スラブ研究センターニュース 季刊 2012
年冬号No.128 index
アナトリー・レムニョフ氏を悼む
宇山智彦(センター)
2007 年度にセンター外国人特任教授を務めたアナトリー・レムニョフ(Anatoly Viktorovich Remnev)氏が、2012 年1 月24 日、病没されました。まだ56 歳の若さでした。
レムニョフさんはロシア帝国史、特にシベリア・極東史の専門家で、『専制とシベリア』(1995、1997)、『極東のロシア』(2004)、『専制政府』(2010)など多くの著書
があります(『極東のロシア』については『スラヴ研究』第55 号掲載の左近幸村氏の書評参照)。欧米とロシアのロシア帝国論の成果をまとめたRussian Empire: Space,
People, Power, 1700–1930 (2007) の共編者としても知られています。
2005 年に彼の50 歳を記念する600 頁の論文集が出されたほどの大家ですから、2007 年に初めてお会いした時、私はかなり緊張していました(2003年に原暉之先生が組織したシンポジウムに来られた時は、私はモスクワにいてすれ違いになっ
ていました)。しかしお会いしてみると大変気さくで親切な方で、私の関心と接点のある文献の電子ファイルをたくさんプレゼントしてくださいました。若手を含む各国の関連研究者の
成果に常に目を配り、生産的な議論・対話をする人で、私や松里さんの研究に反応する形で書かれた論文もあります。2007 年度冬期シンポ「アジア・ロシア」は、レムニョフさんの研
究蓄積と助言からさまざまなヒントを得なければ開けなかったと言っても過言ではありません。センター関係の大学院生向けの講義でも、学生の質問に親切に答え、文献を紹介してく
ださったとのことです。
レムニョフさんはレニングラードで学位を取得しましたが、教員としては一貫してオムスク国立大学で仕事をしていました。モスクワとサンクトペテルブルグの二極集中的なロシア
の学界にあって、オムスクを拠点にノヴォシビルスク、テュメニなどシベリア各地の研究者と緊密に連携し、Ab Imperio 誌などを通じてロシア全国の研究ネットワークでも重要な役割
を果たし、欧米や日本の研究者の間でも広く知られる、稀有な存在でした。研究方法としては、大量の史料に基づく実証分析と言説分析を併用し、西側の研究手法を意欲的に取り入れなが
ら、ロシア帝国の権力構造を地理的な視点で解明して、近年のロシア帝国論の発展に大きく貢献されました。ロシア帝国期にオムスクのステップ総督府を拠点に統治されていたカザフ
草原の歴史にも深い関心を寄せ、カザフスタンの研究者から尊敬を集めていました。外国人特任教授の任期終了後もさまざまな形でセンターの活動に協力してくださり、私を
含むセンターの教員はつい最近まで、2007 年度冬期シンポに基づく論文集(ラウトレッジ社から刊行、センターニュース前号参照)やActa Slavica Iaponica の編集の関係で、レムニョフ
氏とメールのやりとりをしていました。これからまだまだ教えていただきたいことがあったのに、残念でなりません。昨年9 月には、今年度冬期シンポに招く予定だった冷戦史研究者
イリヤ・ガイドゥク氏が50 歳で亡くなるという悲しい出来事がありましたが、ロシアの優れた歴史家の相次ぐ早すぎる死に、嘆息するばかりです。心からご冥福をお祈り申し上げます。
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