1997年点検評価報告書

はじめに
外部評価委員のプロフィール
第三者による評価
外部評価報告を読んで
「スラブ研究センターを研究する」へ
SRC Home
百瀬宏
I・T・ベレント
ノダリ・A・シモニア
エヴゲーニイ・アニーシ モフ
スティーヴン・コトキン
セルゲイ・A・アルチュ ウノフ

外部評価報告を読んで ―問題点と今後の対応―

はじめに

 報告書で取り上げられた問題はかなり多岐にわたる。学問のあり方をめぐる根本的な問題から、外国人宿舎の改善にいたるレベルの異なる問題がそこに は含まれている。その中にはすでに解決済みのものもあるが、センターの努力のみでは解決が不可能なものもある。また、これからの長期的な活動の中で回答を 見いだして行かなくてはならない種類の問題もある。とりあえず、可能な範囲でセンターの対応をまとめてみたい。


1.共同研究のあり方をめぐって

 平成2年から、センターは全国共同利用施設となり、また平成7年からはCOEの中核的研究機関支援プログラムの対象となっている。センターは、全 国共同利用にかかわる活動として、毎年2回、夏期(7月)と冬期(1月)に研究会を開催している。夏期研究会は国際シンポジウムと位置づけられており、報 告と討論は原則としてすべて英語もしくはロシア語で行われる。他方、冬期研究会は国内研究会と位置づけられているが、近年は、この「国内」研究会にも外国 語で行われる報告が増えており、平成8年度の冬期研究会では、ほぼ半数のパネルで英語かロシア語が使われた。センターには常に、4〜5人の外国人研究員が 滞在し、冬期研究会にも報告者として参加する。また、最近はかなりの数のスラブ地域研究に従事する外国人研究者が日本に滞在しており、これらの研究者がセ ンターの研究会で発表をするので、最近は「国内」研究会の「国際化」がとくに顕著なものとなっている。

 また、平成7年度から平成9年度までの3年間は、センター専任研究員が中心となって文部省科学研究費補助金・重点領域研究「スラブ・ユーラシアの 変動:自存と共存の条件」(領域代表:皆川修吾:センター教授)が進行している。この重点領域研究の中心を占める9計画研究のうち、8計画研究はセンター の専任研究員が代表を務め、また他の1つもセンターの運営委員である西村可明氏(一橋大学経済研究所教授)が代表なので、実質的にはこの企画はセンターの 事業と位置づけられる。この3年間に限れば、センターの夏期および冬期研究会は重点領域研究の成果発表会を兼ねている。それにともなって、毎回100人を 越す参加者があり、小さな学会なみの規模となっている。

 この研究会については、百瀬、ベレンド両氏の報告が詳しく言及しており、おおむね現在の内容や運営方法は高い評価を受けている。ただ、そこにもい くつかの問題が存在している。百瀬氏は、「専任研究員とは、ほかの人に研究させる職種のことだ」という研究員の言葉を紹介している。こうした傾向は、セン ターの研究会にもみられる。ベレンド氏を招いた平成8年の夏期シンポジウムは、中・東欧の問題に焦点を当てるものであり、ロシア研究に大きな比重がおかれ るセンターの企画としてはめずらしいものであった。センターのスタッフの中で、この地域の研究を専門としているのは林忠行と家田修であるが、この両名はこ の研究会の組織運営に忙殺され、結局、研究会では報告の機会を持つことができなかった。こうした状態は、かなり恒常化している。その前の、平成7年の夏期 国際シンポジウムではロシア経済の問題を中心にプログラムが組まれたが、そのときもセンターでロシア経済を専門とする研究員は裏方に専念せざるをえなかっ た。センターの国際的な知名度に関する百瀬氏の評価は多少過大で、ある種の「ほめ殺し」ではないかという気もするが、それでもセンターの国際シンポジウム が、国内外でかなり知られるようになっていることは実感している。しかし、その規模が拡大するにしたがって、センター専任研究員の研究発表の場としては、 むしろ遠い存在になる傾向がある。

 また、百瀬氏は研究会における「学際性」の問題を指摘されている。同様の指摘は、過去の点検評価報告書に掲載されている学外専門家の評価にも見ら れた。センターの設立理念が、人文・社会科学に基礎をおく「スラブ地域の学際的研究」にあることから見ても、繰り返しこうした指摘が出されていることは大 きな問題である。

 一般的にいえば、高いレベルの専門性を維持しつつ、専門領域を越えた学際的研究を展開することはそれほど容易ではない。これは専任研究員の資質に かかわる問題といえる。研究会を組織する専任研究員は、おもに文学、歴史学、経済学、政治学、文化人類学等それぞれの学問領域で教育を受けたが、センター ではそうした学問領域を乗り越えて、議論を展開できるようにならなくてはならない、ということなのであろう。そうした努力は、これまでも一定範囲では継続 されている。センター研究部の研究員は、センター内で開催される専任研究員セミナーで毎年度1回、報告することを義務づけられている。報告者は、未発表の 論文を提出し、センター外からコメンテーターを招いて、その論文を批判してもらう。それと同時に、他のすべての研究員は、事前に提出されたその論文を読 み、セミナーでコメントを行うことが義務づけられている。多くの研究員にとって、自分の論文を発表することよりも、専門外の領域の論文についてコメントす ることの方が大きな負担と感じられている。あえて、こうした試みが継続されているのは、学際性の向上が強く意識されているからといえる。

 にもかかわらず、なお学際性の問題が提起されるのは、定例研究会の運営方法とかかわっている。平成8年度の夏期シンポジウムの内容はベレンド報告 に詳しく紹介されているが、それを見てもわかるように、一定の学際性は維持されていたと思う。中・東欧の問題が、歴史、思想、政治、経済、国際関係といっ たさまざまな学問領域を背景とする研究者によって議論されたからである。夏期シンポジウムでは、ごく例外的な場合を除いて、分科会は設けず、全員がひとつ のパネルに参加できるプログラムを作るよう努めている。ただし、最近は、研究会の規模が拡大しているので、そうした方針を維持するのは必ずしも容易ではな い。センターのあまり広くない会議室に、多くの参加者を詰め込んだ結果、マイクの無線が遮断されて音がでなくなったり、外の騒音を断つために窓を閉めた結 果、室内が蒸し風呂となり、施設面では「発展途上国」なみとベレンド氏に批判される結果を招いている。

 施設の問題は後で述べることにして、学際性の問題に戻ろう。問題は、冬期研究会である。この研究会では、一応、統一テーマが設けられているが、実 際の運営はそれにこだわらず、できるだけ多くの内外の研究者が多様なテーマで発表を行う機会をもてるようにプログラムは作られている。また、現在は重点領 域研究と重なっているので、報告数はとくに増加している。その結果として、同じ時間帯に並行していくつかのパネルを設定せざるをえず、経済関連の報告には 経済の、文学関連の報告には文学の専門家が集まるということになっている。重点領域研究の班構成が、ディシプリン別の構成になっていることともこれは関係 している。今後は、プログラムを編成するときに、ミスマッチングをおそれずに、思い切ったパネルの構成を考えてみる必要もあろう。

 この問題は、百瀬氏が指摘する科学研究費の「業績主義」とも関わりがありそうである。現在のセンターの研究会は重点領域研究と連動している。重点 領域研究は比較的短期間に研究成果を発表することが求められているので、どうしても研究成果を「まとめやすい」専門領域の近い研究者で研究チームを組織し がちである。そうした問題は、重点領域研究を統括している総括班の会議でも議論の対象となっており、その対策として、平成9年度には、研究班の枠を越えた 共同研究を並行して進行させることが考えられている。そのひとつとして、計画研究と公募研究の枠を取り払った「極東班」に総括班からの研究費をまわして、 総合的な研究を試みるということが計画されている。

 また、百瀬氏の指摘には、目先の研究成果にとらわれない息の長い基礎研究の必要性という問題が含まれている。この点は、むしろ重点領域研究終了後 に、どのような共同研究を企画するのかという問題とかかわろう。現在の重点領域研究にも、歴史や文学領域の研究は含まれているが、全体として見るならば、 このプロジェクトでは政治・経済を中心とする社会科学分野での現状分析的な研究に大きな比重がおかれている。したがって、歴史や文化にかかわる人文学的な 研究領域での長期的な共同研究プロジェクトをセンターとしては今後は準備する必要がある。また、重点領域研究でえられた成果の中から、長期的なプロジェク トにつながるものを選び出して、研究を継続していくことも重要であろう。

 また、やはり百瀬氏が指摘している「政治との距離」の問題も重要な問題である。これは、たとえば「北方領土」をめぐる問題に関連する企画を考える ときなどに、端的に現れる問題といえる。ここであらためて述べるまでもないが、社会科学や人文学において、個々の研究が一定の政治性を帯びることは避けが たい。ある研究者が仮に「自国政府の立場にこだわらない」発言をしたとしても、それ自身が政府の立場とは違う「政治的」な発言となっている場合も少なくな い。大切なのは、「政治的」な問題を扱う場合も学問的な手続きを重視すること、その上で「右」にしろ「左」にしろ(今、なにが「右」でなにが「左」かは、 それ自身が難しい問題ではあるが)多様な見解が出会う場をセンターは提供することである。これまでのセンターの方針はそういったものであったと信じるし、 今後もそうありたいと考えている。ベレンド氏は平成8年度夏期シンポジウムの成果を評価して、「会議で展開された経済、安全保障、社会政策関連の議論は、 研究者のみならず、政策立案者や政治家たちにとっても貴重なものである」と述べ、また、シモニア氏がセンターの研究会について、「これらの討議の結果は学 者だけでなく、政策立案者や政治家、一般人にとっても価値あるものである」と述べている。これらの言葉もまた、そうした文脈で理解することにしたい。

 ついでながら、センターは政府機関や企業のための政策提言機関ではない。しかし、官民の実務家との対話や、そうした人びとを含む議論の場の設定を あえて回避する必要もない。学問的な必要があれば、そうした企画もまた積極的に行うべきであろう。ただし、その場合でも、上で述べた意味における「政治と の距離」の問題はつねに意識されていなくてはならない、ということであろう。


2.研究組織にかかわる問題について

まず、研究部のスタッフの数が不足しているという指摘は、今回の外部評価でも繰り返し述べられている。シモニア氏が所属する研究所のように400人 を越える大規模研究所は論外にしても、せめてあと数名の増員はやはり必要である。現在の研究部スタッフは11名で構成されている。それぞれの専門とする地 域で見ると、ロシアが8名、東欧が2名、中央アジア1名という構成になっている。日本とロシアとの歴史的な関係や現在の関係などを考えると、ロシア研究者 が多くなることはやむを得ない側面がある。

ベレンド氏は、「センターがかつてのロシア(ソ連)研究中心の研究機関から中・東欧研究のセンターになるという長足の進歩をなし遂げた」という評価 をされている。ベレンド氏を招いた平成8年度の国際シンポジウムがたまたま中・東欧に焦点を当てたものであり、また現在のセンター長が中・東欧を専門とし ているといった要因からそうした印象を与えることになったのかもしれない。

これまでのセンターが「ロシア(ソ連)研究中心の研究機関」であったことは否定できないが、センターは常に中・東欧の専門家を擁し、そうしたテーマ を常時、取り上げてきた。また、外国人研究員(長期滞在のみ)の構成で見ると、この10年間に30人の研究者を招聘したが、そのうち6人が中・東欧研究 (あわせてロシア研究を行っている者を含む)に従事する研究者であった。その比率は、多いとは言い難いものの、中・東欧研究をこれまで無視してきたとうこ とでもない。

 とはいえ、シモニア氏も指摘しているように、現在のスタッフ構成で、広大なスラブ地域の研究を進めることには、やはり無理がある。欲を言えばきり がないが、多くの問題を抱える南東欧(バルカン地域)研究者が専任としてひとりもいないことは大きな問題である。また、カフカース地域についても同様のこ とがいえる。研究者の学問分野別の構成で見ると、教育学、社会学、法律学などの分野の専門家がいない点も、共同研究を組織する上で障害となっている。セン ターが全国共同利用施設に改組された段階では、現在の5部門に加えて、人口動態論、教育学、社会学といった領域を担当する「人間環境部門」と、法学や倫理 学などをの領域を担当する「規範科学部門」を増設することが計画されていたが、現在にいたるまでその実現にはいたっていない。

 また、今の情報資料部(助教授1、助手2)と事務部(事務官3名、ただし正確には法学部の1事務掛で、図書担当事務官1名を含む)からなるセン ターの研究支援体制の弱さについても、いくつかの評価報告で述べられているし、またそうした指摘は過去の外部評価においても指摘されている。

 百瀬報告では、収書・参考業務と同時に「スラブ文献学」の研究・教育が可能となる体制を確立する必要が述べられている。ここで「文献学」と述べら れているものは、おそらくは文献の考証的な研究を含む「書誌学」と言い換えうるものと思われる。この問題は、法学部附属スラブ研究施設時代から継続する問 題であったといえる。ただし、この点に関しては百瀬氏も指摘しているように、かなりの実績も積み上げてきた。その多くは秋月孝子氏の貢献によるものであっ た。秋月氏は昭和42年から図書担当事務官として、平成2年からは講師、平成6年から平成8年3月の定年までは助教授としてセンターに勤務し、図書の収 集・整理、さまざまな図書参考業務を行うとともに、専門的な文献目録の作成といった業務を継続し、センターにおけるスラブ書誌学研究の基礎をつくった。

 いずれの評価報告書においても、センターの図書室、および蔵書の質の高さには高い評価を与えられているが、そうした評価は、約30年間にわたる秋 月氏の努力の賜といえる。秋月氏の退官後、その仕事は兎内勇津流講師によって引き継がれている。現在のセンターに求められているのは、これまでの実績の上 に学問としてのスラブ書誌学、スラブ情報学を制度的にも確立し、それと有機的に結びついた収書や参考サービス体制の整備を進めることである。

 現在、わが国の国立大学においては、図書にかかわる問題は事務部の管轄領域という認識がある。しかし、書誌学はそれ自身が学問として位置づけられ るべきであり、またロシア語やその他の東欧言語に依拠するスラブ書誌学研究は、スラブ地域研究と密接に連動しながら進められるべきである。また、全国共同 利用施設としてセンターは、たんにセンターの蔵書情報のみならず、国内外のスラブ地域研究にかかわる文献に関して広範な情報を提供する義務があるし、ま た、近年は旧ソ連・東欧地域各国の公文書館が外国人研究者にも開かれ、歴史研究を取り巻く環境が一変したが、そうした情報提供もまたセンターに求められて いる。センターは助教授ポスト1をその目的で配しているが、実際にはセンターが購入している膨大な量におよぶ図書の選書、発注、整理という業務に忙殺さ れ、本来の書誌学研究に時間を割くことができないでいる。

 シモニア報告、アニーシモフ報告は、新規購入図書整理の遅れを指摘している。平成8年度で見ると、センターは単行本、およびシートないしリール換 算したマイクロ資料を合計で8,031点、雑誌575タイトルを受け入れた。この受入図書を上記の講師1名と図書事務官1名、それに臨時用人6名で整理し ている。文献はロシア語、東欧諸語など多様な言語構成を持ち、それを整理する作業には高度な専門的知識が求められる。その結果、担当講師にかかる負担はき わめて大きなものとなっている。しかも、現在の制度において臨時用人は2年を越えて雇用することができないため、整理業務に習熟した段階で他の新しい人員 と交替しなくてはならず、これは整理作業の効率を阻害する要因となっている。未整理文献の滞貨は、この1〜2年でかなり改善されたが、それでもなお平成7 年度以前に受け入れたものを含めてかなり残っており、上記評価報告でもそうした点が指摘されることになった。

 近年、とくに新しい課題として登場しているのは、新しいメディアを媒体とする情報の集積と発信であろう。センターでは研究部と情報資料部でデータ ベースの作成が行われている。情報資料部に限れば、日本のスラブ研究者名簿の作成・管理と邦語のスラブ研究文献データベースの構築が進められている。この ふたつの作業は、情報資料部の助手1名が担当しているが、同時にセンター内に導入されているコンピュータ機器にかかわるサービス業務も同じ人物が担ってい るため、本来のデータベースの作成・管理業務に支障がでている。

 外国人の評価報告の中では、アルチュウノフ氏とアニーシモフ氏がコンピュータを使用する上でいくつかの支障があったと述べている。これは、両氏が ロシアで使用していたものと、センターが用意したものに相違があり、また、適切な英文ないし露文の解説書がなかったことから生じた問題であった。今後は外 国語の解説書を用意する等の措置をとる必要があるが、いずれにせよ、外国人研究者が使うソフトはきわめて多様であり、また、現在はそれらの新版への更新が きわめて早いので、それにすべて応じることは不可能であろう。アルチュウノフ氏もアニーシモフ氏もそうした問題をことあるごとに解決してくれた松田潤助手 に謝辞を述べているが、結局の所は、機器担当者の個別対応しかないのが現状といえる。

 残念ながら、点検評価報告には触れられていないが、センターは平成8年春にホームページを開設した。これはセンターの組織や活動に関する情報、ロ シア・東欧の情報データに接続するためのリンク集などを含み、日本のスラブ研究者のみならず、官庁、企業の実務家やジャーナリストたちが数多く利用するに いたっている。こうした方法による情報交換、もしくはわが国のスラブ研究に関する情報の発信は、今後のセンターの重要な課題となっている。しかし、この ホームページの構築と管理は、もっぱら研究部の山村理人教授が自分の研究時間を割いて担当している。幸か不幸か、このホームページは好評で、その分だけさ まざまな要望が国内外から舞い込み、山村教授ひとりでは対応しきれなくなっている。

 平成8年度から、センターには研究支援推進員という名称で、コンピュータ等の技術支援を目的とする人員を1名雇用することができるようになり、平 成9年度にそれは2名に増員された。今後はこの要員が、ホームページの更新や上記のコンピュータ機器管理に関する技術支援を担当できるようになるので、上 記で述べたような専任研究員の負担は軽減される。ただし、センターにおける機器管理サービスも、ホームページ管理も、かなり高いレベルの語学能力が要求さ れるので、現在の問題をすべてこの新しく雇用された要員で解決することはできず、今後も研究部と情報資料部の専任研究員の負担はかなりの量で残ることにな る。時給1,098円という単価で雇用される研究支援推進員に、一定のコンピュータの知識と英語およびロシア語の能力の両方を期待することは現実的ではな いからである。

 センターのもうひとりの助手はおもに刊行物の編集を担当している。センターは現在、定期刊行物として和文と欧文の紀要をそれぞれ年1回、和文の ニューズレターを年4回、それに英文のニューズレターを年1回発行している。また、それに加えて年2回のシンポジウム報告集と不定期に刊行される研究報告 書を数冊発行している。これらの編集は研究部のそれぞれの担当教官と編集担当助手が行っている。なお、現在は、重点領域研究が進行しているので、その成果 報告書がさらに1年間で10冊ほど出版されているが、これは重点領域研究の補助金で雇用されている臨時用人が担当している。いずれにせよ、近年の編集にか かわる仕事量の増加は著しい。

 とくに問題となるのは、英文刊行物の増加にともなう問題である。持ち込まれる英文原稿のかなりの部分は、さまざまな事情からセンター自身が校正を 行わなくてはならない。その大部分は、学内および学外の英語を母語とする校正者に依頼しているが、締め切りの関係で急を要するときや、専門知識を要する場 合には、つい滞在している外国人研究者の中で英語を母語とする人物に依頼してしまうことも少なくない。平成8年度はとくに英文刊行物が急増したため、滞在 していた米国人のコトキン氏にそれが数多く持ち込まれることになり、同氏の苦情につながった。

現在、センターで開催されるシンポジウムやその他の研究会の大部分は英語もしくはロシア語でなされている。その点についてはコトキン氏も「スラブ研 究センターにおいて発せられている英語のレヴェルはいくつかの点で感銘を与えるものである」と評価してくれている。その上で、コトキン氏はセンターの英語 発信能力の向上を求めている。研究部の専任研究員は、ロシア(その他の旧ソ連地域を含む)もしくは東欧に留学したものが多く、英語圏での留学経験を持つも のは少ない。新任の研究員に英語圏への留学を義務づけるというのも現実に即しているとは言い難い。

とはいえ、専任研究員の英語力の向上もさることながら、コトキン氏がとくに指摘しているように、英語を母語とする編集担当者の雇用はより緊急の課題 といえる。英語を母語とする常勤の編集スタッフが勤務しているとしたら、現在センターが直面している多くの問題が解決することはたしかである。しかしなが ら、現在の情報資料部のスタッフは、上で述べたように、既存の業務で手一杯であり、英語出版を担当する要員の確保は、情報資料部定員の増員がない限り不可 能といえる。

 ベレンド氏は外国語を話す事務職員がいないことに驚いている。少なくとも現在の事務体制では、英語の会話能力をもつ事務職員を常時確保することは 不可能である。その結果、ベレンド氏をはじめとする招待客の旅費や滞在費の支払いにともなう事務処理にあたっては、その都度、研究部の専任研究員が立ち 会って通訳を行う必要がある。ちなみに、ベレンド氏のときはセンター長の林がそれを担当した。問題はそれにとどまらない。毎年、外国人研究員が6人、シン ポジウムのための外国からの招聘研究者がさらに数人センターを訪れるが、その人びとのためのビザの取得の手続き(とくにロシアからの招聘にはきわめて複雑 な手続きが必要であるため、事務官のみでは対応できない)、日本での生活のオリエンテーション、病院の世話(英語ができない外国人研究者についてはその通 訳も)、外国人宿舎の入退去への立ち会い、電気、ガス、水道、電話等の支払いの仲立ちなど、専任研究員が行わざるをえない仕事は枚挙にいとまがない。平成 8年度はたまたま、外国人研究員のうち2名は日本語を理解したが、これはセンターとしては例外中の例外に属する。

 英語(ロシア語もできれば理想的であるが)を話す専門職員が確保できればそれに越したことはないが、事務補助員という形でそうした人材を確保する ことも考える必要があろう。しかし、現在の事務制度のもとでは、上記のような雑多な用件を列挙しただけでは、たとえセンターの校費から支出する場合でも、 なかなか雇用は認められないというのが現実であり、さらに、これは図書の臨時用人も同様であるが、6ヶ月更新で2年を越える雇用ができないという条件で は、人材の確保も困難といえる。上記の研究支援推進員を外国人担当者として申請しようとしたが、そうした仕事は事務官が担当すべき一般的なものであり、単 なる外国語の能力はここで想定している「技術」には相当しないという回答を受け、申請書を作成した者は思わずため息をついたこともあった。

なお、図書の立て替え払いに関する百瀬氏の指摘についてであるが、百瀬氏に説明を行った専任研究員のこの点に関する認識は正確なものではなかった。 現在は、かなり簡略な方法で立て替え払いが可能となっている。ただし、センターは図書購入の際に原則として重複チェックを実施しており、専任研究員が現地 で図書を購入する際に、この重複チェックをどうするかという問題は残る。また、専任研究員が独自の判断で立て替え払いをする場合の購入限度額をどのように 定めるかという問題もある。この点については、継続して検討し、柔軟な図書収集の方法を作る必要がある。


3.センターの施設について

 センターの施設にかかわる最大の問題は、図書の保管場所をめぐるものである。外国人研究員たちは、センターの蔵書について最大級の評価をしてくれ ている。ロシアからロシア史の専門家がセンターの特定の蔵書を目当てに来訪することも少なくないし、また日本人研究者にとっては、スラブ研究文献がひとつ の空間にまとまって収められていることの利点はきわめて重要なものとなっている。

 センターで受け入れた図書で整理を終えたものは附属図書館に管理替えされ、センターの蔵書を保管する西書庫2層の専用スペースに収められている。 しかし、現在、このスペースはすでに飽和状態に達しているので、例えば一般に利用度の高い英文博士論文コレクション、和書コレクション等はセンター内に配 置せざるをえない状況であり、今後の管理替えはますます困難になっている。附属図書館では各部局図書室から管理替えされた図書の混排が進められつつあり、 センターが独自の図書保管空間を確保し続けることは、空間利用の点から見て贅沢であるという意見もあろう。また、図書館職員にとって閲覧業務が煩雑になる ことも事実である。しかし、百瀬氏が詳しく述べているように、スラブ研究関連文献がひとつの空間にまとまって保管されていることは、わが国ではセンターの コレクションが唯一の存在であり、研究の上ではきわめて大きな意義を持つ。

 もし、この蔵書を他の図書と混排すると、ディシプリンをもとにしている図書分類にしたがって、センターの蔵書は附属図書館の書庫の中に散在するこ とになる。現在、図書館の蔵書はコンピュータ管理されつつあるので、コンピュータ上でセンターのコレクションが見えるようになっていれば、とりあえずはそ れで十分であるという意見もないわけではない。しかし、人文・社会科学系の研究の場合、実際に文献をひとつひとつ手にして見るという作業はコンピュータ時 代においても変わることはなく、図書館の規模が大きくなることによって、かえって使いにくくなるという側面もある。利用という面から見ると、国立国会図書 館よりも、特定の分野に特化している大学の学部や研究所の図書室の方がはるかに効率的に仕事ができるということは、多くの研究者が実感していることであ る。

 附属図書館の新館建設計画にあわせて、センターが収集した文献コレクションの保管方法について、今後も本部事務局、図書館、他部局の理解をえるよ うセンターは一層の努力をしなくてはならない。

 それ以外に、すでに上で触れたように、ベレンド氏はセンター会議室の空調とマイクの不備に苦言を述べている。これについては、空調設備の設置とマ イクの改善がすでになされたので、次回以降の会議では問題とはならないと思われる。


4.外国人研究員プログラムについて

 すでに述べたように、現在、センターは定員化された外国人研究員を毎年3名、さらにCOEの中核的研究機関支援プログラムの枠で3名の外国人研究 員を受け入れている。このプログラム自身はおおむね滞在者にも高い評価を受けているし、また、これによって来日する研究者が日本のスラブ研究に与えるさま ざまな刺激はきわめて有益なものとなっている。

 コトキン氏とシモニア氏は、滞在中の国内旅行に制約が多い点を批判している。国際的にも著名なこれらの研究者は、つねに引っ張りだこで、国内のさ まざまな研究機関やときには韓国や中国からも滞在中に招待を受けることになる。しかし、センターがこれらの研究者に支給できる国内旅費は限られており、せ いぜいのところ1泊2日で東京へ2回行ける程度である。これは、専任研究員のそれとほぼ同額とはいえ、外国人研究者の9〜10ヶ月間の滞在に見合った額と はいえない。さらに問題なのは、旅費込みで国立大学以外の研究機関から招待を受けた場合である。外国人研究員には「研修」旅行が認められていないので、内 外からの招待に応じるためには有給休暇を使うしかない。有給休暇の日数は滞在期間によって異なるが、10ヶ月の滞在者の場合でも、それは13日間程度に過 ぎない。この休暇を、招請講演のために使わなくてならないという制約は現実に即していない。こうした目的で休暇を使ってしまうと、実際に母国の親族に不幸 があったというような場合に帰国できないおそれもある。全国共同利用施設であるセンターが外国人研究者を招くのは、センター内に閉じこめておくためではな い。全国のスラブ研究者との交流や意見交換もまたその目的のひとつである。一定の条件のもとで、国内、できたら国外でも「研修」が可能な制度が望まれる。

 コトキン氏は北海道大学の外国人宿舎の改善を求めている。平成8年度に、この宿舎では大規模な外壁の改装工事が行われ、2ヶ月間にわたって建物全 体がシートに覆われるということになった。コトキン氏の名誉のために付け加えておくが、同氏はこの工事については理解を示してくれた。しかし、日中に宿舎 にいることが多い配偶者をともなった他の外国人研究員の不満は相当なもので、それへの対応はかなり大変であった。しかも、重ねて、室内の配管と天井の張り 替え工事が行われ、2〜3日間、日中に居室からの退去を求められた。コトキン氏も述べているように、工事そのものは宿舎の改善につながるので、むしろ歓迎 すべきであろう。しかし、事前に工事の説明がなされ、それを了解した上で入居するという手続きがあれば、ことはそれほどでもなかったといえる。

 コトキン氏が述べているように単身者用の宿舎は長期滞在を前提とすると問題である。台所とバス・トイレ付きで約20uという狭さは、 5,000〜7,000円という低家賃であるとはいえ、広い居住空間になれている米国人やロシア人にはかなり不満なものといえる。かつて、センターに単身 で滞在したかなり高齢の研究者から、もっと広い居室に移れないかと、頼まれたことがあったが、現行制度のもとでは、その希望をかなえることはできなかっ た。外国人研究員には、それ相応の給与が支払われているので、単身で滞在する研究員には事前に情報を提供し、希望があれば民間のアパート等を紹介するとい う措置も必要であろう。ただし、外国人向けの家具や食器付きの適切な民間アパートを確保するのもまた容易でない。今後も、本部事務局のこの点での配慮を要 望して行かなくてはならない。

 ただし、つぎの点は明記しておこう。センターは上記の外国人研究員のみならず、ロシアやその他の旧社会主義諸国から多くの訪問者を迎えている。そ れらの訪問者はかなりの数にのぼるが、大学の国際交流課はつねに宿舎の確保に理解を示してくれているし、入退去にともなう手続きについても、とくに近年は 柔軟な対応をしてくれている。この点について、センターとしてはつねづね感謝している。


おわりに

この試行的な「外部評価報告」は、一般に定式化されている方法とはかなり異なるものとなったが、センターの活動をさまざまな角度から再点検する上で 有効なものであった。国内外からセンターを訪れ、センターの活動に参加する研究者と、こういう形で「対話」を持つことは必要なことといえる。外国人研究員 については、その滞在期間中、ほぼ毎日のように顔をあわせ、議論を戦わし、ときには些細なことがらで口論におよぶこともないわけではない。しかし、そうし た日常の接触ではえられない事柄を、私たちはこの報告書をとおして知ることができた。シモニア氏とコトキン氏の報告は、かなり詳しいセンターでのそれぞれ の活動記録を含んでいる。これは、彼らの活動を「点検する」という意味合いも持つことになった。これも予期しなかった成果といえる。

これから、今後の自己点検評価および外部評価のあり方について議論を継続していくことになるが、そこにはなお残された問題も少なくない。例えば、こ の報告書ではほとんどでてこない問題として、専任研究員の研究活動そのものの評価方法をめぐるものがある。センターは、各研究員の個人業績を大学が発行す る『研究活動一覧』およびセンターが発行する点検評価報告書、それにセンターニュースの春季号に掲載している。センターニュースはホームページでも読める ので、業績の公開という点ではこれ以上することは残っていない。

問題は、それをだれがどのように評価するのか、という問題である。百瀬氏が科研費との関連で「業績主義」を批判しているように、人文・社会科学研究 の場合、業績を単純に論文数に還元することはできない。とはいえ、著作や論文の「質」を問題とするときには、それが優れたものであればあるほど、そこには 研究者の価値観や世界観が投影されており、それをめぐる果てしない論争をともなうことにもなろう。これについてセンターはまだ結論を出すことができていな い。

 とはいえ、教育を主たる目的とはしていない研究センターでは、やはり自己の研究業績を常に振り返り、また外部からの評価を受けることは必要であろ う。これをめぐる議論は、今しばらく内部で続けることにしたい。現在、センターの研究活動の大部分は重点領域研究と連動している。重点領域研究は、それ自 身の業績評価システムをもっているので、センターの業績評価はまずそこで行われることになる。そこで、どのような評価がなされるのかを見据えながら、その 後の「外部評価」方法を考えることにしたい。

[Page Top]