ITP International Training Program



AAASSでの発表について

半谷 史郎

(第1期ITPフェロー、ハーヴァード大学 デイヴィス・センターに派遣中)[→プロフィール


 2008年11月20日から23日にフィラデルフィアで開催されたAAASSの2008年度大会に参加し、発表する機会がありました。その体験について記したいと思います。


 発表したのは、「Russia's Great World War in Global Perspective: A Future Research Agenda」という、ロシアの第一次大戦を話し合うラウンドテーブルです。今までこの時代はちゃんと勉強したことがないので、何を話したものか、ずいぶん悩みました。最初は、年来の研究テーマのヴォルガ・ドイツ人について、第一次大戦のことをにわか勉強することも考えました。しかし薄っぺらな付焼刃では、日本人がロシアのドイツ人のことを英語で話すという何重にも屈折した問題設定を納得させる自信が持てません。結局、同じゼロから勉強するなら、日本人であること、日本語の文献が読めることを最大の利点に出来るテーマにしようと考え直し、「ロシアと第一次世界大戦」を日本から読み解くテーマとして、第一次大戦末期のシベリア出兵の日本における史学史を話すことにしました。折り良くロシア史研究会の2008年度大会に「シベリア出兵再考」のセッションがあり、最新の研究動向をつかみやすいことも決断の後押しになりました。


 10月のロシア史研究会の大会にあわせた一時帰国から戻ると、発表の準備を始めました。その際、周囲からの助言もあって、発表の冒頭部分に特に注意しました。日米の学会文化には大きな違いがあります。日本の学会発表では活字が重要な役割を果たしており、レジュメや資料などを目で追いながら、話を聞くスタイルが主流です。聴衆は活字によって大まかな方向性が推測できるので、報告者のしゃべる内容が多少退屈だったり、理解できなくても、なんとかついていけます。一方、アメリカは配布資料は何もなく、報告者のしゃべる言葉だけが勝負です。音声は発話とともに消えてゆくものですから、聴衆の興味を逸らさない配慮、特に最初の数分間で関心を持ってもらい、全体のおおまかな内容をつかんでおいてもらうことが、とても重要になってきます。


 発表の準備をしている時はまだ半信半疑でしたが、実際にアメリカの学会を体験してみて、断言できます。発表の冒頭にパンチを利かせて聴衆の注意を奪い、聞く気にさせることができれば、その発表は半ば成功です。あとは中間部分の論証を着実に積み重ね、最後にもう一度全体を繰り返しながらダメ押しのパンチが出せれば、大成功間違いなしでしょう。


 こう書くと、さも見事な発表をしたかのように見えますが、実際はしゃべりながら自分の至らなさを痛感しつづけでした。冒頭に「日本から見た第一次世界大戦は、何もありません」とかました時には注目が集まったのを感じましたが、次第次第に聴衆が退屈そうな顔になっていくのが分かります。これは、ひとえに原稿を読み上げていたことが原因でしょう。自由にしゃべっているのと、単調に読み上げているのとでは、聴衆に訴えかける力が明らかに異なるようです。会場の雰囲気を見て即応できるだけ語学力があったら、どんなに良いことかと思いながら、原稿を読んでいました。


 発表したこの部会は、第一次世界大戦のシリーズ本を最終目的にする研究チームの企画会議のようなものだったので、発表後の質疑応答はなく、残る時間は会場の参加者が次々と企画に対する自分の意見を述べ、それで終わりました。原稿を準備できない質疑応答に戦々恐々としていたので、これには拍子抜けでした。


 自分の発表が終わると、あとは半ば物見遊山で、かなり適当な基準であちこちの部会に足を運びました。聴衆が数えるほどしかおらず、発表者もどこか消化試合の雰囲気が漂い、選択を誤ったと思うセッションがあるかと思えば、逆に刺激に満ちた思わぬ収穫もありました。一番印象に残っているのは、ブレジネフ時代のウクライナの地方都市ドニエプロペトロフスクで若者が西側映画をどう見ていたかという報告です。おそらく報告者自身の体験を当時の公文書史料を使って歴史として語り直した一種の思い出話なのですが、情景がありありと浮かんできて、とても面白かったです。(終)

(2008年12月記す)




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