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ユーリイ・コヴァーリ『スーエル・ヴィーエル』 Koval,Iurii

おお、海よ。
おお、夜空の
たえなる星塵よ。
ヴァレリヤン・ボリーシィチはみな
ながいながーい尾をもてり。
続いて、穴から合唱がおこった。
その尾はただの尾にあらず、
天と地との架け橋なり。
そのあいだに鼻声のバスが第二番にもぐりこんだ。
たまのきずはすでに
お仕置きを受けり。
いざ、ヴァレリヤン・ボリーシィチが
君に手をさしのべん。
合唱がつづく。
われらの手をとりたまえ、
さもなくば一発お見舞いせん。

 つぎの瞬間、かれらは穴からいっせいに骨だらけの手を突きだした。
 ぼくらは思わず飛びのいた。スーエルでさえ一瞬あおざめた。船長は急いでぼくらを見回すと、その目をピタリとぼくにすえた。
 「ヴァレリヤン・ボリーシィチ!」船長はぼくの肩をたたいた。「穴の友の手をとれ」
 「キャップ、わたしは吐き気がします」
 ぼくらのやりとりに気づいて、ヴァレリヤン・ボリーシィチたちがざわめきはじめた。
 「行けよ、ヴァレリヤン・ボリーシィチの畜生め」パホーミィチがぼくの背中をこづい
た。「行けったら、じゃねえとおれが行かされる」


第XLVI 章旗男


 つらい航海、ながいながい旅のあいだには、なんだっておこりうる。飢餓に疫病、喉のかわき、蜃気乱に霍楼と……それこそなんでもありだ。
 でもまさか、航海の七百四十二日目、機関紙のセミョーノフが旗男になるなんて、だれも予想だにしなかった。
 「おれははためくぞォー!」とわめきながら、セミョーノフはマストにのぼっていった。
 「おれはてっぺんからあんたらに影をなげて、風にはためくんだァー!」
 ぼくらは、やつが旗のあるところまでのぼり着くの辛抱づよく見ていた。
 そら、やつはやっとのぼり着くと、ぼくらの古き良き旗をはずして甲板に投げおとし、自分ではためきはじめた。おれはなんて立派なんだ、かっこいいぜ、ほんものの旗だなどと、ひっきりなしにわめいているが、ときおりその賛辞には、騎兵連隊旗の言葉がまざっていた。
 「ほっとけ」と、船長は言った。「どうせいつでも、機関士セミョーノフはわれわれの古き良き旗でとっかえられるんだ。あいつには、はためかせておけ、勝手にするがいい。問題は、えい、クソッ! だれが機関士をやるかだ!」
 しばらくのあいだ、ぼくらはセミョーノフがはためくのにあきるのを待っていた。でも、やっこさん、全然あきそうにない。
 「ちんぽこ野郎め、すきなだけはためいとれ!」スーエルは言った。「われわれの古き良き旗を長持にしまっておけ!」
 ぼくらは古き良き旗を長持にしまって、またいつもの船仕事にもどった。ボタンを縫いつけたり、結索をほどいたり、大鍋で軟体動物を煮たり。
 そのうち、機関士セミョーノフが旗をやっていることをすっかり忘れてしまった。
 セミョーノフは、それが気にいらない。
 「おーい、あんたたち!」やつはさけんだ。「おれを見ろよ! はたはたして、いかすだろォー!」
 でも、ぼくらは見てやらなかった。やつが風にぐんと伸びたり縮んだりするのを見るのは、もうあきた。
 「あんたたち、自分らの新しい旗にもっとよろこべよォー!」やつはどなった。「そんなとこ這 「なあ、ちっとばかりよろんでやろうぜ」と、フレノフが言った。セミョーノフの友達なのだ。 「なんか、ばかがあわれでよ」
 「よろこんでやれ、よろこんでやれ」慈父のごとく、スーエル・ヴィーエルが言った。
 アイ・アイ・サー。ぼくらはモップと軟体動物を投げだして、上を向いてさけんだ。
 「オォォォー、オォォォー! すごいぜ、なんて立派な旗だ。おれたちゃ、うれしくってしょーがねーぜ!」
 セミョーノフは幸せそうに、子供みたいににっこり笑って、はたはた、はたはたした。
 じきに、ガラスがちりりんと鳴った。乗客係のマッキングスリーがお昼のアルコオルを用意したのだ。いつも、酒を入れたガラス壜をグラスといっしょに甲板にもってくることになっていた。
 「その、なんだな」と、スーエルが言った。「きょうは食堂で飲むとしよう。新しい旗の下で飲むのは、ぐあいがわるい」
 「どうしてです、サー」と、水夫たちは言った。
 「旗が酒を飲みたがるかもしれん。わしは、それでやつの精神的バランスが損なわれやせんかと心配でな。そうだろう、酒を飲むのとはためくのをいっしょにやるのは、むずかしいぞ」
 「わたしが思いますに、むしろ楽であります」だしぬけにペトロフ・ロトキンが言った。
 「フン、貴公はなにか、飲みながらうんとはためいたことがあるのか」
 ぼくらの旗、つまり機関士セミョーノフはこの間、はためくのをやめて、恐ろしく熱心に会話に聞きいっていた。
 「われわれの新しい旗は、貴公らも知るようになかなかよくはためいておるし、酔っぱらってもおらん」と、スーエルは言った。「で、あるから、アルコオルはあれに悪影響をあたえるかもしれん。それからわしは、われわれの旗の道徳的純潔を監督することを主張する。そうでなければ、きょう酒を飲み、あした煙草を喫い、その先どうなるやら知れたもんではない」
 「全くおっしゃるとおりです、サー」われわれは感嘆して言った。「かれの精神的道徳的状態を損なわぬようにしましょう。旗は、旗です。さあ、はやく食堂へ行きましょう。あそこには、サクサクッとした乾パンもありますしね」
 で、ぼくらは食堂におりて、乾パンを齧りながら酒を飲んだ。そのとき、だれかがドアをたたいた。
 「ほら来た、機関士のお出ましだ!」水夫たちは笑い出した。
 「案内係、開けてやれ!」と、船長は命じた。
 「そりゃないですよ、サー。はためかせときましょうよ」
 「入れてやれ、入れてやれ……」
 案内係は閂をはずした。すると驚いたことに、はたはたはためきながら、ぼくらの古き良き旗が食堂に入ってきた。それは、ズックの長靴をはき、アンダーシャツまで着ていた。
あきらかに長持から拝借してきたのだ。
 「アルコオルをください、サー」と、それは言った。「わたしは何日も機関士のかわりにはためいて、〈勝利〉号に吹き寄せる風ですっかり凍えました。わたしにはお酒を戴く権利があります」
 「いや、それにしても旗が酒を飲むのを見るのははじめてだ」スーエルは感心して言った。「どうするかの。よし、注いでやれ!」
 ぼくらの古き良き旗は一杯ひっかけると、乾パンをサクッと齧って、また長持にもどっていった。
 さて、機関士セミョーノフは、悪戯ずきの阿呆鳥がかれをひっぺがすまで、もう何日かぼくらのあたまの上ではためいていた。
 その墜落は多くの者に良き教訓を示した。
機関士は、性的弾道をくっきりと描いて、ばたばた、ぶらぶら、びらびら、ずたぼろを撒き散らしながら、カラスのように船首楼をかすめ、拳で風をきって、まっすぐ機関室に落っこちるやいなや、すみやかにまたおのれの任務についたのである。