ITP International Training Program



派遣者のプロフィール



第5期(2012年〜2013年)フェロー:
●麻田 雅文  ●シュラトフ・ヤロスラブ   ●赤尾 光春



麻田 雅文(あさだ・まさふみ)


■日本学術振興会特別研究員PD(2012年4月現在)

■派遣先:ジョージ・ワシントン大学エリオット校欧・露・ユーラシア研究所


 栄えあるITPの第5期メンバーとして選ばれて光栄です。2010年秋に提出した博士論文は、「中東鉄道経営史―ロシアと『満洲』 1896-1935年―」と題して、20世紀のロシアの極東政策と中ロ関係の歴史を、(日本では東支鉄道とも言われる)中東鉄道を中心に論じました。

 今回の研修は、博士論文の内容を英語で公表してゆくのに絶好の好機ととらえています。北米の関連する研究者とラウンドテーブルを企画し、対話の機会を広げることに尽力します。また英語論文の投稿も義務ですから、自分の研究を国際化することができる幸運に感謝いたします。

 派遣先となったジョージ・ワシントン大学エリオット校欧・露・ユーラシア研究所は、ロシア東欧の現状分析のみならず、世界をリードする冷戦の研究所としても有名です。研修中は、ソ連が1945年に「満洲国」に侵攻してから、1955年に旅順港から撤退するまでの時期について、米中ソの国際関係を扱いつつ、いかに日本とソ連の影響力が後退して、現在の中国東北となってゆくのか、その過程を追います。特に、ソ連が国民党、中国共産党と共同経営した中国長春鉄道に着目する予定で、満洲国崩壊後の日本人たちについてもアメリカの史料から読み解くつもりです。2011年8月に中国東北を訪れて以来、これらは心にとめていたテーマであり、今回ワシントンで研修の機会を得たことに運命を感じています。何よりワシントンには、アメリカ国立公文書記録管理局(NARA)もアメリカ議会図書館(U.S. Library of Congress)もあり、史料にあふれているのが歴史家にとっては最大の魅力です。

 研修中は研究に忙しく過ごす日々を予定しておりますが、ロシア以外で初めての在外研修ですので、アメリカという超大国を理解することにも努め、今後の研究に役立てようと思います。

 ※写真は在留邦人約105万人が送還された、遼寧省葫蘆島市の港にある記念碑。




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シュラトフ・ヤロスラブ(SHULATOV Yaroslav)SHULATOV Yaroslav


■派遣先:ハーヴァード大学ディヴィス・センター


2002年 ロシア・ハバロフスク国立教育大学東洋学部卒業
2005年 ロシア・極東国立公務アカデミー大学院ロシア史学専攻後期博士課程修了、博士号(歴史学)
2010年 慶應義塾大学大学院法学研究科にて博士号(法学)取得。


 研究テーマは、20世紀前半の日露・日ソ関係であり、特に日露戦争以降の日露関係の動向及び日露同盟の形成、日ソ基本条約締結後のソ連の対日政策及び極東における外交方針、同地域におけるパワーバランスなどを検証し、中央と地方の軍部や外交官などのアクターの立場に着目しながら、両国関係の外交・政治・軍事・財政・経済的側面を総合的に分析している。また、帝政期とソ連期のロシアの対日・極東政策の継続性・連続性の問題に注目し、当該時期の東アジアにおける国際関係及び日露・日ソ関係が関わった諸問題(朝鮮問題、中国革命運動、モンゴル問題など)にも関心を持っている。つい最近までは、帝政期のほうを重視してきたが、現在はソ連期の研究に力を入れようとしている。

 これまでは、ロシアと日本の資料館にて史料調査を行い、双方の一次史料の比較分析をしてきたが、アメリカにて史料を調べたことはない。東アジア・太平洋地域における国際関係という枠組において日ソ関係を検証するには、アメリカ側の史料が極めて重要であるため、派遣先のハーヴァード大学の図書館をはじめ、アメリカ議会図書館などにおいて史料調査を行うのが、ITPフェローの目的の一つであると考えている。二つ目は、北米で行われる国際学会に参加し、国際舞台に相応する報告を用意することにある。三つ目は、アメリカの学界との関係を築くことである。同大学は、東アジアにおける国際関係に関する豊富な資料と、幅広い地域と分野に及ぶ多彩な指導陣に恵まれているため、視野を広げ、研究基盤を固めるのに最適な環境を持っている。滞在期間中、あらゆる分野の研究者との交流を深め、自分の研究で新たな一歩に踏み出したい。
 この機会をいただけたことに、心より感謝を申し上げたい。

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赤尾 光春(あかお・みつはる)Akao Mitsuhaaru


■大阪大学非常勤講師/招聘研究員
■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校


2005年 総合研究大学院大学博士後期課程文化科学研究科(地域文化学専攻)修了(学術博士)
2004年~06年 在イスラエル日本国大使館専門調査員
2006年~08年 北海道大学スラブ研究センター21世紀COE学術研究員/非常勤研究員
2008年~12年 大阪大学人間科学研究科特任助教


 もともと私はロシア文学を専攻していたが、東欧やロシアの文化の森に神出鬼没するユダヤ人の存在に魅せられて以来、近現代における東欧ユダヤ人社会とその文化に関する研究を行ってきた。主な研究関心は、①ユダヤ教敬虔派ハシディズムのロシア・ソ連での展開、②スラヴ・ユダヤ文化関係史、③近代ユダヤ(イディッシュ/ヘブライ/ロシア)文学におけるシオニズム的主題の三つであり、①については、ウクライナの地方都市におけるハシディズムの聖地巡礼に関する民族誌的研究により博士号を取得した。

 本ITPプログラムでは、ハバド・ルバーヴィチ・ハシディズムと呼ばれる正統派ユダヤ教集団のロシア・ソ連との関わりについての研究を中心に行う予定である。旧ソ連のユダヤ人社会は総じて世俗的性格が強いが、今日の旧ソ連諸国で最も大きな影響力とプレゼンスを誇っているユダヤ人団体の一つがハバド・ハシディズムである。このパラドクスを解明するために、ロシア・ソビエトにおけるハバドの宗教活動の展開とともに、過酷な宗教弾圧の経験を経た独特の神学イデオロギーの形成などの分析を通じて、ポスト・ソ連時代におけるユダヤ教復興のメカニズムについて考察を加えたい。

 英語圏での長期滞在は今回が初めてであり、イギリスという風土とその独特の文化に馴染めるかどうか心もとないが、この貴重な機会を最大限活かして、有意義な一年になるように心掛けたい。

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第4期(2011年〜2012年)フェロー:
●佐藤 圭史  ●劉 旭  ●加藤 美保子



佐藤 圭史(さとう・けいじ)Keiji Sato


■北海道大学GCOE共同研究員

■派遣先:ハーヴァード大学ディヴィス・センター


 2008年九州大学大学院比較社会文化学府博士課程単位取得退学、2009年同大学院にて博士号(比較社会文化学)取得。


 私の好きな作家に横光利一という人物がいる。大正時代末期から昭和初期にかけて活躍した新感覚派を代表する作家である。新感覚派の完成を目指していた彼は、芥川龍之介から「君は上海にいくべきだ」と強く勧められた。1920年代半ばの上海は、帝国列強の租界がひしめき、海外からの資本流入による急速な経済成長とともに、「野望」と「欲望」の渦巻く混沌とした巨大都市であったにちがいない。横光利一は一ヶ月にわたる滞在経験から、上海を舞台に展開される帝国と殖民地、資本家と労働者の対立を描き出した長編小説『上海』を完成させた。これが後に、新感覚派文学の「集大成」と呼ばれる作品である。

 私のハーヴァード渡航は、「新しい環境に出向き新しいものを見て何かに触れる」といった漠然としたものでなく、「研究会を組織し、権威ある国際学会で発表し、英文一流雑誌に論文を投稿する」という具体的な課題が設定されているものである。さらに長期的な視野でみた場合、研究成果によって日本のスラヴ諸学での論議に新しい潮流を作ることが、究極的な目標とされているのかもしれない。一ヶ月程度の上海取材から横光利一はそれをやってのけた。横光利一を引き合いに出すのがおこがましいほど、そのような重責を担うほどの知識も教養も私に無いことは周知の通りである。しかし、時と場所の巡り合わせで「お前はハーヴァードに行くべき」と授かった機会を、能力不足を理由に断り続けることは、謙遜ではなく厚顔無恥を晒すだけだろう。能力不足を大きく差し引いても、私の猪突豨勇さ(無謀さ)に何らかの評価を頂いたのだと思う。局面を変えるための先兵が不要な戦は無い、というところだろうか。

 専攻は国際関係論、ロシア・東欧圏の民族問題や非承認国家問題を研究している。フィールドは、モルドヴァ、グルジア、バルト三国(リトアニア、エストニア、ラトヴィア)である。沿ドニエストルや南オセチアなどの非承認国家問題の生成要因を分析してきた。また、リトアニアのポーランド人問題、エストニアの「ロシア語話者」問題も扱ってきた。近年は、非承認国家問題の解決に向けた和平交渉にかんする研究をおこなっている。


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劉 旭(りゅう・きょく)Ryu Kyoku


■北海道大学スラブ研究センター学術研究員
■派遣先:ジョージ・ワシントン大学 エリオット校 欧・露・ユーラシア研究所


2003年中国北京大学外国学部・経済学部卒
2010年北海道大学大学院文学研究科博士後期課程修了、博士号
2010年4月より北海道大学スラブ研究センター学術研究員


 ロシアのエネルギー政策の現状分析を行っている。博士課程においてロシアのパイプライン政策、東シベリア及び極東の石油ガス資源開発政策、対アジア太平洋地域のエネルギー政策について複数の論文を書いた。今回のITPプログラムの枠内でロシアのエネルギー政策の一般動向を注目しながら環境ファクターの役割を重点において研究を行いたいと考えている。

 ロシア近年の経済成長は石油ガス価格の上昇によるところが大きいというのは学界の一般的見解である。ロシア政府は資源輸出に依存しない経済の在り方を模索しているが、それを短期間に達成するのは極めて難しい。資源開発の最前線はすでに北極海やオホーツク海の大陸棚、北極圏の厳寒地帯及び地質地理条件の厳しい東シベリア地域まで及んでいる。これからのロシアのエネルギー政策を考える際には、資源開発の資金(コスト)調達、開発地域の環境保護及びエネルギーの効率利用という3つの問題を念頭に入れなければならない。そのうちの環境保護の部分を今回のワシントン滞在期間中の研究課題としている。

 ワシントンには、大学やシンクタンク、国際のエネルギー報道機関及び研究機関が集中している。アメリカの政治中心というところで実務者と研究者の交流の場が多く設けられている。ワシントンの滞在期間中で実務者と研究者の両方との交流を深めて、国際的な視点からロシアのエネルギー政策を考え直して、環境分野の研究の第一歩を踏み出す。

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加藤 美保子(かとう・みほこ)Mihoko Kato


■北海道大学スラブ研究センターGCOE共同研究員
■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校


2001年東京外国語大学外国語学部ロシア科卒
2011年北海道大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学
同年9月、同大学院にて博士(学術)取得見込


 研究上の関心は、ロシアが自らの国際的地位の低下を食い止めるために、冷戦後の国際秩序をどのように構想し、関わろうとしてきたのか、とりわけ、アジア太平洋地域を対外政策全体のなかにどのように位置づけてきたのかという点にある。博士論文では、国際システムにおけるロシアの地位の維持、回復、強化において多国間主義が果たしている役割に注目し、対欧米外交との比較を通じて、アジア太平洋地域の事例を検討した。

 冷戦の終焉を理論的に説明することができなかった反省から、英語圏における過去20年間のロシア外交研究では、いかに対外政策の変化を説明するのかが一つの争点であり続けてきた。この文脈で、パワーなどの物質的要因よりも、国家アイデンティティや国益、外交エリートの地域認識に注目してロシアの対外政策を分析するアプローチが流行となった。イギリスの学界は新たな研究方法の実験において、主導的な役割を果たしてきたといえる。

 一方で、日本、中国、韓国のロシア外交研究においては、二国間関係を切り取る伝統的なアプローチが主流であり、その方法論についてはあまり議論されてこなかったように思う。2010年のICCEESで痛感したこのギャップについて考える上で、セント・アントニーズ・カレッジは最適の条件が揃っており、この機会をいただいたことに心から感謝している。

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第3期(2010年〜2011年)フェロー:
●青島 陽子 ●花松 泰倫 ●中村 真



青島 陽子(あおしま・ようこ)Yoko Aoshima


■北海道大学GCOE共同研究員

■派遣先:ハーヴァード大学 デイヴィス・センター


 1997年東京大学文学部歴史文化学科卒業、2007年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学、2010年同大学院にて博士号(文学)取得。

 研究テーマは、西欧から近代的変容の圧力が強まった19世紀において、ロシア帝国がどのように国家・社会を変容させようとしたのかを、政治・社会史的な観点から明らかにすることである。とくに、19世紀中葉の「大改革」期における教育制度改革に着目し、身分性原理を弛緩させ、社会の流動化を促進するような教育改革がどのように生じたのかを、大学教授や教員の動向に着目しながら、分析してきた。

 現在までは、男性の教養層を中心的な研究対象としてきたが、今後は、①帝国の民族地域、②女性、③農民といった、ロシアの教養層の外部に位置する集団に目を向けながら、ロシア政府の近代化政策と社会の反応とを包括的に議論できるようにしていきたいと考えている。

 アメリカの学界は、ロシア史研究がもっとも継続的に蓄積された場所であり、視野を広げ、議論のコンテクストを熟考するには理想的な環境である。日本でも一定の研究蓄積がある19世紀ロシア史の議論を、アメリカの議論のコンテクストのなかで再考しつつ、再発信していくことをめざしたい。


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花松 泰倫(はなまつ・やすのり)Yasunori Hanamatsu


■北海道大学総合地球環境学研究所研究員
■派遣先:ジョージワシントン大学 欧・露・ユーラシア研究所


 2000年北海道大学法学部卒、2008年北海道大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学、2008年総合地球環境学研究所プロジェクト研究員を経て、2010年4月より総合地球環境学研究所研究員。

 専門は国際法学で、国際関係における法ルールや制度が互いに調整されることなく形成、実施され、コンフリクトが生じるという「国際法の断片化」の問題を、主に環境法や人権法を対象として研究してきた。2008年より総合地球環境学研究所の大型プロジェクト「アムール・オホーツクプロジェクト」に参加し、日本・ロシア・中国を跨る巨大な生態系を保全するための方策について考察してきたが、ロシアや中国の政治経済状況や外交関係についてより深く知見を得たいと感じていたところに今回のITPの話があり、応募させていただいた。

 派遣先のジョージワシントン大学では、バルト海やカスピ海などの海洋環境保全と、ロシア極東および北東アジアに広がるアムールオホーツク生態系を比較しながら、ロシアの外交関係における環境ファクターの位置づけについて研究するつもりである。

 私はもともとスラブ・ユーラシア圏の研究をしてきたわけではなく、研究上様々な困難が待ち受けているであろうが、うまく折り合いを付けつつも、物怖じすることなく積極的にチャレンジしていきたい。また、同大学があるワシントンDCは国際関係に関する議論の世界的中心であり、様々な分野、地域の研究者と交流しながら、今後の研究を発展させていくための糧を得られるのではないかと考えている。

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中村 真(なかむら・まこと)Makoto Nakamura


■大阪大学
■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校


 1997年早稲田大学第一文学部ロシア文学専修卒業、2007年大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻(音楽学)博士後期課程単位取得退学、2010年同大学院にて博士号(文学)取得。

 わたしは、作曲家のレオシュ・ヤナーチェク(1854–1928)が作曲のかたわらで従事していたモラヴィア民謡研究を軸に据えて、19世紀末から20世紀前半のボヘミアやモラヴィアでの民謡研究が置かれていた歴史的文脈を研究している。このような研究に従事しているのは、とかくナショナル・ヒストリーの枠内で語られがちの民謡研究や「国民音楽」をより広い文脈に置いて捉え直すためである。こうした観点から、博士論文では、ヤナーチェクが民謡の楽曲構造を分析するために考案した独自の方法が発展する過程と、初期の民謡研究において民謡の楽曲構造へ付与していたナショナリスティックな意義が時とともに変化してゆく様子の双方を、もっぱらテクストの内在的な分析を通して検証した。

 現在では、ヤナーチェクのものだけではなく19世紀末から20世紀前半にかけてのボヘミアとモラヴィアの民謡研究者が著した民謡に関する論考へも考察の対象を広げている。それとともに、彼らの研究が置かれていた脈絡を外在的な観点から捉えるための作業にも取り組んでいる。当時の民謡研究が置かれていた脈絡を考える際のヒントとして重視しているのは、民謡研究者たちが民謡の楽曲構造を分析する方法が前提としていた「民謡」観や「民衆」観の間に大きな違いが見られる——という点である。こうした違いを生み出す要因としては、ドイツ語圏における民謡研究の方法との異同という「音楽学的」な問題や、多言語/多民族状況に置かれていたボヘミアやモラヴィアにおける人口動態や民俗学博覧会の開催といった「音楽外的」な問題に注目している。当時のボヘミアやモラヴィアにおける民謡研究が置かれていた歴史的脈絡をこうした観点から考えることによって、民謡研究を「ナショナル」な文脈と「トランスナショナル」な文脈の双方が複雑に交錯した結果成立した社会的構築物として捉え直 すことが可能となろう。

 イギリスでは、19世紀末から今日に至るまでロシアや中東欧の芸術音楽が盛んに受容されてきただけではなく、同地の音楽文化に関する研究も積極的に行われてきた。また、アメリカと同様に、音楽とナショナリズムとの関係についての研究も非常に進んでいる。だからこそ、オックスフォード大学へITPフェローとして赴くことは、わたしが目下取り組んでいる研究テーマを再考し、深化させる千載一遇のチャンスである——と捉えている。ロシアや中東欧の音楽文化についてさまざまな観点から研究しているイギリスの研究者との学問的な対話から得られるであろう成果を、一日も早く世に広く問うてゆきたい。

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第2期(2009年〜2010年)フェロー:
●溝上 宏美 ●浜 由樹子 ●任 哲



溝上 宏美(みぞかみ・ひろみ)Kyouhei Norimatsu


■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校ロシア・ユーラシア研究センター


 1999年、京都大学文学部卒業。2005年、京都大学大学院文学研究科博士課程を単位取得満期退学。2008年京都大学で博士(文学)学位取得。専門はイギリス現代史、移民史。博士論文では、第二次世界大戦後イギリス指揮下に残留したポーランド亡命政権所属のポーランド軍兵士に対するイギリス政府の受け入れ、再定住政策を、イギリスの対外政策、外国人労働力政策の中で位置づけて分析した。これまで留学経験がなく、今回のオックスフォード派遣で長年の宿願がかなった。

 イギリス史を専門とする私がスラブ・ユーラシア研究センターに派遣されるITPに応募したというのは奇異に聞こえるかもしれない。これまで受け入れ側のイギリス史からの視点で見てきた私の研究では、歴史に翻弄されて祖国を離れ、最終的にイギリスで再定住したポーランド人側からの視点が弱くなるという問題点を強く意識していた。オックスフォードでは、他の移民集団との関係やイギリスの帝国としての歴史と深く関わって発展してきた移民法制、国籍法制の問題など、イギリス史研究者としての視点を生かしながら、東欧研究者との活発な交流を通じて、移民者の視点を自分の研究のなかに取り入れていきたい。また、自戒を込めて言うならば、移民研究は自らが対象とする集団に視点が偏る傾向にある。一つの移民コミュニティに焦点を当てる研究はそれ自体価値あるものであるが、特定の移民集団のみに埋没してしまうのは生産的であるとはいえないと感じている。他の移民集団を専門とする研究者と共に研究を進めることで、EU拡大も視野にいれつつ、イギリスが様々な移民集団との摩擦を繰り返しながらも多文化社会へと発展していった歴史を総合的に捉える視点を養いたい。

 これまで史料収集のために幾度か渡英しながらも、国内で研究活動を行ってきた。国際的な舞台で自分の研究がどれだけ通用するのか不安であるが、同時にどのような反応が返ってくるのかが楽しみでもある。



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浜 由樹子(はま・ゆきこ)


■津田塾大学国際関係研究所研究員・学芸学部非常勤講師、東京大学教養学部非常勤講師
■派遣先:ハーヴァード大学デイヴィス・センター


 1998年上智大学外国語学部ロシア語学科卒、2004年津田塾大学大学院国際関係学研究科後期博士課程を単位修得後退学、津田塾大学学芸学部国際関係学科助手を経て現職。2009年上記大学院で博士号(国際関係学)取得。

 現在の研究テーマは、従来ロシア思想史やエミグレ研究で論じられてきたユーラシア主義を、国際関係史の文脈に据えて再解釈することである。博士論文では、1920年代のユーラシア主義の形成を、アルヒーフ史料等も用いながら論じた。中・長期的には、ロシアの「ユーラシア・アイデンティティ」の形成と展開を、具体的な歴史的文脈の中で検討することを企図している。

 ここ数年、1990年代以降のユーラシア主義ブームに注目し、これをイデオロギーとして読む研究が相次いで著されているが、そこに見られるのは、「アメリカ的」プラグマティズムと歴史研究との接点の模索であるといえる。いわば分野横断的な研究が一層望まれる現在の研究状況下で、その発信源としてのアメリカの学界で研究交流をする機会をいただけたことは、非常に幸せである。



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任 哲(にん・てつ)Fumikazu Sugiura


■北海道大学スラブ研究センター・学術研究員
■派遣先:ジョージワシントン大学 欧・露・ユーラシア研究所


 2001年7月に北京大学政治学部卒業、2008年3月に早稲田大学アジア太平洋研究科で博士号取得。早稲田大学アジア研究機構助手を経て、2009年4月より北海道大学スラブ研究センター学術研究員。

 中国の政治体制、政府間財政関係、社会階層の分野に関心を持ってこれまで研究を進めてきた。博士論文では、土地問題を事例に取り上げ、中国の中央・地方関係を論じた。具体的には、地方の重層性を強調するため、地級政府と県級政府を基層政府と定義することで、中央・地方関係を旧来の二層関係(中央政府と省政府)から三層関係(中央政府と省政府と基層政府)へ拡張して分析した。そして、地方財政を予算内収入と予算外資金に分けたうえで、それぞれの中で不動産税収が占める割合を考察した。博士論文の作成段階で中国に限定せず、比較研究の視点から分析する必要性を痛感したが、実現できないまま論文を提出した。幸運なことに、2009年4月から新学術領域「比較地域大国論」第2班のプロジェクト研究員に採用され、比較研究の野望を再び抱くことになった。

 私がITPに応募する動機は、幅広い分野の専門家と交流することで、専門知識を習得し、研究の視野を広げることである。ジョージワシントン大学は、私の専門分野である中国研究だけではなく、他の地域及び国際政治の優れた専門家が集まっているので、比較研究を行うには最適な場所だと考える。

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第1期(2008年〜2009年)フェロー:
●乗松亨平 ●平松潤奈 ●杉浦史和 ●半谷史郎



乗松亨平(のりまつ・きょうへい)Kyouhei Norimatsu


■首都大学東京非常勤講師
■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校ロシア・ユーラシア研究センター


 1999年、東京大学文学部を卒業、2005年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を単位取得満期退学、2008年、文学博士。専門は19世紀ロシア文学、現代ロシアの文化理論。博士論文では、19世紀リアリズムの成立を、カフカス地方の文学的表象をとおして分析した。

 今回のイギリス滞在は、1998年にモスクワ大学へ留学して以来の長期在外経験になる。トップレベルのロシア人学者の多くが海外へ流出している現状、また、英語文献にしばしば示唆を受けてきたことから、英語圏へ留学したい気持ちは以前からもっていた。具体的なきっかけを得られずにいたところに、今回のITPの話があり応募させていただいた。

 アメリカが世界のロシア文化研究をリードしているのは確かだろうが、A・ゾーリン、C・ケリーという、学際的な文学研究で著名な学者が集中するオックスフォードも、私にとって魅力的な滞在先である。実際、週に1度、大学院生むけに開かれるロシア文学ゼミは、10人ほどの参加者に2人が臨席する贅沢なものである。各国から集まった学生のレベルは総じて高く、所属するセントアントニーズ・カレッジで社会科学専攻の学生と交流する機会が多いこともよい刺激になっている。こちらでは教養の理念が健在のようで、学生の幅広い興味関心にしばしば驚かされる。イギリスの研究・教育環境をよりつぶさに観察し、それに順応して発信することを目指すとともに、今後の研究の間口も広げられるのではないかと期待している。



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平松潤奈(ひらまつ・じゅんな)Junna Hiramatsu


■東京大学教養学部非常勤講師
■派遣先:オックスフォード大学 聖アントニー校ロシア・ユーラシア研究センター


 1998年、東京外国語大学外国語学部を卒業、2005年、東京大学人文社会系研究科博士課程を単位取得満期退学、2008年に東京大学上記研究科で博士号を取得。博士論文では、ソヴィエト文学の古典『静かなドン』『開かれた処女地』を取りあげ、公式文学体制の諸問題と関連づけて論じた。現在も社会主義リアリズム文学、スターリン文化に関する研究を続けている。これまでの国際活動経験は、1996年〜1997年のサンクト・ペテルブルグ大学への留学、そして近年のモスクワやペテルブルグでのアーカイヴ調査が中心であった。

 ITPに応募した動機は、より多くの専門家に向けて自分の研究を発信し、彼らの見解を聞いてみたいと考えたからである。また異なる環境から刺激を受けることで、自分の研究を捉えなおしたり、新しい領域に関心を広げたりできればと思った。派遣先の選択理由は、落ち着いた環境のなかで、自分の専門分野に関してトップレベルの先生方からの指導を受けることを期待したからである。派遣先のセント・アントニーズ校のみならず、他校・他大学のテーマを同じくする研究者と接触する機会もつくっていきたい。

 こちらで私は主に講義形式の授業に出席しているが、大学院生は、オックスフォード・スタイルと呼ばれる討論形式のゼミに参加することが多く、先生の話よりも、学生の積極的な対話によって授業が展開していく。それについていくには私の英語力ではまだ不十分だが、予習を徹底して明確に意見提示する学生の姿勢からだけでも大いに学ぶところがあると感じている。



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杉浦史和(すぎうら・ふみかず)Fumikazu Sugiura


■帝京大学経済学部助教
■派遣先:ジョージワシントン大学 欧・露・ユーラシア研究所


 2002年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位習得退学、2003年経済学博士(一橋大学)取得。2004年一橋大学経済研究所専任講師を経て、2007年より帝京大学経済学部経済学科助教。

 体制転換の途上にあるロシア経済の金融的側面に関心を持って研究を進めている。博士論文では、移行初期に重大な問題であった未払問題に焦点を当て、その発生と再生産のメカニズムを仔細に検討した。その後、経済が安定し成長が始まってからの局面では、ロシアの成長メカニズムを企業金融の側面から分析する課題に、マクロ、ミクロの両面から取り組んでいる。また中東欧地域の経済・社会の変動についても特にEUの東方拡大がもたらす影響を中心に研究している。

 1995年から2年間、OECD日本政府代表部の専門調査員として活躍。今回はほぼ10年ぶりの在外経験である。ITPにはこれまでの研究の総括と、今後の研究活動の次元を高めるために応募した。ワシントンを派遣先に選んだ理由は、現在進めている研究を、単に「ロシアの」企業金融という視点ではなく、国際的な基準でみて改善することを期待したほか、当地にある各種の国際金融機関や、米国の対ロ政策を形成する上で重要な数多くのシンクタンクへのアクセスを通じて、多くの専門家との接触が可能になるためである。すでにブルッキングス研究所のガディー博士とは知己を得て、研究上の意見交換ができるようになった。

 ITPに応募する時点では自分は十分に適格であると考えていたが、蓋を開けてみると随分若い人達とともに選抜されたので恐縮している。十分に成果を挙げて帰国したい。受け入れ先がケナン研究所ではなくジョージワシントン大学のヨーロッパ・ロシア・ユーラシア研究所になっているので、周囲の研究者には国際関係の専門家が多く、大いに刺激になっている。特に、今年8月のロシアとグルジアの紛争が発生した後は、対ロ政策に関するさまざまな情報の発信地となっており、同僚達との意見交換にも常に新しい視点がある。ただし、米国の国益の視点に立っての発言が多く、首をかしげることも多い。すべてが勉強の場である。

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半谷史郎(はんや・しろう)Shirou Hanya


■派遣先:ハーヴァード大学 デイヴィス・センター


 2001年、東京大学大学院 総合文化研究科地域文化研究専攻 博士課程修了、博士(学術)。2009年4月から愛知県立大学非常勤講師(予定)。

 博士論文ではスターリン時代に強制移住の憂き目を見た諸民族の名誉回復を、主にヴォルガ・ドイツ人を中心に研究した。2002年9月から一年間、ヴォルガ・ドイツ人の故地サラトフに留学(小渕フェローによる派遣、受入先はサラトフ大学)。ソ連時代は閉鎖都市だったせいもあって、外国人の長期滞在は珍しがられた。周りに日本人が一人もいない環境というのも、いろんな意味で思い出深い。ちなみにアルヒーフに入ったのはこの留学が初めてだが、この時じっくりなめるように史料を読み込んだ経験が、今の私の研究スタイルを作ったと思っている。

 ITPに応募した理由は、なんとも消極的だが、現在翻訳している研究書の著者が派遣先の研究所の教授だったから。このため大望は抱かず、原著者と直接やりとりができれば十分くらいのつもりでアメリカ入りしたが、ハーバード大学の図書館の充実ぶりに驚き、独特の雰囲気を持つアメリカのロシア研究にも色々と刺激を受けている。

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