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修了者の声 服部倫卓(2017年度博士課程修了)

学際的な地域研究の拠点

服部倫卓(一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所 副所長)

 私は2014年4月北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻スラブ社会文化論専修)に入学し、博士論文「ロシア・ウクライナ・ベラルーシの通商・産業比較 ―地政学危機の中の経済利害―」を完成させ、2017年12月に博士(学術)の学位を授与されました。本来であれば3年きっかりで修了したかったのですが、本業(東京に所在する貿易促進団体付属の経済研究所に勤務)をこなしながらの博士論文執筆はそう簡単には進まず、9ヵ月の延長戦を要したことになります。

 個人的なことですが、私は大学院に入るに当たって、「経済学者として自己確立する」という目標を定め、なるべく経済学に純化した研究・論文を目指そうと思っていました。当初予定していた研究テーマは、「ロシアの地域経済開発」というものでした。

 しかし、ちょうど大学院の入試を受けていた2014年2月頃に、私が長らく研究に取り組んできたウクライナで、情勢が風雲急を告げていました。日本ではウクライナ研究者は希少なため、2014年秋にウクライナをテーマとした学会報告を3本もやることになりました。また、2015年夏に幕張で開催される大規模な国際学会で、これまた縁深いベラルーシについて報告してほしいという依頼も別途受けました。これだけ学会報告が続くことを考えると、大学院の研究テーマもそれに引き付けないと、とてもではないけれど乗り切れないだろうと考え、私は大学院の研究テーマを「ロシアの地域経済開発」から「ロシア・ウクライナ・ベラルーシの通商・産業比較」に切り替えたのでした。奇しくも、私の博士課程在籍期間は、ウクライナ政変後の地政学危機の時期とほぼ重なり合うことになり、その過程で発生した諸問題に向き合うことを迫られました。

 なるべく経済学に特化するという当初の目論見も、崩れていきました。最終的に出来上がったのは、経済学の論文というよりも、経済を争点とする地域研究・国際関係研究の論文でした。むしろ、自分はプロパーの経済学者ではなく、あくまでも地域研究者なのだという現実を再認識したのが、この3年9ヵ月だったと言えるかもしれません。

 実は私がロシア(当時はソ連)研究を志した最初のきっかけは、1983年9月の大韓航空機撃墜事件でした。民間航空機を撃墜する国というのは、一体どういう国なのだろうかという疑問を抱き、いわば「敵を知る」ためにソ連研究を志したのです。というわけで、元々の関心は安全保障だったのですが、その延長上で東西貿易、対ソ経済制裁、政治と経済のリンケージなどにも関心を持つようになり、現在の勤務先に職を得たことで本格的に経済研究にシフトしていったという経緯があります。こうした出自から、経済研究を生業としながら、経済学的な方法論に不得手であるという引け目があり、博士課程では遅れ馳せながらその課題に注力する決意でした。

 ところが、「さあ、大学院で経済学に特化だ」と思ったその矢先に、30年あまりの時を経て、再び民間機が撃墜される事件が起きました。2014年7月のマレーシア航空機撃墜事件です。私はその時、大学院の総合演習で初めての発表を行うために札幌に滞在していたのですが、上述のようにウクライナ研究者は希少なため、事件に関する分析やコメントを求め私の携帯に電話をかけてくるマスコミなどもあり、まるで自分のロシア研究のルーツに追いかけられているような、奇妙な感覚を覚えました。

 対象地域の情勢変化と、私自身の心境の変化とで、私の研究は当初意図したような経済学らしい経済研究にはなりませんでした。しかしながら、自分の取り組んだ研究が無価値だとは、もちろん思っていません。本研究の対象地域であるロシア・ウクライナ・ベラルーシにおいては、本来は経済発展を図るための地域経済統合のイニシアティブ(ユーラシア統合とEUの近隣諸国政策)同士がぶつかり合って、内包されていた地政学的対立が前面に出ることとなり、そして激化した地政学対立が地域の経済を激しく揺さぶるというダイナミックで複雑な過程が生じました。こうした現実に鑑みれば、経済問題を政治問題から切り離すのではなく、むしろ両者の相互作用に着目しながら分析したことには、意味があったと考えています。

 もし仮に、他大学の経済学研究科で博士論文を執筆すれば、もっと方法論的に洗練された装いの論文が出来上がったかもしれません。しかし、それが研究者としての自分の持ち味を発揮するものになったか、ユーラシア地域のダイナミズムを捉えたものになりえたかというと、疑問です。スラブ・ユーラシア研究センターと、それに基盤を置く大学院スラブ社会文化論専修には、対象地域を同じくしながらも、多様な研究分野の専門家が集い、日々切磋琢磨しています。そのような学際的環境に身を置いたからこそ、私は地域研究者としての自分の立ち位置を再確認でき、過度に方法論にとらわれることなく、自分らしい研究を貫徹できたのだと、今では思っています。

 

(2018年4月6日)


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