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スラブ研究センターはスラブ・ユーラシア研究センターに改称します

北海道大学スラブ研究センターは、2014年4月1日をもって、「北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター」に改称します。

ソ連・東欧諸国の研究を目的として設立された当センターが、「ソ連」「ロシア」といった冷戦期にイデオロギー的ニュアンスを帯びていた名称を使わず、あえて「スラブ」を冠したのは、前身であるスラヴ研究室が1953年に開設された際の先人の知恵でした。そのおかげで、ソ連という国がなくなった時も、センターの名前を変える必要はありませんでした。

他方でこの名称は、(旧)ソ連・東欧諸国が決してスラブ系の言語・民族だけの地域ではなく、テュルク、フィン・ウゴル、カフカス、バルト、イラン、モンゴル、ロマンス、トゥングースなどさまざまな系統が共存する、豊かな多様性を持った地域であることを反映していないという問題がありました。また、狭義のスラブ学がスラブ文献学を意味するのに対し、スラブ研究センターは長い間、どちらかといえば社会科学志向の強いセンターであったというずれもありました。

特にソ連とユーゴスラヴィアの解体後は、非スラブ系の独立国が増え、旧ソ連・東欧地域全体を「スラブ」と呼ぶのはますます難しくなりました。現在、旧ソ連・東欧の29の独立国(非承認国家を除く)のうち、16が主に非スラブ系の民族が住む国であり、ロシア連邦の中にも、非スラブ系の共和国・自治管区などが多くあります。当センターでも中央ユーラシアなど非スラブ地域の研究に本格的に取り組むようになるにつれ、非スラブ諸国の方々から、「スラブ研究センター」という名前は実態に合っていないという指摘をたびたび受けるようになりました。

旧ソ連・東欧をどのような新しい地域名称で呼ぶべきか、この地域を専門とする研究機関の名称をどうするかは、世界中の研究者たちが頭を悩ませてきた問題です。最も多い解決法は、「ユーラシア」という言葉を使うことですが、これだけでは、ヨーロッパとアジアそれぞれ全域を合わせた広義のユーラシアと区別がつかなくなるため、「東欧」「ロシア」「スラブ」などと組み合わせたさまざまな命名が試みられてきました。当センターは「スラブ・ユーラシア」という言葉を考案し、重点領域研究「スラブ・ユーラシアの変動:自存と共存の条件」(1995~97年度)、21世紀COEプログラム「スラブ・ユーラシア学の構築:中域圏の形成と地球化」(2003~07年度)をはじめとするさまざまな研究プロジェクトや、国際シンポジウム、出版物などで使ってきました。この言葉は次第に、センターの外でも広く使われるようになりました。

さらに近年センターは、新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」(2008~12年度)、グローバルCOEプログラム「境界研究の拠点形成:スラブ・ユーラシアと世界」(2009~13年度)等で、中国、インド、中東など、旧ソ連・東欧以外のユーラシア諸地域の研究とも連携を深めてきました。その背後には、地域の個性の 解明、特にグローバル化が進む現在の世界における旧ソ連・東欧の位置づけの考察には、比較の視点が不可欠であるという私たちの信念があります。2013年7月にセンターの点検評価のために行った外部アンケートでも、ユーラシア全域を視野に入れた研究機関としての存在価値をアピールするため、発展的な改名を考えるべきだという複数の意見をいただきました。

以上のように、旧ソ連・東欧地域の文化的な多様性、およびユーラシア諸地域の研究をつなぐハブとしてのセンターの機能を名称に反映させるため、スラブ・ユーラシア研究センターへの改称を決定するに至りました。英語での略称SRC、日本語での通称「スラ研」「スラブ研」は変更せず、慣れ親しんだ名前との継続性を維持します。

この名称変更は、センターがスラブ研究に力を入れなくなることを意味するものでは決してありません。逆に、近年センターは、かつて手薄だったスラブ諸言語・文化研究の充実に取り組んでおり、教員・研究員の中の人文系と社会科学系の比率も、ほぼ均衡するようになりました。旧ソ連・東欧の中のスラブ地域と非スラブ地域の研究を両立させ、同時に旧ソ連・東欧以外の地域の研究とも連携することが、可能であり有効であることを、センターの歩み・取り組みが証明してきたと言えます。人員・予算の不足という困難はありますが、センターは今後とも、スラブ研究とユーラシア研究双方の拠点であり続けたいと考えています。皆様のご支援・ご協力をお願い申し上げます。


*改称を記念して、2014年4月7日にシンポジウムを開催します。ご来臨いただければ幸いです。

 http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/jp/seminors/src/2014.html#4-7

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