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修了者の声   宮風耕治(2010年度修士課程修了)

夢の2年間

宮風 耕治(大阪労働局)

 あっという間の2年間でしたが、私自身は本当に充実した時間を過ごしました。2年前、胸を高鳴らせて修士課程に進んだ時のことを思い出します。9年間勤めた職場の理解を得て、幸いにも、2年間休職という形で大学院に入りました。2年後は復職できるということもあり、勉強と研究に集中することができました。就職活動も長期化する中、修士課程修了後に就職を目指す学生たちは、研究の面においても、将来の見通しという面でも、今はたいへんな苦労をされていると思います。同時に、大学院で勉強された方々は私にとっては非常に憧れの存在であったわけで、遅まきながらそうした人の中に加われるということは、興奮すると同時に不安でもありました。

 ともかく、修士課程の2年間でこういうことをやりたいという目標というか、願望のリストのようなものを、除夜の鐘が表す煩悩のごとく書き出し、大学院生活に臨みました。毎日やること、今週やること、一ヶ月以内にやること、そうしたものを書いている時は楽しいのですが、いざやり出すと飛ぶように時間が過ぎ去ってしまい、今日の目標が全然達成できていないと、夜の11時頃になって焦り出すこともしばしばありました。

 修士課程での時間の過ごし方については、1年次に修了に必要な単位をおおむね取ってしまい、2年次は修士論文を書くことに時間を当てるというのが、普通のやり方だと思います。大学院の授業は演習が中心なので、少人数の濃密な授業が続くわけですが、少人数とは言え、さまざまな分野に専門的な関心や知識を持つ人たちが集まっているので、自分では気づかないようなものの見方や情報をたくさん知ることができました。私が受講した演習や講義はどれも知識を詰め込んだりするようなものではなかったのですが、左官屋が何度も塗り重ねて壁を仕上げていくように、自分の頭の中もペタペタと仕上げられていくのを感じました。これは非常にありがたいことでした。

 修士論文については、現代ロシアのSF文学をテーマにすることは決めていたのですが、具体的に誰を取り上げるかということは入学時には決めていませんでした。ところが、先行研究が少ない分野なので、とにかく実際の作品をたくさん読み進めないと、論じる対象の全体像がどういうものなのか自信が持てず、1年目はロシアのSF史上で重要と思われる作品をひたすら読みまくることに決めました。しかし、600ページを超えるような長編を何十冊も読むことなどできるはずもなく、ヒトデ人間とイカが対決する話が果たして自分の修士論文に関わってくるのだろうかと疑問を抱くようになり、論文は論文としてきっちりと論点と構成を考えなくては、このままでは間に合わないと気がついたときには、入学後1年を過ぎていました。

 具体的に取り上げる作家を決めたのはその頃ですが、あまり作品数の多い作家ではなかったので、とにかく主要作品は全部読んでしまおうと、若干引きこもりがちになりながらも作品を読み進め、夏頃までにだいたい読み終えました。スラブ研究センターには、毎学期に一度は、院生全体の前で発表をする授業がありますが、そうした場所を使って、皆さんの好意に甘えて拙い発表をしながら、さまざまなご意見をいただきました。快刀乱麻を断つごとく頭の回転が早い人もおられれば、哲学者のように執拗にぐるぐると思考が渦巻く人もおられ、本当にびっくりしました。

 指導教員の望月先生はじめ、さまざまな方のご意見を得てなんとか修士論文を書くことができましたが、やはり、自分ひとりで書いていれば全く別のものになったと思います。2年間を振り返って、最初に立てた目標の中で、できたこととできなかったことがやはりありました。中でも日本語への翻訳はほとんどやらず、もっとやりたかったし、やるべきだったのかもしれません。しかし、最初に立てた目標全体の5割くらいはやったと思います。それ以外に、自分は想像すらしていなかったけれども、さまざまな人からこういうことが大事だよと教えてもらった部分があり、それが2割くらいあるので、合計で7割くらいの目標達成度です。しかし、その2割は自分ひとりではなく、この大学院に来なければ決して気づかなかったものなので、かけがえのない2割です。完璧な理想の院生生活を送ったわけではないのですが、7割くらいできたので自分としてはそれなりに満足しています。

 他人から言われた意見というのは、大事だなと思っても、自分の中で咀嚼して自分のものになるには時間がかかると思いますが、北大は幸いにして、図書館の資料が充実しているので、すぐに自分で調べ直すには絶好の環境でした。呉下の阿蒙の話ではありませんが、自分が自分でなくなっていくような感覚を味わうこともありました。

 4月からは職場へと戻りますが、直接、ここで学んだことが役に立つ部署ではありません。ただし、2年間で身につけたことは残ると思います。以前から生涯学習という言葉がよく使われていますが、専門的な知識というものは、これだけ情報や技術の回転が速い社会ではすみやかに陳腐化してしまいます。しかし、教育の効果というものは、そうした知識を与えるということよりも、経験を通じて人間性のなかの一般的な力として蓄えられる点にあると思います。私にとっては、この2年間はそういう時間であったと思います。これから私はしぶとく生きていこうと思いますが、スラブ研究センターが、学問と教育の世界に生きる人にとってこれからも大事な存在であり続けることを願っています。


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