スラブ研究センターニュース 季刊 2013
年冬号No.132 index
エッセイ
ロネル・アレグザンダー先生の特別講義を聴講して
古川雅規(修士課程1 年)
2012 年11 月5 日(月)に、カリフォルニア大学バークレー校のスラヴ語学者
ロネル・アレグザンダー教授が北海道大学グローバルCOE
「境界研究の拠点形成」の招へいで来日され、札幌と東京で合わせて3回の特別講義が行われました。
第1回はセンターが会場となり「南スラヴ諸方言におけるアクセント変化:アクセント位置後退の意味」
という題目で行われました。11 月9 日(金)には「ユーゴスラヴィア崩壊後のアイデンティティ:
イヴォ・アンドリッチはまだ意味を持つか」(於:立教大学)、その翌日には
「ブルガリア語方言研究:デジタル世紀における生きた伝統」(於:東京大学)という題目の講演会でした。
アレグザンダー先生は、主にスラヴ語学を専門としていますが、南スラヴ・バルカン言語文化に広く精通し、
言語学だけではなく、文学研究(例えばヴァスコ・ポパ研究)やフォークロア研究でも大きな業績を数多く残している、
世界的に著名な研究者です。
私が聴講したのは第1 回の講義です。ロシア語語形成論で修士論文を書く予定の私にとっては、
南スラヴ諸語、方言学、歴史言語学、アクセント論といった分野はいずれも遠いものだったのですが、
将来スラヴ語研究者を目指す身としていずれ勉強できればと思っている分野であり、
大変貴重な機会となりました。指導教員からは、積極的に質問やコメントを試みるようにと言われ、
事前にレジュメなども渡されましたが、何度読んでもあまり理解できず、
実際に何か言うことができるか不安でした。しかしアレグザンダー先生の講義を拝聴してみると、
先生は具体例を多く用いて、噛み砕いて説明されたこともあり、思いのほか理解が進んだのは不思議にすら思えました。
今回の講演では、スラヴ祖語に想定される「鋭アクセント」、「曲折アクセント」および
「新・鋭アクセント」(ネオ・アキュート)の特徴づけから始まり、セルビア・クロアチア語の新・
旧シュト方言において、そのアクセント体系にどのような変化が生じたのか、また隣接する
マケドニア語やブルガリア語とは、どのようなアクセント体系の違いが形成されたかを、パ
ヴレ・イヴィッチらの先行研究、ご自身で行われたフィールドワークのデータや他のスラヴ
語のデータとの比較を踏まえて、さまざまな局面から詳細に論じられました。
私にとって特に印象深かったのは、ヴーク・カラジッチおよびジューロ・ダニチッチらに
よる19 世紀の言語の標準化に端を発する伝統的な「4 アクセントシステム」は、
実際の言語現象とは必ずしも一致しないということでした。また、母語話者に対して言語テストを行った結果、
アクセントがある音節だけを聞かせても、「上昇アクセント」と「下降アクセント」
は明確に区別できず、アクセントがある音節の次の音節で上昇があれば「上昇アクセント」、
下降していれば「下降アクセント」とアクセントの種類の判断を下しているということでした。
セルビア・クロアチア語とアクセント体系が全く異なるロシア語やチェコ語に取り組んでいる私は、
これまであまりアクセントについて考える機会がなかったので、比較的お互いに似ていると
言われるスラヴ諸語の多様性を再確認し、改めて深い興味を覚えました。
講演終了後、特別講義に出席した人たちを中心に、サッポロ・ビール園でアレグザンダー氏を
囲んでの懇親会がありました。著名な先生なので畏れ多く思っていましたが、先生は私にも
気さくに接してくださり、私が現在取り組んでいる研究に耳を傾けられ、参考文献や研究方針などで
直接助言をいただくことができ、とても感激しました。
スラブ研究センターでは、国内外のスラヴ語学者を迎えた研究会や講演会が充実しており、
まだ研究を始めたばかりの私にとっては難しいことも多くありますが、優れた研究者と直接
お話ができるなど、多くの学術的な刺激を日々受けて、国内の他大学ではありえない大変恵まれた環境です。
今後もこのような機会には、積極的に参加したいと思います。
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