サハリン州と南クリル地区の
自治制度(ローカル・オートノミー)

中 村 逸 郎


Copyright (c) 1998 by the Slavic Research Center. All rights reserved.

問題の提起

ソ連の崩壊後、ロシアでは連邦秩序が崩壊し、混迷が深まっていった。そうしたなかにあって、分権化という流れが1993年頃をピークに急速に強まり、連邦政府と連邦主体(州、共和国など)の関係は、ロシア連邦制を理解する手かがりとなった。 しかし、「連邦政府」対「連邦主体」の枠組みでロシア連邦制を分析するのは、いわば圧力団体化している連邦主体の動きに焦点を当て、連邦の政策決定要因の一つを解明するのに役立つ反面、その側面を強調しすぎると、連邦主体の下位単位である地区と市レベル(サブ・リージョナルな主体)にみられる自立的な動きを見過ごしてしまうことになる。連邦主体の内部はいくつかの地区と市に分割されており、それらの一部は連邦主体にたいして一定の独自性を確保しようとしている。これにたいして連邦政府に向けては分権化を唱え、地域の統合性と一体性を掲げる連邦主体であるが、その内部の地区と市の自立的な動きには歯止めをかけようとするのである。 じつは、地区レベルにまで踏み込んでロシア連邦制を研究しようというアプローチは日本人にとって、たいへん重要なのである。というのも日本とロシアの間には懸案の、いわゆる「北方領土」問題があり、「北方領土」を構成するクナシリ、シコタン、ハバマイからなる南クリル地区はサハリン州に一方的に従属しているわけではないからである。南クリル地区は、日本との間の独自の関係樹立の可能性を視野に入れながら、サハリン州との関係調整を連邦政府に委ねるやり方ももくろんでいる。こうした思惑にたいしてサハリン州は、南クリル地区が連邦政府と連携し、サハリン州の頭越しに領土交渉を進展させるのに警戒感を強めている。サハリン州は一方ではサハリン州の統合性が損なわれる危険性を危惧しているが、他方では孤立化を回避するために連邦政府との関係改善の方法を模索しようとしているのも事実である。 本稿では、連邦政府とサハリン州と南クリル地区の相互に利害が交錯する現実を念頭に入れ、サハリン州と南クリル地区の行財政制度について考えてみた。とはいっても、自治を制度面から論じるには限界がある。そもそも自治というのは、人々の日常生活でのルーティーン化された問題解決方法や習慣の実態、さらには住民の政治関心の高さなどについての調査を踏まえて議論すべきであって、本稿のように制度面だけから判断するのは早計である。にもかかわらず敢えて制度を扱うのは、資料収集の点で大きな制約があるからである。サハリン州政府を訪問すると、領土問題にたいする日本政府の対応に不信感を募らせる職員が多く、特に1997年11月の日ロ首脳会談以降は北方領土にかんする文書、資料、統計の閲覧が拒否される場面にしばしば直面する。北方領土への自由な訪問はロシア側も日本側も認めておらず、必要とする資料が十分に利用できなかった。本稿では、サハリン州政府で入手したとはいえ基礎文献を扱うにとどまってしまうことを予め記しておく。 日本でのロシア地方政治研究は、ロシアやアメリカと比較すると圧倒的に遅れている (1) 。なかでもサハリン州についての政治研究は、日本ではおこなわれていないのが実状である。極東地域ではソ連崩壊後の秩序形成に向けた新しい制度構築の試みがようやく本格化してきた段階にあり、政治的に安定していないのが大きな理由のようである。

1. サハリン州の立法・行政制度

本論に入るまえに、サハリン州の人口・社会状況と住民生活の実態を簡単に紹介しておこう (2) 。州の総人口は1995年1月現在673,700人である。人口の推移を年代別にみると減少傾向にあり、1994年1月の699,200人と比較すると25,500人、1989年の710,200人と比べると36,500人少なくなっている。人口構成の内訳で注目されるのは、1995年には60歳以上の人口が65,400人、全人口に占める割合は9.7%で、1979年の2倍になっている点であり、高齢化が進みつつあることがわかる。

〈図1〉連邦機構とサハリン州の政治制度

 注1 大統領付属のの委員会の正式な名称は「ロシア大統領付属連邦主体の憲法・法律的改革を実現するための連邦国家機関と連邦主体国家機関の相互関係委員会」、ロシア政府の委員会の正式名称は「地方発展のための国家支援政府委員会」
注2 サハリン州レベルに開設されている政府関連機関としては外務省、民族省、対外経済関係省などの14代表部をはじめとする中央銀行関連の支所、さらには各地区レベルの税務署、税関などを含めると州全体では約100機関を超える。ただし、司法、国防・保安関係機関を除く。

1995年1月の就業者数は286,200人、前年同月と比較すると55,600人減少している。これにたいして未就業者数は40,500人(そのなかで州政府に登録している失業者数は38,800人)、前年同月よりも8,200人増加している。生活水準では、サハリン州政府が定めた最低生活費を得ていない人は1995年1月現在で421,400人、全人口の62.5%にも達している。こうした厳しい経済・生活環境は犯罪数の増大の一因にもなっており、1995年の犯罪者総数は23,697人、前年比で450人増加した。その総数のなかで殺人罪に関わった人は200人、もっとも多かったのは窃盗の12,126人であった。このようにサハリン州は、人口の減少と高齢化、未就業者数の増加と生活水準の低下、さらには犯罪数の増加という深刻な社会問題に直面している。

(1) サハリン州の存立基盤

サハリン州ではソ連邦崩壊後に経済・社会的な混乱が生じ、根本的な立て直しが緊急な課題となった。そのための基本政策を採択する州議会とそれを執行する州行政機関の新しい権限を盛り込み、州の存立基盤を提示する「サハリン州憲章」が州議会で採択され、1996年1月から発効している。州憲章の制定にむけて本格的に作業が着手されたのは1994年であり、州議会で3回の審議を経て、1995年12月26日に州議会において採択された。州憲章の制定過程は憲章の論点を解明するうえで大切であるが、本稿では割愛する。この州憲章を基盤として、サハリン州は1996年5月29日、連邦政府との間に権限分割協定を締結した。以下ではまず、州憲章の特徴を4点に絞って紹介しよう。

@サハリン州の復興と天然資源  

州憲章の前文には州を復興させるために、州内の天然資源と土地を有効に利用するという基本方針が掲げられている。サハリン州議会は憲章の採択にあたって、「現在と将来のサハリン住人とクリル住人にたいする責任を自覚」し、「経済発展と住民福祉の改善」のためには「島の特殊性であるところの比類のない豊かな天然資源」が不可欠であると考えた、と記されている。州憲章の本文にも、住民生活と天然資源の関連について触れており、たとえば「天然資源と土地は、サハリンの住民生活と活動の基盤として利用、保全され」(州憲章72条)、「サハリン州の諸利益は天然資源開発から得られる」と書かれている(州憲章74条)。そのうえで、サハリン州は「天然資源開発にかんする協定の作成と入札に参加できる権利」を有し、利益の一部を獲得できることになっている(州憲章74条)。サハリン州の領土と天然資源にたいする州住民の意識を強めようというのが、憲章の基本的なねらいである。
 連邦政府との「権限分割協定」では、天然資源や土地、対外経済活動を中心に連邦と州の間でのそれらの利益の分割にかんする基本的な枠組みが定められ、さらに細かく分野別に「合意書」が交わされた (3) 。土地の分割に関して、サハリン州土地資源と耕地整理委員会のローセフ議長は、州総面積の84.99%が連邦所有地(国防省の関連地は州総面積の3.31%)で、州所有地は11.29%、自治体所有地は1.94%、私有地は1.76%の割合であると、1998年3月に述べた (4) 。天然資源開発については、連邦政府との間でプロジェクト別に権限分割の合意を交わすことになり、またサハリン州の利益に関わる問題で、連邦政府が外国と結ぶ条約と協定では、それらの草案の段階からサハリン州政府は参加できることになった。

Aサハリン州境界線の変更

 サハリン州憲章の二つ目の特徴は、州境界線の画定方法に見られる。サハリン州の面積は8万7000平方キロメートルに及び、それを取り囲む州の境界線の変更については州憲章のなかで厳しい規定が設けられている。問題の焦点は、州の境界線を連邦政府が一方的に変更できるかどうかである。州憲章には「サハリン州は、サハリン島とマーラヤ・クリリスカヤ・グリャダー(ハバマイ群島とシコタンのことム筆者)を含むクリル諸島から構成されており、州の境界線はロシア連邦が締結する国際条約とロシア憲法、連邦の法令に従って規定される」と記されている(州憲章3条)。国際条約とは連邦政府が諸外国と交わす条約のことであり、サハリン州の境界線は、こうした国際条約に拘束されることになっている。サハリン州が連邦を構成する主体である以上、国際条約はサハリン州にたいしても効力を有すると考えられるからであろう。
 しかし州の境界線の変更には、たとえ国際条約の締結によるものであろうとも、州民の同意が条件となっており、「サハリン州境界線の変更についてのサハリン州としての同意は、州民投票の実施で表明される」と明記されている(州憲章3条)。サハリン州は、州の境界線が外国、おそらく日本の国境線と接していることを念頭におき、それが日本とロシアの両政府間のなんらかの国際条約で一方的に変更されることにたいして歯止めをかけようというのである。州の利益を無視するような日ロ政府間の外交交渉の決定には、州民投票で対抗しようとする考えである (5)
 サハリン州は州憲章の発効とほぼ同じ時期の1996年1月31日、「サハリン州民投票にかんするサハリン州法」を採択している。州民投票の発議には、三つの方法がある。一つは、州議会議員の3分の1以上が加わる議員グループが発議し、3分の2以上の議員の賛成が得られた場合(州法11条)。二つめは、州知事が州議会にたいして提案し、議員の3分の2以上の賛成があった場合(州法12条)。三つめは、50人以上から構成される市民グループが州の有権者の10,000人以上の署名を集めた場合。ただし、この署名活動では最低条件として、州都のユジノサハリンスク市で2,000人以上の署名が条件となっている(州法13条)。たとえば北方領土のある南クリル地区といった特定の地域に片寄って署名が集中しないようにしており、州政府のあるユジノサハリンスク市での一定の署名数を課すことで、署名活動にたいする州政府の影響力を強めようというのであろう。州民投票が成立するには、州内の有権者の50%以上の参加が必要であり、その結果は投票数の過半数で決定される(州法36条)。ということは、全有権者の4分の1以上で採択されることになる。州民投票で採択された決定は、「全住民を拘束するものであり、いかなる国家機関の承認も必要としない。州民投票で採択された決定は、新たに州民投票を実施せずに修正、無効にすることはできない」ことになっている(州法38条)。

Bサハリン州憲章とロシア憲法の関係

 サハリン州憲章は州内の天然資源開発と州境界線の変更手続きでは、州の意思を無視する連邦政府の動きに歯止めをかけようとしている。そこで疑問に思えてくるのは、サハリン州内では州憲章とロシア憲法のどちらが優先することになるかという点である。たしかに州憲章には、「ロシア憲法や連邦の法律は遵守されねばならない」と明記されている(州憲章6条)が、ロシア憲法と州憲章のどちらが上級法であるかについてはなんの規定も盛り込まれていない。
 これとは対照的に、ロシア国内のほかのいくつかの州憲章には、ロシア憲法と連邦の法律は州憲章よりも優先的な効力を有するという条項が含まれている。たとえばレニングラード州憲章には、「ロシア連邦憲法は最高の法的な効力を有しており、その直接的な効力はロシア連邦内のすべての領土で適応される」と記されている。またリペツク州憲章には、「ロシア連邦憲法と連邦の法律は、州内では優越性と直接的な効力を有する」と定められている。さらにノヴゴロド州憲章には、「ノヴゴロド州内においてはロシア連邦憲法と連邦の法律、さらにはロシア連邦大統領令の優越性を承認する」と明記されている。これらの規定は、ロシア憲法の条文「憲法は最高の法的効力と直接の実効性を有し、ロシア連邦全領土において適用される」(ロシア憲法15条)を踏まえた内容であり、この点を州憲章のなかで再確認しているのである。
 州憲章と憲法が抵触した場合、サハリン州ではどちらを優先させるかについてなんの規定もない理由としては、憲法がロシア全土で優先的な効力を有しているのは当然であり、州憲章にわざわざ書き込む必要がないと考えられているからだと解することもできる。しかし本当のところは、あえて憲法との明確な関係を規定せずに、州の自立性をできるだけ広範に打ち出すことができる余地を残していると考えるほうが妥当であろう。連邦との関係で州の立場を明記しているところがあるとすれば、サハリン州は「ロシア連邦の構成主体」であると書かれている箇所だけである(州憲章1条)。
 しかし問題は、むしろサハリン州が連邦の構成員であると記すことにとどめていることである。いくつかの連邦主体では、連邦の一員であることを明記したうえで、連邦からの離脱を明確に否定している。たとえばスターヴロポリ地方憲章には、スターヴロポリ地方は「ロシア連邦と切り離せない部分であり、ロシア連邦の構成から離脱する権利を有していない」と書かれており、こうした条項はクルガン州憲章やプスコフ州憲章にもみられる。スヴェルドロフスク州憲章にいたっては、明確に自分たちの主権を以下のように制限している。「スヴェルドロフスク州はロシア連邦を構成しており、切り離されることはできない」だけではなく、「州内では連邦の主権が確立」されている。

Cサハリン州と地方自治体

 サハリン州を構成する基本的な地方自治体は、州都のユジノサハリンスク市と17地区である(それらの内部に総数で18の市、34の町、65の村に区分けされている)。サハリン州憲章ではロシア連邦地方自治法に従って、18自治体がそれぞれに自治憲章を制定し、そのなかで代議機関と執行機関の長の権限をはじめとして地区の存立基盤も「独自に」盛り込めることになっている。この立法・行政機関は「国家権力機関制度に含まれない」と明記されており(州憲章57条)、サハリン州機関と並存することになっている。
 しかし、地方自治体が現実に活動するにはさまざまなサハリン州法で制約を受け、独自の地方自治の確立という原則に枠がはめられる。自治憲章の制定では、「サハリン州法で定められている手続きに基づいて国家登録」される必要があり(州憲章55条)、自治体の改組や名称の変更、さらに境界線の画定においても、それらの手続きはサハリン州法で定められている(州憲章56条)。州と自治体の関係の中心的な問題は、地方自治体が関与できる専管事項がどのように決められるかである。「地方自治体と国家機関の権限分割は、連邦の法律とサハリン州法によってのみおこなわれる」ことになっており(州憲章59条)、地方自治体が自治憲章のなかに自分たちの専管事項を記載しても形骸化するケースも考えられる。後述するが、現実に地方自治体が関わるのは「住民の日常活動」ぐらいである(州憲章58条)。

(2) サハリン州の立法、行政機関

サハリン州は、天然資源と領土保全を州の存立基盤に据え、連邦との関係では曖昧な部分を残すことで逆に自立性を確保しようとしている。以下では州議会と州行政機関の権限を紹介するが、ここでの論旨は州議会よりも州行政機関の最高責任者である州知事に実質的な権限が付与され、彼を中心に州の復興が図られる点である。州憲章を採択したのは州議会であるが、皮肉にも州議会よりも州知事のほうがより大きな主導権を握ることになる。

@サハリン州議会

 サハリン州には、州の重要な政策や法令を審議し、決定する機関としての州議会が設置されており、これが旧来の州ソビエトに代わって活動を開始したのは1994年4月のことである (6) 。議員定数は27人、有権者の直接投票によって選出され、任期は4年である。議会が任期中に解散される場合をのぞき、議員は4年ごとの選挙で信任を問われる。州議会の本会議を開催するための定足数は、「全議員の3分の2以上」となっている(州憲章17条)。改選後の第1回本会議を開催するのは「選挙委員会議長」であり、「選挙日から16日以内」の開催が義務づけられている。開幕を宣言するのはソビエト時代と同様に、「議員のなかの最高齢者」と決められており(州憲章17条)、すぐに議員のなかから議長を選出する (7) 。州議会内には常任委員会や臨時委員会が開設され、州議会の議事運営の手続きについては、別途に「サハリン州議会規定」で決められることになっている。  サハリン州議会には、さまざまな権限が与えられているが、そのなかでもっとも重要なものは「議決権」である。議決とは、サハリン州としての団体意思を決定する行為であり、重要な議決権としては「法令の制定」と「予算の決定」がある。この二つは、サハリン州の活動の基本にかかわる意思決定であり、議会のもっとも基幹的な任務である。
 しかし予算の決定についていえば、その作成と提案権は州知事の専管事項であるために、議会がどの程度まで詳しく審議し、州知事の提案に修正を加えることができるかは疑問である。議員が修正をおこなうにしても、かなり高度な専門知識と情報が必要であり、議会局がどこまで議員に協力できるかにかかっている (8) 。だからといって逆に、議員が予算修正権を乱用するようなことがあれば、知事の予算提案権が侵害されることになりかねない。あくまでも、知事の提出した予算全体のもつ基本政策を破壊しない程度での修正ということになろう。
 そのほかの議決事項として、26項目(州憲章20条)があげられている。それらのなかに重要な事項があるように思えないが、とりあえず目にとまるものといえば、対外経済活動にかんする協定締結と州財産の処分・管理に関する法令の制定である。議会には先に述べたように、たしかに議決権としての予算の決定などの権限が認められているが、実施と管理は州知事に委ねられているのが実状である(州憲章28条)。
 次に、州議会の権限停止について触れておこう。州議会の実質的な機能はかなり限定されているのとは対照的に、議員の地位は比較的に安定している。州知事には州議会の解散権はなく、議会が解散される方法は二つに限られる。一つは「自己解散」であり、「3分の2以上の議員の賛成」が条件となっている(州憲章23条)。解散のもう一つの方法は、州民投票である。州民投票実施のための要件についてはすでに言及したように、その発議権は知事と市民グループに認められている。州知事の提案が可決されるには、議員の3分の2以上の賛成が必要である。知事と議会が対立した場合、議員たちが知事の提案する解散のための州民投票の実施に賛成することはほとんど有り得ない。州知事の発意で結果的に州議会が解散される可能性は、かなり低いといえる。このように、いったん選挙で選出された議員は、自己解散か州民投票によってだけ議会が解散されるというきわめて安定した環境下で活動できるようになっている。

Aサハリン州知事と行政機関

 州執行機関は、その最高指導者である知事を頂点に、第一副知事、副知事と各部局から構成される。知事という役職名を「州行政機関の首長」と呼ぶこともできる(州憲章25条)。サハリン州知事はソ連邦崩壊後、ロシア大統領によって任命されていたが、1996年10月にはじめて州知事選挙が実施された (9) 。いわば、連邦から派遣された官吏のようであった知事は、州民によって選挙されることで、彼らに直接的な責任を負うことになった。州知事の任期は4年である。  州知事の地位は比較的安定しており、州議会は「知事をその職から解任するための弾劾を提案し、解任に関する決議を採択」できるが(州憲章20条)、「サハリン州民投票の結果によらずして解任することはできない」規定になっている(州憲章35条)。もちろん知事が任期前に解職されるケースとして、たとえばロシア国籍を失った場合や裁判所が職務遂行不能に陥っていると判断した場合、さらには辞任といった場合もあるが、州議会から不信任決議を突きつけられことで、すぐに解任に追い込まれるということはない(州憲章35条)。
 このように州知事には安定した地位が保障されているのは州議会の議員たちと同じであるが、両者が決定的に違うのは、知事は現実の活動において大きな主導権を握ることができる点である。州知事は「州議会の公開、非公開を問わず本会議に出席」でき、本会議の議事事項をはじめとする「州法案を州議会の審議にかける」こともできる。こうした権利を保障するために州議会の閉幕している時には、州知事は議会にたいして「臨時会の召集にかんする提案をおこなうことができる」(州憲章38条)。さらに州知事には、一定の拒否権も認められている。「サハリン州議会が採択し、知事の署名が必要であるために送付されてきた法令を、州知事は州議会に差し戻すことができる」(州憲章38条)。議会には知事の拒否権を跳ねのけ、法令への署名を強制できるような権限はない。このように法案提出権や拒否権をもつ州知事であるが、その反面、州議会の議決事項に拘束され、誠実にそれを執行する責任と義務を負っている。  広範な裁量権が付与されている州知事の重要な権限のなかには、法案と予算案の州議会への提出権をはじめとして法令の署名と公布、州の社会・経済発展計画の議会への提出、州議会の臨時会の召集などがある(州憲章28条)。州知事の権限のなかでも、州議会の承認を必要としていない事項にかんしては、知事が独自の判断で「決定」を発令することができる (10) 。その政令は署名があった日に、州議会にも送付される(州憲章34条)。
 強い立場の州知事は、サハリン州を代表して連邦政府と政治交渉に臨むことになる。ロシア連邦制度では、各連邦主体の行政機関と立法機関のそれぞれの長はロシア連邦会議(上院)のメンバーであるが、サハリン州知事のファルフトジーノフは「ロシア大統領付属連邦主体の憲法・法律的改革を実現するための連邦国家機関と連邦主体国家機関の相互関係委員会」のメンバーにも加わっている。この委員会には、スヴェルドロフスク州知事のロッセリをはじめとする国内の有力地方政治家たちが名を連ねている。サハリン州知事は住民による公選制の導入で連邦主体内で政権基盤を強め、連邦と州をつなぐ重要な役割を担うことになった。
 ところで、州知事の下には数人の副知事、8局、10部、5委員会が配置されている。州行政機関の構成と「割り当てられた予算の配分の決定」は州知事に一任されている(州憲章31条)。第一副知事については知事が指名し、州議会の承認を必要としている(州憲章29条)。州知事が不在のときには、第一副知事が職務を代行することになるが、ただし法令への署名だけは認められていない(州憲章29条)。州知事は職員の人事権を含めた広範な指揮権を有している。職員を統率して日常の行政業務を安定的、継続的に遂行するところに、行政機関の長としての州知事の重要な責務がある。


次章へ

45号の目次へ戻る