ITP International Training Program



話芸としてのスピーチ

越野剛

(SRC COE共同研究員)


 真駒内で学んだことはたくさんあるが、とりわけ有意義だったのは英語による研究発表の練習だと思う。スピーチとは話芸(エンターテイメント)だという悟りを得ることができた。どんなにすばらしい内容のペーパーを用意していたとしても、聴衆がそれを聞いてくれなければ口頭で発表する意味はあまりない。目の前にいる人たちを驚かせたり、笑わせたり、ありとあらゆる手を用いて注意をこちらに引きつけなくてはならない。3人の英語教師の方々がスラブ研究の専門家ではなかったことも幸いであり、いかにして話を相手に伝えるかというプラグマティックな方法論にのみ集中して指導を受けることができた。


 自己点検のためスピーチの練習はくりかえしビデオで撮影されることになった。画面の中であやしげに身体を揺らしながらうろ覚えのセンテンスをしぼり出す恥ずかしい自分の姿を見ることによって、「何とかしなければならん」という危機感を持つことができた(もちろんビデオには他にも建設的な効果はたくさんあった)。その成長の軌跡は立派なDVDに焼いていただいたのだが、小心者の私はなかなか全部を見通すことができないでいる。瞬間の芸術であるパフォーマンスはその場かぎりで演じられるものであり、記録ではなく記憶の中にのみ残されてこそ美しいという思いもある。しかしそれは英語力の強化とはまったく関係のない話だ。


 こうした特訓の成果を披露する模擬シンポジウムは、お祭りのような緊張と愉悦をはらんだものとなった。参加者はそれぞれの分野の意欲的な専門家でもあるわけだから、スピーチで語るべきユニークな話題を持ち寄ってくれる。そうした面白さは当然なのだが、英語合宿の一環としてはスピーチの内容よりも形式のほうが重要である。その形式が参加者の個性を様々に反映していたのが、模擬シンポの中で何よりも楽しい見せ場になったと思う。演台のまわりを飄々と歩き回る人、動きを抑制させて眼差しでものを語る人、やわらかなジェスチャーで叙情を漂わす人、普段と違うドスの効いた声でたたみかける人、などなど。パフォーマンスの点ではスラブ研究センターの普段の国際シンポジウムよりも多彩だったのではないかと思うほどだった。個性豊かな人々の間で私もささやかながら自分のスタイルを見つけることができたようだ。もちろん訓練されたスタイルでもって伝えるにふさわしい研究内容を続けていかなくてはならない。2週間の実り豊かな合宿を企画していただいたセンターの皆様に感謝します。



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