研究センター の今とITP プログラムセミナーの開催

家田修(センター)


ITP 会議のようす
 今年で4 年目を迎えたITP プロ グラムは、ハーバード大学に佐藤 圭史さん、ジョージ・ワシントン 大学に劉旭さん、 そしてオックス フォード大学に加藤美保子さんが派遣されています。このうち、オッ クスフォードのセントアントニ校 ロシア・ユーラシア研究センターで加藤さんが主催した研究セミナーに、筆者はスラ研側の担当教員として参加してきました。 セミナーの中身については改めて加藤さんが帰国後に報告すると思いますので、 以下では今のロシア・ユー ラシアセンターの現況なども交えて、同センターの訪問記を記します。
 同センターは長年、ロシア政治の専門家アーチ―・ブラウンが長を務め、 そのあとを引き継いだのが、ロシア外交を専攻するアレックス・プラウダでした。 この二人の他に歴史家でレーニン研究者のロバート・サービス、そして経済の専門家キャロル・レオナードが 主力メンバーでした。しかし、数年前にブラウンが定年退職し、レオナードも既にカレッジを去り、 今年はプラウダが、そして来年はサービスが定年を迎えるそうです。 つまりオックスフォードのロシア研究は一気に世代交代の時期を迎えています。
 その中で昨年から新センター長になったのが、ブラウンの後継としてロシア政治を 専門とする新進のポール・チェイスティです。彼はリード大学で博士号を取得し、 セントアントニ 校でポスドク研究員を務め、出身大学に戻った後、2005年から オックスフォード大学に勤務しています。主著に Legislative Politics and Economic Power in Russia (Palgrave, 2006)があります。 プラウダがセントアントニの副校長に抜擢されたため、少し早いセンター長への就任となっ たようです。
 チェイスティは柔軟な思考の持ち主で、気さくな人柄でもあり、スラ研とのITP プログラムにも積極的に関わってくれています。幅広い関心の持ち主でもあります。たとえば、私の今の関心事について 尋ねられたので、日本での原発事故とチェルノブイリ事故との比較研究、あるいは一昨年のハンガリーでの 環境汚染事故に対する社会の対応の話をすると、自分も危機管理や防災学に興味を持っていると言って、 研究室の一角にまとめてあった10センチほど の束になった関連文献のコピーを手渡してくれました。 そして「この中にはチェルノブイリ 関連の論文もあるよ」と言うのです。中をみてみると、ロシアに限らず、 防災学全般にわたる文献目録もあり、膨大な量でした。福島とチェルノブイリ、さらにはハンガリーまで 視野を広げた研究をどうまとめようかと常々考える毎日だったので、英語圏での研究の蓄積に圧倒されると同時に、 強い援軍を得た思いでした。

新センター長のチェイスティ氏

 チェイスティとの話はあれこれと雑談にも及びましたが、センターの世代交代という意味では、 経済専門の後継者がなかなか見つからない という悩みを知りました。かつてはマイケル・ケ イザーという大御所がいて、退職後もセンターの セミナーには必ず顔をだしていましたが、今回は 見かけませんでした。しかもレオナードも去って しまい、確かに、経済が手薄になっています。イ ギリスでも若手の間ではロシア経済論はあまり人 気がないようです。
 世代交代にはイギリスの国立大学教員定年制の 改革も一役買っているようです。プラウダの話で は、国立大学教員の定年が早まり、65 歳で退職 することになったというのです。もっともオック スフォード大学は、大学としては国立、カレッジ としては私立という二重の構造になっているの で、国立大学教員として定年を迎えても、カレッ ジの教員(フェロー)としてはまだ数年の猶予が あるとのこと。ブラウンはカレッジの方も定年を 迎えていますが、元気に(前よりも若返った感じ でした)研究会に出席しています。夕食会で同 席し、ご機嫌伺いをすると、「研究に専念できている。いまは各国共産党の比較を手掛けてい る。日本共産党のことも勉強している」、「修吾(皆川修吾先生のこと)は元気か、まだ現役 か」などと、衰えを見せない感じでした。定年後も本人が元気であれば、いくつになっても 現役のように研究活動に参加できるのは、イギリスでもオックスフォード(とケンブリッジ) の特権でしょう。

会議後のハイテーブル

  さて、加藤さん主催の研究セミ ナーは大変な盛況でした。スペイ ンから客員でセントアントニに滞 在しているモラレスが言うには、 「今年度では、定例セミナー以外 の研究会としてはこの研究会が最 大規模だ」とのことでした。ちな みに彼はITP セミナーで司会役 を務めてくれました。今回のITP セミナーのタイトルはOrigins, Emergence and Development of Russia’s Multilateralism in the Asia-Pacific Region (1986–2012) で した。基調報告はアメリカのロバー ト・レグヴォルドとロシアのアレ クサンダー・ルキンが行い、午後のセッションではピーター・フェルディナンド(ワーウィッ ク大)、クリストファー・レン(シンガポールの外交専門家)そして加藤さんが報告しまし た。非常に多彩な顔ぶれで、通常はこの種の専門的な研究会にはセントアントニ内部の研究 員でも限られた範囲でしか顔を出さないのに、今回はカレッジの学生、他のカレッジの研究 者、ロンドンの外務省(中国専門家)、そしてロシアに関心を持つ市民も参加しました。 私が10 年前に同じ部屋で報告した研究会は内輪の人間だけだったことを思い出し、ITP のおかげ で、日本の若い研究者の存在が広く紹介できるようになったことに、隔世の感と同時に、大 きな喜びを覚えました。また、研究会のあとには加藤さんが亭主役を務めたハイテーブル(晩 餐会)も用意されていました。
 来年度でITP は終了ですが、チェイスティはその次はどうなっているのかと、継続に前向 きな姿勢でした。二つの研究センターにとってだけでなく、日本と世界のスラブ研究をつな ぐ役も担い始めているこの制度を今後も継続したいものです。
 

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