スラブ研究センターニュース 季刊 2004年 冬号 No.96 index

2003年度冬期国際シンポジウム

◆『歴史は甦りつつあるのか、それとも創作されているのか?』◆

2004年1月28日(水)〜31日(土) 新棟文学部W409会議室

1 月28日(水)

15:00−17:00  第1セッション(ラウンドテーブル)「中域圏を概念化する」

[1]家田修(SRC)
「スラブ・ユーラシアにおける地域アイデンティティと中域圏・広域圏力学:東ヨーロッ パを中心に」
[2]ヴィタリー・メルクーシェフ(ロシア科学アカデミー・ウラル支部・哲学と法研究 所)
「グローバル化は容易か? シェンゲン条約対象地域の拡大と移動の自由」
[3]ヤロスラフ・フリツァーク(リヴィウ大学、ウクライナ)
「中域圏コンセプトのテストケースとしてのポスト・ソビエト・ウクライナ」
[4]山下範久(北海道大)
「帝国またはポスト帝国?『長い世紀』の概念とグローバル化の継続」


17:15−19:15  第2セッション「バルト諸国:ひとつの中域圏か否か?」

[1]ヴェーロ・ペッタイ(タルトゥー大学、エストニア)
「バルト諸国:甦りつつあり創作されつつある歴史」
[2]橋本伸也(広島大学)、溝端佐登史(京都大学)
「バルト諸国におけるロシア語使用 マイノリティー」
討論:林忠行(SRC)

19:30−20:30  ビア・パーティー

1 月29日(木)

 9:30−11: 30  第3セッション「改革劣等生か、産みの苦しみか?ウクライナ、ベラルーシ、モルドワの比較研究」

[1]藤森信吉(SRC)
「ウクライナのガス・トレイダー:移行国における政治経済学のケース」
[2]ウラジーメル・ロウダ(ベラルーシ大学)
「現在のベラルーシにおける社会的ポピュリズム政策の余 力」
[3]ステファン・ホワイト(グラスゴー大学、英国)
「ポスト共産主義モルドワにおける選挙と価値体系」
討論:服部倫卓(ロシア東欧貿易会)

13:00−14:45  第4セッション「ダゲスタンのイスラム」

[1]ドミトリー・マカロフ(ロシア科学アカデミー東洋学研究所)
「ダゲスタンにおけるイスラムの過激化」
[2]マゴメド-ラスール・イブラギーモフ(ダゲスタン大学、ロシア)
「ダゲスタンにおけるイスラムとエスニシティー」
討論:北川誠一(東北大学)


15:00−17:00  第5セッション「脱共産主義国際秩序における非承認国家」

[1]スタニスラフ・ラコバ(アブハジア大学)
「世界再分割下におけるアブハジア」
[2]テヴァン・ポゴシャン(国際人間発展センター、アルメニア)
「ナゴルノ・カラバフ:歴史的背景、現在の困難、そして国際社会が果たしうる役割」
[3]イリヤ・ガリンスキー(プリドニエストル大学、モルドワ)
「プリドニエストル・モルドワ共和国の政治権力の正統性:政治社会的側面」
討論:ピーター・ラトランド(上智大学)

17:30−18:30  記念講演(札幌アスペンホテル)

アレクサンドル・ボブロフ(SRC)
「ロシアの『二重信仰』(パガニズムとキリスト教):歴史的側面」
討論:中村喜和

18:30−20:30  レセプション(札幌アスペンホテル)

1 月30日(金)

 9:30−11: 30  第6セッション「脱帝国地域において変化する民族・歴史意識」

[1]アンジェイ・ノヴァク(アルカナ出版、クラコウ、ポーランド)
「ポーランド:18世紀から21世紀にかけての東欧政治における帝国の誘惑と反帝国機能の間で」
[2]ダリウス・スタリューナス(リトアニア科学アカデミー・リトアニア史研究所)
「民族中心史学から市民史学へ:現代リトアニア史学史における諸変化」
[3]ドミトリー・ゴーレンバーグ(CNNコーポレーション、米国)
「タタール・アイデンティティー:単一不可分の民族?」
討論:吉岡潤(津田塾大学);宇山智彦(SRC)

13:00−15:00  第7セッション「ロシア帝国西部地域」

[1]ヴァレンティナ・ナドリシカ(ヴォルィニ大学、ウクライナ)
「ロシア帝国下のヴォルィニ:移民過程と文化の相互作用」
[2]松里公孝(SRC)
「ポピュリズムの帝国におけるドイツ人のエリート主義:比較の視点からのオストゼイ問題」
[3]ティート・ローゼンベルグ(タルトゥー大学、エストニア)
「戦争と革命の時代(1914-1917)におけるロシア政府、バルト・ドイツ人エリート、そしてエストニアの公衆」
討論:松村岳志(秋田経済法科大学)

15:15−17:15  第8セッション「科学と帝国:民族的マイノリティーのパーセプション」

[1]アンドレイ・ズナメンスキー(SRC)
「最も繊細な感情の対象:土着霊魂崇拝とシベリア地方主義」
[2]マリーナ・モギリネル(カザン大学、ロシア)
「ロシアにおける最も西欧的な学問:ロシア帝国を人類学的に定義する」
[3]レオニード・タイマソフ(チュワシ大学、ロシア)
「宗教の十字路におけるチュワシ:19世紀―20世紀初頭のチュワシ人作家の作品における信仰と民族アイデンティティ選択の問題」
討論:篠原琢(東京外国語大学)

1月31日(土) 若手研究者国際ワークショップ

10:00−12:00 第1セッション「CISにおけるエリート」
[1]グルナズ・シャラフトヂーノワ(ジョージ・ワシントン大学、米国)
「いつエリートは競争するのか?  ロシアのリージョンにおける政治的競争の決定要素」
[2]地田徹朗(東京大学)
「ソ連邦中央・カザフスタン関係の変遷:党エリート人事動向を素材として(1970 -1991)」
[3]オレクサンドル・シニオーキー(立法イニシアチヴ・ラボラトリー、ウクライナ)
「ウクライナ議会主義は超大統領主義を掣肘しうるか」

13:00−15:00 第2セッション「帝国と社会」

[1]アレクサンドル・セミョーノフ(スモーリヌィ・カレッジ、ロシア)
「帝国の政治学:ロシア帝国におけるロシア人および非ロシア人国家建設の進展に与えた公的政策の影響」
[2]池田嘉郎(東京大学)
「ロシア内戦下での帝国表象の発展:モスクワ・ボリシェヴィキの場合」
[3]後藤正憲(SRC)
「ソ連時代における紡績工場史叙述をめぐって」


15:15−17:15 第3セッション「CIS諸国の生存可能性」

[1]越野剛(SRC)      
「現代ベラルーシ文学における民族語の可能性と限界」
[2]アンドレイ・ロバッチ(ベラルーシ経済大学)
「ベラルーシ・ロシア統合の特殊性(政治的、経済的側面) 
[3]桑田匡之(東京工業大学)
「ソヴェト統計データの地域別民族問題研究への利用可能性」

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  1月28日(水)から31日(土)にかけて、21世紀COE「スラブ・ユーラシア学の構築」正式発足後最初の国際シンポジウム「旧社会主義諸国に出現しつつある中域圏:歴史は甦りつつあるのか、それとも創作されているのか」が開催されます。今回は、21世紀COEの趣旨にかなった新しい試みとして、最終日の31日(土)、若手研究者国際ワークショップが開催されます。このワークショップへの日本からの参加者は、公開選抜されました。
内容は、28、29日のセッションが現状に、30日が歴史にあてられています。全体として、中域圏論、空間論、帝国論を深めることが狙いです。ロシア帝国研究に関しては、従来の民族中心史学が空間的アプローチに席を譲りつつあるのが研究動向であり、中域圏論との接合は可能かつ有益です。主な対象地域は、バルト諸国とコーカサスです。これは、日本のスラブ研究がスラブ・ユーラシア研究に発展する上で飛躍台ともなる研究対象です。
 技術面でも、21世紀COEの趣旨にかなうように、いくつかの改革がおこなわれています。第一に、メイン会場は、これまでよりも大きく、視聴覚機材の使用に適した新棟文学部W409会議室となります。第二は使用言語の問題です。従来、センターの国際シンポジウムでは英語・ロシア語が併用されることがしばしばありました。しかし、私たちの21世紀COEは、中域圏概念を、スラブ・ユーラシア研究のみならず他地域の研究にも有効なものとして提案しています。実際、今回のシンポジウムには、ヨーロッパ研究者、中国研究者、オスマン研究者などが出席します。したがって、英語のみが使用言語となります。そのかわり、旧ソ連圏からの参加者で英語が苦手な人には、ワイヤレス・ヘッドフォーンを使った同時通訳が提供されますし、ロシア語で書かれたペーパーは、日本語に翻訳されます(海外からの参加者は、皆ロシア語ができますので、これは日本人向けのサービスです)。
[松里]


地域研究コンソーシアム

◆  「地域 研究コンソーシアム」設立へ向けて ◆

 国立大学法人化後の全国共同利用型研究及びそれを担う研究所、研究センターはどうなるのか。これはいま全国の研究所、研究センターが抱えている大問題です。全国共同利用のために措置されてきた人と予算は、大学の個別法人化という国立大学間の敷居が明確に生まれるなかで、どう位置づけなおされるのか。

 スラブ研究センターはこれまで日本全国及び国際的なスラブ研究の発展に寄与することを第一目標として掲げ、全国利用型の共同研究の運営、国際シンポジウムの開催、研究資料の収集、若手研究者の育成、ウエッブサイトの設営など、幅広い活動をおこなってきました。このような全国型の研究組織は理系を中心にして日本に数多く存在し、諸外国とは異なった日本における研究体制の特色ともなっています。

 今後、法人化された国立大学での研究が個別大学の内に閉じてしまわないような制度的仕組みを作ることは、全国共同利用研究施設の重大な責務ですが、これは法人化という法的な枠組みを前提にしますと、全国共同利用施設だけの力ではとても手に負えない大きな課題です。スラブ研究センターとしては学内の他の研究組織と共に法人化後の研究体制のあり方をめぐって、大学長に働きかけをおこなってきましたが、同時に全国の研究者の方々にも、是非とも、それぞれの所属の大学長に対して、大学の枠を越えた研究体制の維持と発展の必要性を訴えていただきたく、お願い申し上げます。

 伝え聞くところによりますと、研究所や研究センターに関する事柄はそれを設置している大学の問題である、という見解が国立大学協会内での主流を成しているようです。しかし当センターもそうですが、全国共同利用型の研究所・研究センターは、私立大学も含めて一大学で運営することが不可能な、あるいは非効率な研究資料収集や研究会活動を集約的に担っており、研究所・研究センターを有していない大学の研究者の方々にとってこそ利用価値が高いと思います。法人化の論理によって、他大学に所属する研究者を利用面で差別しなければならないような事態が起きることになれば、日本における学術研究の根幹が揺らぐことになります。こうした全国共同利用型研究施設の重要性をご理解いただき、それぞれの大学に「圧力」をかけていただければ幸いです。

 話はかなり遠回しになりましたが、センターではこうした法人化後の新たな研究体制の展開をにらんで、従来の全国型共同研究体制の維持を図ると同時に、他の地域研究機関と共同して、地域研究コンソーシアムを立ち上げる作業に加わってきました。ここで掲載するのは、このコンソーシアム結成への大きな一歩となる事業が新年早々に開催されたというニュースです。以下、今回の企画実現に至る経緯などを含めて、ご紹介をいたします。

 そもそも世界の様々な地域に関する総合的な研究を全国的に企画運営する機関として地域研究企画交流センターが大阪の国立民族学博物館に設置されたのが10年ほど前でした。このセンターはスラブ研究センターと同様、全国的に組織された運営委員会によって運営方針が決定され、スラブ研究センターの長もその運営委員を兼ねてきました。一昨年来、この地域研究企画交流センター及びその運営に加わっている全国の地域研究機関(後出のワークショップ開催の呼びかけ機関)の長は、法人化後の新たな地域研究体制を整備し、さらに発展させる仕組みを生み出すべく、議論を積み重ねてきました。とりわけ2003年の夏からは「地域研究コンソーシアム」設立準備のための具体的作業がアジア・アフリカ言語文化研究所(東京外国語大学)、東南アジア研究センター(京都大学)、地域研究企画交流センター、そしてスラブ研究センターの若手研究者等が中心となって精力的に進められました。当センターからは田畑伸一郎、岩下明裕の両専任研究員が参加し、センター長も陪席しました。この準備作業班が母体となって日本学術振興会「人文・社会科学振興のための研究事業プロジェクト」に対して、「人間の安全保障」と題された共同研究事業申請もなされ、実際にも研究予算が措置されました。

 以上の経緯を経て、2004年1月9日、10日の両日にかけて「地域研究コンソーシアム設立準備ワークショップ」及び国際シンポジウム「人間の安全保障:地域研究の視座」が開催されるに至りました。以下はこの二つの事業の主催者(スラブ研究センターもその一員)による開催趣旨を含めた案内文です。 また1月9日のワークショップの終了後、この企画の呼びかけ組織である6機関及び地域研究に関連する10の組織が合同して会合を持ち、「地域研究コンソーシアム設立準備委員会」が設置されました。今後はこの準備委員会が主体となって、4月初めをメドに正式な「地域研究コンソーシアム」立ち上げを推進することになります。正式立ち上げの際には改めてご案内を差し上げる予定です。またこのコンソーシアムにご関心をお持ちの方は家田(準備委員会議長)ないし準備委員会事務局が置かれている国立民族学博物館地域研究企画交流センターの押川文子センター長にまでご連絡下さい。

[家田 修]



◆ 地域研究コンソーシアム設立準備ワークショップ ◆

 21世紀に入って、グローバリゼーションが世界のあらゆる地域の人びとの生活に浸透して世界の均質化をいっそう推し進める一方で、ローカルなレベルではむしろそれぞれの文化・伝統を強調して排他的に他者との差異化・差別化を求める動きが同時に相反するかたちで進行しています。また、環境、紛争、開発、人口、食糧など、個別の国家・地域の枠内ではとうてい解決できない、人類の存亡に関わる地球的規模の課題も山積しています。

 このような状況下で地域研究に期待される社会的な役割も変わってきました。これまでの既存の地域の枠組みを超えた地域横断的研究、地域間比較・地域連関をも視野に入れ、なおかつそれぞれのディシプリンをもつ研究者が相互に協力できるような研究体制の確立が今求められています。すでに科学技術・学術審議会、日本学術会議、および地域研究に関する諸委員会においても、新しい地域研究の展開とそれを可能にするネットワーク型の研究体制構築の必要性が繰り返し指摘されています。また国立大学等の法人化のなかで、大学の壁を超えて研究の協力体制を構築する必要性は今一層切実なものになってきました。

 私たち呼びかけ機関は、上記の諸点において認識を共有しつつ、地域研究にかかわる研究機関が広く協力し、開かれた協議体のもとに新しい地域研究を共同で促進するシステムの構築について協議を重ね、2003年5月「『地域研究コンソーシアム』設立に向けての共同提案」をまとめました。もとより「地域研究コンソーシアム」は呼びかけ機関のみが参加して構築できるものではありません。様々な視点から地域に立脚した研究を志す多くの研究者や研究機関、教育機関のフォーラムとして機能することを目指して、現在、構想の実現に向けて努力をしているところです。

 今回の設立準備ワークショップは、その一環として「新しい地域研究とは何か」を問うことを目的に企画しました。また合わせて「地域研究コンソーシアム」構築に向けた設立準備委員会を設立したいと考えています。ぜひ、議論にご参加いただきたく、ご案内申し上げます。

呼びかけ機関
北海道大 学スラブ研究センター 東北大学東北アジア研究センター
東京大学東洋文化研究所    東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
京都大学東南アジア研究センター  国立民族学博物館地域研究企画交流センター



◆ ワークショップ「地域研究を?する」プログラム  ◆

日時:2004年1月9日 場所:学士会館320室
13: 30−13:40 本ワークショップの趣旨について

押川文子(国立民族学博物館・地域研究企画交流センター)

総合司会:臼杵陽(コンソーシアムWG)

共同座長:岩下明裕、帯谷知可、河野泰之、黒 木英充(コンソーシアムWG)
13: 40−14:40 § 1:地域ユニットをどう捉えるか?: 実体、重層、関係性

「地域」の特異性を論じる単位とされてきた 「東南アジア」「アフリカ」「スラブ」などの地域単位は、政治的歴史的産物でもある。近年盛んな、地域を跨ぐ 境界域での調査研究や、移動あるいは地域間関係に着目した研究は、従来所与とされてきた「地域」のとらえ方に一石を投じている。新しい地域研究は「地域」をどのように再構築していくのだろうか。それによってどのような新しい発見があるだろうか。
【話題提供】家田修(北海道大学スラブ研究センター)
        市川光雄(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
        木畑洋一(東京大学大学院総合文化研究科)
14: 40−15:40 §2:地域間比較の潜在力とは?: 地域特異性と普遍性

地域研究者は自らが研究対象とする地域に拘泥する。この執着が地域研究を深める原動力であることは間違いない。しかし一方で、地域研究者は地域間比較のもつ可能性に目を背け、ひたすら自らが対象とする地域に埋没しがちである。地域間比較は、対象地域を相対的に眺める機会を与えてくれるだけでなく、地域特異性と普遍性の相互照射を通じて問題関心を深化させてもくれる。地域研究の立場から地域間比較の潜在力を世に問うことができるだろうか。
【話題提供】田中耕司(京都大学東南アジア研究センター)
        加藤博(一橋大学経済学研究科)
        飯塚正人(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
15: 50−16:50 § 3:地域研究はディシプリンか?:「地域 学」と「場」の

既成の学問体系へのアンチテーゼとしての役回りを終えた地域研究は、新しい学際的研究の創生へと歩みはじめている。しかし、ディシプリンとの緊張関係のもとで成長してきた地域研究は、はたしてディシプリンに成りうるのだろうか?地域研究がディシプリンになることは、本源的な自己撞着を招くことにならないか?地域研究が学問分野として通世代的な再生産をおこなうことは可能だろうか。
【話題提供】杉島敬志(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
        宮崎恒二(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
        宇山智彦(北海道大学スラブ研究センター)
16: 50−17:50 §4:地域とどう関わるか?:実践とポジショニング

現地へ出かけ、情報を収集し、帰国してそれを報告にまとめる、という過程で、地域研究者が研究対象地域の人々のみならず、様々な人々や機関と接する機会は益々増えている。「地域」はもはや単なる情報源ではない。他所者としての研究者は、今後、「地域」にどのように関与していくことができるのか。そしてそれは地域研究に何をもたらすのだろうか?
【話題提供】阿部健一(国立民族学博物館地域研究企画交流センター)
        村井吉敬(上智大学外国語学部)
        酒井啓子(日本貿易振興機構アジア経済研究所)
18: 00−19:00 総 括討論および地域研究コンソーシアムの構築にむけた提言

    座長:家田修、押川文子、田中耕司、宮崎恒二



◆ 国際シンポジウム「人間の安全保障:地域研究の視座」  ◆

 「人間の安全保障」は最近10年間に急速に普及した概念です。背景には、冷戦後いよいよ激化する世界各地の内戦や地域紛争、政治的暴力の横溢に対する人々の危機感・焦燥感があります。そして、これまでのように国家暴力装置を強化してフル稼働させるだけでは、何ら解決にならないことへの直感的理解があります。また環境問題や人口問題の急速な進行に対する人々の漠とした不安も指摘できるでしょう。地球社会の安定的持続可能性、人間が人間らしく生きていけることに対する根本的な疑念が生じているのです。

 こうしたなかで「人間の安全保障」に関する学的な取り組みは様々に展開されてきました。国際政治学は国家間の安全保障に代わる新たな概念を創り出そうと努力してきましたし、NGOの活動を「人間の安全保障」に関わる市民社会の営みとして位置づけ、理論化する努力もなされてきました。

 しかし、人間の安全が脅かされる諸要因や紛争の現実の様態などを、世界各地の現地の社会的・文化的文脈の上に位置づけ、総合的に考究する営みは、これまで組織的には展開されてこなかった、と言わざるをえません。私たちは今、この「地域研究」を通じて、「人間の安全保障」を新たな学として構築する一歩を踏み出そうとしています。個人の生活レベルからグローバルな政治レベルまで、無限の多様性と広がりのなかで「人間の安全保障」をとらえ直す必要があるのです。

 今回のシンポジウムは、地域研究は「人間の安全保障」にいかに取り組むべきか、地域研究を通じて「人間の安全保障」のなかにどのような新しい問題が発見できるのか、それはどのように解決できるのか、という見通しを得るために企画されました。

 まず第1部では、地域研究の最前線に立つ研究者たちが4つの切り口からこの課題に迫りました。
  1. 地域研究が拠って立つところのフィールドにおいて「人間の安全保障」はどのように立ち現れるのか
  2. 地域研究が必然的に生み出すインター・ディシプリナリーな研究手法は「人間の安全保障」をどのようにとらえるのか
  3. 地域研究が常に問題とする伸縮・重層する地域概念のなかで「人間の安全保障」はどのように映し出されるのか
  4. 「人間の安全保障」を実現する過程で生じる「介入」と、地域研究はどう関わるのか
 続いて第2部では、9.11とイラク戦争を通じて深刻な局面を迎えた地球社会をいかにとらえるか、そしてそのなかで「人間の安全保障」はどのように構想されるべきか、という問題について、透徹した視点から優れた文明論を展開する平和学者ヨハン・ガルトゥングさんと、世界各地の人々のまなざしに鋭敏に感応した発言を続ける作家の池澤夏樹さんが、縦横に論じました。それを受けて最後に総合討論をおこないました。
(なお、このプロジェクトは、日本学術振興会「人文・社会科学振興のための研究事業プロジェクト」の一つです。これについては、http://www.jsps.go.jp/j-jinbun/main.html をご覧下さい。)
[黒木英充  kuroki@aa.tufs.ac.jp]

日時:2004年1月10日(土)10:00 -17:00 場所:霞ヶ関ビル・プラザホール 
10:00−10:20 挨 拶と趣旨説明    黒木英充(東京外国語大学AA研)
第1部:地域研究は「人間の安全保障」をどうとらえるか
10:20−11:00 [1] フィールドにおける「人間の安全保障」

速水洋子(京都大学東南アジア研)
幡谷則子(上智大学外国語学部)
11:00−11:40 [2] マルチ・ディシプリンと「人間の安全保障」

松里公孝(北海道大学スラブ研)
松林公蔵(京都大学東南アジア研)
11:50−12:30 [3] 地域の多重性と「人間の安全保障」

帯谷知可(国立民族学博物館地域研)
島田周平(京都大学大学院AA地域研究研究科)
12:30−13:10   [4]地域研究における「介入」と「人間の安全保障」

臼杵陽(国立民族学博物館地域研)
古矢旬(北海道大学大学院法学研究 科)
第2部:イラク戦争後の世界における「人間の安全保障」
14:10−15:10 講演1 ヨハン・ガルトゥング(平和学者) 通訳:西村文子
15:10−15:50 講演2 池澤夏樹(作家)
16:00−17:00  総合討論






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