スラブ研究センターニュース 季刊 2010 年冬号 No.120 index

グローバルCOE


GCOE-SRC 冬期シンポジウム 「世界のボーダースタディーズとの邂逅」開催される

2009 年12 月19 日( 土)、北海 道大学グローバルCOE プログラム 「境界研究の拠点形成:スラブ・ユー ラシアと世界」(以下、GCOE プロ グラム)主催による初の国際シン ポジウムがセンター内大会議室で 開かれました。当日は、降り積もっ た雪の中、会場に用意された席が ほぼ埋まるほど大勢の聴衆に集ま りいただきました。

地元メディアの取材を受ける海外ゲスト
地元メディアの取材を受ける海外ゲスト(総合博物館)

林副学長による開会の辞に続い て、岩下センター長から趣旨説明 があり、GCOE プログラムが従来 のアカデミックな領域を超えて、 社会還元をおこない国境問題の理解・解決に貢献するものであるとともに、ABS(Association for Borderlands Studies)やIBRU(International Boundaries Research Unit)、BRIT(Border Regions in Transition Conferences)等の世界の境 界研究(ボーダースタディーズ)機関・組織と協力しつつ、これま であまり扱われてこなかったユーラシア地域を重点的にカヴァーし、この分野で新たなポジ ションを築くための野心的な試みであることが示されました。

続いて、現在のボーダースタディーズをリードする3 団体の代表者による、当該分野の今 日の世界的潮流について議論するラウンドテーブルが開かれました。まずABS を代表してエ マニュエル・ブリュネジャイ(Emmanuel Brunet-Jailly)氏が、近年のボーダースタディーズ の研究動向について、自らが編集責任を負うJournal of Borderland Studies 誌に最近掲載された 諸論文の傾向が、なお北米地域の政治・経済中心であるものの、扱われる地域やトピックは年々 多様化していることを指摘しました。次にIBRU主任のマーチン・プラット(Martin Pratt)氏は、 主に国境の画定と管理に関する実務面から、地球温暖化に伴う海面上昇によって水没の危機に さらされている島嶼地をはじめとして、気候変動による様々な障害が生じている地域で国境線 の管理に困難をきたしているといった深刻な問題を実例を挙げて説明しました。最後にヨエン スー大学(フィンランド)のイルッカ・リカネン(Ilkka Liikanen)氏は、1995 年のベルリン 大会を皮切りにこれまで世界各地で開催されてきた国際会議BRIT について、その各大会の特 色を年代順に振り返り、冷戦構造の終焉やグローバル化の中で国境の持つ意味合いに生じてき た様々な変化が、BRIT の国際会議にも明確に反映されていることを明らかにしました。これ らの報告に続いて、岩下GCOE 拠点リーダーが、欧米の研究では重要視されていない中露国 境の現況についてレポートした上で、質疑応答に入りました。会場からは、国家の勢力的なレ ベルの違いが国境問題との間にどのような関わりを持つか、ボーダースタディーズと地域研究 は相互にどのような関係にあるべきか、また、サイバースペースのようなバーチャルな空間の 事象に対してボーダースタディーズはどのような貢献ができるかといった多岐にわたる質問 が出され、わが国では馴染みがない当分野に対する研究者の関心の高さを伺わせました。

会場に用意された軽食をとりなが ら開かれたランチオン・セミナーで は、ウォータールー大学(カナダ) の原貴美恵氏が、北方領土問題が東 アジア地域の歴史的な冷戦構造の中 で他の領土問題と相互に連関しなが ら発展してきた経緯を踏まえ、多国 間の枠組みで問題解決を図ることの 重要性と、フィンランド・スウェー デン間で結ばれたオーランド諸島の 管轄をめぐる協定が和解交渉の具体 的なモデルになり得ることが提案さ れました。これに対して、北方領土 に適用する際の条件の違いについて 質問が寄せられました。

カムセーラ氏の報告
カムセーラ氏の報告

引き続きおこなわれた午後の部では、ダブリン大学トリニティ・カレッジのトマシュ・カ ムセーラ(Tomasz Kamusella)氏が、ポーランド、チェコ、スロヴァキアおよびドイツの言 語文化圏の境界に位置するシレジア地方の言語状況について、 歴史・社会言語学の観点から 報告をおこないました。伝統的に「ポーランド語の方言」、「チェコ語の方言」さらには「ド イツ語の方言」と扱われてきたシレジアの人々の言葉は、実際にはクレオール的存在である ことが指摘され、この地域の言語区分、そして人々のアイデンティティがいかに国境の変遷 と直接的に関連してきたかが論じられました。本報告は、従来のスラブ研究センターの研究 対象と共通するところが多く、センター関係者を中心に会場からはフィンランドとロシア、 ウクライナとスロヴァキアなど他地域の諸問題が提示されるなど、「言語と境界」というテー マの普遍性と重要性が改めて確認されました。

最後のセッションでは、外務省国際法課長の岡野正敬氏が国境問題にいかに対応するかに ついて、実務者の立場から講演をおこない、国境問題の解決に向けた方策として、領土の有 効性や法的一貫性の他に、市民による行動も法的な意義を持ちうることを指摘しました。そ して最終的には、当事者間の交渉の場を維持しながら相互信頼を醸成し、国際法に基づいて 解決を図ることの重要性が強調されました。

北方領土クルーズ出航(歯舞)
北方領土クルーズ出航(歯舞)

今回の国際シンポジウムは単日開催でしたが、これと前後したGCOE 関連イベント、す なわち樺太日露国境標石をメイン フューチャーした北大総合博物館 第二期展示の開始(18 日)、GCOE の成果本である『日本の国境:い かに「呪縛」を解くか』の刊行 (同)、そして開催地を根室に移し ての対馬、与那国、小笠原、根室 各自治体首長を招いた「国境フォー ラム IN 根室」(21 日)との連携を 考慮すると、「ボーダースタディー ズ・ウィーク」と呼びうる数日間 のイベントの一部として位置づけ ることもできます。前述のように 本GCOE は目的に「成果の社会還 元」を掲げていますが、実際にこれらイベントの連携とその相乗効果により、シンポジウム 当日のメディア各社の取材とこれまでのセンター国際シンポジウムとは異なる聴衆が訪れま した。一方、これら社会還元の過程で、「境界・国境は動く」という境界研究の前提が、必ず しも社会と共有されていないことが、GCOE 始動のセミナー等を通じて感じられたのも事実 です。こうした社会還元に関しても豊富な経験を有する世界の先人達から、GCOE は学ぶべ きところがあるように感じられました。本国際シンポジウムにおける「邂逅」から得られた ものを、さらにどのように発展させて社会還元と学術貢献を進めていくかが、今後の課題と なります。

[藤森]

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