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ユーリイ・レヴィタンスキイの作品 Levitanskii,Iurii

鈴木 正美

★ 詩人について Юрий Левитанский

ユーリイ・レヴィタンスキイ(1922-1996)は1月21日ウクライナのコゼリツァ生まれ。ドンバスに移転し、そこで少年時代を過ごす。1939年、モスクワの哲学・文学・歴史大学に入学。1941年から軍務についた。プラハ周辺での戦役を経て、所属の第53部隊と共にモンゴル、中国に進駐、イルクーツクで2年間を過ごす。この間、将校になり、軍役は14年間を務めた。1957年に最初の詩集『兵士の道』が出版されるが、あまり評価されなかった。作家同盟でも目立たない存在だったが、他の社会主義諸国の詩の翻訳ですぐれた仕事をしていた。48歳の時に出版された『キネマトグラフ』(1970)の成功で広く知られるようになった。その後亡くなるまでに11冊の詩集、作品集が出版され、名声が高まる。1994年度のロシア国家賞を受賞するが、惜しくも1996年1月25日に亡くなった。

第二次世界大戦で兵士として戦った詩人は多くいるが、従来のソビエト文学史には登場しなかった優れた詩人たちが最近どんどん再評価されている。ユーリイ・レヴィタンスキイの他に、アレクサンドル・メジロフ(1923-)、セミョーン・グゼンコ(1922-1953)、ダヴィド・サモイロフ(1920-1990)、はどれも戦争世代だが、先だって亡くなった田村隆一(1923-1998)やブラート・オクジャワ(1924-1997)も同世代であるところが興味深い。中でもレヴィタンスキイは、彼が亡くなる一週間前の1996年1月18日に亡くなったブロツキイと共に「文学新聞」(1996年1月31日)で全く同じ大きさの追悼記事が掲載されていたことからも、ロシアではきわめて重要な詩人として位置づけられているといえるだろう。

★ 主な詩集・作品集 『キネマトグラフ』(1970) 『ある日』(1976) 『主題とヴァリアント』(1978) 『カテリーナへの手紙、あるいはファウストとの散歩』(1981) 『選集』(1982) 『白詩(ブランク・バース)』(1991) 『二つの天空の間で』(1996) 『いつか私の死後に』(1998)

★ 作品について

レヴィタンスキイの作品を特徴づけるのは何よりも戦争のテーマだろう。かつての自分の少年時代、戦争一色だった青年時代は夜毎の夢に現れる。例えば『キネマトグラフ』の中の「ピアノの夢」ではピアノの鍵盤が兵士一人一人の墓場に喩えられ、彼らは音楽とともに死臭に満ちた戦いを繰り返す。戦争の悲惨さとそれを忘れることのできない作者の感情が吐露されるこうした詩について、もっとも早い時期に書かれたルコーニンの批評では「ユーリイ・レヴィタンスキイの創作は本質的に、戦争に遭遇した詩人のすべての道と熱情と絶ちがたく結びついている。それは戦争の道で鍛練されて強くなり、同時代の人々に委ねられたのである。新しい人々、新しい時代にその詩は広まり、尊敬されるのだ」と論評された。ソ連の全体主義の時代に青春を送り、戦争を経験した世代の共通した思いは例えば、次の詩にも見られるだろう。

私はあの忘れがたい年月に育った、 初めはパトスに包まれ 労働の打楽器音楽が 純粋に気高く鳴り響くところで。 その時わが国には 中傷と尋問のスタイルが浸透していたのか。 この破壊的な質問から 私はまるで圏外にいるかのようだった。

 

初期の詩集に多かった戦争テーマの詩は『キネマトグラフ』(1970)ではだいぶ減り、60年代の自由な空気を反映した日々の暮らしを描く詩が増え、人生そのものを映画に見立てた作品構成をとるようになる。映画の内容から詩を再構成したり、映画の一場面から個人的な思い出を語るこの詩集そのものが一つの映画作品とも言える。(わが人生、キネマトグラフ、モノクロ映画!/誰がシナリオを書いたんだろう? どんな不思議な夢想家なのか/天才が狂気に等しいこの監督は。) こうした詩のいくつかは70年代のソ連において多くの人々の共感を呼ぶことになる。

 

隣の誰かがいかに眠れぬことか
一晩中
誰かが壁の向こうを歩き回って
場所を見つけられないことか
慈悲の心で聞こうともせず
あっという間に書いてしまう人間が羨ましい。
ぐっすり寝ている人間が羨ましい?

さらに彼の作品のいくつかは曲をつけられ、流行歌にもなった。例えばヴィクトル・ベルコフスキイのうたった曲の一節。

 

一人一人が自分のために選ぶ
女を、宗教を、道を。
悪魔に仕えるか、それとも予言者にか──
一人一人がが自分のために選ぶ?

  エフィム・ベルシンが指摘しているように「彼の長くうねるような詩行は思いがけない転移、屈曲をともなう。大気に、空虚に、消えやらぬ果てしない連続をともなう」。そしてしばしばアイロニカルで、人間の内面を鋭く見つめる視線を感じる(「私は皮肉な人間が好きだ、/彼は本質的に英雄的人間だ?」)。さらにレヴィタンスキイの戦争テーマの詩以外で重要なのは自然やそれにまつわる作者の感情表現であり、そうした抒情詩はしばしばアルセーニイ・タルコフスキイの表現とも近いものになる。

 

そしてすぐに三月一日が
私のもとにやってきて
芽生える。
茎のように
もっと小さい茎のように。
(不可避の変換のしるしとして、
ジャコバン主義の秘密の暗号のように)

  ベルシンの言うように「レヴィタンスキイにとって年月の移り変わり、大気の変化、暖かさと寒さの到来あるいはそれらの到来への期待だけでさえ、つねに事件なのだ。それゆえリズムは変化する。そしてリズムの変化は、運動、生活習慣が変化することなのだ。そしてまったく実現不可能な何かが突然リアルになる。あるいはその逆だ」。

レヴィタンスキイの代表的な詩集をまとめて収録した『二つの天空の間で』が出版されたのは、彼の死の数日後のことで、出版を心待ちにしていた詩人はこの詩集を手にすることはできなかった。この詩集の序文でレオニード・ゴンベルクは次のように述べている。「レヴィタンスキイはロシア詩に独自の場を占めている。彼は潮流とは無縁で、そのイントネーション、リズム、押韻は他のどんな詩人とも違う。彼のぴんと張った、弓弦のような詩行はしばしばアイロニカルで、正確さと緩やかさで恍惚とさせる。(中略)驚いたことにレヴィタンスキイの詩は誰のことも明らかにしなし、どこにも呼びかけていない、作者の精神世界に集中している。しかしゆったりしたこの方法は内部のまなざしによって、対象と現象の本質まで見据え、離れることなく見つめている」。

どんな文学潮流にも属さず、自己の内面を見つめる日々の暮らしの中で、黙々と詩を書きつづけてきたレヴィタンスキイの詩については、個々の評論を除いてまだ文学史の中で適当な位置づけはされていない。レヴィタンスキイに関するエッセイをまとめたゴンベルクの著作『ユーリイ・レヴィタンスキイの戦争と平和』(1997)に続いて、彼の詩のほとんどを収録した作品集『いつか私の死後に』(1998)が出版されたことを契機に、今後彼の再評価は世界的に進むことだろう。

 

私の仕事はまるでだめ
私の明日は不安定
あなたがたの時代まで私は生きながらえるのだと
さあまたそんな知らせが届いた。

 

***

 

私がそこにいたことがなんだというのだろう。
とっくの昔のこと。全部忘れた。
いつだったか憶えていない。何日だったか。
強行渡河の時ではなかったか。

 

(私は正体不明の兵士。
私は一兵卒 某氏。
狙いたがわぬ弾丸も到達不能。
私は一月の血の氷。
その氷に私は閉じこめられた──
その中で私は琥珀の中の蝿のよう。)

 

私がそこにいたことがなんだというのだろう。
私はすべてを免れ、すべてを忘れた。
何日だったか憶えていない。いつだったか。
名前も思い出せない。

 

(私は疲れきった馬の足音。
私は走りながら誰何するしわがれ声。
私は生きていなかった日々の瞬間。
私は遠い防衛線の戦闘。
私は永遠の灯火の火炎
そして掩蔽部の中の薬莢の火炎。)

 

私がそこにいたことがなんだというのだろう、
そこが恐ろしいところであろうとなかろうと。
私はもうほとんど忘れてしまった。
私は全部忘れたい。
私は戦争に参加したのではない─
戦争が私に参加したのだ。
そして永遠の灯火の名残が
私の頬骨でゆらめいている。

 

(あの戦争の あの年月から
私はまだ削除されてはいない。
あの雪の あの冬から
私はまだ解放されてはいない。
そしてあの冬の あの地と
私はまだ引き離されてはいない、
私の足跡はもうあなたには
見分けられない あの雪に埋もれて)。

 

しかし私がそこにいたことがなんだというのだろう!・・・

   (『カテリーナへの手紙、あるいはファウストとの散歩』(1981)から)

ピアノの夢

 

夜から朝への飛行を
終えたように──私は夢を見た。
ジェット機のように
私の軽やかな夢は翼をゆらす。

 

夢はカードを脅かし、撥ね上げたが、
ばらばらに混ぜ合わされてしまい、
現実感は希薄になった、
それを自分で補うのだった。

 

結局空想の産物の容貌は
現実の容貌とかき混ぜられて、
私の前に突然成長したのは
この闇のまたたき。

 

なにか恐ろしい罪によって
滅ぼされた地の図面のように、
黒く焦げた巨大な蓋を
私の前のピアノはぼんやり輝かせている。

 

ピアノは古いベッカー社製のものだった、
その鍵の連なりは
細長い川岸で、
向こうに黒い水があるように見えた。

 

岸は廃れた墓地だった、
墓地のはずれのように、
そこにはそれぞれの鍵の下に
一つずつ音の墓穴があった。

 

肉体と魂が、
ある祝祭の交響楽が、
ある大きな音楽があったことを
鍵はとうに憶えていなかった。

 

彼らはここに横たわっていた、死者たち
戦い終えた者たち、
兵士たち 大佐たち
そして元帥たちさえも。

 

ただ火葬を免れ、生き長らえた者だけが、
最後のアダージョを
悲劇的なフィナーレを
まだ思い出していた・・?

 

だが、しかし、
       追善供養を行おうとするやいなや、
自らの最期をまだ信じられずに、
狂気の音楽家が
再び鍵盤に手を触れた。

 

そして誘惑に負けて
鍵たちは隊列をくんだ。
音楽家の演奏する手の
動きにまたも忠実に。

 

楽譜の陰の下では
すでに屍だったことも忘れ、
彼らはフルートやトランペットに向かって
いつもの席についた。

 

晴々とした前奏曲だった。
最初にトランペットがよく響く金属音を轟かせた。
それから大砲が轟き出した、
大砲が轟き出した。

 

次に中隊の隊列が動き出した、
隙間なく並んだ小隊よりなる中隊は、
鉄条網のように五列に並んだ
楽譜の防衛線を突破する。

 

次に彼らは突破口を広げ、
金属音を厳かに奏でた。
しかしどこかでもう調子はずれな演奏をしている、
誰かがリズムをはずしている。

 

もう全員が調子はずれだ。
第一楽章から流れ出した
死臭はすでに
第二楽章全体に広まった。

 

そして不安を抱きながら、
最終楽章を通して長調の
悲劇的な旋律が演奏された時、
焼けた毛の臭いが甘く漂った。

 

こちらへ進んでくるという
予感、前兆の旋律は、
死と報いのテーマ
恐るべき審判のテーマのようだった。

 

音楽が終わり、最後にわずかばかりの
小隊が痙攣した。
音楽の終わったところにはやがて
黒い大地が横たわった。

 

そして私は、その名を知らなかった──
なんという地 なんという国だったか。
それは、おそらくドイツだった。
あるいはおそらくドイツではなかったか。

 

なにか恐ろしい罪によって
滅ぼされた地の図面のように、
黒く焦げた巨大な蓋を
私の前のピアノはぼんやり輝かせている。

 

そして私は 絶望のなか
憂鬱と恐怖と共に見守るのだ、
狂気の音楽家が
再びピアノに近づくさまを。
(『キネマトグラフ』(1970)から)

***

 

それはオシップ・エミリエヴィチが私の夢でささやいたこと、
聞こえてきたのは──声はうつつのもの。
──私は路面電車のサクランボ──彼は言った、
はっきりと別の世界を見ながら。
私は恐ろしい時代の路面電車のサクランボ
どうして私は生きているのか知らない。

 

それはオシップ・エミリエヴィチが私の夢でささやいたこと、
しかしその言葉は私の中に残ったまま、
まるで私、まるで私、彼ではない。
私自身が自分のことを、彼のことを言ったのだ
──私たちは恐ろしい時代の路面電車のサクランボ
どうして私たちは生きているのか知らない。

 

赤い煙の中をさまよう
グミリョフの路面電車が暗い河の上を走り、
そしてツヴェターエワがそのすぐ後ろで
白く透明な手をふった。

 

アフマートワは円柱の列を
軽やかに歩いていた 遠い昔のカノンのごとく
高雅な言葉を繰り返しながら。
──私たちは恐ろしい時代の路面電車のサクランボ
どうして私たちは生きているのか知らない。

 

ああ、ロシアのミューズ、我らが誇り高きパルナスよ、
牢獄の鉄格子の影があなたの上に昔からあるのだ、
嘘いつわりのないどの詩行の上にも。

 

ロシア詩の路面電車のサクランボは、
御者の笛、野の小鈴のように、
終わりなきロシアの雪のまんなかに、
すべて遠く鳴り響いている。 
(1994)

ユーリイ・レヴィタンスキイ関連文献リスト
*Гомберг作成の書誌 Ю. Д. Левитанский: Краткий библиографический обзор // Лит. обозрение. №6,1997 を訂正し、最近のデータを加筆した。

 

特集

Солдатская дорога. Стихи.Иркутск: И. обл. изд.-во, 1948.

Встреча с Москвой. Иркутск: И. обл. изд.-во, 1949.

Самое   дорогое. Стихи в защиту детей. Иркутск: И. обл. изд.-во, 1951.

Наши дни. М.: Молодая   гвардия, 1952.

Утро нового года. Новосибирск: Обл. гос. изд-во, 1952.

Секрктная фамилия.Иркутск: Книжное изд-во, 1954.

Листья летят. Иркутск: Книжное изд-во, 1956.

Стороны света.М.: Сов. пис., 1959.

Земное небо. М.: Сов. пис., 1963.

Течение лет. Иркутск: Вост.-Сиб.Книжное изд-во, 1969.

Кинематограф. М.: Сов. пис., 1970.

Воспоминание о красном снеге.М.: Худож. лит-ра, 1975.

День такой-то. М.: Сов. пис., 1976.

Сюжет с вариантами. М.: Сов.пис., 1978.

Два времени. М.: Современник, 1980.

Письма Катерине, или Прогулка с Фаустом.М.: Сов. пис., 1981.

Избранное. М.: Худож. лит-ра, 1982.

Попытка оправданья. М.: Сов.Россия, 1985.

Годы. М.: Сов. пис., 1987.

Белые стихи. М.: Сов. пис., 1991.

Кинематограф.СПб.: Приложение к альманаху <Петрополь> (Факсимильное издание), 1994.

Меж двух небес.М.: Приложение к альманаху <Перекресток-Цомет>, 1996.

Когда-нибудь после меня. М.:Изд-во <Х.Г.С.> и ГФ <Пориграфресурсы>, 1998.

 

 

訳詩集

W Versei. Budapest: Eurypa   Kцnyvkiady, 1977.

Vzpominka na иerveny snich. Praha: Lidov   й nakladatelstvi, 1983.

Багрящопространство. София: Народна култура, 1984.

 

レヴィタンスキイによる訳書(単著)

От мая до мая: Стихи поэтов социалистических стран. М.: Прогресс, 1975.

Зиедонис И.Эпифании. М.: Сов. пис., 1977.

 

同(単著)

Петрос Антеос. Ликая груша на перевале. М.:Сов. пис., 1974.

Песнь любви. Лирика зарубежных поэтов. М.: Молодая гвардия, 1981.

Венгерская поэзия ХХ века (серия <Европейская поэзия>). М.: Худож. лит-ра, 1982.

 

雑誌、文集掲載作品

<Четырехстопный ямб мне надоел...> // Лит. газета. 1 дек. 1976.

<Сей род шуток...> // Вопросы лит-ры. №8, 1978.

Из книги <Белые стихи> // Знамя. №4, 1987.

Из книги <Белые стихи> // Огонек. №17, 1990.

Пять стихотворений // Знамя. №4, 1991.

"A   Dream about a Piano". Twentieth Century Russian Poetry : Silver and Steel. An Anthology. /selected by Yevgeny Yevtushenko. NY, Anchor Books, 1994.

Разные времена // Грани. №176, 1995.

Речь при   вручении Государственной премии России // Московский комсомолец. 29 июня, 1995.

К   50-летию журнала <Грани> // Грани. №178, 1995.

<Ворон, порохом пропахший...> (Публ. И.Машковский) // Знамя. №8, 1996.

<Он необходим сегодняшней культуре> (Из выступления на вечере, посвященном 75-летию Д. Самойлова) // Перекресток-Цонет. М.-Тель-Авив. Альм. Вып. 3, 1996.

Юрий Левитанский рассказывает (Публ. Л. Гомберга) // Знамя. №5, 1997.

Главы   из ненаписанной книги (Публ. Л. Гомберга и И. Машковский) // Слово-WORD. Нью-Йорк, №21, 1997.

Монологи (Запись Л. Гомберга) // Лит. обозрение. №6, 1997.

Неоконченное // Лит.обозрение. №6, 1997.

Моя вторая Европа: Путевые заметки // Лит. обозрение. №6, 1997.

<Сон   о рояле> // Строфы века: Антология русской плэзии / Сост. Е. А. Евтушенко. М.,-Мн.: "Полифакт", 1997.

 

対談・インタビュー

Опыт, который всегда со мной... (И. Ришина) // Лит.газета. 11 апр., 1979.

Вот и живу теперь поздний (Т. Бек) // Вопросы лит-ры. №6, 1982.

Каждый выбирает для себя (Н. Краминова) // Московские новости. 15 февр., 1987.

Я люблю твой свет и сумрак... (А. Пугач) // Юность. №5, 1987.

Черный квадрат искусству ничего не судит (Е. Берешин) // Лит. газета. 4 марта, 1992.

Я был космополитом (Л. Гомберг) // Калейдоскоп: Тель-Авив, 8 янв. 1993.

Я дьяволу души не продавал... (Л. Шинкарев) // Известия. 15 мая, 1993.

Я не участвую в войне - она участвует во мне (С. Бурин) // Лит. газета. 12 апр. 1995.

Но в великой этой драме я со всеми наравне (Н. Селиванова) // Утро России. 4-10 мая, 1995.

Я не отмечаю праздник 9 мая (Л. Усова) // Собеседник. №17, 1995.

Жизнь моя-- кинематограф (Л. Гомберг) // Мост-Гешер. №3, 1995.

Я говорю вам -- жизнь все равно прекрасно (О. Кучкина) // Комсомольская правда. 9 мая, 1995.

Одиннадцатый этаж Юрия Левитанского (И. Мильштейн) // Огонек. №23, 1995.

Маугли в советских жунглях (Н.Дарыкина) // Московский комсомолец. №29, 1995.

Поэту быть поэтом -- в самый раз (П.Калшеева) // Калейдоскоп. Тель-Авив, 7 дек. 1995.


参考文献

Война и мир ЮрияЛевитанского [эссе Л. Гомберга: стихи, не входящие в прижизненные издания поэта (Публ. И. Машковской) Предисл. Л. Разгона]. М., 1997.

 

Алекшин А. Дьяволу служить или пророку... // Перелистывая годы. Тель- Авив: Мврус, 1997.

 

Анисимов Г. Юрий Левитанский: поэзия, личность, судьба, позиция // Рус. мысль. 13-19 февр. 1997.

 

Бек Т. Емкое слово // Кпугозор. №5, 1979.

 

Бершин Е. Виток дороги // Лит. газета. 13 марта, 1996.

 

Бершин Е. Ярмарка ритмов // Знамя. №6, 1996.

 

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Гомберг Л. С простреленным сердцем // Международная еврейская газета. №4, 1996.

 

Гомберг Л. Вдали от суеты // Культура. 25 янв. 1997.

 

Гомберг Л. Новый год в Безбожном // В наших краях. Израиль: Мория, 1996.

 

Гомберг Л. Под сенью поздней музы // Слово-WORD. Нью-Йорк, №21, 1997.

 

Гомберг Л. До свиданья, мои други... // Лит. обозрение. №6, 1997.

 

Гомберг Л. Ю. Д. Левитанский: Краткий бибдиографический обзор // Лит. обозрение. №6, 1997.

 

Евтушенко Е. Ну что же, пора... // Лит. газета. 31 янв. 1996.

 

Есин С. Праздники жизни и смерти // Независимая газета. 21 марта, 1996. Тоже в кн.: Есин С. Культура и власть. М., 1997.

 

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Крушинский М. Все началось с <романа в письмах> (интервью с И. Машковской) // Вечерний клуб. 9 апр. 1996.

 

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Мильштейн И. Ирина Машковская: Я скрываю от Юры, что он умер // Двадцать девять. №2, 1996.

 

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Hodgson K. Written with the Bayonet: Soviet Russian Poetry of World War Two. Liverpool: Liverpool University Press, 1996.

 

鈴木正美 「私は戦争に参加したのではない--ユーリイ・レヴィタンスキイ」ユリイカ 1998年11月号