SRC Winter Symposium Socio-Cultural Dimensions of the Changes in the Slavic-Eurasian World ( English / Japanese )


ロシア・ビジネスと過渡期の法 律環境
Russian Business - To What Extent is It Governed by the Law?

月出皎司 (日商岩井)

Copyright (c) 1996 by the Slavic Research Center( English / Japanese ) All rights reserved.


序論−旧時代(ソ連時代)の契約意識

ソ連時代における社会と法、市民の法意識などについて、この報告では省略し、契約、とくに国際契約についての若干の観察を述べるにとどめる。

ソ連時代後期(1960-80年代)の国際契約関係に見られた特徴として、次の諸点を指摘できる:

1)書面重視−これはスターリン時代からの伝統をも反映している。詳細な書面契約を求める点で、ほとんど事大主義といえる域に達しており、1件の売 買契約のボリュームが8000ページに達したケースもある。

2)自己防衛的スタンス−不利な状況が生ずることを懸念して、予めあらゆるケースについて防衛的な条項を用意しようとする性行が強い(前項参照)。

3)信頼関係の重視−前項と一見矛盾するが、いったん警戒心が解けると人間的(時に政治的)な信頼感が肥大する。むしろこれが本来のロシア的な特徴 とも言える。

4)利益調和−問題が生じた場合に、契約や法令の文言にもとづいて責任(相手の責任についても)を明確化することを避ける傾向が見られた。話し合い による妥協的な解決を優先し、仲裁裁定やまして裁判に持ち込まれたケースはきわめて稀であった。

以上は主として対外契約について言えることであり、法律行為としての国内契約は存在せず、上部機関(企業の場合は省、省にとってはゴスプラン、閣僚 会議)の指令がそれに代わっていた。

周知の通り、ソ連時代には個人間の財産関係があまり発達しておらず、相続、消費貸借、賃貸借、交換、動産売買程度に限られていた。

個人関係の調整者として法律に代わる役目を果たしていたのは集団(職域、共産党、若干は行政機関)であった。ただし、共産党の独裁的な地位にもかか わらず、集団の行動を規定するルールはかなり細かく整備されており、「成文規範」に従うという心理はかなり浸透していたといえる。

上記3)、4)に見られるように、信頼関係を基礎に据え、契約書は信頼を担保する手段として扱う考え方は、ビジネスに関する限り、健全であり、かつ 効率的であって、近代的な法律関係を築く上で障害となるものではないと考えられる。全般的にみて、ソ連末期に始まった改革の中で私的財産関係というソ連時 代に欠落していた法律関係を導入し、正常な形で定着させるための前提条件は、基本的には存在したと言える。


近代的法制度と法意識の確立をめざした改革

1986年から始まった一連の改革は、周知のように「私有制度」、「市場経済」、「自由主義」、「民主主義」を理念的な指導原理とし、それによって公正か つ効率的な経済社会を実現することを目的とした。改革理念に理想主義と観念論的の弱点が指摘できるが、ここでは論じない。

これらは言うまでもなく旧体制で支配的であった諸原理へのアンチテーゼとして提起されたものである。すなわち、「私有制度」は「国家独占」の否定を 意味し、「市場経済」は「中央集権的計画経済」の否定を、「自由主義」は「警察国家」の、「民主主義」は「一党独裁国家」の否定を意味した。そして、これ らの制度を保障するのが「法の支配」とその類似観念としての「法治主義」であり、これらは旧時代の「社会主義的適法性」に代わるものとされた。

1988年から90年にかけて、法の支配や法治主義に関する主張が改革派の法学者や文化人によって盛んに行われた。その代表的な例として、 Dmitrii Kazutinの、「法が禁じていないことはすべて許される」という定式がある。「原則禁止、個別許可」という共産党独裁警察国家の基本原理を逆転して法 の支配を説いたものであり、もちろん道徳律や社会的な規範を否定する趣旨はまったくなかったが、古い原理の否定に圧倒的な重点が置かれていた点が注意をひ く。*1

1991年8月にソ連共産党が消滅したことによって、政治制度の根底からの近代化が実現するものと期待され、それは当然に前述の諸原則の実現を伴う ものと思われた。それはどの程度達成されているか?


民主主義の基本要素はどの程度実現されたか?

(1)立憲政体の確立

ソ連国家の解体後、ロシア国家政体の再構築が必要になったが、順調に進展したとはいいがたい。

対外的には、近代においてロシア人の居住地域であった広大な地域がカザフスタン、ウクライナなどの版図に移ってしまい、そこに居住するロシア人の帰 属問題が最終的な解決をみていないこと。*2また、ベロルシお よびクリミアのロシア連邦への再併合の問題の決着がついていないこと。内部的には、連邦の結成主体という擬制(とのみ見ることには若干問題が残るが)を残 している下部政体の憲法的な地位が安定していないこと。92年、93年にみられた連邦統治機能喪失の危機は回避されたが、96年末現在、経済困難を背景と して、新たに有力な地方分権強化論が台頭している。*3憲法上 の諸問題について、拒否権をもつ連邦議会上院が地方権力の担当者から構成される制度も、連邦の潜在的な不安定要因といえよう。

1993年のエリツィン憲法は、過渡期の憲法という政治的な説明の下で、近代的な民主主義の属性の一部を歪めているが、立法者の意図に反して、それ は国家政体の安定をもたらす方向に働いていない。(第2項も参照)。

(2)法治主義

法手続き遵守の意識は1990年時点よりも後退した。1993年憲法による大統領権力の極大化の結果、大統領令が法律に代替する手法が常態化しただけでは なく、行政命令の制定過程が非公開となり、きわめて恣意的になっている。また、法令がソフト化した点も指摘される(安易に制定、頻繁に変更)。*4

政府を構成する各機関の職務権限はいまだに法律的に不明確であり、規定が存在する場合でも、その侵犯が日常化している。中でも、憲法上、法律上の地 位・権限が不明瞭な大統領府が直接行政機関として強力な実権を行使しており、法治主義の重大な例外を作り出している。*5

この点では、逆説的ながら、旧体制下の最高政治意志決定の機構に比較しても、現状はさらに逆行していると言える。ブレジネフ時代のノメンクラトゥーラ制度 に対比させて現体制をより独裁的な要素が強い寡頭政治と評するロシアの論者の見方に首肯する点がある。ソ連時代の政治用語を使うなら、「党内民主主義」の 後退である。報道、言論、政治活動の自由などの存在も、行政権力による冷笑的な法手続きの無視をほとんど規制できない。

(3)三権分立

現憲法の規定は強度の行政国家であり、立法府に対する行政府の圧倒的な優位が実現された。現憲法下の議会は大統領権力への翼賛フォーラムとすることを狙っ て設計されたもので、議会の権限として残ったのは、ほとんど予算の議決権のみである。(しかも予算制度自体が行政による恣意的な財政執行を制約する目的を 果たせない制度に転落している)。*6

裁判所は制度的には自主性を保っている。特に、裁判所に対する旧体制時代のような行政の介入はゴルバチョフ時代に廃止されている。ただし裁判官人事 や、予算配分、施設提供などの行政裁量を通じての圧力は後を絶ったとはいいがたい。また、93年に憲法裁判所を活動停止に追い込んだ大統領による物理的な 圧力の行使は、ロシアの民主主義確立に長期的な悪影響を残した。*7

検察と警察の中立性は確立にほど遠い。政治的な配慮や、権力側からの圧力が、ロシアに蔓延している悪質な職務犯罪や経済犯罪、それらに関連する凶悪犯罪の 解決を阻害している最大の要因となっている。(検察と警察は行政部門に属するが、ロシアではソ連以来の伝統で、検察は司法機関としての機能をあわせもつこ とが期待されている。治安維持機構の中立性はロシア民主主義の重要な主張である)。*8

(4)選挙制度の民主化(代表制度)

連邦議会の選挙に関しては、制度の基本的な部分は一応固まったと評価できる。地方選挙については、それぞれの地方が制定する選挙法令によっているが、地域 差が大きいだけでなく、民主的手続きという点から疑問のある規定も存在するようである。それに対して、連邦法による基本ルールの徹底は困難な状態にある。

連邦、地方を問わず、選挙管理の公正さに信頼がない。中央選管が93年、95年、96年の国政選挙で票の操作を行ったことが確実視されている。

にもかかわらず、選挙による代表選出の制度自体は根付きつつあると言ってよく、今後に政体の修正が生ずる場合でも、選挙制度を廃止ないし有名無実化する方 法によってではなく、選挙制度を通じて実現されると期待しうる。

(5)自由主義、権利章典関係。

職業選択、居住と移動、財産保有(土地を除く)の権利は実現している。土地の私有権は明確化されていないが、長期利用権は認められており、ビジネス展開に 決定的な障害となるものではない。

(6) 言論・報道の自由と規制。

権力にとって直接の脅威とならない範囲では報道と表現の自由は基本的に確保されている。電波メディアは主要な支配勢力の各グループ間で分割支配されてお り、活字メディアのうち大規模なものもその状態に近づきつつある。*9

しかも、権力への大衆的な支持が失われるにつれて報道規制の範囲が拡大しつつある。大規模な思想統制、表現抑圧の機構は復活していないが、関連する 権利である通信の秘密は侵害が進んでいる(盗聴の一般化など)。この分野で基本的な権利がいまだにほば守られているとするならば、それは確立した制度の故 ではなくして、世論の側からの抵抗以外に、権力の横着さと内部的な無規律のおかげである。

その他の基本的人権は、憲法上保障されており、市民的な自由に関する限り制度上の制限は実質上ない。

ビジネスの法律的環境の整備状況


1. 私有財産制度の創設

私有財産制度の確立プロセスは頓挫している。いわゆる私有化の実施によって、個人による大規模営業手段の支配が生まれたが、まだ私有財産権の確立に は至っていない。(それに対して住宅の個人所有制度はほぼ確立した。ただし、不動産に関する権利公示制度が不備なこともあって、所有者の法的地位はまだ若 干不安定である)。

新たに生まれた資産家およびその事業は、社会的な認知を十分に受けていない(資産取得のプロセスの違法性と反道徳性が風化していない)だけではなく、事業 それ自体の国家権力への依存度が高い。資本主義というよりも封建時代的。具体例で言うと、

銀行:現在のところロシアでもっとも大規模な資本を形成するが、その資金源は不安定であり、また収益源は賢明な資産運用によるというよりは、もっぱ ら政府との癒着によって与えられているに過ぎない(95年以前の為替取引や中銀低利貸し出し、95年以後の国債取引、財政資金の流用など)。*10

流通業:末端の小売り業者を除いた大規模卸売ブローカー、原料等の輸出ブローカーなどの事業の成功如何は政府から獲得する免税特典、脱税のチャンスなどに よって左右されるケースが多い。

鉱工業:産業全体として崩壊の過程にある。その中で政府からの個別の支援を得たものだけが倒産を免れ、生き延びるチャンスを得ている。輸出に頼って 操業を維持している原料関係の企業の中には、政府と癒着した金融資本もしくは外国ブローカーによる経営権奪取の危険にさらされているものが少なくない。政 府の支援による以外、現状ではそれを免れる策はない。

2. 企業所有者、経営者の地位はきわめて不安定である。

旧国有大企業(各産業部門)の私有化は一巡したが、現在の所有者の地位は法的にも実質的にも安定しているとは言えない。

所有関係が法的に不安定なことの最大の原因は、いわゆるバウチャー私有化が、形態的には法律によってではなく、法律の規定に違反する条項を少なからず含ん だ(と主張されている)大統領令によって行われ、内容的には公正、効率、実績、などではなく、エリツィン政権への個人的な忠誠度と親密度による利益配給に 過ぎなかったことである。*11将来、もしも政治的な力関係 が大きく修正されることがあるならば、裁判ないし立法の方法によって、バウチャー私有化の結果を大幅に修正することは、いまもって不可能ではない。

具体的にどのように不安定であるかを例示すると、

*現在の経済状況下で企業の大半が経営破綻の危険にさらされているが、そのような環境下では特定企業の破綻を作為的に作り出して所有関係を変更することが 可能である。反対に、政府ないし特定の有力者の支持によって特恵的に金融支援等を受けることも可能である。その際に従来の所有者が権利の一部または全部を 失うことがある。
*収益力の高い輸出企業などを支配しているグループの中には、資本と地位を獲得する際の事情からして政府、もしくは特定の有力者などへの依存関係にあるも のが少なくない。*12
*国家全体として法秩序が混乱している中で、暴力的な手段を伴う財産権の奪取が少なからず生じている。

3. 取引関係法制の整備など

民法はおおむね近代的な内容のものが制定されている。

商事関係の基本法令の整備は遅れている。会社法の基本条項は民法典に含まれており、内容的に特に欠陥があるとは言えないが、企業の所有権が不安定 (上述)な環境下では株主の権利に関する規定が十分に機能しないうらみがある。

企業の破産、清算、更正、和議などに関する法制が不備であるとの批判がある。企業の倒産が政治闘争の手段や、財産権奪取の違法な手段として使われる場合が あり、制度の信頼を大きく損なっている。*13

手形法が十分に機能しない。手形が原因関係を背負い込んでいるケースが多い。手形交換所の整備が遅れている。一方、支払い手段としての手形(類似物 を含む)が脱税の手段として使われるなど、正常な発展が阻害されている。

民事執行制度の整備が遅れている。強制執行、競売などの制度が効果的に機能しないとの指摘がなされている。多くの場合に、法的な手段と暴力的な手段が組み 合わせて用いられる。

民事事件のほとんどは「仲裁裁判所」で処理されるが、施設も人員も不足している。裁定は政治に影響されることもあるとはいえ、比較的公正だといえよ う。

外貨為替取引や証券取引が活発化しつつあるにも関わらず、取引所制度の整備は遅れている。投資家保護のための規制と管理が不十分であり、信頼性に欠ける。 にもかかわらず、若干の対内証券投資が行われている。

民間銀行の数は2500行を超えるが、経営基盤は弱体である。上述の如く、政治権力との不明瞭な互助関係抜きには存続も活動も成り立たない状態にあ る。民間資本の確立は外見的なものに止まっているといったほうが正確であろう。


結論に代えて

以上に示したような状況下で、法と法の執行への国民の信頼が低下しているのは意外なことではない。

その原因として、ロシアの歴史的な後進性(20世紀はじめまで専制君主制度が存続して、その後をボリシェビキの専制が引き継いだことによる市民社会 の未発達)、ロシアの広大な国土や過酷な気候、他民族国家であること、倫理感の低さなどを指摘する論が多く、また過渡期に伴う所有関係再配分の副作用とし てやむを得ないなどの説明がなされることも多い。それらの要素をまったく否定はできないが、現状はそうした点を割り引いたとしても、なお説明できないほど の混乱を示している。

また、責任感や秩序感覚、法律以前の社会的規範意識がロシア人にはいわば「先天的に」稀薄である、という論がロシアの民主派の内部にも見られるが、まった く同意できない。これらの要素は、個々のロシア人やその小規模な社会的集団にも問題なく存在する。

現に、国内法の違反が通例化しているのに反して、ロシアの企業と外国企業、外国銀行との取引関係は大部分が正常に行われている。特に、銀行間取引は 整然と行われている。すなわち、現在のロシアに、法に従ってビジネスを行うという精神風土が根底からないわけではない。法の厳格な執行が欠けている点に現 在の混乱の主たる源がある。

その第一の、かつ最大の原因は、行政権力にある。(ここでは、制度上の行政府だけではなく、事実上権力執行に影響を与える立場にある集団や個人を含めて考 えている)。その中には、残念ながら、90年以前に民主化論、法治国家論を主張していた、指導的な民主派の人士も少なからず含まれている。

最初に言及したDmitrii Kazutinの「法律が禁止する以外のことはすべて許される」という主張が、無規範、無秩序の容認として実現したかの感がある。

行政権力による法の無視、侵犯の例を示せば(93年の議会解体にからむ一連の違法行動を別として)、

*チェチェン戦争の開始、遂行、停止がすべて法の規定に違反して行われた。
*法を無視した国家財政の執行。無権限の支出行為、国庫からの選挙費用の支出、法令上許されていない秘密会計の設置と利用。特定金融業者への違法な財政補 助金の支出。特定輸入業者等への違法な免税特典の付与。義務的支出の恣意的な支払い停止、遅延。
*国有財産の大規模な不公正かつ違法な払い下げ。
*追随者、支持者等による違法行為、職務犯罪の容認。
*個人的、政治的な配慮による犯罪者への保護・扶助(凶悪犯を含む)、逆に同様の動機による違法逮捕など。
*検察、諜報機関、警察、軍の政治目的、ビジネス目的への利用。
その他枚挙にいとまがない。これについてはあらゆる客観的な理由を挙げた上で、なおかつエリツィン政権に固有の性行としての側面を指摘しないわけにはゆか ない。*14

95年の後半から一段と強化された通貨発行抑制政策の結果、企業経営が著しく悪化し、落ち込んだ税収を確保するために政府が強引な税の執行を行ったため に、企業管理者は脱税や納税忌避を余儀なくされているが、この現象が企業および社会全体の法規範意識を一段と損なっている。

国家の全般的な規律弛緩、法秩序の紊乱という状況下で、新たに資本を獲得した富裕層にとって、取引関係は、一に権力との共生、二に物理的解決手段の 優位に結びついている。このことは、95ー96年に実施された強度の金融引き締め政策の下でさらに強まっている。大規模な取引ですら個人間の信用やグルー プ間の属人的な信用に頼らざるを得ない状況が増えている。その信用の最終的な裏付けは、多くの場合、法律と裁判制度ではなく、個人ないし集団による私的な 制裁である。

総じて、現在の経済・社会状況は社会主義、近代以前の君主制度、初期資本主義、近代的民主制度の不思議な混合物である。

いくつかの肯定的な要素

ロシアの現状を観察すれば、基本的に、以上のような否定的、非近代的、逆行的、破壊的、等々の現象を認めざるを得ない。しかし、肯定的、健全、近代 的な要素が全くないわけではない。前者と後者の複雑で一義的でない相互関係を分析する代わりに、ここでは後者についての観察例を列挙するに止める。

*遅れがちではあるが法令の整備が進んでいる。民法典の公布はその一例である。現憲法下では法律が成立しにくい反面、成立した法律は立法府と行政府の合意 を反映しており、また改正が容易でない分だけ安定しているという側面も指摘できる。
*刑法の近代化が一応達成された。刑事訴訟法も大幅に改善されている。
*法令、統計、その他の基本的、制度的な情報の入手が容易になっている。
*行政府の実務者レベルに本来の秩序感覚や倫理観が維持されている。つまり法の意図的な侵犯者は政権内部でも比較的少数である。
*一部の電波メディアの最高管理者を例外として、マスメディアが知性と人権意識、倫理感を保持している。
*法律家の大半が健全な法感覚を維持している。
*生産企業の従業員を中心として、都市住民の多くが健全な法意識をもっており、かつ近代的な法律関係を受け入れる素地がある。彼らは十分に西欧的な教養が あり、近代産業および都市社会の内部で自律的な秩序維持の修練を積んでいる。
*野党の中心勢力が良識的な行動を維持している。
*憲法の個々の規定への批判的な態度とは別に、立憲制度そのものは社会的には十分受け入れられている。法治主義も同様。

−注−
  1. Kazutin Dmitrii(法学者):”法が禁じないことは許されている”との原則を実現せよと論ずる(Moscow News 87.8.16).
    ゴルバチョフ:「政治制度の中核としての議会(ソヴィエト)の権限を...回復すること,...選挙制度を改善して,国民の積極的な参加のもとで...国 権機関が選出されるようにすること」
    「効果的な民主的チェックが働くような権力と管理のメカニズムを作ること」「わが国を...法治国家にしなければならない.だから司法改革が必要」
    (1988年5月7日の演説)
  2. ロシア人の国外居住人口が大きいのはウクライナとカザフスタン。シベリアと国境を接するカザフスタ ンの工業諸州ではロシア人の人口比率が圧倒的。ウクライナ(主に東部)に住むロシア人には外国に住んでいるという意識はまったくない。
    バルト在住のロシア人の問題は若干落ちついている。(国境画定問題でのエストニアの譲歩も影響した)。
    モルドヴァ共和国東部(ドニエストル流域)のロシア人居住地区の問題はレベジ元第14軍司令官の名前で有名。
  3. 92年3月31日のロシア連邦条約締結に際して、タタルスタンとチェチェン調印せず.タタルスタン は後に連邦内での特別な地位(独立的要素を残す)を条件に条約に参加した。
    1993年のシベリア共和国結成の動き。知事間の経済協力連絡組織的な色彩が強い各地の「地域協会」を政治的な色づけで強化しようとする試みが96年にも 見られた。
    中央権力、とくに財政の弱体化が生ずると、自己防衛的な意図で地方が連邦法への不服従を起こすケースがこの5年間にしばしば見られた。92年に財務省紙幣 印刷所のあるペルミ州が、紙幣の配給が遅れているとして印刷済み紙幣の搬入を阻止した事件。95-96年には国税の支払いを停滞させ、州内企業に連邦税の 納入を中止させるなどの動きが各地で発生した。
    大統領の国家法制局によると、96年末現在で、75ないし78の共和国もしくは州で地方法が連邦憲法に違反しており、同局は憲法裁への提訴準備を考えてい る。
  4. 憲法第90条第2項の規定が立法者によって意図的に曖昧にされており、拡大解釈を生みやすくなって いる。現在の大統領による解釈は、「法律の具体的な条文に抵触しない限り、あらゆる問題について制限なく大統領令による立法が可能」というものと理解でき る。
    朝令暮改の例は多数あるが、最近では96年8月の預金利子課税令が9月に廃止されたケース(自分に8月の令を署名させた責任者は誰だ?)、2-6月の選挙 期間中に出した社会福祉関係の大統領令を当選後一括して「執行停止」したケース。
    立法過程の秘密主義と無秩序状態は、「首席補佐官の副書のない大統領令は、たとえ大統領自身の署名があっても無効」という内規(1995年3月頃)や、 「大統領府長官の署名のない大統領令は原則無効」という大統領府規定(96年8月)などから逆に推察できる。
  5. 大統領令による国家機関の設置、廃止が行われた例として、
    大統領保安庁(警護局)の設置と改組。
    E.Al'bac. 独立新聞96.11.21.「大統領直属の地位にあったコルジャコフと彼が握っていた特務機関があらゆる法律的、および社会的なチェックを免れていたこと は言うまでもない」
    96年8月の省庁の統廃合。
    旧KGB(対外諜報部門を除く)の再々にわたる分離、再統合、改組。
    95、96年に多数の州知事の公選が「例外として選挙実施を許可する」という大統領令によって実施された。
    ロシアの官庁では、個々の官職の職務分限が規定されないか、もしくは曖昧であり、上位者はいつでも下位者の職務を法令の規定によらず にオーバーライドできる。内務省や検察丁の長の金庫には、握りつぶされた職務犯罪捜査資料が大量に保管されているという。
  6. 議会による予算議決(法律として制定される)権が無意味だという主張は、財政資金の恣意的な支出、 運用、転用などの違法行為がなんら法的に処断されないことを指摘している。その顕著な例はチェチェン戦争関連支出で、95年度に33兆Rが使われたといわ れる(同年度の連邦歳出総額の13%に相当。大統領府分析官Deliagin)がその額の大半は予算上の裏付けを欠き、行政府が違法に支出したものとされ る。
  7. 司法の独立の脆い基盤につき次の報道参照。
    (1996年12月の第4回全ロシア臨時裁判官大会によせて)
    タイトル:「ロシアに裁判はなく、いつできるかの見通しもない」
    裁判所関係の本年度予算の支出が、5000億Rも不足した。当初予算額自体、 必要な経費の40%にしか過ぎないにも関わらず、この結果である。しばしば裁判所の電気や電話がカットされ、紙代金が支払えず、文書送達のための切手が足 りず、書類を運ぶ自動車も使えない。
    裁判所長はやむなく地元政庁に頭を下げるが、その結果行政官僚の横暴に影響されたり、営利企業の援助を受ける必要に迫られることになる。営利企業の裏に犯 罪者の姿があるケースも希ではない。かくして、かつて党地区委員会が権勢を振るっていた時代よりももっとひどい「電話法」が復活する。今年、慢性的な資金 不足でモスクワ、サンクト・ペテルブルグ両市、アムール、サマラ、イクルーツク、トゥーラの各州で裁判所が活動停止に陥ったことがあり、現在カルーガ州と コミ共和国の裁判所が閉まっている。
    こうした現状を示す事例が、大会で発言したシドレンコ・全ロシア裁判官評議会議長や、レベジェフ・最高裁議長、ヤコブレフ・最高仲裁裁判所議長の口から語 られた。
    大会の開会宣言をしたのはチュバイス・大統領府長官で、大統領の祝辞を読み上げ、大会への贈り物として大統領が署名した「ロシア連邦の裁判システムを安定 させるための若干の措置について」という大統領令を読み上げて、裁判官たちを喜ばせた。大統領令は、裁判所への資金供給を改善する新しい措置がとられるほ か、法律による支援が与えられるむねうたわれている。
    チュバイスが伝えたニュースに裁判官たちはある程度の関心を示したが、その関心も圧倒的な懐疑ムードによって薄められた。今回と同様の措置は、この数年間 に何度も最高レベルで約束されたが、裁判所の実情は悪くなる一方だったからだ。約束で腹はくちくならない。
    それにしても、予算の逼迫が司法と行政の間で公平に分担されていたなら、司法の困窮はこれほどデタラメなものには映らなかったであろう。現実には、司法は 物質的な裏付けのない曖昧な独立性を与えられたというものの、財政的はママッ子扱いである。そして、国民は、司法の置かれている実情を見て、体制そのもの の公正度を測るのである。
    (中略)
    その代わりに、大統領令は、...裁判官へのピストルの無償貸与という措置を承認している。もっとも、裁判官の3分の2を占める女性判事たちにそれをどう 使えと言うのか、いまひとつはっきりしない。判決を書くためのインク代を稼ぐためにピストル強盗をせよ、ということかも知れないが。
    L.Nikitinskii.モスコーニュウズ(ロシア語版)96-49.
  8. エリツィンと検察庁の「相性の悪さ」。
    検事総長
    初代 ステパンコフ 93年3月OPUSを違憲と断定し、議会解体事件後の93年10月に解任。
    2代目 カザンニク 8月、10月両事件恩赦対象者の釈放後94年春解任。
    3代目 イリュシェンコ(代行) ルツコイ冤罪事件の立役者。議会が指名に同意せず。95年10月解任、96年2月逮捕。
    4代目 スクラートフ 汚職摘発の必要性について大統領府長官と対立。
  9. ORT(旧国立オスタンキノTV)は大統領の命令で私営放送会社として設立され、政権にもっとも近 いとされる有力な企業群が株主に入っている。ジャーナリストとして社長に任命された人物は暗殺され、有力な金融ボスが実質的に支配している。96年の大統 領選挙では大統領の専属宣伝機関的な役割を果たした。
    NTVはORTにくらべて独立性が強いという特徴を持っていたが、その後別の金融資本の傘下にほぼ組み込まれた。
    現在、モスクワ市長が自前の全国ネットTV局の設立を計画中。有力な政治指導者がそれぞれ息のかかった企業グループを通じて電波を支配しているという構図 が固まってきた。
  10. 銀行と政府の複雑な関係を示唆するほんの一例。
    :96年2月にVEBのノスコ総裁が解任された。対外債務サービスの資金を財 務省が一部の商業銀行に運用させており(違法。バビーロフ次官の指示という)これにノスコが異議を唱えたためと信じられる。
  11. 1月23日に検事総長が国家資産委員会の違法行為に関する報告を下院議長に提出した。「私有化は 公務員と営利団体との癒着の下で、法律に定める手続きに違反して行われた」と明言している。
  12. 96年12月に実施された政府保有株式担保による財政資金調達オークションの結果:
    SURGUTNEFTEGAS:NPS"SNG"が40.12%を3000億Rで落札。SWIFTは3500億Rだったが失格。
    YUKOS:MENATEPが45%を1.59億ドルで落札。他の入札者(2社)はいずれもMENATEP,Stolichnyi, Tokobankの保証で応札したものだが僅差だった。
    LUKoil:LUKoil(保証人IMPERIAL Bank)、5%を3501万ドルで落札。
    IMPERIALBANK+Nac.Rezerv.Bankは敗北。
    SIDANKO:MFK銀行(ONEKSIMBANKが保証)51%を1.3億ドルで落札。
    KONSUL, ALFA-BANK+INKOMBANK(1.26億ドル)は失格。
    Nafta-MOSKVA:Nafta-MOSKVA+YUNIBEST Bank(1610万ドル)が15%獲得。
    Nafta-MOSKVA+MFK(1640万ドル)、EVRORESURSY(3555万ドル)の札は無効とされた。
    NORILSKNIKEL:ONEKSIMBANKが1億7010万ドルで38%を獲得。
    姉妹銀行のMFK(1.7億)と"REOLA"(1.7億)は敗退。
    共通する特徴:
    落札価格が最低価格またはそれをごく僅か上回る低い金額であった。殆どのケースで対象企業の身内または政府系銀行(ONEKSIM, MENATEPetc.)だけが参加。他のグループの入札参加を強引に排除した。
  13. 96年7月に、多数ある大手の経営不振銀行の中で、TVERUNIVERSALBANKの銀行ラ イセンスが取り消された。大統領選挙の際の動きに対する政治的報復とみなされた。
  14. 公務員の財産犯罪。汚職。
    Interfax 1996年7月31日。
    モスクワでの公務員による強要の被害調査:
    被害ありとした者18%。(注:公務員と何らかの関係を持った者の率がドライバーを含めても50%未満と想定されるので、この率は非 常に高い)。
    「賄賂」を強要した者は、警察官等の治安職員(交通警察を含む)9%、国家機関の上級職員3%、その他の公務員6%(18%の内 訳)。
    「職務犯罪との戦いには政治的な意志が不可欠」
    Y.Skuratov検事総長のインタビューから:
    「汚職は悪質な凶悪犯罪と予想以上に密接に結びついている」
    「汚職との闘いでわれわれに不足しているのは、法律や治安機関の力ではなく、むしろ政治的な意志ではないかという気がすることがあ る」
    「たしかに、あらゆるところで金がないのが現状だ。しかし、この点でも、わが国家の姿勢には落胆させられる。汚職については、言葉が 多すぎるが具体的な行動が少なすぎる」
    「汚職の蔓延は、法意識と法執行の全般的な自由化とある種の関連がある。(中略)。国の財政その他の資金や国有財産に関する決定を行 うに際しての官吏の裁量範囲が決められていないことが、一般国民の生活全般に無法状態を作り出している」
    モスコーニュウズ(ロシア語版)。96-49号.

SRC Winter Symposium Socio-Cultural Dimensions of the Changes in the Slavic-Eurasian World ( English / Japanese )

Copyright (c) 1996 by the Slavic Research Center( English / Japanese ) All rights reserved.