ITP International Training Program



第40回AAASSに参加して

杉浦 史和

(帝京大学、第1期ITPフェロー、ジョージ・ワシントン大学に派遣中)[→プロフィール


 2008年11月20日から23日までペンシルベニア州フィラデルフィアで開催された第40回AAASSに参加した。ITPへの派遣が決まってから初めてAAASSに入会したので報告はせず、専ら傍聴に徹した4日間であった。以下に簡単に印象を記したい。


 まず、規模の大きさに圧倒された。パンフレットによれば580あまりのパネルが予定されていたようで、セッション数は12もあった。筆者はこれまで欧州比較経済学会やモスクワ経済高等学院の国際シンポジウムに参加したが、AAASSはICCEES並みの規模で、また扱われるテーマの広範さにも目を見張るものがあった。筆者の問題関心から、主に社会科学、とりわけ経済や政治といったテーマの分科会にしか参加できなかったが、在米スラブ研究者の層の厚さを改めて目の当たりにした学会であった。


 第二に、どの国際学会でもそういう傾向があるかも知れないが、研究報告のスタイルが日本とはかなり違う。日本の学会では事前提出したペーパー、すなわち目に見えるものに基づいて議論が展開されることが多いが、こちらは純粋に討論、すなわち口頭での勝負が中心である。ある程度完成されたペーパーを提出して議論を緻密化する日本と比べると、議論はややもすると大ざっぱなものに陥りやすく、ときには頷けないことを口走る人もいるが、こうした議論を通じて後に初めてレベルの高いペーパーを完成させるというスタイルなのであろう。各パネリストの報告でパワーポイントを使うものがほとんどなかったのは、逆に新鮮ですらあった。ITPの目的の一つに、国際学会への積極的な参加があげられているが、それは単に英語で自分の報告をすればおしまいというのではなく、ディスカッション、言い換えれば口頭で攻めたり守ったりすることができる技術を伸ばすことが必須であると痛切に感じた。ネイティブに討論を挑むのは確かにしんどいが、それこそが国際学会の醍醐味であり、周到なる準備がものをいうのであろう。


 以上が全体の印象であるが、覗いてみて興味深かったパネルを一つだけ紹介したい。最終日午前中のセッションで「ゴルバチョフと外交上の対談相手」と題したものである。A.ブラウンがサッチャー、J.マトロクがレーガン、ブッシュ(父)、S.V.サヴランスカヤが東欧の指導者達を俎上に上げて議論した。ゴルバチョフの新思考外交には、当然ながらそのカウンターパートがいたわけだが、彼と息の合う相手もいればそうでない相手もいて、その組み合わせの妙が世界史上に残る冷戦の崩壊をもたらしたのだということが、歴史専門家ではない筆者には大変面白かった。特にマトロクはレーガンによる対ソ連外交の裏話を交えつつ、1983年にソ連を「悪の帝国」と呼んだ指導者がその5年後にゴルバチョフと肩を並べて赤の広場を歩くまでの過程で米国がどのように外交政策を立案し実行していったかをつぶさに紹介して、多くの聴衆を引きつけていた。筆者もこれまでの半年に亘る米国滞在で気づいたのだが、レーガン大統領の人気は今でも非常に高い。これは必ずしも共和党支持者に限らない。もちろん新自由主義をもたらした人物として批判されることもしばしばだが、俳優出身であった彼の当意即妙の話術やユーモア感覚、そして大舞台を前にしての融通無碍の資質が、冷戦で対峙する二大国の交渉にどのように働いたかを考えると、外交舞台における天の配剤の不思議すら感じてしまうのである。それに対して、サヴランスカヤが指摘したように、東欧の指導者達(ハンガリー、ポーランドを除く)がゴルバチョフとの間に十分な信頼関係を持つことができず、悲惨な結末を招いたという事実は、これまた歴史の宿命だったのかも知れないと感じた。






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