スラブ研究センターニュース 季刊 2005年冬号 No.100 index

結婚、宗教、法(過去と現在)

ポール・ワース (ネヴァダ大学、アメリカ合衆国/センター2004年度外国人研究員)

 
ph01

学問は現代の政治や社会状況に常に影響されると言われるが、私の研究の関心が実際に今起こっている出来事と深く関連していたことは、これまでそれほ ど多くはなかった。しかし、私が現在従事している研究は、間接的な関連であるとはいえ、まさにその例である。最近のアメリカ大統領選挙と同時に行われた 11の州における住民投票は、同性婚を法的に認める可能性を阻止しようとするものであったが、すべて可決された。他方、スペイン政府は同性婚を承認する方 向で動いており、そうなればオランダとベルギーに続いてヨーロッパで3番目の同性婚解禁国となるだろう。このような法案に対して、主に宗教機構か宗教色の 強い団体から反対が起こっていることは驚くべきことではない。

ロシア帝国を対象とする歴史家である私は、同性婚について研究しているわけではない。しかし私の研究は結婚、宗教そして法についてであり、ここスラブ研究 センターでの私の仕事が現在の事件に関連しているというのはその意味においてである。実際、ピョートル大帝から1917年革命までのロシア帝国における混 合(異宗教間)結婚の法的規制を分析する論文を主に執筆するために、私はこれまで北海道大学の快適な雰囲気と見事な蔵書とを利用してきた。この論文の目的 は、ロシア帝国における宗教の多種多様性、そして異なる信仰を持つ人々同士が結婚するときに生じるさまざまな難問について注意を喚起することで、ロシアに おける結婚政策についての我々の理解を豊かにすることである。アメリカとスペインにおける同性婚論争は、こんにち表向きには世俗的な国々においてすら、結 婚の法的定義においては宗教が今もなお重要なのだということを私に教えてくれた。同性愛者嫌いやそのような趣向への漠然たる不快感といった主に世俗的な動 機から同性婚に反対している人々もいるが、やはり結婚のもつ「神聖な」性格が頻繁に引き合いに出されることから、多くの人はいまだに結婚を原理的に宗教的 な観念でとらえているということがわかる。つまり話がひとたび結婚となれば、法が問題になるのと同様に、宗教問題もまた、ほとんど必ずその隣に並んでいる のである。

たしかに、宗教と良心の自由の歴史についての私のより幅広い関心は、宗教が過去の人間社会のメンタリティーや組織形態にとって決定的だったということもさ ることながら、21世紀においても重要であり続けるという認識によって喚起されているように思われる。世俗化や「神の死」に関する数多くの予言があったに もかかわらず、宗教は重要であり続けるのである。世俗の学校で「これ見よがしな」宗教的服装をすることを禁じるフランスの新法案、フランスのイスラームを 制度化しようという国の試み、ヴェールを宗教の問題というよりむしろ「政治」の問題(もしくはその逆)とする論説を読むとき、私は19世紀から20世紀初 頭にかけてのロシア帝国における論争を思い出す。私がここスラブ研究センターで取り組んでいるさらに幅広いプロジェクトは、ロシア帝国の宗教的寛容と近代 的な市民社会秩序の(部分的な)構築についてである。私の主要な関心は、宗教的な制度や実践がロシアの多様な帝国臣民をひとつの帝国社会(もしくは多数の 社会)に統合するための媒介となった仕組みを解明することである。アメリカの選挙や多くの人々の投票行動に見られた「道徳的価値」の優位は、宗教が現在に おいてさえ何らかの仲介役を演じていることを示唆している。

もちろん宗教が現代においてやはり重要であるとしても、その重要性は新しい形態をとり、過去における論争とはまるで異なる論争を生み出している。ロシア帝 国は、世俗婚(つまり宗教儀式によって結ばれるのでない結婚)すら認めることを頑として拒否した。ましてや同性婚などという発想はまったく異質で到底理解 できないものだっただろう。同様に、現代においては、異なる宗教の間よりも、世俗主義と宗教性との間に主な紛争が起こっているように思われる。たとえばフ ランスの場合ではイスラームの表出は「原理主義的世俗主義」とぶつかりあい、アメリカの場合では青い社会が赤い社会と対峙している。それでも、これらの現 代の紛争が法や宗教や国家に関連する以上、それらが私の研究にとって意味を持っていることを私は確信している。そしてスラブ研究センターが提供してくれた 環境のおかげでこれまでそのような研究に従事することができたことに感謝している。

(英語より志田恭子訳)


[page top]
→続きを読む
スラブ研究センターニュース 季刊 2005年冬号 No.100 index