ロシアの地域間の資金循環(1)

Copyright (C) 1999 by Slavic Research Center,Hokkaido University.
All rights reserved.

第1章 地域における統計作成の実状

−物価統計と就業統計を中心として−

田畑伸一郎・佐藤智秋・石川健


はじめに

  1998年度から文部省科学研究費補助金(国際学術研究・基盤研究(B):研究代表者 田畑伸一郎)を受けて、「ロシアの地域間の資金循環」と題する3年プロジェクトが開始された。このプロジェクトは、1995〜1997年度の重点領域研究「スラブ・ユーラシアの変動」の一環として行われた「経済構造と経済循環の変化に関する実証的分析」の延長線上にある。前回のプロジェクトでは、ロシア全体のマクロ経済の変化を統計を用いて数量的に分析したのに対し、今回のプロジェクトでは、そこに地域という要素を加味して、統計を用いた分析を行うことを意図している(1)。  
 プロジェクトにおける主要な分析手法が依然として統計にあることから、我々はロシア統計の作成方法に相応の注意を向けざるを得ないということを自戒する意味で、本稿では地域における統計作成の実状というテーマを選択した。実際に統計データを収集しているのは地域の統計機関であるから、ロシア統計の様々な問題も、地域の統計作成の実状を見ることにより、より的確に把握できるはずであろうというのが基本的出発点である。  
 1998年8〜9月に、このプロジェクト参加者がロシアの11の経済地区を分担して訪問し、11の地域(連邦構成主体)統計委員会で話を聞いた(2)。残念ながら、その時点では、地域における統計作成の実状を調べるということが明示的に目標とされていなかったため、本稿の材料の大半がそのとき得られた生の情報に基づくというわけではない。むしろ、本稿を共同でまとめる過程で、問題意識が明確になったというのが実態であり、今後さらに地域を回る際に、数多く残された疑問点の解消に努めるつもりである。  
 ロシアでは、予算、税収、金融、貿易などの統計は、ロシア統計国家委員会以外の省庁の管轄にあり、それらの地域機関が統計の収集・作成に当たっている。しかし、本稿では、それらの地域機関との接触がまだ少ないこともあって、ロシア統計国家委員会による統計作成を中心に検討する。  
 1992年以降の市場経済化のなかで、統計の作成体制・方法も大きく変容している。その一つは、従来、企業報告に基づく全調査が統計データの基礎をなしていたのに対し、近年では標本調査が重視されるようになったことである。その典型的な例として、物価統計や就業統計が重要であると考えられるため、本稿では、次節で統計機構を概観した後、この2つの統計を中心に検討することにしたい。なお、「はじめに」とTは田畑、Uは佐藤、Vは石川が執筆し、字句の統一等は田畑が担当した。


T.中央と地域の統計機構

1.ロシア統計国家委員会の機構
  ロシア統計国家委員会機構は三層の組織から成っている(第1図参照)。第一層にはモスクワのロシア統計国家委員会、第二層には88の連邦構成主体の統計委員会(3)、第三層には郡・都市のレベルの統計部(局)が位置する。第一層の機関が国家統計連邦機関、第二層と第三層の機関が国家統計地域機関と呼ばれる。1996年時点でロシア統計国家委員会機構は全体として5万人の職員を抱えていた。その内訳は、連邦機関に全体の1.7%(約850人)、地域機関に94%(約4万7000人)、計算センターに3.4%(約1700人)、研究所に0.9%(約450人)となっている(Rossiiskaia, 1996b, p. 76)。  
 このようなロシア統計国家委員会の機構については、1994年7月9日付政府決定第834号で承認された同委員会の規程で定められている(Zakon, No. 2, 1996, pp. 9-12)(4)。それによると、統計国家委員会議長は、与えられた予算と定員の範囲内で、定められた手続きにより、地域機関を創設、再編、廃止するとされ、また、地域機関の規程(定款)を承認するとされた。連邦機関・地域機関を維持するための費用は、連邦予算のなかの連邦執行権力機関維持のための支出からなされるとされた。統計国家委員会は、地域機関の活動を指導するとされ、地域機関に対して、支出見積、統計情報加工作業への支出限度を承認するとされた。一方、地域機関の方は、連邦構成主体国家権力機関、地方自治機関に対して、公式統計情報の提供を保証するとされた。また、連邦構成主体の統計機関は、地域予算からの支払を受けて、追加的な報告を導入することができるとされた。  
 以上が、政府の定めた統計国家委員会機構内の関係である。実際にも、連邦構成主体の統計委員会は、モスクワのロシア統計国家委員会と当該地域の行政府の両者に従属することとなっている。これは、予算の面でも、仕事の面でも、そうである。  
 第一層のモスクワの統計委員会の内部機構は、第1表に示したとおりである。  
 第二層の統計委員会の人員は、地域によって差が大きく、数十人から200人程度と見られる。このレベルの統計委員会の内部機構については、イルクーツク州とハバロフスク地方の例を第2表第3表に示した。地域ごとにかなりの違いのあることが分かる(5)。  
 第三層に位置する郡・都市の統計部(局)は全体で2,200程度存在する(Rossiiskaia, 1996a, p. 19)。1998年初現在、ロシアには1,868の郡(raion)と651の共和国・州・管区に従属する都市があるので(Rossiia, 1998, p. 21)、そのほとんどに統計部(局)が存在することになる。この統計部(局)の人員は5〜12人程度と少ない(Statisticheskaia, 1996, p. 35)(6)。主要な仕事は、当該地域に位置する企業・農場などにおける統計報告作成の監督であり、より具体的には、企業・農場に対して統計報告の提出を督促したり、記入方法の問い合わせに対応したり、提出された報告の明白な問題点(誤記入、記入漏れ等)を問い質したりすることである。  
 この第三層の統計部(局)は、歴史的には、1932年に導入された郡・都市国家統計監督局制度(inspektura gosudarstvennoi statistiki)に端を発している。1930年代初めには、ソ連における国家統計の役割が大きく変化し、企業による計画遂行の監督を主要な任務とするようになった。このとき、統計国家委員会の前身である中央統計局がゴスプラン(国家計画委員会)に吸収され、同時に、国家統計機構の末端に、この国家統計監督局が創設されたのである(Grossman, 1985, pp. 15-16, Ezhov et al., 1965, pp. 201-202)。ソ連時代には、郡・都市国家統計監督局は、とくに農業データの収集の面で大きな役割を果たしたと伝えられている(Shenfield, 1986, pp. 1-4)。

2.企業統計報告の変遷
  1930年代以降のソ連においては、企業が提出する統計報告が統計の基礎資料となった。国家統計の主要な役割が企業による計画遂行の監督にあるとされたため、すべての企業は統計報告を提出する義務を負った。このため、ソ連では、全調査による統計作成が主流となり、標本調査には限定的、補助的な役割しか与えられなかった(Ezhov, 1977, p. 27)。また、スターリン時代には、統計機関が計画機関に吸収されていたため、計画課題に対応する統計報告が企業に求められた。このことは、統計様式やその記入要領の作成をゴスプランが担当することを意味した。数量指標に重きが置かれるなどのソ連統計の特徴も、このような国家統計の位置付けによるところが大きかった。  
 スターリン時代においては、部門別の省庁が絶大な権限を有していたため、企業報告は中央統計局の機構を通じて流れるのではなく、企業の属する省庁を通じて流れた。中央統計局は、必要なデータを省庁がまとめた統計報告から得たと伝えられている。中央統計局の機構は、末端の郡・都市国家監督局をはじめとして、企業による統計報告記入の監視を主たる任務としたわけである。事態が大きく変化したのは、フルシチョフによって部門別省庁が廃止された1950年代後半のことである。このときに、中央統計局の地方機関(上記の第二層の機関)が統計報告を企業から直接受け取り、それが中央統計局の機構を通じて流れるという意味での「統計の中央集権化」が実現されたのである(Danilov & Miniuk, 1998, pp. 26-28, Rossiiskaia, 1996b, pp. 60-61)。  
 1965年経済改革では部門別省庁が復活したが、企業統計報告の流れが完全に元に戻ったわけではない。Ezhov(1977, p. 41)によれば、工業企業の主要な統計報告は、当該地域の統計局(上記の第二層の機関)、企業の属する省庁、郡・都市の国家統計監督局(上記の第三層の機関)の三者に提出されるようになった。  
 1992年以降のロシアの市場経済化のなかで、企業統計報告にも大きな変化が生じている。株式会社化、私有化のなかで、以前のように、一つの企業が必ず一つの省庁に属するという体制が崩れたため、現在では、企業は原則として統計報告を管轄省庁に提出する義務を負っていない。また、統計様式のいっそうの統一化、簡素化もはかられている。1997年9月16日付ロシア統計国家委員会決定第63号によって承認され、1998年から導入された新しい報告制度によれば、企業が報告する様式は、「商品・サービスの生産・発送についての情報」、「投資についての情報」、「組織の財務状況についての情報」、「従業員の人数、賃金、移動についての情報」の4つに統一・簡略化された(小企業は三番目の様式提出を免除される)。提出先は、当該地域の統計委員会(上記の第二層の機関)である(7)。この提出自体は、法律によって義務付けられている(8)

U.物価統計の作成―消費者物価指数(CPI)を中心に―

1.ソ連・ロシアにおける物価統計の改革
  ソ連では、経済改革における所有・経営形態の多様化と価格の段階的自由化の動きに前後して、物価統計の改革が始められた。その中心的な内容は、従来の「価格表方式」の放棄であった(9)。1989〜1990年には、ソ連統計国家委員会によって、新方式による物価指数(消費者物価指数、工業製品の企業卸売物価指数、運輸料金指数など)が作成された。  
 ロシアにおいては、1989年に毎月の価格調査が開始された。1991年には、ロシア全土で定期的な一部調査が開始され、1,000以上の消費財と約300のサービスの価格・料金が調査されるようになった。IMFの支援のもとに、1992年末には、国際標準準拠のCPI計算方式が導入され、1993年11月からは、週別のCPI(122品目、132都市)が計算されるようになった。このため、1989年以降の公式の月別CPIと1993年以降のIMFの支援による週別CPIの2つのCPIが併存することになったが、2つの指数は近似したということもあり、1995年第1四半期以降一本化され、新たな公式CPIができあがった(Gol'dina & Prokunina, 1996, pp. 53-54. この間のCPIの動きについては第2図参照)。

2.CPI作成のための統計調査
  CPI作成のための統計調査は価格・料金調査と家計の消費支出構造に関する調査(家計調査)の2つの調査からなる(Gol'dina & Prokunina, 1996, pp. 54-55, Goriacheva, 1998, pp. 3-6, Metodologicheskie, 1996, pp. 429-431, Polozhenie, 1995, pp. 73-81)。
(1)価格・料金調査  
 価格変化に関するデータは次のように収集される。  
 実施機関:ロシア統計国家委員会  
 調査地域:1997年時点で、調査が行われる都市の数は350、うち連邦構成主体の首都が89、抽出された郡が残り261を占める。  
 調査対象:全所有形態(国営、公営、私営)の商業企業・サービス企業および個人による商品販売・サービス提供が調査される。調査対象地域の広さと市場の急激な変化に対応するため当該地域の国家統計機関の専門家が調査対象を選定する(典型調査)。  
 記入:調査員  
 調査品目:1993年時点では、280品目、うち、食料品76、非食料品145、有料サービス71であった。インフレが緩やかになるのに伴い、1997年から、調査品目が増やされ、382品目、うち、食料品100、非食料品201、サービス81となる。調査品目のリストは中央で選定し、具体的銘柄は販売高に占める大きさや調査の継続可能性を考慮し、当該地域の調査員が特定する(10)。  
 周期・実施期日:毎週月曜日、毎月23〜25日。現在有効な決定(Polozhenie, 1995)によれば毎週月曜日に調査されていることになるが、調査品目の拡大に合わせ、調査周期も毎月に変更されている。毎月の調査は、その月の23〜25日の間に382品目について実施し、毎週の調査は社会的に必要な32品目のみについて実施という状況である(第3図および同図備考参照)。  
 調査事項:商品の小売価格およびサービス料金。

(2)家計の消費支出構造に関する調査(家計調査)
 現行の家計調査によって、家計の消費支出構造に関する調査が行われ、消費支出項目の比率の算定に利用される(11)。その他の補足情報として、小売販売高の構造や各製品の生産高に関するデータも利用される。

3.CPIの品目とウエイト
  マーケット・バスケットには、個人副業で生産された農産物の自己消費分、所得税、貯蓄、保険料、年金納付金、投資支出は含まれない。ロシア連邦の全地域で単一の指数品目が使用される。ウエイトについては、地域レベルのCPIでは当該地域の消費支出構造が使用され、連邦レベルのCPIではロシア連邦全体の消費支出構造が使用される(Polozhenie, 1995, pp. 73-81)。

4.CPIの計算手順
  次の手順で計算される(Gol'dina & Prokunina, 1996, pp. 55-56, Polozhenie, 1995, pp. 74-75, Tseny, 1996, p. 210)。
 [都市レベル] (1)商品別平均価格の計算:複数の調査価格から計算
(2)商品別価格指数の計算:(1)の割り算による

 [以下、地域、経済地区、ロシア連邦レベル] (3)商品別価格指数の計算:(2)および地域のウエイトから計算される。地域のウエイトとして人口比率が使用される。
(4)食料品、非食料品、サービスの総合価格指数の計算
(5)総合消費者物価指数(CPI)の計算

  (3)から(4)あるいは(5)を計算する際に用いられるCPIの算式は以下に示す変形ラスパイレス算式である。

   

  ここで、

  この算式は、インフレが激しく、出回る商品も変化する状況でウエイトがズレていくのに対応するためのもので、連続する価格指数を使用することにより、価格情報の比較可能性を確保すると説明されている。ウエイトは分母のp0q0 、さらに、分子のpt-1q0の計算式に登場するp0q0であり、家計調査から得られる。残りの部分に(3)の指数を連続して使い、CPIを計算するわけである。  
 ソ連時代の物価指数算式はパーシェ算式が大半であったが、1993年からラスパイレス算式に代わっていく。また、ソ連時代には他の共産圏の国々と同様に「小売物価指数」という名称が使用されていたのであるが、このときはウエイトに小売販売高が使用されており、「小売物価指数」という名称が適切であった。IMFの支援以降、ウエイトが家計調査による家計の消費支出比に変わり、指数の名称は「消費者物価指数(CPI)」に変更された。

5.評価と問題点
  ロシア統計国家委員会は、今後の課題として、(1)価格記録時、CPI計算時における商品の品質評価の問題の解決、(2)季節調整済み指数の計算方法の作成、(3)サービス料金の調査方法の作成、(4)抽出方法の改良を挙げている(Gol'dina & Prokunina, 1996, p. 60, Goriacheva, 1998, p. 6)。  
 消費者物価指数の現状については、次のような評価が出来ると考えられる。第1に、ロシアの消費財および対住民サービスの市場は、価格変動の規模、消費財やサービスの供給の不安定さ、供給チャンネルの変化などにおいて特殊な状況にあり、CPIの作成方法はこうした状況に対応した過渡的なものにならざるを得ない。(1)価格調査が調査単位(事業所)や実際の調査銘柄の選定で現場における判断をある程度取り入れた柔軟なものになっていること、(2)調査・指数計算の周期が毎週と短いこと、(3)指数算式の複雑化などを指摘できる。これらは当然CPIの精度に関わってくる。  
 第2に、CPIの信頼性の問題であるが、かつての価格表から計算された物価指数は、社会主義体制下の物価変動を捕捉できず、マクロ経済指標を歪めることになった。そのため、とくに物価統計の建て直し、その信頼性の回復が急務となっており、ロシアは世界標準の採用により、これを実現しようとしたのである。地域レベルの指数計算や末端の統計調査についてさらに検討が必要であるものの、公表される資料から判断する限りでは、かつての価格表から計算された物価指数がもつような致命的な問題はある程度克服されたとみなすことができよう。


V.就業統計の作成

1.労働資源バランスと経済活動人口の関係
  ロシアの労働統計は、体制転換に伴って、市場経済に対応した諸概念を導入するなどの変更が加えられているので、まず連邦レベルの労働統計の概要について簡単に見ておく(12)。ソ連時代に公表された就業統計体系の骨格をなしたのは「労働資源」であったが、体制転換後ロシアのそれは、ILO(国際労働機関)標準の「経済活動人口」である。ただし、労働資源の概念は、労働力統計システム全体の変更(主として「失業者」の導入)に伴う修正を加えられて、現在も存続している。「労働資源バランス」も一般の統計集などでは1994年のバランスを最後に公表されなくなったが、継続的に作成され、経済活動人口ベースの就業データ作成に利用されている。ロシアの労働統計の基本的な諸概念の関係は以下のようになっている。

 ロシア  労働資源=経済活動人口+非経済活動人口
 経済活動人口=就業者(軍人を含む)+失業者
 ソ連  労働資源=就業者+非就業者(軍人を含む)

  経済活動人口データは、毎年10月最終週に行われる「雇用問題に関する住民調査」(以下、労働力調査と略す)からの情報に基づいて作成されている。労働力調査は1992年10月に開始され、以後毎年10月に実施されている。1992〜1994年は15〜72才の約60万人(この年齢人口の0.55%)、1995年10月の調査では同約16万人(同0.15%)というサンプル規模で調査が行われた。労働力調査の実施主体はロシア統計国家委員会であり、サンプル規模は共和国、地方、州レベルの十分なデータの確保を可能にしたとの評価がロシア統計国家委員会によって下されている(Trud, 1996, p. 5)。しかし、1995年10月の労働力調査におけるサンプル規模の縮小という措置の妥当性については検討の余地を残している。なお、日本の労働力調査は毎月行われており、総務庁統計局が責任を負っている。サンプル規模は約4万世帯(15歳以上、10万人)であり、県の監督のもとで調査員が質問表の配布と回収を行い、県を通じて統計局にこれを送付している(ILO, 1990, p. 177)。  
 就業統計作成のための情報源は、企業・施設・組織からの報告書、農民(フェルメル)経営の調査データ、労働力調査、税務機関のデータ、移民局データ、政府組織・企業のサンプル調査、社会保険記録などである(Chernyshev, 1997, p. 107)。また、組織形態・就業形態別の多くのカテゴリーにおいて、就業データ作成の情報源として前年の労働資源バランスが利用されている(Metodologicheskie, 1996, p. 56)。  
 失業統計の主な作成方法は、調査統計(労働力調査による)と業務統計(職業紹介所統計、失業保険申請者(受給者)統計)である。ロシアでは、ILOの勧告に従って調査統計を作成するとともに、業務統計として雇用局に登録された失業者数を公表している(雇用局データとして失業手当受給者、就職斡旋関連の数字も公表されている)。各地域に置かれている雇用センターへの登録失業者数、求職者数、失業手当受給者数などの数字が、連邦雇用局に集められる(13)。ただし、雇用局登録失業者データについては、失業者に占める雇用局利用者の割合が小さく、男女間での雇用局利用率の格差などが見られるので、その活用範囲は限られている(大津, 1996, p. 46, 石川, 1998b, p. 126)。

2.労働資源バランス作成における連邦と地域の関係
  ロシアの地域労働統計の作成方法に関しては、Metodologicheskie(1996)や各種統計集にも地域に関する記述は見られない。ただし、連邦レベルの就業データ作成の情報源として多用されている労働資源バランスについては、1998年4月30日付ロシア統計国家委員会指示「1997年平均の労働資源バランス算定に関する指示(Ukazaniia po raschetu balansa trudovykh resursov v srednem za 1997 god)」(ロシア統計国家委員会提供資料)のなかで、地域に関して以下のような若干の記述がある。  
 労働資源バランス作成に当たって、ロシア統計国家委員会から地域の統計委員会へ送られる情報は、人口統計データ、1996年の労働資源バランスの指標、1997年10月の労働力調査データ、集中化した方法で計算される従業者数のデータである。内務省に関しては、称号を与えられた内務省の人員(attestovannyi personal)の二重計算を避けるために、称号を与えられた人員を除いた、1996年の集中化した方法で勘定された人数が統計委員会から地方に送られる。また、1997年のバランス作成では、新たにロシア内務省のすべての組織に対して、地域の国家統計機関に1997年の数字に関する資料を提出するよう指示が出されている(1998年4月9日付ロシア内務省指示N1/6041)。  
 連邦レベルで別途勘定される国防関連官庁(silovye vedomstva)組織の従業者について、地域がより多くの情報を持っている場合には、地域はそれらをロシア統計国家委員会に通知しなければならない。内務省関連のデータが連邦から地域に送られるのは6月初めであり、官庁に関して地域が持っている詳しい情報は、遅くとも5月末までに連邦に送るよう指示が出されている。  
 農家の就業者数については、ロシア統計国家委員会環境・農業統計局が地域の統計委員会に対して、1997年の「農民(フェルメル)経営数とそれらに提供された土地面積に関するデータ」、「農民(フェルメル)経営の成員数に関するデータ」を地域の労働資源バランスに反映するよう勧告を出している。法人格を有さない自動車輸送の経営者数は、私的活動への従事資格に対するライセンスの数に従って確定される。このデータはロストランスインスペクツィヤ(ロシア輸送監督局)の地方支部で作られる様式N8-avto(個人)に含まれている。  
 地域データに連邦レベルで修正が加えられるのは、従業者・学生の移動に関するデータと国防関連官庁組織の従業者数である。  
 以上から、GDPデータ作成と同様に、就業データ作成の場合にも、地域レベルのデータをそのまま単純に積み上げてロシア全体の労働資源バランスを作成しているわけではなく、連邦から地域へ基礎データが提供され、地域はそれを参考にしつつデータを作成して連邦に報告し、さらに連邦で修正が加えられることが分かる。このように、各地域の労働資源バランスは、最終的に連邦レベルで確定されることになっている。  
 就業データ作成に際して、前年の労働資源バランスが情報源の一部として利用されているため、労働資源バランスの以上のような作成手続きから、連邦の就業データも地域データの単純な積み上げではないことになる。なお、就業データにおける連邦全体と地域の就業者数の合計との差は、1994年、1995年において、連邦全体の就業者数のそれぞれ3.2%、2.9%である(Trud, 1996, p. 148)。ちなみに、GDPについては、ロシア全体のGDPと地域のGDPの合計との差は、1994〜1996年に11〜13%程度である(Natsional'nye, 1998, pp. 92-94)。GDPについては差の発生理由が説明されているが(14)、就業者数に関する連邦全体と地方の合計との差については、統計集の中にも説明がない。

3.地域失業データ
  地域の失業者数も、連邦同様に、労働力調査によるデータと雇用局データの2系列がある。Metodologicheskie(1996)には、就職斡旋に関するデータと雇用局失業データを用いた労働力調査の間の期間の失業者数の計算方法が紹介されている。具体例としてニジェゴロド州の数字が挙げられているので、この方法は連邦とともに地域レベルでも利用されていると考えられる。  
 これは、毎年10月に行われる労働力調査をまたいだ期間の「労働力調査による失業者数」と「雇用局登録失業者数」の比の変化率を一定と仮定して、期間中のある月の失業率を計算するという方法である。これを利用する際、雇用局登録失業者数が大きく増加または減少したときには、後に続く期間において同一の「変化率」を維持する必要はなく、専門家の判断に従って係数の修正を行うものとされている。  
 雇用局失業データの登録率の低さ、性別による登録率の格差という難点からすると、失業者数算定の情報源としてこれを利用することには問題があり、かなり便宜的な方法であると言える。毎月の失業データに関しては連邦・地域いずれについても注意を要する。  
 なお、連邦の失業者数と全地域のそれの合計との差は、年次データで見れば、1994年、1995年でそれぞれ、0.6%、0.3%である(Trud, 1996, p. 148)。


目次へ