2009年度夏期国際シンポジウム
「地域大国と持続的発展の可能性」開催される

田 畑伸一郎


 7月9~10日に新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」の第1回国際シンポ ジウム(2009年度スラブ研究センター夏期国際シンポジウム)が予定通り開催されました。今回のシンポジウムは,この領域研究のなかで計画研究「持続的 経済発展の可能性」を行っている経済班(第3班)を中心に組織され,この計画研究の研究代表者の上垣彰教授(西南学院大学)が組織委員長を務めました。全 体のテーマは,「地域大国と持続的発展の可能性」とされ,マクロ経済,エネルギー,環境,ミクロ経済(貧困と格差),長期経済発展の5つのセッションが設 けられました。この新学術領域研究は,昨年11月に採択され12月に開始されてから,まだ7カ月ほどしか経過していませんが,当初意図していたようなユー ラシアの地域大国(ロシア,中国,インドなど)の2つあるいは3つを取り上げて比較するような研究がいくつか発表されたことは大きな収穫でした。そのよう ななかで,各国のデータを比較可能な形でどのように整理していくのか,分析の結果明らかになった各国の違いをどのように解釈していくのかなど,今後の課題 が明瞭になったように思われました。

 マクロ経済のセッションでは,(昨年の世界金融危機の前まで)ロシア,中国,インドの経済が高成長を続けたなかで,対外経済関係の果たした大きな役割に 焦点が当てられました。貿易の成長への寄与,経常収支の大きな黒字,外貨準備の大幅な増加といった共通性があるなかで,どのような違いがあるのかについて 詳細な分析結果が披露されました。

 エネルギーのセッションでは,これら3国がエネルギーの生産あるいは輸入の確保においてどのような問題を抱え,どのように解決しようとしているかについ て議論されました。経済成長とエネルギーとの関係という観点からは,石油・ガス大国であるロシアよりも,中国やインドの方が,明るい展望を有しているとい う印象を受けました。

 環境のセッションでは,京都議定書後の気候変動対策に関する各国の対応が焦点となり,日本,中国,発展途上国の対応について,それぞれの地域の専門家に よる報告がなされました。とくに,中国とインドなどにおいて成長と環境保護をどう両立させるかという問題の難しさが描き出されたように思いました。

 ミクロ経済のセッションでは,ロシア,中国,インドの高成長が貧困と格差という問題にどのように影響しているかが分析されました。成長は貧困層の削減に は寄与しているものの,格差はむしろ増大しているという現実が,高度な計量経済学の手法によって示されました。

 長期経済発展のセッションでは,ヨーロッパと他の地域の間でほとんど生産性の格差がなかったと見なされる近代以前の時代から,現在までという長い歴史の なかで,どのようにして大きな差が生じるようになり,どのようにして東アジアの一部の国によるキャッチアップが生じたのかについて,きめ細かい分析や大胆 な仮説が示されました。

 この新学術領域研究は,ロシア,中国,インドなどの地域大国が世界のなかで今後より重要な役割を果たすようになるという見通しに基づいて企画されたわけ ですが,今回のシンポジウムのテーマとされた経済の文脈で考えるならば,昨年来の世界金融危機という状況において,世界経済のなかでの地域大国の役割は, 当初想定していた以上に大きなものとなっています。それは,G8サミット(主要国首脳会議)が地盤沈下し,中国やインドなどを加えたG20や主要経済国 フォーラム(MEF)が大きく注目されるようになったり,BRICs(ブラジル,ロシア,インド,中国)の首脳会議が初めてロシアのエカテリンブルグで開 かれたりしたことに現れています。そのようななかで,これら地域大国を比較し,世界経済における位置づけを分析し,これら地域大国の経済が何らかの新しい モデルを提示しているのかを学術的に解明するという上記の計画研究「持続的経済発展の可能性」の意義は,ますます大きくなっていることを今回の国際シンポ ジウムを通じて強く感じました。

 以上のような経済関連のセッションに加えて,インド,パキスタン,アフガニスタンの国境地域の問題を扱ったセッションも設けられ,これら3カ国から招か れた3人の研究者と日本人討論者,フロアーの間で熱のこもった議論が展開されました。

 今回のシンポジウムには,海外から10人の研究者が招聘されました。その内訳は,南アジア(インド,パキスタン,アフガニスタン)が5名,東アジア(北 京,香港)が2名,ロシア,フィンランド,英国が各1名でした。センターで行われた国際シンポジウムにおいて,スラブ・ユーラシア地域からの招聘者がたっ た1人であったというのは,おそらく初めてのことではないかと思われます。今回の新学術領域研究の特徴を象徴的に示すことですが,これからしばらくはこの 傾向が続くかと思われます。

 このシンポジウムでは,計17本のペーパーが発表されました。これらは,新学術領域研究のディスカッション・ペーパー『比較地域大国論集』などのセン ターの出版物,その他の学術誌に掲載される予定です。

 今回の国際シンポジウムは,改修後のセンターの建物で初めて行われた大きな催しでした。改装された大会議室内では,演壇の背後にセンターのロゴの入った ボードが立てられ,また,常時,セッションの進行が場外のテレビにも映し出されるなど,新しい試みもありました。大会議室横のレセプション・スペースも, コーヒー・ブレークの歓談などに,有効に使われたように思われました。なお,シンポジウムには,計111名が参加しました。


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