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センター長挨拶

 ご挨拶

長縄 宣博(SRC)


長縄 宣博(SRC)

  世界が大きく変わりつつあるこの時期にセンター長となることは大変光栄でありつつも、その責任の重さに身が引き締まります。2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻でポスト冷戦期の世界秩序が終わったとの見方は広く共有されていますが、私は現代世界の危機がもっと深層の地殻変動ではないか、つまり19世紀末に遡る「長い20世紀」が現在、終焉を迎えているのではないかと考えています。私見は、岩波書店の『思想』2024年4月号で展開しましたので、御笑覧いただけましたら幸いです(もちろん、組織の見解を代表するものではありません)。

 

  センターは国立大学の新しい中期計画が始まる2022年度から5年間、「生存戦略研究」というプロジェクトを立ち上げ、スラブ・ユーラシア研究が積み重ねてきた知見を現代世界の危機の理解に応用することで、旧ソ連・東欧地域の人文社会科学研究に新たな使命を吹き込んでいます。昨年末には、北大のスタートアップ支援を得てウクライナ及び隣接地域研究ユニットを設置しました。また、人間文化研究機構(NIHU)より東ユーラシア地域研究のプロジェクトを受け入れ移民・ジェンダーをテーマに研究を深め、北極域研究と境界研究を通じて、部局横断、産官学協働、知識の社会実装を推進しています。教育面では、2021年度よりロシア・東欧学会(2022年度からは日本ロシア・東欧研究連絡協議会[JCREES])とサマースクールを共催して、学部生から大学院生、ポスドクから定職者まで切れ目なく人材を育成する機能を高めています。

 

  日本の人文社会研究をとりまく厳しい環境の中で、これらの活動を持続するために我々は自分たちの存在意義を証明しなければなりません。そのためにはセンター自身が変わり続けなければなりません。とりわけ、研究と教育の国際化はすでに不可避です。野町前センター長のご尽力で、教員、客員教員、共同研究の公募も海外に門戸が開かれ、これまで以上に国際的な共同利用・共同研究拠点になるという方針が打ち出されました。これは言うまでもなく、スラ研だけで成し遂げられるものではありません。各種公募も将来は、日本人の研究者と海外の研究者が横並びで英文の申請書を書き、それを日本人だけでなく海外の指導的な研究者が判定することになるでしょう。そこでは日本人も、海外で通用する英作文の技術を身につけるだけではなく、何よりも研究内容を国際的な水準に引き上げていかなくてはなりません。センターが国際的な共同利用・共同研究拠点になることはセンターの生き残りに不可欠ですが、そのためには、日本のスラブ・ユーラシア研究者に国際的な競争に入っていく覚悟が求められます。スラ研の敗北は、日本のスラブ・ユーラシア研究の敗北となるでしょう。

 

  覚悟とはいっても、何も恐ろしいことを言っているのではありません。国際的に競争力のある研究は、結果的にそうなのであって、最も大切なのは、どこまでも好奇心に貫かれた探究です。ウクライナ戦争に際して日本のスラブ・ユーラシア研究者が即応的に必要な知見を提供できたことは、それまでの研鑽と蓄積の賜物です。しかし、スラブ・ユーラシア地域、そして世界を待ち受ける将来の試練に備えるには、ただちに役には立たずとも、妨げられることのない好奇心が知識の地平を切り拓いていくことが絶対に必要です。スラ研はまず、性別、世代、国籍、専門の異なる多様な人材が互いの好奇心を通わせることのできる環境づくりに努めます。その上で、産官学の協働を推進し、社会の役に立つ知識の発信にも努めます。スラ研は、好奇心で結束し、さらなる高みをめざす共同体になります。

 

  2024年4月1日  

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