サハリン北東部大陸棚の石油・ガス開発と環境W

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 そこで今回はまず漁業の水揚げ金額に対する被害額を算定してみました。まず油臭による被害としては底せいの根つき魚類あるいは貝類といったものに対する被害を想定してみました。それぞれ被害の項目によって、例えば何ヶ月出漁ができないとかというようなことをそれぞれ内容によって分けております。例えば死滅してしまうだろう、磯根漁業の資源についてはその年の漁はまったくダメだろう、あるいは半年ぐらいはダメだろうというような形で算定したわけです。それぞれ鮭の定置とか沖底とかいか釣りとかニシンとかその漁業種ごとに全部、漁期がありますので漁期と汚染された魚場を対応させて、その時の1997年の水揚げ額を基準にいたしまして被害額を、出漁できないとして見積もりました。北見枝幸町が被害額が一番大きくなっております。その半分くらいが手繰り第3種という基本的にはホタテを扱っているところです。手繰り漁というような形でホタテを採っているので、それの被害額が非常に大きくなっているということです。浜頓別町や佐呂別町でもかなり大きな数字になっています。このように被害想定額を合わせて見ますとだいたい56億円くらいが直接的な水揚げ金額の減少になるだろうというふうに考えられます。これは今回想定した被害範囲でしかも漁価も今回想定した漁価でいけばということに限定されるわけです。この被害額の56億円の他に防除対策、防除活動を行うことになりますが、それが例えば海上と陸上に今回分けて考えて海上は漁船がたくさん出ていくだろう、それからオホーツク海沿岸にいるガット船、これはクレーのバケットを持っていて、しかも船体に船倉があるという船なんですが、こういう船によってあるいはグラブ船で回収させよう、さらにオイルフェンスを張ろうとか監視や調査を行うというような形で出動可能な船の数と処理可能な能力を算定してみました。

 それから海岸の防除作業では玉石の海岸や砂浜海岸、岩礁といった海岸の地形種別ごとに防除方法を考えましてナホトカ号の事故を参考に決めたんですが、それぞれに対して1日に処理できるのは例えば20メートルぐらい(汚染沿岸の延長で)というふうに仮定して沿岸の延長が例えば100キロあればあるいは90キロあればそれだけ全部処理するのにどれくらいのお金がかかるだろうかという形で算定してみました。そういたしますと海上作業はだいたいどっちにしても一ヶ月ぐらいやれば油が沿岸にすっかり漂着してしまうということがあるだろうということで、だいたい確か1.5ヶ月分の作業を見込んでおりまして、そうすると海上作業は8億円から9億円くらいということになります。一方、今想定した事故では非常に汚染延長が長いものですから海岸のクリーンアップという費用が非常に多いと思います。特に砂浜海岸で費用が大きくなっていまして、両者足しますと一通りで52億円くらい、今私が想定した方向で計算するとかかるというふうに考えております。52億円と56億円合わせて110億くらいの被害額は100キロくらい汚染されると優に超えてしまうというふうに考えております。

 現在、10月ということで流氷のない時期のことをご紹介したわけですが、参考までに流氷期に流出が起きたらどうなるのだろうかということをちょっとご紹介しようと思います。氷の下で流出事故が起き得るだろうかという問題ですが、これは将来的にはモリクパックから海底パイプラインでサハリン本島に送ることにより通年の生産を考えているので、海中での流出事故というのも起きるだろうと考えられます。原因は何かというとガウジングによる洗掘で、要は大きな氷山みたいなもの、スタムーハと呼ばれていますが、積み重なった氷がガリガリと海底を掘っていく場合の被害が研究者の中でも非常に心配されておりまして、それによってパイプラインが傷つけられますと流氷期に油がもれてしまい、冬期の冷たい水温でも油は海水より軽いですから、氷の下に張りついてしまいます。実は室内実験で経験しております。最初に風向きに氷があります、そこに油を流してみます。冷たい温度に保っておきますとだんだん成長していきまして、さらに氷の下にまた氷ができてしまって原油がサンドイッチされてしまいます。このようになってしまうと今度どうなるのかというと、こういったサンドイッチされた流氷の一部がオホーツク海に拡散していって、その一部が北海道の沿岸に到達するだろう。そうすると、この氷の中に入ってる分にはまだいいんですけども解氷期になりまして氷が溶けていくといろいろな場所で、おそらくこういう氷というのは分散してるでしょうから、海中に溶け出してくるということになります。海中で流出したものですから、大気にあまり触れないで、揮発性分がまだ残っているような状態で流出していき、また海中に放出されることになりますので、まだ毒性の高い成分が北海道の沿岸に運ばれないとも限らないのです。冬期起きる事故ではこのような危険性があるということです。

 流氷がある時に、氷がある場所で回収することができないだろうかということですが、このことは佐伯先生のグループで研究されていますし、また、海外でも異なった方法でも研究されていますが、現在北大で一つ考えているのは、アイスブームを船で引っ張って氷を動かしていくと氷との相対速度で油の方が残って出てくるというような技術の研究を進めています。どうやって出てくるのだろうというのは、ブームを引っ張る速度とかあるいはエアーバブルを海中に放出することによって分離しやすくするといったような方法も考えておりまして、流氷期にも回収することができないだろうかというのを研究しているところです。又、もう一つナホトカ号の事故ではガット船、クレーン付きの運搬船みたいなものですが、これがやはりかなり効率的に活躍したということで、クレーンバケットで海水ごと油膜をすくい上げて自分の船倉に貯め、一杯になったら港に帰るという方法をとったのですが、非常に効率が良かったと伺っております。ただしその後、油と海水を分離しなければならず、分離した後の海水を産業廃棄物とみなすかあるいは海に流して良いかという選択で、大きな問題になったそうです。ですから油を取る時点で水を効率よく分離できればより合理的だろうということでスリットですくい上げてやったらいいのではないか、例えば作業時どのくらいの速さでやったらいいかとかスリットの形状はどうであったらいいかとか、気温や水温によって原油の物性も変わりますのでどういう形がいいだろうか、というような研究を行っております。

 最後に、被害規模を例えば110億円くらいというような予測を踏まえましたけれども、その損害をどうやって賠償してもらえるのだろうかということになります。すでに皆さんご承知かも知れません。現在1992年の国際条約を基準にしている国においては国際油濁補償基金で225億円までは最大補償してくれるだろうということです。船主の責任範囲を超えたものについては油濁補償基金で補填してくれる可能性があるということですが、実際にはその防除や清掃の措置、被害そのもの、汚染の因果関係がはっきりしていて証拠によって証明できなければいけない。しかもその費用が適切な範囲でなければいけないといったような条件がありますから、交渉ごとになるということです。そうすると一生懸命対策を講ずるのはいいのですが、後々有利に交渉を進められるように必要な対策をとる、あるいはそういうことをやらないとこれだけさらに損害が大きくなると、今取った手段が最も合理的かつ的確なものであるというような証明を行えるような準備を防除活動と一緒にやらなければいけないということにも配慮する必要があると思います。

 最後に、宗谷海峡近海で原油流出事故が発生致しますと北海道北部オホーツク沿岸や日本海の北部の海が汚染される可能性があるということが指摘できます。さらに流出油の挙動を予測するためには風によっていろいろと挙動が変わるということが確認できておりますので、風を良く把握することと同時に海流についても詳しく知る必要があります。原油流出が起きた際の水産業への影響というのは死滅とか散逸とか出漁ができないとかあるいは油臭による出荷停止、商品価値の低下など多岐にわたりまして、特に風評被害等については実際に汚染が解消されてもなかなか回復することは難しいと思われます。市場価値を回復することは難しいかもしれませんので、それのための広告宣伝費、キャンペーン費もかなり必要になってくるということを考えていかなければならないと思います。宗谷海峡西側での想定原油流出事故での漁業被害額は56億円くらい、防除活動費は52億円くらいと試算しました。ただし被害というのはこれらの他に観光やあるいは間接的な影響もありますので実際の被害はかなり膨大なものになるだろうと考えられます。また例えば漁期や魚場、季節によって違いますので、被害を合理的に最小限に押さえるためには、どこから先にクリーンアップして行くかというようなことも必要ですし、あるいは油臭が付いてしまいますと商品価値が非常に落ちてしまいますので、防除対策も迅速に行うことが重要であるというふうに考えられます。流氷期に事故が発生致しますと原油が氷盤の下に広がってしまうので、氷盤の下に広がった油がすぐ来るかどうかというのはなかなか予測が難しいところです。しかし流氷がやってくるということはその流氷の中に油が取り込まれていれば油ごとやって来てしまうということになりますので、氷盤下の流出原油を回収する技術についてもあるいは流出した後で、できるだけ早く被害を最小限にとどめるような対応が可能になる様に技術の開発を進めることが必要であると思います。最後に、防除活動についてただいま報告させて頂きましたように、経過とか証拠の記録を整理することについても実際に防除活動をするだけではなく、ソフト面のコントロールも必要であろうというふうに考えています。以上で終わらせて頂きます。


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