姓 | ロイコ:Лойко |
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名 | ピョートル、Ф. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 連邦土地資源・土地開発委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、国家委員会に名称変更されるが、98年4月30日付で廃止され、新設の土地政策・建設・住宅公共事業省に吸収される。 |
姓 | ロージン:Родин |
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名 | アレクサンドル、В. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 連邦漁業委員会第1副議長をつとめる。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、国家委員会に名称変更される。97年1月、同委員会議長に就任。ロシアの漁業コンプレクスの指導者。農業・食糧省第1次官もつとめる。98年4月、同省第1次官職解任。 |
姓 | ロガチョフ:Рогачев |
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名 | ワレリー、С. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 95年10月までブリャンスク州議会議長をつとめる。 |
姓 | ロガチョワ:Рогачева |
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名 | イリーナ、А. |
生年月日 | 1939.01.01 |
性別 | 女 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 93年12月まで民族会議予算・計画・税金・価格委員会副議長をつとめる。 |
姓 | ロギノフ:Логинов |
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名 | エヴゲニー、Ю. |
生年月日 | 1965.05.13 |
性別 | 男 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | 93年12月選挙で第1期国家会議代議員に当選。94年1月より下院国防委員会副議長になる。将校、講師として働く。ロシア連邦軍人文アカデミー受講生。ロシア自由民主党会派のメンバー。95年12月第2期国家会議代議員選挙でロシア自由民主党の推薦を受けてノヴォシビルスク州イスキチム選挙区から当選。第2期国家会議国防委員会委員。 |
姓 | ロギノフ:Логинов |
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名 | В、К. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 95年7月、サハリン州副知事に就任。 |
姓 | ロギノフ:Логинов |
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名 | ピョートル、Д. |
生年月日 | 1945.01.01 |
性別 | 男 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | 63年ウッスリースク鉄道輸送技術大学卒業。74年全ソ通信法科大学。技術大学卒業後、グロデコヴォ駅駅舎管理人として、その後、沿海地方プリミルスカヤ駅で熟練工として働く。65~68年ソ連軍勤務。復員後、アルセニエフ市建設機関の熟練工、現場監督、専従議長として働く。75年アルセニエフ市人民裁判所人民裁判官に選出される。76年からパルチザンスク市人民裁判所議長。82年アルチョム市人民裁判所議長に栄転。 |
姓 | ロギノフ:Логинов |
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名 | アンドレイ、В. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 大統領政党・社会団体・連邦議会会派・議員協力局長をつとめる。同局は97年9月3日、組織改編され、大統領内政問題局長に就任。 |
姓 | ロクチオノフ:Локтионов |
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名 | ニコライ、И. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 民間防衛・緊急事態・自然災害処理省次官を努める。 |
姓 | ログネンコ:Логуненко |
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名 | ワレンチン、А. |
生年月日 | 1960.01.01 |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 1995年株式会社「沿海地方ビール産業」社長。97年12月7日に実施された沿海地方議会代議員選挙に立候補し、当選。 |
姓 | ログノフ:Логунов |
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名 | А |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 94年12月、連邦新聞委員会副議長に就任。同委員会は、96年8月15日付大統領令によって、連邦委員会から国家委員会に名称変更される。 |
姓 | ロケツキー:Рокецкий |
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名 | レオニード、Ю. |
生年月日 | 1942.03.15 |
性別 | 男 |
国籍 | ウクライナ人 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | 70~81年チュメニ州企業合同体「スルグトガスストロイ」に技師として勤務。82~91年スルグト市やチュメニ州の執行委員会で議長などをつとめる。91~93年チュメニ州行政第1副長官。93年2月12日、チュメニ州行政長官に就任。同年12月選挙で連邦会議代議員に当選。連邦会議連邦問題・連邦条約・地域政策委員会委員。第2期連邦会議予算、財政・外貨・金融規制、通貨発行、税政、関税規制委員会委員。我が家ロシアメンバー。97年1月12日、チュメニ州知事選挙の第2回投票で58.83%の得票率で再選される。 |
姓 | ロゴヴォイ:Роговой |
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名 | イワン、П. |
生年月日 | 1945.01.01 |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 工場「ズベズダ」組立・取付班長。97年12月7日に実施された沿海地方議会代議員選挙に立候補し、当選。 |
姓 | ロゴフスキー:Роговский |
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名 | ユーリー、М. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 教育省次官を努める。 |
姓 | ロジオノフ:Родионов |
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名 | ユーリー、Н. |
生年月日 | 1938.03.12 |
性別 | 男 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | 93年12月の選挙で国家会議代議員に当選。小選挙区から選出される。ロシア連邦軍査察総監第1代理、陸軍将軍として働く。「新地域政策」グループのメンバー。国家会議国防委員会委員。 |
姓 | ロジオノフ:Родионов |
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名 | ワレンチン |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 92年7月9日、文化省第1次官に就任。 |
姓 | ロジオノフ:Родионов |
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名 | イーゴリ、Н. |
生年月日 | 1936.12.01 |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | ペンザ州生まれ。大将。57年オリョール戦車学校卒業後、ドイツへ派遣される。64年モスクワ軍管区に移動し、戦車中隊、戦車大隊を指揮する。70年機甲大学を金メダルで卒業、ウクライナのザカルパチエ軍管区の自走砲連隊指揮官として赴任、第24「鋼鉄」師団も指揮。78年参謀本部大学に入学、80年優等で卒業。80~83年チェコスロバキアのソ連軍を指揮。83~85年極東軍管区総合軍指揮官、85~86年アフガニスタンに勤務し、第40軍を指揮。その際、ソ連軍の損失を大幅に減少させ、また紛争の平和解決について交渉を開始する。86年モスクワ軍管区副司令官となり、88年~89年8月までザカフカス軍管区司令官を務める。だが軍部隊の助けを借りて反政府集会を解散させたグルジアの首都トビリシでの有名な事件(89年4月)の後、同軍管区司令官を解任され、参謀本部大学学長に任命される。グルジア共和国からソ連人民代議員に選出される。95年10月社会運動「名誉と祖国」に参加。95年12月第2期下院選挙では下院議員に立候補する。96年7月17日、レベジ安全保障評議会書記の支持を受け、ロシア連邦国防相に就任。同年7月25日設立されたロシア連邦国防評議会メンバーになる。同年8月安全保障評議会常任メンバーとして承認される。同年12月、軍務の定年に達し、エリツィン大統領はロジオノフを国防相のポストに留任させ、退役させることを決定したと発表し、初の文民国防相になる。以後、国防省は文民が率いることになる。97年5月22日、国防評議会の席でエリツィン大統領により同氏の国防相解任が決定され、同日解任の大統領令が出される。同年6月、安全保障評議会常任メンバー解任。同年12月に開催された軍・国防産業・軍事科学支援運動(ロフリン議長)の第2回大会で、ハカマダ下院議員の小規模企業支援・発展国家委員会議長就任のため空席となっているモスクワ市レホボ・ボリソボ選挙区から下院に立候補を表明し、98年2月、候補者として正式登録。 |
姓 | ロジオノフ:Родионов |
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名 | ピョートル、И. |
生年月日 | 1951.01.26 |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | キルギス共和国プルジェヴァリスク市生まれ。78年レニングラード工科大学卒、タービン及びガスの専門家となる。ロシア自然科学アカデミー名誉会員。78年レニングラード地域のガス輸送を手がける「レントランスガス」に技師として入社し、89年から同社社長。96年になって「ガスプロム」の役員にも就任。96年8月22日、連邦燃料・エネルギー相に就任。ロシア政府政令No.1051(96.9.9)により政府業務委員会メンバーに任命される。チェルノムイルジンに近く、エネルギー分野の独占企業体解体に反対し、チュバイス、ネムツォフ両第1副首相と対立関係にあった。97年4月8日、燃料・エネルギー相辞任。同日付首相命令でロシア連邦と諸外国間の貿易・経済及び科学・技術協力における政府間委員会ロシア側議長(イラク、クウェート、サウジアラビア担当)に任命される。同4月9日、チェルノムイルジン首相の出身母体である「ガスプロム」理事会副議長に任命される。 |
姓 | ロシコフ:Рожков |
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名 | ヴィクトル、Д. |
生年月日 | 1950.09.01 |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | ウラル経済地域組織犯罪取締地域局第1副局長。95年12月第2期国家会議代議員選挙でチュメニ州イシム選挙区から当選。「ロシアの地域」(独立議員)会派所属。第2期国家会議安全保障委員会委員。 |
姓 | ロシコワ:Рожкова |
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名 | リュボーフィ、П. |
生年月日 | 1947.11.03 |
性別 | 女 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 博士候補 |
考察 | 93年12月選挙で国家会議代議員に選出され、94年1月より下院教育・文化・科学委員会議長となる。小選挙区から選出される。助教授の称号を持つ。サマーラ国立大学講座主任として働く。「新地域政策」グループのメンバー。 |
姓 | ロシチン:Рощин |
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名 | ユーリー、В. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 92年8月11日、連邦移住機関副長官に就任。後に同機関第1副長官に昇格。 |
姓 | ロジンスカヤ:Лозинская |
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名 | ジャンナ、М. |
生年月日 | 1944.03.03 |
性別 | 女 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 博士候補 |
考察 | 93年12月選挙で第1期国家会議代議員に当選。ロシア連邦共産党所属。トゥーラ国立工科大学主任研究員として働く。「ロシアの女性」会派のメンバー。第1期及び第2期国家会議CIS問題・同朋との連絡委員会委員。第1期国家会議難民・強制移民問題委員会議長。95年12月第2期国家会議代議員選挙で選挙団体「ロシアの女性」の推薦を受け、トゥーラ州ノヴォモスコフスク選挙区から当選。96年1月16日より議員グループ「人民に権力を」所属。それ以前は農業党及び「人民に権力を」会所属。 |
姓 | ロズビトワ:Розбитова |
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名 | リュボーフィ、Н. |
生年月日 | 1953.04.19 |
性別 | 女 |
国籍 | ロシア人 |
学歴 | 中/高卒 |
考察 | 70年高卒後、工場で働き始める。代議員選出時にも工場労働者であった。73年以降党員。obkom委員、工場の労働組合委員会議長などもつとめる。90年5月、第1回人民代議員大会で共和国会議メンバーに選出される。 |
姓 | ロゼノワ:Розенова |
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名 | リラ、И. |
生年月日 | 1936.01.01 |
性別 | 女 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 92年5月25日、経済省次官に就任。経済省付属価格委員会議長を経て、同年11月14日、連邦価格政策委員会議長。同委員会は、94年1月10日付大統領令(第66号)により、経済省に職務を移管。 |
姓 | ロセフ:Лосев |
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名 | ボリス、П. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 連邦機械製作委員会副議長を務める。同委員会は、96年8月15日付ロシア連邦行政機関の機構改革に関する大統領令によって、産業省に統合され、廃止。 |
姓 | ロゾヴォイ:Лозовой |
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名 | ワレリー、К. |
生年月日 | 1939.01.01 |
性別 | 男 |
国籍 | ウクライナ人 |
学歴 | 大学卒 |
考察 | 62年ハバロフスク鉄道運輸技師大学卒業。大学卒業後電気機関車機関士助手として働き、1年後ハバロフスク市機関車庫に派遣された。そこでディーゼル機関車修理工場で熟練工として働く。66~69年レール運搬車技師長として働く。69~71年極東軍管区建設局党学校書記。71年ソ連商工会議ハバロフスク支部長に任命される。76~80年在ナホトカ市ソ連通商省極東全権、80~84年在日本ソ連通商代表部勤務。その後連合「ダリイントルグ」会長(在ナホトカ)、アジア・太平洋地域諸国協力協会総長(在ウラジオストック)をつとめる。90年沿海地方執行委員会副議長に任命される。92年から沿海地方行政府対外関係局長。現在連合「ダリエコ」副総支配人(在ウラジオストック)。 |
姓 | ロゾヴォイ:Лозовой |
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名 | ウラジーミル、Д. |
生年月日 | |
性別 | 男 |
国籍 | 不明 |
学歴 | 不明 |
考察 | 97年5月、連邦鉱工業監督局議長に就任。 |