ITP International Training Program



BASEESリポート

乗松 亨平

(第1期ITPフェロー、オックスフォード大学 聖アントニー校ロシア・ユーラシア研究センターに派遣中)[→プロフィール


 去る3月28~30日にケンブリッジで開かれた英国スラヴ東欧学会(BASEES)の年次大会に参加した。その全体的な印象を報告させていただく。


 人文・社会科学をまたいでスラヴ・ユーラシア地域研究者を統合する英国最大の組織であるにもかかわらず、この学会の規模は決して大きくない。総会で配られた資料によると正会員は303人、大学院生や英国外研究者による準会員を足して計784人である。約60のパネルで約200人が発表する年次大会の規模は、非会員に支えられているのだろう。ちなみに年会費は正会員が25ポンド、準会員が15ポンドで、機関誌を発行しないこともありリーズナブルな額になっている。年次大会の発表エントリーの締切は9月、開催時期は3月末か4月初頭(日本の予算処理上はいささか悩ましい時期だが)、場所はケンブリッジ大学フィッツウィリアム・カレッジというのが通例のようである。


 総会では、日本の学会と比較して興味深いBASEESの活動を知ることもできた。一部の会員がロシアの入国ビザを発給拒否された問題や、BBCロシアの放送削減に対して抗議を行ったという話は、利益団体としてBASEESがもつ主体的機能を伺わせる。また、学会による教育プロジェクトも行われており、総会では、現地語の素養をもたない社会科学者の増加に対応した語学訓練案のほか、在野研究者への金銭的補助が話しあわれた。大学院生を対象としたロシアのアーカイヴ・ツアーはすでに数回を重ねたと聞くし、院生の現地調査や研究会開催には支援が与えられる。さらに、学会承認のワーキング・グループがいくつもあり、BASEESの補助のもと、おのおの年に1度研究発表会を開いている。日本の学会とは事情が異なるだろうが、一考に値するとりくみに思える。


 大会での発表に話を移そう。以下は私が聴講した、文化系パネルの印象であることをお断りしておく。同時に6~8のパネルが平行して開かれることもあり、聴衆はどこも10~20人程度であった。教室もたいていは小さいもので、発表者と聴衆の距離がたいへん近い。パネルの長さは90分、終わりの20~30分が質疑にあてられる。もっとも発表者や討論者のしゃべりすぎで、質疑時間がなくなるパネルもあった。パネルには、あらかじめパネル企画としてエントリーされたものと、個人発表のエントリーから組織側が組みあわせたものとがあるが(数的には前者がやや上まわる)、当然ながら前者のほうがまとまりがあり、発表者どうし知りあいということもあって、議論が盛りあがるようにみえた。


 私は個人でエントリーし、「ロシアの女性作家」と銘打たれたパネルに振り分けられたのだが、たまたま対象が女性作家というだけで、とりたててフェミニズム的アプローチをとるわけではないので、戸惑わざるをえなかった。パネル全体としても、対象が19世紀から現代まで拡散しており、組織側の苦労が偲ばれるとともに、まとまりを欠いた感は否めない。結果として、議論はあまり活発にならず、そういうときに梃入れすべき司会も、最終パネルで疲れていたのか積極的でなく、消化不良な思いの残る発表となった。


 発表内容についていえば、文化研究の学際化が推し進められ、社会的・歴史的文脈からのアプローチが主流となった米国に比べ、今回私が聴講した発表は、作家・作品に内在的な伝統的アプローチがほとんどで、「最新の研究動向」がつかめるという感じはなかった。それ自体に良い悪いはないはずだが、内在的アプローチから刺激的成果をもたらす困難を、もっぱら再認することとなってしまった。これは発表の支配的スタイルにも起因していたように思う。ある作家や作品を紹介する類のものが多く、限られた時間のなかでこみいった分析に踏みこむことを、意識的に避ける傾向があるようにみうけられた。逆にいうと、自分の発表はもっとすっきりさせるべきだったと反省される。そんななか比較的楽しめたのが、ミハイル・バフチンに関するパネルだった。特にシェフィールド大のクレイグ・ブランディスト教授の発表は、バフチンをロシア・ソヴィエトの人文学の文脈におきなおすというもので、紹介的であったにはちがいないが、ヴェセロフスキーからマール、フレイデンベルグという系譜に西欧の実証主義が与えた影響を絡め、当時の文脈を博捜して壮観であった。


 大会を通じて感じられたのは、スラヴ・ユーラシア研究の世界秩序のなかで、英国という場所が占める微妙な位置である。文化系に関していえば、BASEESは英国の学者のなかでかならずしも高い求心力をもっておらず、トップアリーナである米国や本家ロシアを志向する者も多い。実際、今回の年次大会には、在英の著名な学者はわずかしか姿をみせなかった(スラ研から参加した野町素己氏によると、言語学分野では大家が来ていたとのこと)。一方で、海外からBASEESに発表をしにくる者たちもいる。特に多いのはフィンランド人だが、彼らのアカデミック言語が英語であること、英国との物理的距離の近さを考えれば理解できる。かなりの割合を占めるこれら海外からの参加者と、在英の参加者のあいだには若干の壁がみられた。レセプションや食堂では、在英研究者がしばしば顔見知りでかたまるため、海外からの参加者はおのずとおたがいで声をかけあうことになる。パネルの質疑でも、在英研究者が馴れあいぎみに支配してしまう場面があった。英語という「世界標準語」の性質が促す国際化の方向と、ドメスティックな雰囲気を好む(一部の)在英参加者の志向とに、齟齬があるということかもしれない。いずれにせよ、学会の中核たる在英研究者のなかに割って入るには、かなりの英語力と社交性が必要そうである。


 辛い評価が主になってしまったが、発表作業だけに話を限れば、BASEESは日本人にとっつきやすい舞台ではないかと思う。文化系の場合、ほとんどの発表者が原稿を読みあげ、ハンドアウトやパワーポイントの使用も一般的なので、英語力によるハードルがいくぶん低いし、教室も小さくリラックスした雰囲気である。とりわけアプローチが適合するようなら、足を運ぶ価値はあるだろう。

(Update:2009.04.06)




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